146. 11年目のある日⑥ 教会の中には。
「だ、大丈夫かな……中で事件起きていたりしない……よね?」
先程までのトーイラ達との会話から、この一泊二日の旅行の間だけでも既に何度も犯罪に巻き込まれる可能性があった事を知らされたミノリは、その延長で教会の中でも何かそういった事件が起きているのではと懸想しだし、その上、一度そのように考え出すと悪い方向へどんどん考えが引っ張られてしまう小市民ミノリは次々と脳内で話を膨らませてしまっていた。
「確かに考えてみれば周りの建物に比べてとても綺麗だからここだけお金を持っているって思われている可能性が充分にあって……」
漂い始めてしまった事件の気配にあれこれ思考を巡らせているミノリだったが、ミノリが結論づけるよりも先に行動を起こしてしまった者がいた。
「私見てくる。この私必殺の壁すり抜け技で」
「ちょ、ネメ昨日の今日でそれは……ってもう入っちゃったし」
三人の中で唯一デバッグモードのウインドウが見える関係で壁抜けをすることのできるネメが、ミノリの返答を待たないうちに教会の壁へとめりこむとそのまま教会の中へ入ってしまった。
まるで壁は空気と同じであると言わんばかりにネメが壁へと消えていく絵面は、あまりにもシュールである。
「もう仕方ないんだからネメってば……」
「あはは……ママごめんね? ネメはこうするって決めたら絶対に固持しちゃうから」
「まぁ、それがネメらしいと言えばネメらしいんだけどね……ってほらトーイラ、ネメが出てきたよ」
「おかえりネメー……ってどうしたのその顔……?」
「……」
30秒と経たずにネメは壁からスッと出てきたのだが……その表情はいつにもまして無表情であった。
確かにネメの表情は普段から変化が乏しく、長く家族として生活してきたミノリやトーイラだからこそその表情の僅かな変化を読み取れるのだが、今のネメに関しては明らかに『虚無』という表情だ。
焦った様子は無い事から少なくとも事件性は無いようだがそれでは一体中で何を目撃したのだろうかと、黙ったままのネメに対しミノリたちが困惑していると、ネメはその表情を変えないままトーイラを呼び寄せるかのように手招きをしだした。
「……トーイラ、ちょっとお耳を拝借。ネメによるこしょこしょ話」
「へ? どうしたの? えーとなになに…………へぇそうなんだ……あれ、いるんだ?」
手招きしたネメに駆け寄ったトーイラがネメの話に耳を傾けると、次第にトーイラの表情と共にネメの表情も変わっていき……長年一緒に過ごしてきたミノリですらあまり見た事のない悪い笑顔をする2人がそこに現れた。
「ちょ……ちょっと2人とも、なにその顔……。一体中に何がいたの? 私だけわからないんだけど……」
ミノリは2人の内緒話をこっそりと聞こうとしたのだが、ネメの内緒話はかなりの小声だったこともあって、聞こえのいいエルフ耳を持つミノリでも内緒話の内容については結局わからずじまい。そのせいで余計ミノリは不安になってしまった。
「だったら……乗り込んでもいいよねぇネメ」
「肯定、これぞ古より伝わる伝統文化『カチコミ』」
そして次にミノリが見たのは、怪しい笑みを浮かべながら不穏な単語を口にする2人の姿であった。
「!? 2人とも一体何する気なの!?」
おどろおどろしい単語が噴出した事に対して思わず声を荒げてしまったミノリだったが、そんなミノリの驚きを全く気にしてないのか2人はさらに話を進めている。
「ねぇネメ、鍵を開ける魔法って使える? 確かそういう魔法あるんだよね?」
「確かにあるけどまだそれ覚えてないから今から使えるようにする、ちょいお待ちを。……よし、OKOK」
「……」
ミノリは娘たちは一体何をするつもりなのだろうと先程から気が気でなく、冷や汗をだらだらと滝のように流すことしか出来ないまま困惑した様子で2人を見ていると、やがて2人は魔法で鍵を開けたと同時に教会の中へと突入してしまった。
「えーい!!! ガサ入れだー!!!」
「おどりゃわれー」
「!?……ど、どうしよう」
前世のミノリですら見たことがない仁俠モノ映画やニュースで流れていたマルボウ的な事務所への強制捜査映像のような光景が目の前に広がってしまい、ミノリが絶句したまま茫然とその場に立ち尽くしていると……。
「ひぃぃいいい!!! お許しをぉおおお!!」
