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152. 15年と11ヶ月目②昼前 英雄の恋愛事情。

 リラがノゾミに読み聞かせを、トーイラがネメに恋愛相談をしていた同時刻にミノリが歩いていたのは森の中。

 作りすぎた料理をお裾分けするべく、昼食後にネメと買い出しに出かけるための準備をしていたシャルに声がけをしてからザルソバの家へと向かっていたところであった。


 ザルソバは当初、キテタイハの町に住んでいたのだが『もっとミノリの近くでミノリを守れるようになりたい』と考えたらしく、今ではこの森を出てすぐの場所に小屋を建てそちらに移り住んでいる為、若干距離はあるものの、ザルソバは言わばミノリたちのお隣さんという事になる。


「最近になってようやく一人で森の外へ出ることを許してもらえたもんなぁ……」


 数ヶ月前、血迷ったミノリの口から出た『責任取って結婚する』発言事件以降、ミノリはザルソバと接触する事はおろか、一人で森から出る事までも娘たちから禁止されていたのだが、今日はミノリ一人で森の中を歩いている。

 というのも、当のザルソバから『ミノリさんには一時の迷いや責任感などでなく、心の底から好きだと思ってもらいたいのでそれに甘えるつもりは無い。だからミノリさんに対しての制限を緩くしてはあげられないか』とネメ達へ申し出、渋々ながらも娘たちはそれを了解した事でこうして一人で森を出ることを許されたのだ。


 ……ちなみに娘たちは相変わらずミノリに対して過保護なため、索敵魔法か何かで常にミノリの事を監視しているのだが、ミノリにとってはそれが当たり前になってしまっている現状、それぐらいの事では動じないという、変なところでだけ肝が据わっているのがミノリである。


「みんな心配性なんだもんなぁ。前みたいに混乱した勢いで責任取って結婚するだなんてもう言う気はないのに。血迷ってなければそれぐらいの判別はつくのに」


 などと独りちながら森の中を進むミノリ。


 かつて、娘たちを母である自分が傷つけてしまうのがイヤだからと自分を殺すよう言ったり、自分を犠牲にしてでも家族を守ろうとしたりなどと、思い立ったらすぐ血迷ったような行動を取る悪癖がミノリにはあるので、一体どこから『判別はつく』と言い切ってしまう程の謎の自信が湧いてくるのか。

 近くに誰かがいればそれに対して即座にツッコんだのだろうが……生憎あいにくこの場にいるのはミノリただ一人。


 そんなツッコミ不在の空気取り巻いた状態のままミノリが森を抜けると、すぐに一つの小屋が目の前に現れた。ここが現在ザルソバの住居となっている小屋である。


「えーっとザルソバさんはー……あ、いた。こんにちはザルソバさん」

「……っと、ミノリさんこんにちは!」


 ザルソバは何やらトレーニングをしていたようで、ミノリが来たことに気がついたらしいザルソバは素振りをしていた剣を下ろすとミノリに挨拶を返した。


 ミノリの顔を見るなりパッと明るい表情となったザルソバは、手はかかるけど放っておけない愛玩犬のような反応が多いシャルと異なり、まるで主人の帰りを行儀良く待っていた忠犬そのものの反応で、これはこれで好ましいとミノリは思いながら、持ってきたお裾分けをザルソバに手渡した。


「えっと、これ作り過ぎちゃったので良かったら食べてくださいね」

「わっ、ありがとうミノリさん。大切に食べさせてもらうよ」


 ミノリからお裾分けの料理を受け取ったザルソバは軽く微笑ほほえみながらミノリへ会釈した。


 ちなみにだがこのザルソバ、料理名を冠した名前の割に料理の腕は尋常ではない程に下手なようでミノリたちの家に暮らし始めた頃のシャルよりも杜撰ずさんな料理しか作れず、そのせいで体調を崩していた経緯もあって、こうして今日のようにミノリがお裾分けを度々(たびたび)持っていくようになっていたのだ。


