148. 15年と5ヶ月目 情操教育にいいと思ったら。
この世界に転生してから既に15年半近くが経過した隠塚ミノリ。
孫も無事誕生し、6人家族の大黒柱としてミノリがのんびりと森の中にある家で暮らしていたある日のこと……。
「ちょっとノゾミ、森の中をそんな全速力で走っちゃ危ないよー!」
ミノリが森の中を追いかけているのは孫娘のノゾミ。数ヶ月前に次女のネメとその嫁のシャルとの間に生まれた女の子なのだが、まだ生後5ヶ月の乳児であるはずなのに背丈は既に4歳児並みで、背丈が大きくなるのに併せて髪も一気に伸びて今では背中辺りまでの長さになり、その上さらにオンヅカ家の最大火力であるネメとトーイラ並みの体力と魔力を有しているせいなのか既にノゾミはミノリの手に負えない状況になりつつあった。
しかしだからといって一人で森の中を歩かせるのは危険だとミノリはがんばって追いかけていたのだが……まぁ追いつけない。
「むー、おばーちゃん足遅いー! ネメママやトーイラおねーちゃんみたいにもっと足早くなって!」
「いや無茶言わないでよノゾミ……ネメやトーイラはちょっと異常なんだよ……」
追いかけてくるミノリを待っていたノゾミがほっぺをプクーッとふくらませながら抗議の声を上げるが体力が無尽蔵にある長女と次女のようになってと言われてもどだい無理な話である。
ミノリも身体能力は転生したばかりの頃と比べるとかなり成長していて、ゲーム上の最終ダンジョンに単身乗り込んで帰ってくるぐらいはできるほどには強くなっているのだが、ミノリを守るためだけに十何年も自主的に鍛錬までしているような2人には到底追いつけるはずがないのだ。
また、ミノリが必死になって追いかけたのにも理由がある。というのもノゾミはシャルのお腹の中にいた頃と違って何故か索敵魔法に一切引っかからなくなってしまったからだった。
それに気づいたのはノゾミが生まれて数日経ったある日の事。別室にいたミノリを探そうとしたトーイラが面倒がって索敵魔法を使った際に目の前にいたネメに抱かれて眠っているノゾミが全く検知されなかった事で判明したのである。
ネメとシャルの魔力がかけ合わさって生まれた魔法生物のような存在であるからこのような特性を持ってしまったのかもしれないが、今みたいにどこかへ駆け出してそのまま見失ってしまうともう何処に行ったのかわからなくなり、全員で必死になって捜索する羽目になる。
その為、ミノリは全力で追いかけていたのだ。
「それにしてもノゾミってまだ小さいのにホントに足が速いね、まるで忍者みたい」
「……? おばーちゃん、ニンジャってなに?」
「あ、そっか。忍者と言ってもノゾミはわからないか。えっと忍者って言うのはね……」
転生前のミノリが遊んだ別のゲームではファンタジー世界にもかかわらず忍者がいるような作品も数多くあったが、生憎このゲームには忍者を職業とする人物はいなかったのでノゾミが忍者についてわからないのも仕方ないのだろう。
その為、ミノリは自身が覚えている記憶から忍者について教えていると、段々とノゾミは目を輝かせはじめた。
「忍者かっこいい!! 忍術で火を使ったりドロンって消えたり、ミズグモで水に浮かべたり、凧で空を飛べたり、クナイや手裏剣で敵を攻撃したり瞬間移動したり!
