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149. 15年と8ヶ月目 リラの相談ごと。

 それはオンヅカ家の面々が夕飯を食べ終え、本日の家事当番であるシャルが皿を洗い終え、入浴も済ませてあとは寝るだけとなりそれまでの間ボーッとしようと寝室に一人腰掛けていた時の事。

 部屋をノックする音が聞こえたのでシャルが開けてみるとそこには真っ白な髪にこうもりのような羽が特徴の少女、ミノリの三女で吸血鬼ヴァンパイのリラが立っていた。


「あれ、どうしたんですかリラちゃん。珍しいですね私の寝室へ来るのは」

「うん。あたし、シャルおねーちゃんに聞きたいことがあるの……今大丈夫?」


 どうやらシャルと内緒の話をしたかったらしいリラが、シャル以外に誰も室内にいない事を確認するかのように辺りを見回したのち、小声でシャルに話しかけてきた。


「はい、別に構わないですけれど……?」


 再びベッドに腰掛けたシャルがベッドの上をポンポンと叩いてリラにも座るよう促すと、リラもそれに応じてシャルの隣に腰かけると、静かに話を切り出し始めた。


「ありがと。えっと……シャルおねーちゃんって、人間のネメおねーちゃんと結婚してるけど一体どうやったら結婚までこぎ着けられるのかなって……。人間とモンスター、それも女の人同士で……」


「あ、そういう事……。確かに私はリラちゃんと立場が近いですし、前例も殆ど無いわけですから聞くとしたらやっぱり私になりますよね」

「うん、身近にシャルおねーちゃんがいて本当に良かった。本を読んでもあたしの欲しかった情報ろくに載ってなかったもん」


 まだ1歳にもなっていないノゾミは除くとして、姉であり人間でもあるトーイラに対してリラが恋慕をいだいている事は、家族全員が既に知っている話である。そしてその関係は『人間と人外で同性のふうふ』というネメとシャルがもっとも近い。


 言わば先駆者であるシャルから同じ人外側としての意見やアドバイスを聞きたかったのだと、ここまで話を聞いたシャルは、何故リラが親しい姉であるネメにではなく敢えて姉の嫁である自分に尋ねてきたのか、すぐに察する事ができたのであった。


「うーん、まぁ色々ありますけれど……やっぱり一番は諦めないことですね」

「あきらめないこと?」


「はい、私がネメお嬢様の事を好きな事に気づいてから結ばれるまでには6年もかかりましたしその間に一度フラれています。ただ可能性のあるフラれ方だったからこそこうして結ばれて、ネメお嬢様との間にノゾミを産むことができたんですよ」


 感慨深そうに話を切り出したシャルだったが、途中で何かを思い出したように苦笑しながら言葉を続けた。


「そもそも私がネメお嬢様から初めて会った頃に言われた言葉……まぁ私がモンスターとしての本能に従ってネメお嬢様たちに魔法で攻撃しようとしたから仕方ないんですが『慈悲という言葉は生憎あいにく非掲載』でしたからね。それも今にも射殺いころさんという目つきで」

「え……そうなの? 信じられない……あんなに仲がいいのに……?」


 2人の出会いの話を聞いた途端、リラは驚いた表情を見せた。


 結婚から数年経っているのにもかかわらず今もラブラブっぷりが続いているネメとシャルふうふの出会いが殺し合いで好感度が地の底レベルだとすぐにわかるような言動や行動まであったというのだから若干ショックを受けたのも仕方ないことだろう。


「だけどそういう出会いだったにも関わらず大怪我をした私を回復魔法で助けてくれたからこそ……ネメお嬢様になら私は身も心も全て捧げたいと思うようになったんですよ。まぁ私とネメお嬢様が両思いになった直後に私はネメお嬢様に組み敷か……げふんげふん。ま、まぁ思い続けた結果、こうしてネメお嬢様と結ばれたわけです」


 幸せなあまり、人に聞かせるには若干危ない話まで口に出しかけたシャルだったが、理性が働いたのかごまかすように咳き込んで、話をなんとかまとめ上げた。


「そっか……思い続けることが一番大事なんだね」


 ちなみにだが、吸血鬼という種族は不老不死でアンデッドのたぐいと見なされる事が多いが、この世界の吸血鬼は成長速度が人間より遅いもののちゃんと成長する種族で、その上リラはミノリに保護されるまではろくに食事も与えられない酷い生活を送っていた事もあってか、ただでさえ成長の遅い吸血鬼の中でもとりわけ成長が遅かった。


