156. 16年目③ ペットのクロムカさん。
「ママ、おはよー! ……ってその子誰!?」
「知らない子がいる……」
クロムカを保護することに決めてから1時間後……。朝の太陽が徐々に顔を出し始めてきたのに併せてトーイラとリラが目を覚ましていつものように一緒に居間へやってきた。
2人は仲良く手を繋いでいて一目で仲良し姉妹だとわかるほのぼのとした光景なのだが、今日は居間に知らない人物がいて、さらにノゾミ相手にお馬さんごっこをしている姿が視界に入ったことで2人は朝の挨拶をするなり驚いた表情を見せた。
「あはは……まぁ2人が驚くのも仕方ないよね。だってさっきだもんこの子を保護したの……」
「保護? ママ、一体何があったの……?」
「えっと実は……」
ミノリは早朝に起きた出来事を掻い摘まんでトーイラとリラに説明した。
「──というわけで、うちで保護することにしたクロムカさんだよ」
「ク、クロムカと言いますの。よ、よろしくお願いしますの……」
ミノリが説明を終えると、クロムカも名乗ってから頭を下げたのだが……クロムカは現在ノゾミ相手にお馬さんごっこの馬役をしている為に背中をノゾミに跨がられながらの挨拶となってしまい、とてもシュールな状況になってしまった。
「えーっと……うん、よろしくねクロムカさん。私はトーイラだよ」
「リラって言います……」
この謎の状況に対して若干戸惑った様子を見せたトーイラとリラだったが、それでも『母であるミノリが太鼓判を押したのなら別に問題無いだろう』と2人は判断したようで、クロムカへ挨拶を返した。
なお、ネメとシャルはまだ睡眠中のようで、クロムカをペットにする事ができた事に対してノゾミが先程から喜びの咆哮を上げているのだが……どうやらこれしきの事では2人とも目が覚めないらしい。
(ネメとシャルは……起きてからでいいか。それよりも……)
昨晩ノゾミから妹が欲しいと言われたシャルとそれに応えるべくネメが張り切りすぎてしまい、結局2人が寝たのが夜明け前だった事を知らないミノリは『まぁいつものラブラブふうふっぷりを発揮して遅くまで起きていたんだろう』という大体あっている予想をしたミノリには、2人が寝ている間になんとか解決する糸口を探さなければならない大きな問題が一つあった。
(シャルにどう説明すればいいんだろうなぁ……。あの子はノゾミの母親だけどノゾミといられる時間が少ないって最近しょんぼりしていたというのにペットポジションのクロムカさんまで出てきたとなったらさらに時間が減ってますます凹む気がする……)
このままいくと確実に起こり得るシャルとクロムカの気まずい関係、その事を考える度なんとなく胃が痛むような気がするミノリが、ノゾミとクロムカをふと見やると……。
「ほらクーちゃん! お手!!」
「お手……? こ、こうですのノゾミさま……?」
「そうそう! クーちゃんえらい!!」
どう贔屓目に見てもノゾミはクロムカを犬猫みたいなペットと認識しているようで、ノゾミの指示に従ってちゃんとお手をしたクロムカに対して、それはもう大層ご満悦な表情でノゾミはクロムカの頭を撫でていた。
(……いやこれ完全にペットじゃん……。私としては対等な人間として扱いたいのにあれじゃどうしようもないじゃん……)
「……かーさま」
ミノリがその光景に対してなんとも言えない表情のまま言葉を紡ぎ出せずにいるとその顔から何かを察したらしいリラがミノリの腕を軽く掴みながら話しかけてきた。
「あ、なにリラ……?」
「……かーさま、さっきから眉間に皺いっぱい作って悩んでいるみたいだけど……いくら悩んでもなるようにしかならないよ……」
「……うん、そうだね……」
何か解決策でもあるのかと思いきや現実を突きつけてきただけであったが確かにリラの言うようにいくら悩んでもこればかりはどうしようもない。
それならばクロムカがそうしたいというのだからもう好きにさせ、その間シャルのアフターケアはしっかり行うことにしようと、少なくとも良案では無いが完全な悪手ではないという『まだまし』レベルの考えでいくことにしようとミノリが決意すると……。
「ところでママ。私さっき気がついたんだけど……」
