155. 16年目② クーちゃんの正体。
新しく登場したクーちゃんのキャラデザをこの話の後書き部分に挿入しています。
居間にノゾミと、ノゾミが連れてきた謎の少女『クーちゃん』を腰掛けさせたミノリは、そもそも彼女が何者なのかひとまず尋ねる事にした。
「えーっと、それじゃクーちゃん……本名はなんて言うのかとどこから連れてこられたのか教えてくれるかな? ……あと素顔を見せてくれるとありがたいな」
「ひぅっ……え、えと、ワタシはクロムカ……クロムカ・バネシスと言いますの……18歳で治癒魔術士ですの……」
「え、18!? ご、ごめん。てっきり12,3歳ぐらいかなと……」
「うぅ……やっぱりそう思われてしまいましたの。5年ぐらい前に急に成長が止まってしまってからずっとちっちゃいままなんですの……」
被っていたフードを取って素顔をミノリに見せながら名を名乗ったクロムカ。18歳だという割にその背丈は小さく、もうすぐ12歳になるリラより少し背が高いぐらいであった。
そんなクロムカは先程から眉を八の字に下げ、垂れ目でかわいらしい素顔を俯かせたままでミノリと目を合わせようとしない。
しかしそれは別に疚しいことがあるわけではなく、洞窟に隠れていたという点と、先程からその片鱗が見えているネガティブエンジンフルスロットルなクロムカの性格でこうなってしまっただけだろうとミノリは勘案した為、目を合わせてくれない事については尋ねずに、クロムカの言葉にそのまま耳を傾けた。
「それで、ワタシが隠れていた洞窟というのはキテタイハ近くにある山の麓にあってそこに5年ぐらい隠れ住んでいましたの……」
「キテタイハ近くの洞窟……? もしかしてあそこかな……」
ミノリの頭に浮かんだのは、ゲーム本来の流れで主人公がキテタイハの町に立ち寄った後で向かうダンジョンだ。そのダンジョンは行き止まりで宝箱もボスも何も無い場所なのだが、そのダンジョンに入っている間にゲーム本来のネメである『闇の巫女ネメ』がキテタイハの町へモンスターを侵攻させて町を滅ぼしてしまう事から、町崩壊のフラグが立てられていると思われるダンジョンであった。
しかしミノリが転生したこの世界では、ネメはミノリが保護して娘としていた為、ネメは闇の巫女になっておらず、モンスターが侵攻する事がなければ町が滅びる事もない。
その上、ゲーム本来の主人公であるザルソバも導き手、すなわち『ゲームのプレイヤーである前世のミノリ』の導きを前世のミノリがゲーム半ばで死亡した事によって見失ってしまった為に、キテタイハがあるエリアにはモンスター図鑑を埋める旅に出るまでは一度も立ち寄った事が無かったと以前話していた事から、そのダンジョンへ行く事も当然無く、完全に無意味なダンジョンになりさがっていたのだった。
(……そういえば私もこの世界に転生してから一度もあそこのダンジョンには行かなかったしなぁ……。その事に気がついていればもう少し早くクロムカにも気づいてあげられたかもしれないのに。申し訳気持ちもあるけれど……今更考えても仕方ないか……)
それはそれ、これはこれとばかりにミノリは頭を切り替えると今度はノゾミに尋ねた。
「それでノゾミはどうやってクロムカさんを見つけることが出来たの? 今まで一度も森から出たことも無かったし、ダン……洞窟だってここから結構距離があるよね?」
ミノリにとってノゾミがクロムカを連れてきた事に対する一番の疑問がそれだ。
そもそもクロムカがいたというダンジョンはキテタイハの町近くにあるといえど、ここからはそれなりに距離があって森を出た位置からでは肉眼では絶対に視認できない。
では、森から出たことのないノゾミは一体どうやって彼女がダンジョンにいるとわかったのだろうか。
「え、そうだったんですの……? ノゾミさまは一直線に洞窟へ来たって言ってましたの。まるでワタシが洞窟にいるのを最初から知っていたみたいに……」
ミノリの質問に対して驚いた反応を見せたのはクロムカだった。やはりノゾミはクロムカがダンジョンにいた事を事前に知っていたらしい。それでは一体どうやってそれがわかったのだろうかとミノリがノゾミを見やると、ノゾミは胸を張りながらその疑問に答えた。
