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151. 15年と11ヶ月目①昼前 甘えたい三女と悩む長女。

「……うん、あとは食べる直前に温めればお昼ご飯完成。リラ、ありがとうね」

「どういたしまして、かーさま」


 この世界にミノリが転生して間もなく16年になろうかとしていたある日の昼前。リラが昼食の準備を手伝ってくれたおかげでいつもよりも早く準備を終える事ができたミノリは、手伝ってくれたリラとともに台所から居間に戻り、お昼になるまで時間をつぶそうと椅子に2人で腰かけていると……。


「そういえばかーさま、ノゾミちゃんってどこに行ったか知ってる?」

「ノゾミ?」

「うん。お昼ご飯を食べ終わったらノゾミちゃんに本を読んであげる約束してて……あたし、かーさまを手伝うまでノゾミちゃんのこと探していたの」


 どうやらリラが手伝ってくれたのは、ノゾミを探している時にミノリが昼食の準備でせわしなく動いていたのを見て大変そうだと思ったからだったらしい。思いやりのあるよい子である。


「ノゾミだったらネメと一緒にお風呂に入ってるよ。私がお昼ご飯に取りかかる前までネメと一緒に外で遊んでいたら2人とも泥だらけになっちゃって……あの子のことだからお風呂から出たらきっとお昼の後じゃ待ちきれなくてすぐリラの所へ向かうと思うから少しだけ待ってあげてね」


 近頃のノゾミは頼る人の使い分けを身につけたようで、運動や狩りを始めとした動く事全般はネメやトーイラとミノリ、本を読む事やお勉強、家のお手伝いに関してはシャルやリラ、そしてミノリに頼るようになっていた。……何故かミノリ一人だけどちらの場合でも頼られているせいで明らかに負担が多いのだが家族第一主義のミノリはそれをあまり気にしている様子は無い。


 そして本日のノゾミは本の読み聞かせをリラにお願いしていたようで、ノゾミに対してはちょっとお姉ちゃんぶりたい気持ちがあるリラはノゾミに読み聞かせをするのが楽しみで待ちきれず、先走ってその事をミノリに尋ねたようだ。


「うん、わかった。……かーさま」


 むぎゅっ。


 ミノリの言葉を聞いて納得したように頷いたリラが、少し迷ったかのような仕種を見せたかとおもうとそのまま珍しくミノリに抱きついてきた。

 この家に来たばかりの頃はこうしてよく抱きついてくれたりしたリラだったが、彼女がトーイラへの恋心を自覚し、ミノリを恋のライバルと認定して以降、回数が減っていたのでミノリにとっては久しぶりのリラの抱きつきである。


「わ、珍しいねリラ、抱きついてくれるなんて」


 久しぶりにリラが自分に抱き着いてくれたことが内心少し嬉しいミノリは、リラの頭をゆっくりなでながら優しい声色で話しかけると、リラは少し戸惑った様子を見せながらも意を決して彼女の本心をミノリに打ち明けた。


「……あたしね、トーイラおねーちゃんの事が好きだから、かーさまには負けたくない気持ちいっぱいあって、かーさまにつれない態度取っちゃうことあるけど……やっぱりかーさまの事もかーさまとして好き。だから、時々でいいからこうして甘えさせてくれると嬉しいな……」


 そう言いながらほっぺをスリスリとさせてくるリラ。トーイラやネメと違ってかなり控えめな甘え方だけれど、それでもミノリの事を母娘の関係として好きだという想いはミノリにも充分伝わった。


 そしてミノリはリラの頭をなで続けながらその言葉に応えた。


「勿論構わないよリラ。だって私はあなたの母親だもの。だからいっぱい甘えてくれていいんだよ。

 ……というか私としては、リラは小さかった頃のトーイラやネメと比べても甘えてくれる頻度が少ないからこうしてもっと甘えてくれると嬉しいんだけどね。リラも大事な私の娘なのは変わらないもの」

「うん。……ありがとかーさま。……だいすき」


 そもそも『母としての立場は矜持きょうじしたいから恋とは無縁なのだけれど……』と、内心思っているのだが、ミノリ達と暮らすようになってから初めて自分の内面を出すことができるようになったリラには、こういった対抗心や競争心もリラの成長には欠かせないと最近思うようになっているミノリ。


