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150. 15年と10ヶ月目 ウルトラスーパーロングヘアーミノリさんの決心。

「うーん……」


 雪がそれなりに積もった冬のある日、今日は誰も外に出る用事も無く家事などを全て済ませた後、みんな家の中で好きなように過ごしていた。


 といっても基本的に仲良し家族のオンヅカ家の面々なので、特にする事も無いと何故か同じ部屋に集まってしまう事が多く、今日もまたミノリと娘3人が居間に集まり、それぞれ思い思いに過ごしていた。


 ちなみに現在居間にいないノゾミとシャルは、授乳のために別室にへ移動していてそれが終われば2人もそのうち居間にやってくるだろう……なお、ノゾミの授乳期は既に終わっているはずなのだが時々無性に飲みたくなるそうで、そういった時はシャルにおねだりしてこうして授乳させてもらっているのだ。


 それはかくとして、ミノリと娘3人が居間にいる中で、椅子に腰掛けながら物憂げな表情を浮かべるミノリが手にしているのは自身の髪。

 先程からその髪先を見つめながら真剣に考え事をしていて、5分以上その姿勢を崩さないミノリに対して、一体どうしたのだろうと近くにいた娘たちが時折不思議そうに顔を見合わせたりしながらミノリの様子を見ていると……ミノリは3人から向けられている視線に気づかないまま、考えている事をつい無意識に口からこぼした。


「……やっぱり私の髪って長すぎだなぁ」


 転生してから間もなく16年。前世の自分の姿が朧気おぼろげになってしまうほどに今の姿に馴染みきってしまったミノリであるが実は今更ながらの悩みも抱えていたのだ。


 それは髪の事である。


「この髪、まるで長さが固定されているみたいに、伸びたり縮んだりする様子も無いし、地面に付きそうになっても不思議と汚れるようなことも無いから今まで放っておいたんだけど……正直なところお手入れが大変なんだよなぁ……」


 ミノリがそう独りちたように、確かにミノリの髪は非常に長く、直立した状態で足首にかかるほどもある。

 そんな長さなら普通、少しでもかがんだりしようものなら当然髪が地面について土埃つちぼこりなどで汚れてしまいそうなものなのだが、不思議とそのようになった事が一度も無かったのだ。

 まるで地面スレスレで浮いている事で足裏が汚れないという設定のあるどこかの青い猫型ロボットのようである。


 しかしそれはそれ、これはこれ。汚れない以前にあまりにも長いせいで洗うのに手間もかかれば時間もかかってとにかく大変なのだ。

 汚れないのならそもそも洗う必要すら無いではないかという見方も充分に考えられてしまうのだが……いくら汚れないからといって髪を洗わないままにするという選択肢だけはどうにも生理的に受け付けないのがミノリであった。


「汚れない割に毛先だけはいたむからお手入れも正直大変だし……いい加減切っちゃおうかな……」


 それこそミノリは、今までの話は別に誰かに聞かせようと考えていたわけではなく、ただの独り言として、何の気なしにつぶやいていただけだったのだが、それを聞き逃さなかった存在がすぐ近くにいた。


「え? ママ髪の毛切っちゃうの!? ……あ、もしかして毛先を整える感じで毛先をちょっとって事?」


 まず、真っ先に反応したのは長女トーイラ。


「あれ、聞いてたのトーイラ? いやぁせめて腰の辺りまでにしようかなーって……できたらもっとこうバッサリとショートカットみたいにしたいんだけども……」

「えー!? ママの髪そんなに切っちゃうの!?」

「うん、それもいいかなーって……というかそんなに驚くことかな……?」


 ミノリが髪を切ると聞いた途端、何故か狼狽ろうばいするトーイラに対して『何故そこまでショックを受けたような顔を……?』とミノリが内心驚いていると、トーイラに同調するかのような言葉を続ける者がいた。


「そんな。おかあさんの髪は至高の一品。それを切ってしまうなんてもったいない」


 今度は次女のネメである。ミノリの発言に困惑の色が隠せないようでトーイラと同じようにショックな表情を見せていた……といってもその表情の変化は家族ぐらいにしかわからない微々たるものであったが。


「え、えー……ネメまでそんなに驚くの?」


 そしてそんな事でこれぐらい驚いた反応を示すのは普段ならばせいぜいミノリ依存症歴15年強のトーイラとネメ、そしてノゾミに授乳させるために今は別室にいるのでここにいないシャルの3人ぐらいなのだが……今日は珍しく2人に同調する第3の刺客が現れた。


