154. 16年目① お姉ちゃんになったらっておばーちゃん言ったもん。
「んん……少し早いけど目が覚めちゃったしそろそろ起きなきゃ……ってあれ?」
いつもよりも若干早めに目を覚ましたミノリがいつものように体を起こしてなんとなく周りでまだ眠っている娘たちの様子を見回したのだが……お馴染みの風景なのにいつもと部屋の様子が違うことにミノリはすぐ気がついた。
昨夜ミノリと同じ寝室で一緒に寝たのはトーイラ、リラ、ノゾミの3人だったのでこの部屋には4人いるはずだ。しかし現在寝室にいるのはミノリ含めて3人で一人足りない。
トーイラとリラが仲良く手を繋ぎ合って眠っている姿がミノリの視界の端に見えたので今いないのは……。
「……ノゾミがいない? ベッドから落ちた……というわけでもなさそう」
ベッドから降りたミノリが念のため床にノゾミが滑り落ちていないか探してみたがノゾミの姿はやはり無い。
「うーん、もしかしてトイレかな。あの子もう夜中も一人でトイレに行けるから」
子供の中には一人で夜中トイレに行くのが怖くて誰かに付き添ってもらう子もいるのだが、ノゾミに関してはそんなこともなく生後一週間の時点で既に夜も一人でトイレに行けるようになっていた。
手間がかからないのでそれはそれで大助かりではあったが、何でも一人で出来ちゃうので祖母として少し寂しいなとミノリがほんの少し思いながらトイレの方に行ってみるもそこにもノゾミの姿はない。
それでは一体どこへ行ったのかと、ミノリが改めて考えを巡らせながら玄関の方へふと視線を向けたその時、ミノリはある事に気がついてしまった。
「……待って。ノゾミの靴が無い」
この家は前世が日本人であるミノリが世帯主状態の為、屋内は土足厳禁で外に出ていなければ当然玄関にはノゾミの靴があるはず。しかし今は本来そこにあるはずのノゾミの靴が見当たらなかったのだ。
それはつまりノゾミが一人で外へ出ていってしまった事を意味している。
その事実に気がついた途端、ミノリは顔色を瞬時に蒼白させて狼狽えだしてしまった。
「ど、どうしよう……急いで探さなきゃ……トーイラとリラを起こして手伝ってもらって……なるべくならシャルたちが起きてくる前にノゾミを探さないと……」
ノゾミがいなくなったことでミノリが不安に思ってしまったもう一つの懸念事項はシャルだった。シャルにとってノゾミは、シャルがモンスターという立場上叶える事の難しかった悲願の愛娘だ。
そんなノゾミが忽然と姿を消してしまったと聞かされてしまったら酷く悲しみ、挙げ句錯乱までしてしまうのが火を見るよりも明らかなのだ。
(それを考えると……シャルが気づく前になんとしてでもノゾミを見つけ出ないと!)
ミノリがそう決意して、寝室でまだ睡眠中のトーイラとリラを起こそうと踵を返しかけたまさにその瞬間だった。
ガチャリ。
「!」
玄関から聞こえる誰かが戸を開ける音。 その音にミノリが即座に反応して戸の方へ振り向くと……。
「ふー、なんとかおひさまが昇らないうちにおうちに到着ー。誰にも気づかれないで戻ってこr……あ、おばーちゃん……」
何かをやりきったような顔をしたノゾミが玄関の戸から顔をのぞかせ、まだ誰も起きていない事を確認しようと中を見廻したところ、その音で振り向いたミノリとバッチリ目が合ったのだ。
まさかもうミノリが起きていると思っていなかったらしいノゾミは、一瞬そのオッドアイの瞳をまん丸とさせると『あ、しまった』という表情に変わったのをミノリは見逃さなかった。
「ちょ、ちょっとノゾミ。こんな朝早く一人で何処に行ってたの? 危ないから一人で出かるのはまだダメって約束してたよね?」
「……えと……」
一人で出歩かないようにちゃんと約束していたのに、ノゾミは恐らくまだ真夜中のうちにこっそり外へ出かけていたのだろう。ちゃんと帰ってきたとはいえ、ノゾミはミノリとの約束を破ってしまった。
その事に対してミノリはノゾミを問い質したのだが、ノゾミは疚しいことでもあるかのように先程からミノリの目を見ようとせずに視線をそらし続けている。
「黙っていちゃわからないよ、ノゾミ。どうして一人で出かけたの?」
「……」