 今まで世界を救う為に尽力していたのだから料理の腕がてんでダメなのはまぁ仕方ないといえば仕方ないのだが……。


「まぁ、お口に合うかはわからないですけど……」

「そんな事は無いさ。ミノリさんの料理は一流のシェフも敵わない味で……私はとても好きだよ」


 謙遜けんそんしながら軽く微笑むミノリに対して再び爽やかそうにザルソバが微笑み返すと、その笑顔につられたのかミノリは若干顔を赤く火照ほてらせてしまった。


 まるで光のエフェクトでもその身にまとっているかのように見間違えてしまうほど、ミノリにはザルソバの笑顔が輝いて見えてしまったからこその反応なのだが、そもそもザルソバはゲーム本来の女主人公だ。


 それはつまり『主人公という時点でゲームを遊ぶプレイヤーにそのキャラを好きになってもらいたいという制作陣の思いがたくさん込められたキャラ』であるという事になるため、魅力が溢れ出しているのも当然の事なのである。


 そんな好かれ要素満載であるザルソバの素敵な笑みを不意に見せられては、いくら同性でも油断すると一瞬で堕ちかねない。


(あー……まずい。トーイラたちは娘だという前提があるからこそ、一線を引いていられるのに、ザルソバさんは娘じゃないし、ゲームでも男主人公じゃなく敢えて女主人公を選んだのは私自身が気に入ったからってのもあるし……)


 そしてミノリに好意を持つザルソバが同じくミノリに恋慕を抱いているトーイラにまさっている要素が『家族の一員でない』ことだった。ミノリは母と娘の立場を崩してはならないという考えが根底にある為にトーイラが恋慕を抱いていることを気づいていても決して首を縦には振らない。しかし、ザルソバにはその制約が無いのである意味現時点で一番ミノリを堕とせる可能性が高い存在でもあるのだ。


(落ち着け私……ザルソバは料理名、ザルソバは料理名……食べ物……)


 それでもなんとかミノリが平静を保っていられるのは彼女のただ一つのマイナス要素である『ザルソバ』というあまりにも台無しな名前のおかげだ。それを心の中でひたすら連呼することでミノリはなんとか平静を保っていられるのだ。


 ……まぁ、そんなひどい名前を彼女につけた張本人こそ前世のミノリ本人なのだが……。


 そんな風に一呼吸して気持ちを落ち着かせる事に成功したミノリは、そういえば一つ気になった事があった事をふと思い出し、ザルソバにそれを尋ねた。


「そ、そういえばザルソバさんの故郷ってリマジーハでしたよね。大分だいぶ帰っていないように思ったんですが、たまに帰ろうと考えたりはしないんですか?」

「おや、確か私の故郷がリマジーハである事についてはミノリさんに話したことは無かったと思うが……やはりミノリさんは私を導いていた女神『オンヅカ神』だからこそ私の故郷についても知っていたんだね……実は私はもう故郷には帰らないと心に決めているんだ」


 ザルソバの故郷はリマジーハというゲームスタートの場所だ。

 ザルソバが話していなかった事をミノリが知っているのはザルソバが言うようにゲームをプレイして彼女を導いていたからこそで間違いないのだが、ミノリにもう故郷には帰らないとザルソバが言った途端、彼女の表情にかげりが見えはじめた。


「そういえばザルソバさんからは直接聞いてなかった……はい、知っていました。だけど何故もう帰らないと決めたのかまでは知らないです。あれ……もしかしてその原因って私……?」


 確かにリマジーハは大陸も違うし帰るのも大変ではあるが、帰ろうと思えば帰ることが出来るはずだ。

 ということは、一時的でも帰ることが出来ない大きな理由があるのだろうかとミノリが考え始め、やがて自分のせいではとミノリが思いかけたその時、その表情で察したらしいザルソバはすぐさま否定した。


「いや、大丈夫だミノリさん。私はあなたには何も隠し事が出来ないと思っているから謝る必要が無いし、私が帰らない理由もきっとミノリさんは自分が原因ではと思ってしまったのかもしれないが、ミノリさんが原因ではないので安心してほしい。

 その……帰らない理由なのだが……以前話したこともあったが、私には将来を誓い合いながら共に戦ってきた幼なじみがいてな。

 しかしそいつは度の過ぎた光属性好きがこじれにこじれたせいで、土属性である私との約束を反故ほごにしてパーティーにいた光属性の仲間と交際を始めてそのままリマジーハに戻ったんだ。