「へ? なに、トーイラ?」
先程から、クロムカの顔を見ながら考え事をしていたトーイラが何かを思い出したようで、ミノリにそれを教えてくれた。
「えっとね、私たち、あのクロムカさんって人を昔見かけた事あるよ」
「え、いつ……?」
「前に私達、カツマリカウモへ旅行した事あるよね。その時村の中で見かけたローブを羽織って、フードで顔を隠した女の人の姿をしたモンスターがいたと思うんだけど、あれ、クロムカさんで間違いないよ」
いつクロムカを見かけたのか全く思い浮かばなかったミノリが改めてトーイラに尋ね返すと、その答えを聞く限りミノリにも確かにその記憶があった。
「そういえば確かにそんな人いたような……ねぇクロムカさん。今みたいな状態になってからカツマリカウモへ行った事ってある?」
「え、あ、はい……5年ぐらい前に『モンスターだ!』と門番に攻撃されたので急いでキテタイハの町から逃げた後でカツマリカウモへ行きましたの。
なんでモンスターと間違われたかわからなかったですけど、キテタイハには近寄らない方が無難だと思ったのでとりあえず変装してカツマリカウモまで行ってなけなしのお金で非常食を……」
「ねぇねぇクーちゃんクーちゃん!」
どうやらトーイラが言うように、あの時カツマリカウモで見かけたのはクロムカで間違いなかったようで、クロムカはその日のことを思い出すようにミノリ達に話していたのだが……そこへ割って入ってきたのは常にマイペースな暴走機関車ことノゾミ。
クロムカが自分のペットになった事が大層嬉しいらしく、お手をさせたことに飽き足らず新たな芸をクロムカにやらせようとしてきたのだ。
「クーちゃん、へそ天して!!」
「へ、へそ天……ってなんですの?」
「お腹を天井に見せて!!」
「えーと……あぁ、ワタシは今ペットだから、これは犬とかがよくするあれ……こうですの?」
「そう! クーちゃんえらい!」
犬が飼い主に対してお腹を見せる服従のポーズ、所謂『へそ天』をしたクロムカに対してノゾミは上手上手と言わんばかりに今度はクロムカのお腹をなで回している。
「……えっと、クロムカさん……さっきも言ったけどイヤだったらイヤってハッキリ言って良いんだよ……?」
このままだとノゾミがますます増長しそうなこの状況に対し、やんわり釘を刺す意味合いでミノリは再びそう言ったのだが……。
「いえ、ワタシ大丈夫ですの……それどころか、こんな小っちゃな子にあれこれ命令されて従う状況…変にゾクゾクしてしまって何かに目覚めてしまいそうですの……」
「そ……そう……」
……どうやらもう既に引き返すのが困難な領域にまでクロムカは足を踏み入れてしまったらしい。
そんなクロムカの残念な回答を聞いてしまったミノリはそれ以上考える事をやめ、思考停止状態でノゾミとクロムカが戯れる有様をただただ眺めているしかなかったのだが、ネメとシャルが起きてこない間に先に『ある事』を済ませた方がいいのではと急に思い立ち、クロムカへ再び声をかけた。
「……あ、そうだ。ねぇクロムカさん。ノゾミと遊んでいる所悪いけれどちょっと私と来てくれない? 紹介しておきたい人がいるから」
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「ごめんね、ノゾミとまだ遊んでいたかったのかもしれないけれど……」
「いえお気になさらずですの。少し我慢するのもごしゅ……ノゾミさまと後で遊ぶ時、楽しみがより倍増する気がしますの、だから大丈夫ですの」
「……うん」
ノゾミのことを『ご主人樣』と言いかけたのを聞く限り、なんとなくクロムカはこのままペットポジションに落ち着いてしまいそうだなぁ、なんとか避けたいなぁ……と途方に暮れかけているミノリは森の外に住んでいるある人物に会わせる為、クロムカを伴って森の中を歩いていた。
「それでミノリさま。ワタシに会わせたい人って誰なんですの?」
「えっと、ザルソバさんっていう女性がこの森を出たところに住んでいるんだけど、彼女にも予め話をつけていた方がトラブル起きないんじゃないかなって」