しかし相変わらずノゾミは黙ったままミノリから視線をそらし続けている。それどころか玄関から微動だにしない。まるでドア越しに何かを隠しているかのように……。
「……もしかして、ドアの外側に何か隠してるの?」
「!!」
明らかにノゾミは動揺した。これは確実にドアの向こう側に『何か』がいると判断したミノリがドアを開ける為にノゾミに近づくと、ノゾミはミノリを近づけさせまいとドアの取っ手を塞ぐように立ち塞がった。
「お、おばーちゃん来ちゃダメ! ノゾ何にも隠してないよ! 外に何にもいないってば!」
慌てながらミノリが戸を開けようとするのを妨害するノゾミ。その姿はあからさまに怪しく、そしてそれは同時にドアの向こう側には『何かがいる』と言っているようなものだ。
そしてノゾミが『いない』と発言したことを鑑みるに、ドアの向こう側には何らかの生物がいる事をミノリは確信した。
だが、それよりも……。
(なんだろう、何か既視感のあるやりとり……あぁそうだ。前世で見てたアニメっぽい展開だ……)
ミノリは前世の記憶にあった、2年に1度ぐらいの高頻度で放送されていた為に『何度目だ』と裏番組からもネタにされた事のある某アニメ映画の一場面が思い浮かんでしまい、問い詰めている最中だというのについそのノリでノゾミに接しだした。
「そこまで露骨だととても怪しいよノゾミ。ほら何を隠しているのか見せてごらん、ノゾミが何を隠していても私はそれについては怒らないし取り上げないし生き物だったとしても殺したりなんてしないから」
玄関ごしに一体何がいるのか、人か動物かモンスターか、全く謎ではあるがそもそもオンヅカ家の面々は人間と人外が入り乱れている為、今更何がこようとミノリはそんなには動じない。
しかし受け入れるためにまず見せてもらうのが一番だとミノリは考えているのに、一向にノゾミは隠そうとし続け、その場から一歩も動こうとない。
(いや、そこまでされると逆に一体何を連れてきたのか嫌な予感しかしなくなってくるんだけど……え、まさかシンシスライムとか連れてきてないよね?)
一体ノゾミが何を連れてきたのか、ミノリが徐々に不安になりだしたその時だった。
「あの……もう入ってもいいんですの……?」
「あ、まだしゃべっちゃダメだってばクーちゃん!!」
ドア越しに聞こえてきたのは耳に覚えの無い女性の声。声だけではまだ判断しきれないが少なくとも言葉が通じる者である事だけは確定したので、最悪の想定だったシンシスライムではない事にミノリは心の中でこっそり安堵した。
しかし、このままノゾミに隠し続けられてしまっては埒が開かない。
(うーん……この手を使うのはあまり気が進まないけど……やるしかないか)
あまり気が進まないが仕方ないとばかりに、ミノリは『ある事』をする為にミノリは一度ため息をついて気を引き締めた。
ちなみにその『ある事』というのは『本気で叱る』という行動。
ミノリが娘として育ててきたトーイラ、ネメ、リラがあまりにもお利口だった為、16年間子育てをしてきた中で注意したり、窘めたりする程度の事は何度もあったが、本気で叱った事は今まで数えるほどしかなかった。しかしミノリは本日、意を決して孫であるノゾミに対して叱ることにしたのだ。
「……ノゾミ」
「……!!」
今までとは明らかに違うトーンの低い声でノゾミの名前を呼んだミノリ。
その声を聞いたノゾミはようやくミノリが本気で怒っていることに気がついたようでビクッと体を震わせた。
「もう隠すのは無理だって事、ノゾミだってわかっているよね? ……だからドアを開けなさい。外にいるクーちゃんって子もいつまでも外に置き去りにされたままなのはかわいそうでしょ?」
「……はーい、ごめんなさいおばーちゃん……今見せる」
常に孫である自分に優しく、迷惑をかけても許してくれた大好きな祖母であるミノリが発した、今までノゾミが聞いたことのない低い声を聞いて、ノゾミもこれ以上隠すと確実に雷が落ちると悟ったようで、観念したようにミノリに謝りながら渋々ドアを開けて隠していた『何か』を見せた。
「あ、どもおはようございますですの……。クーちゃんと呼ばれた者ですの……」