 ……口約束しかしなかった私にも落ち度はあるが、将来を誓っていた相手が同じ村、その上私の向かいの家に住んでいるもんだから、常に私はその幼なじみがイチャイチャしている姿を見せつけられる事になってしまうわけだ……。

 英雄としてたたえられたからこそこうして気丈に振る舞ってはいるが、結局私だって一人の人間。私には耐えられなかったんだ……無理だったんだ……だからもう帰らないんだ……」


「えーっと……という事はもしかしてだけど……モンスター図鑑を埋める旅をしていた本当の理由は……」


「まぁ、その、なんだ……察してくれると助かる……土属性の何がいけないんだ……土だって……土だって……ぐすっ」


 そう話すザルソバは涙がこぼれる姿をミノリに見られたくないのか上を見上げたまま動かなくなってしまった……いや、正確には泣いているせいで僅かに震えてはいるが……。


(そっか……英雄としてたたえられても結局は年相応のなんだねザルソバさんも……なにせトーイラとネメよりも年下だもの……えーっとトーイラ達より2歳年下って設定だったはずだから……確か19歳だっけか……)


 ミノリは今までザルソバについては『些細なことに動じない心の強い者』という認識だったのだが、辛そうな表情で譫言うわごとのように話す先程の姿を見て、彼女も人並みに傷つくし、それどころか既に心に深い傷を負ってしまった普通の少女なのだと考えを改めた。


(そしてなぁ……ザルソバさんがこんな辛い状況になってしまったの、確実に私たちが原因だもんなぁ……)


 故郷から逃げるように飛び出してしまう程のトラウマになるという、世界を救った英雄に対してそれなりに酷い仕打ち。

 その原因を作り出してしまったのは、彼女に与えられるはずだった『光の祝福』をリラに与えてしまった自分たちである為、彼女に持っていた申し訳ないという思いが一層強くなったミノリは……。


「……ザルソバさん、思い出したくないことを思い出させてしまったみたいでごめんね……そしてその原因の一端は確実に私だから本当にごめん……」


 そう、ザルソバに謝罪したのだが、彼女は気持ちを切り替えたかのように涙をぬぐうと逆に申し訳なさそうな顔をミノリに見せた。


「あ、いやすまない。私の方こそ、ミノリさんを間接的に責めているようになってしまっていたよ。

 別にミノリさんを責めているわけじゃないんだ。ミノリさんの愛娘であるリラちゃんはそのおかげで命を救われたと話しには聞いていたから私に謝る必要は無いよ。

 それに悪いことばかりではなかったさ。こうして私が進行してきた『オンヅカ神』であるミノリさんに逢えたわけだから」

「ちょっ……!」


 先程までの鬱屈うっくつとした表情から打って変わって、再び爽やかな笑顔を見せたザルソバ。


 不意打ちで見せてきたその笑顔に思わず顔をほんのり赤くさせたミノリだったが、改めてザルソバについてミノリが考えてみると、容姿は端麗で、性格も良く、強さも申し分ないという驚きの高スペックだ。名前だけはミノリのせいで残念な事になっているが、この世界では一般的な名前の為ミノリ以外の人間にとってそれは全く問題にはならない。


 そんな高スペックの塊であるザルソバの事を、何故彼女の幼馴染は光属性じゃないからというだけで心変わりしてしまったのだろうか。


 その理由がミノリには全くわからなかったし、第一、ここまで高スペックな存在なら幼なじみはかくとして他の者がザルソバの事を放っておくはずが無いと思うのだが彼女の口ぶりからするとそういった事も起きなかったと判断できる。


(……これを聞くの、結構失礼な気もするけれど……)


 その事が気になったミノリは、不躾ぶしつけであるとは感じながらも再びザルソバに尋ねた。


「わ、私の事は兎も角……ええと、気を悪くしたらすみませんがザルソバさんは世界を救った英雄なわけですから、男女問わず見取みどりだったのではと思うんですけど……そういった事は無かったんですか?」


 ミノリの口から『気を悪くしたら』と出たことでほんの少しだけ身構えたザルソバであったが、その質問を聞くと困ったように苦笑いをして、ほほ一掻ひとかきしながらミノリの問いに答えた。