ミノリが向かっていたのはザルソバが住む小屋。外部の人間で一番接する機会があると考えられるザルソバに話を通していれば、少なくともザルソバがクロムカに対して問答無用で攻撃する事は無いだろうと判断したからであった。
『攻撃される』という直接的な表現ではなく、『トラブル』と若干ぼかしてミノリが言ったのはまだクロムカに対して『モンスター化してしまった以上、もう元の人間に戻るのはほぼ不可能』という辛い現実を告げられていないからである。
このままモンスターとして生きていくしかない以上、いつかはクロムカにも話さなくてはいけないのだが……やはり今まで人間として生きてきたのにいきなりモンスターという扱いにされるのはショックが大きいのは間違いなく、そのせいでミノリもそれを伝えることに対してつい二の足を踏んでしまったのだ。
……ちなみにミノリが家族以外で接する機会が非常に多い人間がキテタイハの町にも一人いるのだが……。
(ザルソバさんの元へ行ったついでにあっちの方へ連れて行くのはまだ早い……まだ慌てるような時間じゃない……絶対に見つからないようにしないと……)
どうやらミノリはキテタイハの町長である老婆ことミノリ狂信者『ハタメ・イーワック』には会う気は今のところ無いようで、それどころかどうやって見つからないようにするかあれこれ画策までしていた。……まぁ、会えば確実にミノリの精神が摩耗するから仕方ないと言えば仕方ないのだが……。
それはともかく、ミノリがザルソバの元へ連れて行くのはもう一つ理由がある、それは外に住んでいるのが『ゲーム本来の主人公であるザルソバだから』である。
「ザルソバ……さんですの?」
「そう、洞窟とは方向が違うから多分気づかなかったと思うんだけど、森の入り口にある小屋に一人で住んでいる人がいるんだ」
「んー……もしかしてあのひと……まぁ違うと思うですの……。……ありがとうですのミノリさま」
ザルソバの名前を聞いてクロムカはその名に思い当たる節がある反応を見せたのだが、きっと思い描いた人物ではないと判断したらしく、ミノリの言葉をそのまま素直に受け止めた。
ミノリにとっては耐えがたい事実なのだがこの世界では『ザルソバ』という名はメジャーな部類に入る女性名なのだ。その為、クロムカはザルソバの事を同名の他人と思ったらしいがミノリの予想が正しければクロムカが脳内で思い描いた人物こそクロムカが知っているザルソバで間違いないのだ。
そのまま暫く森の中を歩いていたミノリとクロムカだったが、やがて森を抜けてザルソバの住む小さな小屋まで辿り着いた。
「外にいる様子は無いから中にいるのかな? おはようございますザルソバさん、朝からすみませんが起きていますか?」
ミノリが小屋の戸をノックすると、暫くして中から物音が聞こえた後で、人前に出られる最低限の格好となったザルソバが姿を現した。どうやらミノリの声を聞いて慌てて起床し、急いで着替えてきたらしい。
「おはようミノリさん。すまないドタバタしてしまって。それで今日は一体どうし……クロムカ! クロムカじゃないか!!」
ザルソバはミノリと一緒にいたクロムカの顔を見た途端、目を丸くさせてクロムカの名前を叫んだ。
「ザルソバさま!? まさかと思っていましたがやっぱりザルソバさまだったんですのね!」
そしてクロムカもまた、やはりザルソバの事を知っていたようで、破顔しながら近づいてきたザルソバの手をクロムカも嬉しそうな顔で取った。
(やっぱりそうだったんだ……。ザルソバさんが好ましいと思っていた相手こそクロムカさんであって、クロムカさんが憧れた人こそザルソバさんで……)
再会を喜び合う2人を見たミノリも思わずほっこりとしそうになったのだが、その表情とは裏腹に、胸中ではその喜びに徐々に影が帯び始めていた。
(こんなにも一目でお互い信頼し合っているのがわかるのに……クロムカさんはゲームではザルソバさんに倒される……つまり『殺される』運命しか無かったなんて……。
私がゲームとして遊んでいた時は倒した時には台詞も何も無かったけれど……主人公はどれだけ辛かったんだろう……)
ミノリは胸が締め付けられる思いで、再会を喜び合うザルソバとクロムカの姿を眺めていたのであった。