ノゾミが隠していたのは大体12,3歳ぐらいの背丈でボロボロになったローブを羽織り、フードを目深に被って顔を隠した少女だった。
フードから出ている長い金色のもみあげの先端は軽くロール状になっていて、手には治癒魔法を使う術士が使用するそこそこ品質の良い杖が握られていた事から、いいところのお嬢様のような印象を受ける。
しかしその印象を相殺するかのようにボロボロになったローブを羽織っているせいでチグハグになっているような印象をミノリは受けた。
「あ、こちらこそどうもご丁寧に……ノゾミ、この子は一体どちらさんでどこから連れてきたの?」
ミノリがその少女を眺めているとクーちゃんと呼ばれた子から先に挨拶をされたのでミノリも挨拶を返しがてら、彼女の詳細についてノゾミに尋ねた。
「えっと、この子はノゾのペットになるクーちゃん! 森の外にある町近くの洞窟にずっと隠れているって前からわかっていたけど、おばーちゃんがペットを飼うのはノゾがお姉さんになったらって言ったから我慢してたの。
だけど昨日の夜、シャルママが『ノゾはもうおねえさんになった』って言ってくれたからノゾはペットを飼えるってわかって、いてもたってもいられなくて連れてきたの!」
「……えーと……」
シャルママみたいな子をペットにしたいとノゾミが以前言っていたがまさか本気で連れてくるとは思ってもみなかったミノリは、ノゾミはシャルが発したらしい『お姉さんになったら』という言葉を口実に女の子を連れてきた事に対して頭が痛くなりかけた。
そして頭が痛くなりかけた原因はそれだけではなく、先程のノゾミの発言に不可解な点があったからでもある。
そもそもミノリを始め家族の誰も『森の外はまだノゾミには早いし危ないから』という理由でノゾミを生まれてから一度も森の外に連れ出したことが無い。だというのに先程のノゾミの発言からすると、ノゾミは彼女が隠れていた洞窟を最初から把握していたかのように連れて帰ってきたという事になる。
(なんでノゾミはこの子の居場所がわかっていたの……? ノゾミの話しぶりからすると一直線に向かったみたいだし…)
その事を疑問に思いながらミノリが顎に手を当てて理由を考えていると……。
「あわあわあわ……ごめんなさいごめんなさいですの、ワタシみたいなこの世界に不要な存在がノゾミさまのペットにさせてもらうだなんて、何とも烏滸がましくてすみませんすみませんですの……」
「えっ、あ、ごめんね!? つい考え事して黙り込んでしまって。私あなたをそんな風に思ってないから謝らないでね!?」
ミノリの反応が芳しくないと勘違いしたらしいノゾミのペット候補ことクーちゃんが、突然卑屈になって謝りだした。ミノリの周りに今までいなかったような圧倒的ネガティブキャラで、これには思わずミノリも心の中でつい、
(あ、扱いづらい!!)
と、思いかけてしまったのだが、ミノリはその雑念を振り払うように首を軽く左右に振ってから謎の少女『自称クーちゃん』に話しかけた。
「えっと……むしろ私の方こそごめんね。突然の事で混乱しちゃって……ひとまず中に入って」
「は、はい……」
ミノリはクーちゃんと呼ばれたこの少女にも話を聞くべく、彼女を居間へ招き入れる事にしたのだが、その移動の最中……。
(あれ……というかこの子を連れてきたっていう事は、ノゾミは一旦森に出てからこの子を連れてまた戻ってきたという事になるよね?
……私とトーイラとネメ以外は入る事自体難しいはずのこの森をどうやってノゾミはすんなりと出入りする事ができたんだろう……?)
ネメから魔力を定期的に与えられているからか今ではシャルも自由に出入りできるようになっていたのでミノリはすっかり忘れかけていたのだが、そもそもこの森は没イベント用に用意された没マップで、ミノリ及びトーイラとネメというその没イベント関係者しか基本的に自由に入れなかったはずである。
それにもかかわらず、そもそもゲームに出てきてすらいないノゾミが難なくこの森を出入りできたというのだ。
これは一体どういう事なのかとミノリは疑問に思いかけたのだが、それよりもクーちゃんと呼ばれた謎の少女の方が気がかりであったため、この疑問は次第に頭から薄れていったのであった。