「あはは……やっぱりそう思うよね。ミノリさんが指摘したように確かに色々な誘いはあったさ。小さな村の名前の知らない少年少女から王族の者まで男女問わず。

 でも、たとえ口約束であったとしても将来を誓い合ったはずの幼なじみにそれを反故ほごにされたとわかった瞬間、もうそういったものはいいやと悟り、全ての誘いを断った後でミノリさんと出会ったんだ。

 ミノリさんの事も、最初は『会話をした事のある人』ぐらいの認識だったんだが、自身が私の探し求めていたモンスターである事を明かしてまで家族を守るために身をていした姿、そしてミノリさんが私の事を途中まで導いてくれた神であると気づいた瞬間、私は運命を感じたんだ。

 これからはミノリさんを守る騎士として一生を捧げたい。たとえミノリさんと結ばれなくてもいい、ただただミノリさん、あなたを守りたいと」


「えっと、だからなんでそんなかっこいい発言をさらっと出せるのかなザルソバさんは……」


 ミノリが尋ねるたびに返ってくる、イケメン度合いのすさまじいザルソバの返答。


(いやもう……ただのリップサービスなのは間違いないのだろうけど何度もそう私のことを持ち上げるように言われるとこっちも顔が赤くなるよ……破壊力抜群すぎるって……)


 彼女の言葉にミノリは顔を赤くさせたまま言葉を返せないでいると……。


「……あぁ、でも……今ミノリさんの質問で一つ思い出したが……」


 ザルソバがミノリから視線を外してから空を見上げながら言葉を続けた。


 しかしその言葉はミノリに対して語っているのではなく、ザルソバが自分自身に言い聞かせているような、そんな言葉だった。


「先程はもういいやと言ってしまったのだが……実は一人だけ、恋愛感情までには至らなかったがとても好ましいと思っていた者がいたよ。

 旅の途中で出会ったその者は、いつか私のパーティーに入って私を支えられるように頑張りたいと言いながらずっと後から追いかけてくる懸命な姿が印象に残っていて、次会ったら仲間に……なんてパーティーのみんなと決めていたのだが、その者はある日を境に姿を消してしまい、それ以来もう何年も会っていなくてな……。

 追いかけるのに飽きてしまっただけなのかもしれないし、モンスターや盗賊に怪我を受けてしまって旅を諦めたのかしれない。それか最悪、もうこの世には……」


 そこまで口にしたザルソバはその相手に想いをせるかのように目を閉じた。


(あれ……? そんなキャラいたかな……うーん……全然記憶に無い……私も忘れているのかな……)


 ザルソバの言葉を聞いたミノリは記憶の中にあるゲームのメインキャラの顔を一人一人思い浮かべてみたのだが彼女の言葉と合致するようなキャラが全く思い浮かばない。


 ザルソバが思い描いた人物が一体誰なのか気になるミノリであったが、その言葉を最後にザルソバが口をつぐんでしまったこともあってミノリはそれ以上追求する事は出来ず、ザルソバに軽く別れの挨拶をすませると、そのまま家へ引き返した。



 ******



「……ザルソバさんが思い描いた人が誰なのかも気になるけど……それよりも……」


 その帰り道の最中さなか、ミノリはザルソバの事以上に気になる事を急に思い出してしまった為、ザルソバから離れてからはそちらの方に意識が向かっていた。


 その気がかりな事というのはシャルの事だ。


(さっきのシャルの様子……あれは何かを悩んでいるみたいだったんだよなぁ……)


 ザルソバの所へ行く前にミノリがシャルに声掛けをした際、何か思い悩んでいる事が密かにあるような反応をシャルが僅かに見せたのをミノリは思い出したのだ。


(なんだか買い出しに行くのがあまり乗り気でないみたいな……そんな感じの……)


 一度思い出してしまった以上、そちらの方が気になってしまっているミノリは、ザルソバが思い描いた人物の件については後回しにする事にし、シャルが昼食後に買い出しへ出かけてしまう前に何を悩んでいるのかまずは相談に乗る事にしようと決めたのであった。


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