 今はミノリに保護された今では順調に育ってきているもののリラは相変わらず背は低く実年齢よりも幼く見えるが……それでもリラは間もなく12歳になる。つまりそれは体だけでなく心も成長しているわけで……。


(そういえばさっきシャルおねーちゃんが言うのごまかした『クミシカ』って……あ、『組み敷かれる』かな……? ネメおねーちゃんってば、両想いになった途端すぐに行動に移しちゃったんだ……ネメおねーちゃんらしいなぁ……)


 シャルが言いよどんで言葉をにごしてしまった内容もなんとなく理解してしまっているのだがそれを敢えてリラは口に出す事はしない。


 リラは空気が読めるよい子なのだ。


「それにリラちゃんの場合は私と違って大きなアドバンテージがありますよ」


 リラがこっそりそう思っていることなど微塵も気づかず、シャルは言葉を続ける。


「アドバンテージ?」


 自分に一体どんなアドバンテージがあるのだろうと疑問に思ったリラが人差し指を顎に当てながら首を傾げると、シャルが優しく微笑みながらそれを教えてくれた。


「はい、リラちゃんはネメお嬢様と当初敵対していた事でマイナススタートだった私と違って、この家に来た当初からトーイラお嬢様にとって大切な妹というプラススタートからの関係です。さらに、光の祝福を与えたことや血を吸わせてもらっていることなどもその関係に大きく影響しているはずです。

 というかトーイラお嬢様も少なからずリラちゃんに対して何かしらの気持ちを持っているのははたから見ていてわかりますし。それを武器にすれば、トーイラお嬢様を堕とすことは可能かと思います」

「うーん……そうだといいけど……」


 シャルはそのように力説するもリラの反応はいまいちだ。その理由もなんとなくだがシャルにも察せられてしまった。


「そんな風な反応になってしまうのは……やっぱり現時点でトーイラお嬢様が思いを一番寄せている相手がお姉様だからですよね?」

「……うん、かーさまが相手だから今のままじゃ勝ち目があまりないのはわかってる……。きっともっと強気な行動に出ればって思うけど……あたし、かーさまの事も家族として大好きだもん」


 トーイラが思いを寄せている相手、それは一家の大黒柱であるミノリだ。


 弱っている存在に対しては手を差し伸べて家族の一人として迎えてしまう程に庇護欲や家族愛が非常に強く、頼まれ事をされたらなんだかんだ頷いてしまう程にチョロい性格で、家族のためなら自分の身を犠牲にしてまで守ってあげたいと行動するミノリ。

 その一方、家族の幸せが自分の幸せであるスタンスを崩さないからか自分自身の幸せに関しては非常に無頓着で他人事のように興味が薄く、とりわけ恋愛事に関しては何故か一線を引いており、ある意味トーイラにとっては難攻不落な存在だ。


 ミノリに思いを寄せているトーイラは勿論のこと、今ではふうふとなっているネメやシャルもミノリの事を慕っており、ネメがかつて『おかあさんは神。おかあさんが希望するなら私は喜んでシャルを捨てるし、場合によっては殺す。これにはシャルも賛同済み』という言葉が証明しているように、ミノリが一度ひとたび望めば全員がミノリの恋人になるというハーレム状態も十分可能なはずなのだが、ミノリがそれを良しと思っている様子は全く無い……既にある意味この家がハーレム状態だというのは置くとして。


「かーさま……うーん……」


 ミノリという強力なライバルがいる事で再び悩み始めてしまったリラ。真剣に悩むその姿で少しでも力になってあげたいとシャルは思ったようで……。


「……そういえばリラちゃん、実はリラちゃんがトーイラお嬢様を堕とす方法は正攻法以外にもあるんですよ」

「? それってどんなの……?」


 正攻法では無い方法、それが一体何なのかわからない純情少女リラがシャルに尋ねると、シャルは包み隠さずにそれを教示し始めた。

 それはある意味抜け穴のような方法であった。


「えっとですね、人間であるネメお嬢様もトーイラお嬢様は兎も角として、元々モンスターであるお姉様まで何故か一夫一妻でなければいけないと思っている節がありますが……私やリラちゃん、そしてお姉様はモンスターとか魔物の部類に入るので人間や亜人と違い、人間の法律が適用されないんですよね。つまり……重婚しようが別に問題無いんです」