やがて教会の中から、純白のワンピースのような衣装に身を包んだ女性が血相を変えて飛び出してきた。変に衣装が乱れていたが、それはおそらくトーイラとネメが飛び込んできた事に対して驚き、慌てて教会の外へ飛び出した為に衣装の乱れを正す時間が無かったからだろう。
(……どうして服が乱れていたのかについてはひとまず置いておこう……)
服の乱れの理由については考えない事にしたミノリが、一呼吸おいて気持ちを落ち着かせてから彼女の姿を改めて見やると、彼女が人間ではない事にミノリはすぐ気がついた。その理由は彼女の背中にある白くて大きな羽だ。
先程から彼女の意思でその羽が動いているように見えることから、作り物ではない本物の羽で、それだけで少なくとも彼女が人間ではないことがわかる。
そしてその姿がまるで天使のようだとミノリが思った瞬間、ミノリはこの女性の姿に既視感がある事に気がついた。それもこの世界に転生してからではなく、前世、このゲームをプレイしている時に……と考えた途端、ミノリは彼女の正体に気がついたのである。
「へっ? あなたはもしかして光の使い? なんでここに……?」
ゲーム本来の展開ならば、町を追放されたばかりの幼いトーイラを光の巫女にするべく連れて行く役割を担っていたはずの光の使いがどういうわけなのかこんな辺鄙な村の教会にいたのだ。その明らかにゲームとは異なる状況に頭に疑問符を浮かべたミノリだったが……。
「というか……なんでこんなに怯えているの?」
それよりも気になるのは彼女のこの怯え具合。ゲームでは淡々と話す機械的なキャラだったはずなのに今目の前にいる光の使いはひたすら『あわあわあわ』と取り乱していて、様子が全く異なる。
ゲームとはかけ離れた姿になってしまっているこの光の使いに対して、どうしてこうも違うのかとミノリが内心戸惑っていると、どうして光の使いがこうなってしまったのかその理由がすぐ判然してしまった。
「へぇ、こんな所に隠れていたんだね~光の使いさん。……まだこっそり私を『光の巫女』にしようと企てていたりしない?」
「立派な場所に居を構えてるようで」
「ひ、ひぃ! お、お待ちください、私はもうお2人に手出しする意思は一切ありませんよ!? 証文でもそう約束しましたよね!?」
そんな彼女を追うかのように続けて姿を現したのは愛娘であるトーイラとネメ。2人とも笑顔なのだが、どういうわけだかその笑顔にどす黒いオーラが纏っているようにミノリには見える。
「あ、そういえば2人は既に光の使いと面識があったと話していたっけ……でもこの怯えようから察するに……かなり強い武力で撃退したのかな……」
過去にトーイラとネメから、2人を光と闇それぞれの巫女にしようと共謀した光の使いと闇の使いの強行策を阻止したみたいな話をしていた事があったのを思い出したミノリは、原因はおそらくそれだろうと結論づけ、再び光の使いの方を見やった。
かわいそうなくらいに怯えた様子の光の使いは、恐怖のあまり腰を抜かしたかのように地面を這いつくばりながらなんとかこの場から逃げようとしているのだが、そんな彼女に対して黒い笑顔を振りまきながら徐々に近づいていく娘たち。
流石にかわいそうだと判断したミノリが2人を止めようとすると、ミノリよりも先に待ったを掛ける声が教会の奥から突如響き渡った。
「あーすみませ~ん、ちょっと待ってくださ~い」
……響き渡ったと言うにはなんとも緊張感の無い間延びした声であったが、その声と同時に教会の中から現れたのは司祭服を纏った一人の女性。彼女はゆっくりとした足取りで光の使いの傍までやってくると光の使いをかばうように立ち塞がった。
どうやら教会の中にいたのは光の使いとこの女性だけだったようで他に誰かが出てくる気配は無い。
……ちなみにこちらの女性も光の使いと同様に何故か変に衣服が乱れており……一体この2人は何をしていたのだろうか。それも鍵がしまった状態の教会の中で。
(もしかして……いやいやいや、多分気のせい気のせい。邪推しちゃダメ。そもそも教会という神聖な場所でそんな事するわけないし……)
少し桃色な想像が脳裏をよぎったミノリがまさかそんなはずはと頭を左右に振ってその妄想を振り払っていると、光の使いをかばうように立ち塞がった彼女は言葉を続けた。
「ラリルレちゃん……えっと光の使いちゃんから以前に話に聞いてはいましたけど、あなたたちが光の巫女候補さんと闇の巫女候補さんですよね~。ラリルレちゃんはちゃんと反省してるし今後はラリルレちゃんが悪さをしないようにしっかりと見張るので見逃してあげてくれませんかぁ~?