 その為、今はリラのやりたいようにやらせてみようという考えから『自分はライバルの立場ではない』という否定をすっかりしなくなっていた。


 ……そのせいでリラから時々対抗心いっぱいの冷たい反応を受ける事になっててしまい、一人心で涙する事もあるけれど仕方ない、これもリラが成長する為なのだとそのたびミノリは自分に言い聞かせている。


 そんな穏やかな空気に包まれた時間が過ぎていく中、やがて浴場の方から何やら物音が……。どうやらノゾミがお風呂から上がってきたようで、こちらへと向かってくる足音が段々大きく響いてきた。


「リラおねーちゃん!! ごほん読んでーー!! 寒戸さむとばば聞きたい!!!」

「こーら、ノゾミ、リラおねーちゃんに本を読んでもらうのはお昼を食べてから……っって、ちょっとノゾミ!? なんて格好してるの!?」


 そして居間に入ってきたのは勿論ノゾミ。リラに読み聞かせをしてもらうのが楽しみだったようで下着も身につけずにバスタオルを体に巻いただけの姿で飛び出してきたのだ。

 ……しかしそれでも羞恥心の『しゅ』の字も無く、全裸で風呂場からやってくる事があるネメに比べるといくらかマシなのだが……。


(……いや待って。ノゾミってばろくに体をいていないな?)


 いくらかマシだと思いかけたミノリだったが、まじまじとノゾミを見直してみると髪の毛や体からだらだらと垂れまくる水滴と地面にどんどん広がっていく水たまりが見え、おそらくノゾミはタオルを巻いただけで体も髪も一切拭かないままやってきてしまったのだとわかった時点で前言を撤回し、ネメもノゾミもどっこいどっこいだと脳内で結論づけた。


 それほどにリラから読み聞かせをしてもらうのが楽しみだったのが頷けるが……ミノリは軽くノゾミをたしなめた。


「全くもう……ノゾミ、リラの読み聞かせが楽しみなのはわかるけどちゃんと体を拭いてお昼を……まぁいっか、リラから1回読み聞かせをしてもらってからちゃんとお昼食べてね。そして読み聞かせはちゃんと体を拭いて、着替えてからにするんだよ」

「えへへーおばーちゃんごめんなさーい! リラおねーちゃん、早く読み聞かせして!!」

「うん、いいよノゾミちゃん。……かーさま、読み聞かせする前にあたしがノゾミの体拭いてちゃんと着替えさせておくね」

「ごめんねリラ、それでお願いね」


 ミノリに対してあまり悪びれた様子も無いまま雑にノゾミは謝ると、リラの腕を引っ張りながら別室へと消えていったのであった。元気なのはいいことだがまるで嵐のようである。


 ちなみに、寒戸さむとばばは遠野物語の一つなので本来この世界に存在しないお話なのだが、まだトーイラとネメが幼かった頃、2人に読み聞かせを何度かしていたミノリが、本にまとめておけば後々(のちのち)便利そうと考え、読み聞かせ向きの民話や物語を思い出すたびに書き留めて一冊の本としてまとめあげていた。

 その中に寒戸さむとばばも書き記していたので、こうしてリラもこの世界に存在しない遠野物語の一説をノゾミに読み聞かせる事ができるのだ。


「全くもうノゾミってば……。まぁまだ1歳にもなってないわけだし自分の気持ち優先になっちゃうのも仕方ないか。

 ……さてと、今日はちょっとお昼作り過ぎちゃったし、お昼にもまだ時間もある事だから先にザルソバさんの所へ作りすぎたご飯をお裾分けしに行くことにしようかな。こないだ話を聞いた限りではザルソバさんって料理が下手すぎて不健康そのものの食生活みたいで一応気になるし……」



 *****



「──それでトーイラは結局どうしたい(どしたい)? おかあさんを籠絡ろうらくするかリラを手籠てごめにするか、それとも一か八か私とシャルも巻き込み、夢のおかあさん中心酒池肉林ハーレムを築くか」