「重婚……!?」


 確かに重婚が可能ならば、ミノリの事を想いながら既に結婚しているネメとシャルも再び土俵に上がる事ができるし、トーイラはミノリとリラ、2人と結ばれることが可能となり、ある意味全員が幸せになれるのだ。

 しかし、それならシャルはその事をアピールすればいいはずなのだが、それをアピールしてきたことは今まで一度もない。となるとそこに何かしら大きな理由があるのだとリラはなんとなく察しかけていると、その答えをすぐにシャルが教えてくれた。


「ただ、トーイラお嬢様もネメお嬢様も今の時点で重婚をするという選択肢がないのは、本来人間と敵対して討伐するべきモンスターや魔物である私たちを、対等の存在として見なしてくれている証でもあるので、その手を使うのはある意味卑怯極まりないんです……」

「……」


 確かに自分は人間ではないのだから人間が作った重婚禁止という法律が自分に適用されるわけがない。だけどそれは姉であるトーイラもネメも自分を対等に扱っているなによりの証拠だ。

 その事実を知ったリラは一人考え込んでたのだが、やがて小さく首を横に振った。


「シャルおねーちゃんの言うように、確かにそれは確実な方法だけど……やっぱりそれはダメ。あたし、トーイラおねーちゃんと対等な立場で純粋に振り向いてほしい。大変だってのはわかるけれど、あたしもその手は使いたくない」


 その方法はリラのプライドも許さなかったようで、その小さな身に宿した大きい決意を改めて示すかのように胸元で小さい両手を握りしめながらシャルにその意思を伝えた。


「そうですか……私はリラちゃんの事、応援していますよ。……がんばってくださいね。」

「うん、がんばる。がんばってトーイラおねーちゃんと結ばれる」

「……あ、それはそうとですね……」

「……?」


 そんなリラの様子を優しく見守っていたシャルだったが、何を思ったのか突然妖しげな笑みを浮かべながら小声でシャルに囁き始めた。


「……これはあまり大きな声では言えないんですが、私の時と違ってリラちゃんは他にもまだ、ある大きな武器を手にしてるんですよ。同じ家で、さらにトーイラお嬢様と同じ部屋で寝ているリラちゃんだからこそです」

「? それって?」


リラが小首を傾げると、蠱惑こわく的な笑みを浮かべたまま言葉を続けるシャル。


「それはー……『既・成・事・実』です。同じ部屋で寝ているわけですから難易度はとても低いです。

 夜、寝ているトーイラお嬢様の服をリラちゃんが脱がせて、それからリラちゃんも服を脱いでそのまま抱き合うように眠って、誰よりも朝早く起きるお姉様にそれを見つけてもらえれば確実に言い逃れできない証拠になりますし、あとはもうトーイラお嬢様は責任を取ってリラちゃんと結婚してくれますよ」

「!?!? そ、そこまではあたし、無理……!!」


 そうシャルが言った途端、あわあわと顔を真っ赤にさせたリラは寝室から飛び去ってしまった。いくら成長してきているとはいえやはりリラはまだ12歳。そういった話はまだ早かったようだ。


「あらら、やっぱりその作戦はリラちゃんには刺激が強すぎたようですね。私としてはそれが一番手っ取り早いと思ったんですけど……。ふふ、ドアを閉める事も忘れて飛び出しちゃうなんてまだまだかわいいですね。さて、ドアを……あれ?」


 そう言いながらリラが飛び出したおかげで開け放たれたままになってしまったドアを閉めようとシャルが立ち上がったまさにその時だった。ドアがひとりでに動き出したかと思うと、その影から一人の人物が姿を現したのだ。


「……シャル、いや、ピンク」

「はひっ!? ネメお嬢様!? いつからそこに!?」


 シャルへの好感度が低かった頃に度々ネメがシャルに対して使っていた『ピンク』呼ばわり。それが今更ネメの口から出てきているということは……シャルに対してネメが怒っている証拠で、現に怒りのオーラがネメから渦巻いている。