「かーさまの髪、お日様に当たるとキラキラ光ってとっても綺麗であたし好きなのに……」


 少し離れた位置で本を読んでいた三女のリラもがっかりしたような顔をミノリに見せてきたのだ。


「え、リラまで!? う、うーん……みんなが髪について褒めてくれるのは正直素直に嬉しいよ? ……だけど私自身おしゃれに全然興味ないしそもそも洗うのが一手間なんだよこの髪の量って。

 みんなとお風呂に入るとみんなが私の髪を洗うのを手伝ってくれるからとても助かっていたけれど、いつまでもおんぶにだっこというわけにもいかないからね。

 最近ノゾミと入る事が多いからやっとそれに気づいたよ」


 ミノリが誰かとお風呂に入ると何故かみんなが率先してミノリの髪を洗いたがるので今までは特段困ってはいなかったのだが、それでも一人で入る時は勿論もちろんあり、その際に髪を洗うととても時間がかかっていた。


 また、最近のはミノリはまだ幼い孫のノゾミと2人で入る事が多くなっていたのだが……ノゾミは『百まで数えてどころか五数えさせるのがやっと』というカラスの行水を体現したような存在で、浴槽にパッと入ったかと思うとすぐに出てしまうというちょっと困ったちゃんなのだ。


 そしてそうなると必然的にミノリの髪は一人で洗うことになり、結果的に髪を切ろうと考えるようになってしまったのである。


 しかし愛娘たち三人が、ミノリが髪を切る事に対してそのままにしてほしいと懇願こんがんするような眼差まなざしを向けるという予想外な反応をした事に対して、ミノリもまた困った表情になってしまった。


 そして、娘たちに哀しそうな顔をさせるなら今すぐに切らなくてもいいかと思いかけたその瞬間……。


「できれば髪は切ってほしくないけど……もし髪の毛を切るならママの髪ちょうだい!! マフラーにしたい! 家宝にしたい!」

「私もほしい。お守り」

「え゛……えぇ……?」


 ミノリをさらに困惑の渦へと叩き込むような発言をしたのはミノリに陶酔とうすいしきっている長女トーイラ、そして次女ネメ。

 髪の毛を欲しいと言い出した2人に対してミノリも流石にドン引きしてしまいそうになってしまった。

 2人が進んで欲しがるという反応を見るに、この世界にはどうやら遺髪という文化は無いようだがそれでも自分の髪の毛を渡すというのはいくらなんでも……と内心ミノリが思っていると、三女のリラは2人とは異なって不思議そうに顔をきょとんとさせていた。


「髪の毛もらってどうするの?」


 小首を傾げ、なんとも愛らしい姿だ。

 想い人である長女のトーイラに対しては振り向いてほしいが為に時々妖艶ようえんな雰囲気を見せる時もあるものの基本的には純真無垢な幼き少女。しかしこのままでトーイラ達の変な嗜好しこうがリラにまで影響する可能性も否めない。

 となると、これから先もリラが素直で純真無垢なままでいられるようにするにはやはり今髪の毛を切るのは得策では無いとミノリは結論づけ……。


「……うん、やっぱりやめるよ。髪を切るの」


 ミノリからもう矯正不可能という判定を受けている長女次女は兎も角、三女に変な趣味を新たに植え付けさせたくないミノリはひとまず髪の毛を切ることを諦めたのであった。


 そうする……つもりだった。


 しかしその夜……。


「お風呂入る!!……お風呂出る!」

「ちょ、ノゾミ!? いくらなんでも早す……ひゃんっ」


 浴槽に入ってわずか7秒で出ようとしたノゾミを、流石に早すぎると制止しようとしたミノリだったが、ノゾミはミノリのおへそを狙っていたかのように瞬時に触り、ミノリがひるんだ隙に浴室から飛び出してしまった。


「ま、全くもうノゾミってば……。まぁ仕方ないか。それじゃ髪を洗って私も出るかな……はぁ、何分かかるかな」


 日中話していたように、今日もまた髪を洗うのにミノリは手間取ってしまったミノリは……。



 ******



(……よし、みんな寝てる)



 家族みんなが寝静まった真夜中、一人夜中に起き出したミノリが自分以外の誰も起きていないことを確認してから向かったのは玄関。

 といっても外に出るわけでもなく、玄関の上にいらない紙を敷いたかと思うとミノリはその上に座り込み、はさみを取り出した。


(今のうちに……少しだけ切ろう)