「うん! だってノゾ、クーちゃんがそこにいるってずっとわかっていたもん! 昨日シャルママには先に話したけど、ノゾの目は魔力が見えるの。
もちろん遠ければ遠いほど見えにくくなるんだけど、ノゾと波長がとても合う魔力はどんなに遠くに離れていてもノゾの目には見えていて、クーちゃんの魔力はノゾが家にいるときからビシバシ感じていたから、クーちゃんは絶対ノゾがペットにした方が良い子だってずっと思っていたの!」
「魔力が見える……あれ、ということは……もしかして前に『ペットが欲しい』って言いながらノゾミが森の中を走っていた事があったけど、あの時から既にクロムカさんがいる事をわかっていたの?」
「うん! だけどおばーちゃんがお姉さんになってからって言ったから今日まで我慢してたんだよ。だからクーちゃんをノゾのペットにしてもいいでしょおばーちゃん!」
「うーん……」
ノゾミはネメとシャルの魔力が合わさって生まれた魔法生物のような存在だから、魔力に関してはそういった特殊な能力があるのかも知れないとミノリが考えていると、ノゾミがミノリを見たまま『あっ』という顔をしながら言葉を続けた。
「でもねでもね、おばーちゃんからは魔力を全然感じないんけど、ノゾ、おばーちゃんのこと大好きだよ!」
「ん? ……あぁそういう事ね。うん、私もノゾミ大好きだよ」
おそらく『魔力が全く無い自分はノゾミと波長が合わないのでは』とミノリが考えているとでも思いこんで慌てたのだろう、ノゾミにしては珍しいフォロー発言だ。
……少し下がってしまったミノリからの自分への評価をヨイショして少しでも上げようという作戦のような気もするが、それでも手はかかるけどかわいい孫から大好きと言われてミノリもまんざらでもない様子である。
「さて、とりあえずノゾミがどうやってクロムカさんを連れてきたのかはわかったけれど……クロムカさんはそもそもどうして5年もダン……洞窟の中に?」
ミノリは質問の対象を再びクロムカへと変えて同じように尋ねた。
「あ、はい……。えっと……ワタシ、憧れの人がいてその人を支えられるぐらい強くなろうとずっと旅をしていたんですの……。
だけど5年ぐらい前、キテタイハへ立ち寄ろうとして近づいた時、自分の体に突然違和感を覚えたんですの。まるで自分が自分じゃ無くなるようなそんな……。
でも見た目は変わってないし気のせいだろうと思ってそのまま町に入ろうとしたら突然門番さんが私を指さして『モンスターだ!』って叫びながらワタシに向かって攻撃してきたので慌てて逃げて……。
それ以来、ローブを羽織って素顔を隠していないと何処へ行ってもモンスター扱いされて攻撃されるようになってしまったので、それで今日までずっと洞窟に隠れていて……なんでですの? ワタシは人間なのに……」
「……それは大変だったね」
涙をポロポロこぼしながら事情を話す涙腺激弱ネガティブ少女クロムカの境遇に、ミノリは慰めの言葉をかけてあげることしかできなかったのだが、ミノリはクロムカが被っていたフードを取って素顔を見せた時点で既にある事に気がついていた。
(クロムカさんはまだ自分が普通の人間だと思っているみたいだけど……クロムカさんはもうモンスター……正確にはモンスター化した人間になってしまっているんだよなぁ)
ミノリの視界にうっすらと見えるゲームウインドウ。その敵一覧ウインドウに先程から彼女と思しき種族名がそこに表示されていたのだ。
それに示された彼女の種族名は『死霊使い』。
(そういえば確かにゲームにもいたなぁそんなボス……印象薄くて忘れてた……)
彼女の種族名を見て、ようやくミノリはゲームの展開における彼女の役割を思い出した。
(えっと確か『闇の巫女ネメ』によって滅ぼされたキテタイハの町に入ると、『闇の巫女ネメ』は町を滅ぼした事に満足して何処かへいなくなっちゃうけど、代わりに町にいて戦うことになるのが『死霊使い』で……)
この『死霊使い』は、滅ぼされたキテタイハの住民の霊魂が悪霊となって、そこへたまたま通りがかった運の悪い女冒険者に一斉に取り憑き、彼女の自我を崩壊させ、モンスター化してしまったことで主人公と戦う事になるボスモンスターとして存在していた。