あ、でももしラリルレちゃんをどうしてもお仕置きしたいというならその様子、私も見たいから是非とも混ぜてくださいね~」
『ラリルレ』という名前らしい光の使いをかばっていると見せかけて、自身の欲望を織り込んだ発言も混ぜてきたこの司祭と思しき女性。おそらく彼女がカツマリカウモの宿にいた女性従業員さんの姉なのだろう。
「そうは言ってもねー……教会というホームみたいな所にいるって事は力をため込んでからまた謀反を起こしにやってくるかもしれないし」
「証文を書かせたぐらいでは不満足。星1評価」
どうやら娘たちはラリルレの言葉も証文も完全には信用しきってはいないようで、かばう司祭さんに対して次々に不満を口にしていたのだが、司祭さんもラリルレを許してあげてほしい理由を続けて口にした。
「反省しているというのは嘘やごまかしじゃなくて、もうラリルレちゃんは罰を受けちゃっているんですよ~。ラリルレちゃんは闇の使いと手を組むという禁じ手を使ってしまった上、その作戦すら失敗した事で追放されちゃったんです~。
帰る場所を追い出されどこにも行く事もできなくなった結果、こぼした牛乳を拭いた後で一度も洗わなかったボロ雑巾みたいな満身創痍姿で案山子の群れの中に転がっていたラリルレちゃんを私がなんとなく面白そ……げふんげふん、かわいそうと思って保護したんですけど、その頃のラリルレちゃんってばハイライトの無い目でかわいそうなくらいに怯えててそれがまた一段とおもしr……ごほん、不憫に思えて~。
もう充分反省していると私個人としては思うんですよ~」
司祭さんの口から出た言葉の中に先程から毒のある言葉が含まれているような気はしたが、確かに彼女の言うように、ここまで怯えていて反省していないとは流石にミノリも思わなかった。
「……さっきから司祭さんの言葉に変な言葉が混じっているのは多分私の気のせいだと思うからそれはいいとして……ねえ、トーイラ、ネメ。
2人にとっては許せない気持ちがあるのも当然だとはわかっているけど、光の使い……えっと、ラリルレさんのこの反応を見る限り、反省は十分にしているのはわかるから、ここでさらに追い打ちをかけるのは流石にかわいそうだよ」
その為、光の使いの事を赦してあげてほしいとミノリが娘たちにお願いしてみると、娘たちもすぐには赦してくれないだろうと思っていたミノリに反してあっさりと娘たちはそれを承諾した。
「うーん、ママがそう言うならならまぁそれでいいかなー。……実はもう別にそんなに怒ってるわけじゃないんだ私」
「トーイラに同じく。シェフに扮装してまずい料理をお見舞いしたい程度」
その言葉を聞いて安心したのか先程までハイライトの無い目で頭を抱えていたラリルレは落ち着きを取り戻し、司祭さんも安堵したように胸をなで下ろした……何故か微妙に困った表情で。
「あ~許してくれるんですね~。私個人としてはおしおきされるラリルレちゃんの姿を見たい気持ちもあったんですけど~……」
「!? やめてタガメリア!! これ以上私を追い込まないで!! というかあなたどっちの味方なの!?」
「私の娘たちが納得してくれたのになんで逆にあなたの方が不満そうなの!?」
逆にろくでもない事を言い出したこのタガメリアという名の女司祭に対してラリルレだけでなく、ミノリまでもがツッコミを入れてしまった。しかしタガメリアはそれを意に介していないようで……。
「え~、だってラリルレちゃんの怯える姿って小動物みたいでかわいいんですよ~。
あまりにもかわいいもんだからさっきまでラリルレちゃんをおいしくいただいていた所を……あ、そこは言わなくていい話でした~、なんでもないですよ~。それはともかく許してくれてありがとうございます~」
(衣服が乱れていたのは気づいていたけれどできるならその話題には触れたくなかったのに自分からカミングアウトしてるしやっぱり手を出してたこの人!!)
このワンヘマキアの司祭であるタガメリアという女性。垂れ目でおっとりとした口調から醸し出される優しそうな雰囲気に反してかなりの肉食だったようだ……もちろん性的な意味で。
折角ミノリが先程までそういう可能性を否定しようと頭から邪念を振り払っていたというのに全て台無しである。
「ちなみに~、おいしくいただいたってのはもちろん性的な意味でですよ~。神に仕える者同士ならそういった事をするのが認められているし認めなくても最終的には認めさせてやると私は思っているので~えへへ~」
「だからそれそもそも聞かないようにしようとこっそり思っていたのに何で言っちゃうのかなこの人!?」
ひたすらマイペースの塊であるタガメリアに対し、一つ一つ丁寧にツッコミを入れる律儀なミノリなのであった。