「ちょっと他に言い方無かったのネメ!?」

「そうは言うけど他にたとえよう無し。そしてトーイラはおかあさんと付き合いたい気持ちとリラを一人にさせたくない“だぶるらぶしょっく”な気持ちに思い悩んでる」


 ミノリが、ほんの少しだけ出かけようと、そしてリラがノゾミの体を拭き終わった後で本の読み聞かせを別室で始めた同じ頃。

 きっちり体を拭いていた為、遅れて浴室から出てきたネメがいたのはミノリたちの寝室。トーイラに相談したい事があると前々から言われていたネメはこうしてトーイラから恋愛相談を受けていたのだが……ネメの表現が直接すぎて思わずトーイラが顔を真っ赤にして抗議したがネメは意にも介さない様子で淡々とそれに反論した。


「いやまぁそうだけどねー……。都合良すぎるってのはわかるんだけどママと結ばれたいけど、リラを悲しませたくないって気持ちもあって……。あーあ……私の体が2つあればなー……」

「あいわかった。それなら私がトーイラを」


「待ってネメ。なんだかネメが言うと体が真っ二つになりそう」

一分いちぶの異論無し。私の手にかかればトーイラはスパンと綺麗に真っ二つ」


「そういう意味で言ったんじゃないよ私!? ……まぁネメが本心で思っていることはわかるけどね」


 ネメは真顔で冗談を言うのである意味、たちが悪いのだが、ネメには既に諦めてしまった『ある気持ち』がある事を知っていたトーイラはツッコミだけはするもののそれで怒るようなことはしなかった。

 その、ネメが諦めてしまった気持ちとは……ミノリへの恋慕。


「うん。私だって体が2つあればおかあさんとも結ばれたかった。だけどシャルの事だって見捨てたくない。その結果、おかあさんは諦めた。でもおかあさんが私の事を望めばすぐにでも私はおかあさんの手を取るし、なんならシャルもそれを承知の上での結婚だけれど、おかあさんはそれには絶対首を縦に振らない」


 ミノリの信念の根底にある『家族が全員幸せである事』には、直接ミノリが娘としたトーイラとネメ、リラや孫のノゾミだけでなく、ネメの嫁として迎え入れられたシャルもその輪の中に当然入っている。

 万が一ネメが今更ミノリと結ばれるようなことがあればその時点でシャルは幸せではなくなってしまい、ミノリの信念に反してしまう。そんな事をミノリが良しとするはずがないのだ。


 そしてこれは当然シャルだけではなく、トーイラとリラの2人にも該当しており、トーイラがミノリと結ばれてしまうと、リラは想い人であるトーイラと結ばれず寂しい思いをさせてしまう。

 それならば、ミノリの信念に反せずにトーイラとミノリと結ばれる方法があるかというと全く良案が浮かばず、にっちもさっちもいかない状況になってしまっているのが現状だ。


 そのせいで再び頭を悩ませるトーイラ。その姿を見たネメはトーイラの背中をポンと叩き……。


「そもそもトーイラはいざという時に行動ができない臆病風吹かれまくり大旋風状態なのがダメ。まずはそのヘタレ体質を克服しないと一向に前には進めぬ。だからこそ大いに悩むといい乙女。その悩みは必ずかてとなる」

「ヘタレ……ってハッキリ言うねぇネメ。……いや、わかってるよ自分でもヘタレなのは……。だけどママの前に立っちゃうとすっごく緊張しちゃって……って私とネメは同い年っていうか双子だよね? どうしてそんな先達せんだつみたいな言い方になっちゃってるの?」


「ふふん、なにせ私は妻帯者で子持ち。このあどばんてーじはるがなし」


 そう言いながら何故か勝ち誇ったような顔をトーイラに見せたネメだったが、そこまで言い切ってから、ネメは表情をやわらげ……。



「……そしてトーイラは私が大好きな姉。生まれてから今まで、ずっと私と一緒にいたからこそ、私はトーイラの頑張る姿が見たい。だから、ね……がんばれ私のたった一人のおねーちゃん。うまくいってもいかなくても、トーイラががんばっている限り、私は応援するよ」

「……うん、ありがとネメ」



 ……普段の特徴的なしゃべり方ではなく、ツーカーでわかり合える双子の姉のことを思いやった優しい口調で言葉を続けたネメに、少し照れながらトーイラは感謝の言葉を伝えたのであった。


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