ローブの下に来ていた服や杖が同じである事から、あの死霊使いこそクロムカだったのだろうとミノリは推測した。しかし……。
(だけどどうも違和感あるんだよなぁ……今のクロムカさんはゲームに出てきた時の死霊使いと印象が全然違うというか……)
今ミノリが改めてゲームに出てきた死霊使いの顔立ちを思い返してみると確かにクロムカとそっくりではあった。
しかし今のクロムカは無数の悪霊を纏っている様子も、自我が崩壊して狂気じみた表情や性格になっている様子も無く、どう見ても正気を保ったままの普通の少女にしか見えない。
そもそもモンスター化した人間というのは盗賊や追い剥ぎといったゴロツキや、魔の魅力に引き込まれて正気を保てなくなった魔法使い等で、それらは当然人間を襲う事に対してためらいなどを感じるような存在では全くない。
しかしクロムカの場合、逆に人間を怖がってしまっているような素振りさえあり、むしろ何故自分がモンスター扱いされるようになったのかわからず先程から困惑しきりだ。
しかし、18歳だという割に見た目が12,3歳のまま止まり、ゲームに出てきた姿のまま5年も経過しているのは、かつてのミノリやシャルと同様に、モンスターは成長などで外見が変化する事はなくデフォルトの衣装しか着ることができないという特徴そのものであり、彼女がモンスターになってしまったのは紛れもない事実であるのは間違いない。
(確かゲームだと主人公に憧れてずっと後を追いかけてきた名無し女冒険者が、主人公がキテタイハ近くのダンジョンに入っている間に滅びた直後のキテタイハの町へ運悪く立ち寄ってしまった結果、死霊使いに変貌して主人公に襲いかかるという流れだったから……もしかして悪霊云々関係なくクロムカさんの場合はキテタイハの町に立ち寄ろうと近づいた時点でモンスター化するフラグが成立した……?)
そもそもキテタイハの町は滅びていないので町の住民が悪霊になるはずもないし、ザルソバもダンジョンはおろかキテタイハの町に5年前の時点で近寄ってすらいない。だというのにクロムカだけはモンスター化してしまった。
それらを踏まえると、クロムカのモンスター化フラグはそこにあるとしかミノリには思い浮かばなかったのだ。
(うーん……ある意味すごく雑なフラグ管理……でもフラグでそうなっているとしたらネメにお願いしてデバッグモードの中から探してフラグを外してもらえればクロムカさんのモンスター化フラグは解除される……?
……いや、クロムカさんのフラグがあるのは私の時と違って膨大なイベントフラグの中の一つで手がかりが全く無い……。
トーイラに光の祝福を使えるようにした時だってネメが比較的わかりやすい技や魔法関連のフラグをいじりまくっていたからわかっていたわけで……。
書いている文字もこの世界の言葉じゃないからネメには殆ど読めないだろうからその中からクロムカさんのフラグだけを見つけるというのはほぼ不可能だ……)
ミノリはなんとかクロムカを元の人間に戻せる方法は無いか考えたのだが良案が全く思いつかない。
確かにネメにお願いしてデバッグモード内にある膨大なイベントフラグの中から当てずっぽうで切り替えていけば万に一つぐらいの確率でクロムカのモンスター化フラグが消える可能性はあるだろう。
しかしその方法は違うフラグを切り替えてしまう可能性の方が限りなく高い上、運が悪いと死ぬ運命を回避できた事でオフ状態になっているトーイラやネメが死亡するイベントやリラがラスボスになってしまうフラグがオンになり、結果的にミノリの娘たち3人が死んでしまう可能性も考えられる。
(ダメだ……クロムカを助ける為にみんなが死んでしまったら元も子もない……)
フラグを切り替える方法はあまりにも悪手でミノリも流石に今回ばかりは為す術が無いと天を仰ぐと、その様子を見ていたクロムカはどうやらミノリがクロムカをこの家に置くかどうかで悩んでいると勘違いしたらしく、椅子から立ち上がってミノリの前に来て膝をつくと、そのまま床に頭をつけるように土下座を始めてしまった。
「ぶ、ぶしつけなお願いだとは思っていますの。だ、だけど5年も洞窟に隠れてひとりぼっちだったワタシの元へやってきてそこから連れ出してくれたノゾミさまの小さくて温かい手がワタシには救いの手に見えたんですの……。