 その事実に気がついた途端シャルの顔面は瞬時に蒼白した。


「ちょっと前からいた。具体的にはリラが『トーイラと結ばれるようにがんばる』と言ったあたりから。シャルはこっちにいるだろうと思ってなんとなく見に来たけどリラから恋愛相談を受けてるみたいだったからそれが終わるまで待とうと思ったけど……『既成事実』というろくでもない妄言をリラに吹き込んだのを私は見た聞いた。

 私の聴力はエルフ耳のおかあさんに比べたら当然劣るけどそれでも耳を澄ませばそれぐらい聞こえる。これは言い逃れ不可避」


 重婚について話した箇所は幸い聞かれなかったようだが、既成事実云々についてはバッチリとネメに聞かれてしまっていたようだ。

 そしてリラが自分から知ろうと思うその日まで、純真な妹のままでいてほしいと思っていたネメにとって、その手の事をシャルが吹き込んだことは相当お気に召さなかったようで、表情が殆ど変わらないはずのネメの眉間に皺が1本多く出来ている事からそれだけ機嫌が悪くなっている事も見て取れる。


そういう(そゆ)事をまだ純粋な側面もあるリラに薦める愚行は誠に遺憾で姉として厳粛に対応。罰として今夜シャルにはいつもの10倍は激しく乱れてもらう。朝まで寝かさない」

「ま、まま待ってくださいネメお嬢様!? ネメお嬢様とごにょごにょしてる時は心が満たされる感じがとてもして幸せいっぱいなんですけど普段でも結構私体力いっぱいいっぱいなんですよ!? それを10倍しかも朝までだなんて明日絶対足腰立たなくなっty」


「問答無用。麻痺魔法発動」

「ひぃぃっ! って、ちょ、ま、ネメおじょうさまぁ、麻痺魔法は流石に卑怯ですよ!! ごめんなさい!! もう決してリラちゃんに既成事実を勧めたりはしませんから少しだけでもいいから優しくしてくださいぃぃぃい!!!」



……シャルの悲鳴も空しく、ネメに麻痺魔法を掛けられて身動きが出来なくなってしまったシャルはネメによってそのままベッドの上に組み敷かれ……翌朝、非常に幸せそうな表情をしているのに何故かいつも以上にぐったりとしていたのは言うまでもない。



 *****



──その一方、シャルの既成事実発言で顔を真っ赤にしながら部屋から逃げ出したリラ。


「あぁ……びっくりした……でもシャルおねーちゃんの言うように既成事実……やっぱりそれはだめ。あたし、正々堂々受け入れて欲しいもん」


 内心、約束した期限になってもまだトーイラの気持ちが変わらないならその作戦も……と僅かに脳裏にそれが一瞬だけ駆け巡ったが、リラはまだそういった行動に出る事がとてもじゃないができるはずもない恋に恋する少女。そんなよこしまな考えを振り払うべく、火照ほてった顔を覚ましながら廊下をゆっくり飛んでいると……。


「あ、リラ。こんな所にいたんだね探したよー。リラはまだお風呂に入ってないよね? 私もまだだから折角だし、一緒に入らない?」

「あ……うん♪」

「よーし、それじゃほらおいでー」


 トーイラからの嬉しいお誘いを聞いたリラは、背中に生えた小さなこうもり羽を動かしてまっすぐトーイラの胸元へ飛び込むと、まるで壊れやすいガラスを扱うかのようにトーイラは優しくリラを抱き留め、そのままリラを抱きかかえたまま仲良く脱衣場へと向かうのであった。



……ちなみにその頃のミノリはというと……。


「ノゾミ、ごめん。これ以上もう思い出せないよ……黒脛巾組くろはばきぐみとかもう本当にうろ覚えだもの。伊賀と甲賀でもう勘弁して……」

「えー、おばーちゃんもうおしまいなの?! ノゾ、もっと聞きたいのに!!」


 ミノリたちの寝室で、すっかり忍者にはまってしまったノゾミに忍者の知識をひたすら絞り出されていたそうな……。

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[一言] 先生!再び行かせていただきます! >一家に大黒柱であるミノリ 多分誤字
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