ノゾ、大きくなったら忍者になりたい!! 魔法も使えて武術も使えて魔法戦士忍者になりたい!!」
「そ、そっかぁ……がんばってね、ノゾミ」
忍者に憧れるノゾミに頑張ってと応援するミノリだったが……。
(どうしよう、作り話のようなものでも私が覚えてる限りの事を伝えたら変に期待しちゃってる。それに魔法戦士忍者ってなんだか色々と混ざってるような……。まずいなぁ、私、もしかしてノゾミに変な夢を植え付けてしまったかも)
その内心、ひそかに焦ってしまっているミノリ。
というのも、実際の忍者は諜報活動が主で、実際の忍術は知っていれば誰でも使える地味なものが多く、ノゾミに伝えた話に出てきたような技の大半はハッキリ言って創作の域を出ないものであった。しかしこの世界に忍者がいないのをいいことにそういった話までしてしまったのがいけなかったのかもしれないと、ミノリはまだ生まれたばかりのノゾミの将来を危惧しそうになってしまった。
しかし、口から出てしまった言葉はもう戻せない。ミノリは諦めて、ひとまずノゾミの気を忍者から反らせようと話題を切り替えることにした。
「に、忍者についてはひとまず置くとして……ノゾミはこんな森の奥で何を探したかったの?」
そもそもミノリがノゾミを追いかけていたのは探したい物があるといって突然家を飛び出して走り出したからだ。
この『猪突猛進』という言葉を体言したかのようなノゾミを、普段ならば彼女並みに足が速いネメやトーイラが追いかけるというのが隠塚家ではお馴染みの光景になっていたのだが生憎ネメは嫁のシャルと買い出しに出かけていて不在。
トーイラも三女で吸血鬼のリラに血を飲ませているタイミングだった為に身動きが取れず、体力や足の速さが三番手でなんとか補欠レベルのミノリが必死になって追いかけていたのだ。
「ペット探してるの! ノゾ、ペット飼いたい!!」
「え、ペット? そっかぁ、ペットかぁ……うーん……」
ノゾミの言葉に反していまいちミノリは乗り気でない。
生き物を飼うのは情操教育にはいいのかもしれない。しかしそれは、同時に命を預かる責任も伴うという事だ。
娘としてではあるが、トーイラにネメ、そしてリラを保護してこれまで育ててきたミノリにすれば命の重さが身に染みていたため、命を預かる責任をまだ生後半年にもなっていない孫が負う事に対して二の足を踏んでしまうのだ。
「私としてはまだノゾミにペットは早いと思うけど……そもそもノゾミはどんなペットが飼いたいの?」
ミノリがそれを聞いたのには理由がある。なにせこの森には動物が棲息している気配は無く、森の周辺に出現するモンスターの中にもペットにしたくなるようなかわいらしい姿のものは全くいない。
ちなみに森の周辺に棲息しているモンスターとしてお馴染みのウマミニクジルボアは目つきが非常に悪くかわいいとは無縁の存在な上、毛はゴワゴワとして触り心地が悪い。ヤワニクウルフは味わいのある彫りの深い顔でこちらもかわいいとはかけ離れた存在で、ムスヤクニルドリはというと人を小馬鹿にしたような腹の立つ顔をしているしシンシスライムに至っては論外だ。
こんなモンスターたちをペットとして飼ってしまったら一体どういう趣味をしているのかと変な意味で心配しそうになるのだが……どうやらノゾミが飼いたいのはそういったモンスターではないようだ。
むしろそれよりも性質が悪い……。
「シャルママみたいなの飼いたい!! シャルママってネメママのペットなんでしょ?」
「ぶふっ!」
乳児がシャルみたいなモンスター、つまりは女性型モンスターをペットにしたいとかとんでもないことをぬかしたせいでミノリは思いがけず噴き出してしまった。
「ちょ、ちょっとノゾミ!? シャルはペットじゃなくてネメとふうふだしそもそもノゾミのお母さんでしょ!?」
ミノリは慌てて訂正したのだが当のノゾミはそう思ってはいないようだ。
「うーん、確かにシャルママはノゾのママだけど、ネメママが夜中にシャルママの事いっぱいわんわんってペットみたいに鳴かせてる声が時々聞こえるもん。
わんわん鳴いてるって事はシャルママはネメママのペットって事なんでしょ? どんな風に鳴いてるのか見たことないし、何をしてるのか知らないけれどその時のシャルママの声がとってもかわいいの! だからノゾはシャルママみたいなのをペットにしたい!」
「……」
変に賢いせいでネメとシャルが致そうとした日は事前に何かを察知してミノリたちと寝るノゾミだったが、ミノリほどではないにしろ人間よりも長めの耳を持つノゾミにも夜の営み声がしっかりと耳に入ってしまっていたようで、ラブラブふうふっぷりを曲解してしまったらしい。
ちなみにミノリにとっては2人の営み声は聞き慣れてしまったせいもあってすっかり環境音扱いであるが、まだ幼いノゾミにその声は明らかに教育に良くないと考えている。
「ひとまずペットについてはもう少しノゾミが大きく……お姉ちゃんになったらまた後で考えようね……。ほら早く帰ろ。みんな心配してるから」
「むー……。でもおばーちゃんがそう言うならわかった! はーい!」
ネメとシャルは愛し合っているふうふだし、2人目も欲しいみたいな話も少しばかりしていたので、彼女たちが夜の営みをする事については何も言わない。
しかし防音対策についてだけはしっかりするよう帰ってから2人に注意しようと思いながらノゾミを抱っこして帰るミノリには、ノゾミの顔が見えていなかったせいで気がつかなかった。
抱っこされているノゾミがミノリの肩越しに先程からずっと名残惜しそうにある方向を見続けている事、そしてその方角は先程まで森の中を走っていた方角で、ノゾミはその直線上にある、とある場所に向かってひたすら一直線に走っていた事を。