無理にとは言いません……でもどうかこの家に置いてほしいですの。ペット扱いでも、犬小屋住みでも構いません。ひとりぼっちはもういやなんですの……」
お願いするクロムカの体が震えているのは、ミノリにも見えていた。
(……そんな姿を見せられたら断れないよ私には……いやまぁ元々保護する気は満々だったんだけど……)
お人好しを体現したような存在であるミノリがクロムカのお願いを無碍に断るなど当然出来るはずがない。その事をミノリが伝えようとしたその瞬間、クロムカの頭の方から『ミシッ』という異音が聞こえた。
「ちょ、ちょっとクロムカさん!? 土下座どころかなんで頭を床にめり込ませるように押しつけているの!? 床に穴が開いちゃうから土下座も頭を下げるのもしなくていいよ?!」
慌てたミノリがクロムカを止めようとしたが、クロムカは一向にやめる気配は無い。
「こ、これがワタシの故郷での誠意の見せ方なんですの……。本当は地面に頭を埋もれさせるぐらいが理想なのですけど屋内ではこれが限度なんですの……!」
「も、もしかしてクロムカさんの出身って……『ズエクゴジ』だったりする?」
「なんでわかったんですの? そうなんですの、ワタシはそこの生まれですの……」
(やっぱりあそこか!!)
ズエクゴジ。それはまだミノリがトーイラ達を保護してから1年も経っていない頃にシャルから『頭を地面に埋もれさせる奇祭が開かれる』と聞かされ、近寄りたくないと考えて今後する予定の家族旅行候補地からも除外されていた町だ。
まさか本場仕込みの奇祭の一部を今ここで見せられるとは思ってもみなかったミノリは、何故だか急に頭痛が起きたような気がしたが……今はそれよりもクロムカの方が優先だ。
何せ先程から床がクロムカの頭によってミシミシと音を立てていて。床に穴があいてしまう前になんとかその行為をやめさせなければならないのだ。
「クロムカさん、もう顔を上げて!? 気持ちは十分伝わったし床に穴を開けられたらむしろそっちの方が困るから! えっと……ペット云々はともかく、あなたの事は私たちが保護するからもう安心していいよ」
「ほ、本当ですの!? ありがとうございますですの……えぐっえぐ……」
ミノリの言葉を聞いて顔を上げたクロムカ。その表情は長年続いていた不安から解放された事で心の底から安堵したものであったがそれも束の間、溢れ出てくる涙を止めることが出来ずクロムカは顔をすぐにぐしょぐしょにさせてしまい、そんなクロムカに対してミノリは、クロムカの涙を体で受け止めるように優しく抱きしめたのであった。
……そんな嬉し涙を流すクロムカの近くでは、先程のミノリの言葉で喜ぶ小さな存在が一人。
「やった! これでクーちゃんはノゾのペット!! ノゾ、クーちゃんと森の中をお散歩するの楽しみ!! やっぱりお散歩には首輪とかヒモとか必要なのかなー?」
「……。えーっと、クロムカさん。ノゾミのペットになるのがイヤだったらイヤってハッキリ言っていいんだよ?」
許可でも拒否でもどちらでもいいようにクロムカに伝えるミノリではあるが、内心どちらでもいいなんて事はあるはずもなく……。
(お願いクロムカさん、イヤだって言って!! ペットにはならないってノゾミに伝えてクロムカさん!!!)
胸中ではそう必死に懇願しきりのミノリなのであったが、その願いは惜しくもクロムカには届かなかった。
「大丈夫ですの。ワタシ、ノゾミさまに助けてもらった恩を返すべく喜んでペットになりますの……!」
「そ……そう……」
(あぁあああぁ……なんでペットになるって言っちゃったのクロムカさぁあん……絶対ノゾミの教育に悪いってばこれぇ……)
心の中で一人崩れ落ちるミノリ。残念ミノリさん!
ちなみにミノリはクロムカをペットにすることがノゾミの教育に悪いと考えたからこそそのように胸中で懇願していたようだが……そもそもこの家には10日に1度の割合で着替えを忘れたことを口実にして風呂上がりは全裸で闊歩し、さらにミノリの臍を神聖視させてノゾミに狙わせるように胎教した張本人がいるのだからそんな不安はある意味今更なのであった。