 静寂しじまが流れる玄関にミノリが何かを切る音だけが小さく、そして不規則に聞こえ始めたのだが、その音は5分と経たずに収まり、再び玄関は静寂せいじゃくに包まれた。


「……まぁ、これぐらいなら娘たちもそんなにショック受けないよね、多分……」


 そう言いながら立ち上がったミノリの姿は先程までと僅かに異なり、足首まであったはずの髪の毛が今では腰の辺りに短くなっていた。娘たちに気づかれないように髪を切ることに成功したのである。

 まぁ、それでもまだ充分に長いのだが……娘たちにショックを与えないのはこれが限度だろうと判断したからだ。


 なんだかんだ娘たちの気持ちを優先にしたミノリなのである。


 そして切った髪については、後でこっそり処分しようと中身が見えないように一まとめにして玄関に置いていたのだが……翌朝、ミノリは死んだ魚のような目をすることになる。



 *****



「──んん、もう朝かぁ……。さてと、それじゃ早速……って、あれ、リラしかいない? ノゾミは昨日はネメたちと同じ部屋で寝たから、トーイラは早起きでもしたのかな……?」


 翌朝、いつもの時間に目を覚ましたミノリが体を起こすと、同じ部屋で寝ているはずのトーイラの姿がなく、リラだけがすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。


「まぁいいか……。ひとまずあれを処分しないと……」


 昨日切った髪を早々に処分するべくミノリが着替えて居間へ向かうと、そこにはトーイラだけでなくネメも先に起きて何かを作っていた。一体何をしているのだろうか。


「あれ、トーイラだけじゃなくネメももう起きていたの? 2人ともいつもならまだ眠っている時間だけどどうしたの?」


 疑問符を頭に浮かべながらミノリが尋ねたのだが、何故かトーイラは少し怒った様子である。


「もー!! ママってばダメだよこっそり髪の毛切っちゃうなんて! もしママが先にどこかへ捨てちゃっていたら後から集めるの大変になるところだったんだよ!」

「え!? 気づいて持ってきちゃったの!? 髪を!?」


 驚くミリをよそに、黙々と何かを作るネメ。一体何を作っているのだろう……。


「よしできた。これで完成」

「おつかれーネメ。というわけで見てママ! 折角だからママの髪を使ってママそっくりの人形を私とネメで作ったんだよ!!」

「至高の一品」


「……ゎぉ」


 トーイラが見せたのはミノリの姿を模した人形であった。しかし、その人形はトーイラが手にとってミノリに見せた人形1体だけではなく……トーイラの背後にあるテーブルに腰かけたネメの目の前にもずらりと同じようなミノリ人形が何体も並んでいたのだ。

 予想もしていなかった光景に寝起きの頭で処理が追い付かなかったミノリは頭が空っぽになり絶句してしまった。


「えっと……なんでこんなに……あるの?」


それでもなんとか言葉を繋げたミノリに対してすぐさまトーイラがその疑問に応答した。


「みんな一人に一体ずつママ人形は必要だと思ったんだー」

「一人一体、私たちには必需品のおかあさん人形」

「え、えぇー……」


 一人狼狽(ろうばい)するミノリをよそに、やりきったという顔をする娘たち。

 確かにこの人形は見た目はミノリを模しながらも、ぬいぐるみらしいデフォルメされたデザインでとてもかわいらしい人形なのだが……髪の毛だけが本物のミノリの髪でできている事から、人形のかわいらしい顔立ちとのアンバランスさも相まって少し異様な雰囲気をかもし出してしまっていた。


(どうしよう、この人形知らず知らずのうちに勝手に髪の毛が伸びそうな気がする……!)


 できることならこっそり処分したいと思ってしまうミノリなのだが、『折角娘たちが作ってくれたものだし』という感情と同時に、『怪談話に出てくる髪が伸びる日本人形みたいな展開で迂闊に処分すると何かしら呪いがかかりそう』という気持ちも同時にわき上がり……結局ミノリもこの人形たちを処分することはできなかったそうな。


 ちなみにこの人形は他の家族達にも大好評で家のあちこちに飾られることとなってしまい、当初ミノリは困惑しきりだったのだが、慣れればどうって事はなく、やがてこの人形たちは部屋の装飾品として次第にミノリたちの生活に溶け込んでいったのであった。


 ……ちなみにだが、髪を切ったミノリは確かに切った当日中は短くなったことを少しばかり喜んでいたのだが、髪の毛側はまるで形態維持を望んでいたかのようにミノリの意に反してあっという間に伸び、三日と経たず元通りになってしまった。


 ……恐るべし、ミノリの髪。

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