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142. 11年目のある日② 馬車に揺られてカツマリカウモ洗礼。

「2人とも、初めての馬車はどう? ……まぁ私も初めてなんだけどね」

「楽しいよママ! 馬車ってこんな感じなんだねー!」

「悠々」


 ミノリ達を乗せた馬車は定刻通りにキテタイハの町を出て、カツマリカウモの村に向かって走り出していた。

乗合馬車という性質上、普通ならミノリ達以外にも乗客がいるはずなのだが、今日はたまたまミノリ達だけが乗客ですっかり貸し切り状態であり、トーイラとネメは童心に返ったように先程から馬車から身を乗り出して風景を眺めている。


 ちなみにゲーム内にも乗合馬車が存在しており、乗合馬車を使って移動するとお金がかかる代わりにモンスターが襲ってこないというメリットがあった為、戦闘を回避したい時や移動時間を減らしたい時には大変有効なシステムであった。

 ゲームと同様にこの世界でもモンスターが襲ってこないかは全く不明ではあるが少なくとも自分たちの足で歩いて向かうよりは快適であるのは間違いない。


 また、馬車といえば揺れが激しい為に車以上に酔いやすいと前世で聞いたことがあったが、ここは現実であると同時にゲームの世界でもあるからなのか、まるでサスペンションでも備わっているかのように乗り心地は安定していた。


「トーイラとネメってばすっかり楽しんでるね。最初は走っていくなんて言ってたけど、こうして馬車を使うのも悪くないでしょ?」

「うん!」

「初体験で登る大人の階段気分」


 それからも仲良く談笑しながらミノリと娘たちが馬車からの眺めを楽しんでいると、ある地点を境にミノリ達の家周辺ではお目にかからないモンスターを見かけるようになり、気になったトーイラはミノリに尋ねた。


「ママ、あのモンスターなに? 家の近くではあんなモンスター見たことないよね?」

「えーっと……あぁ、ゲテモノオオザソリといって毒で麻痺させてくるモンスターだよ。味はー……好きな人は好きって感じかな……」


 トーイラが見つけたモンスターについてミノリが説明していると、続けてネメも見たことのないモンスターを見つけたらしく続けざまにミノリへ尋ねた。


「おかあさん、あっちは? なんかうねうねしてる植物みたいなの」

「あれはショクシュデグヘヘグサだね。近づくとあの触手に捕まって粘液まみれになるから遠距離攻撃や魔法が使えない時は絶対に近づいちゃダメだよ。……それにしてもこのあたりはあまり食に向かないモンスターばかりだなぁ」


 キテタイハ周辺とは違って、このあたりは動物系でも鳥類や哺乳類のような見た目のモンスターがいない代わりに節足動物や植物系のモンスターが多いようだ。

 ……それにしても先程から可食か不可食かを交えた上で娘たちに説明するミノリ。その様子はさながら狩猟民族そのものである。


(そう考えると、食肉に適したモンスターばかりだったキテタイハの町の周辺で暮らせているのってある意味運が良かったのかも。この辺りじゃ本当に食に困りそうだし)


 そもそも人間を襲う危険が常につきまとう存在であるモンスターに対して、食べられるか食べられないかを真っ先に考え出す事自体どうかと思うのだが……その事に対して突っ込める存在は一人もおらず、ミノリ達を乗せた馬車は穏やかな日射しの中、商業が盛んな村『カツマリカウモ』へ向けて駆けていくのであった。



「……あのモンスターにお母さんが捕まったら……うん、悪くない」

「……ワタシハナニモキコエナイ……」


 なお、ショクシュデグヘヘグサという名前と特徴を聞いてから()()の琴線に触れたらしいネメが()()を想像し、小声で()()つぶやいたような気がしたが、ミノリは何も見ないし何も聞かなかったことにしたのであった。



 ******



 それから馬車に揺らり揺られ4時間余り。

 大きな川を橋で渡り、洞窟を抜けて山道を走り抜き、さらに小さな森を抜けて視界が開けた途端、遠くの方に栄えた雰囲気のある町並みと共に大きな海がミノリ達の視界に入った。


「あ、ママ、あれが海なの? すっごい綺麗!!」

「わぉ。びっぐ。おかあさんの心ぐらいの大きさであれこそが母なる海」

「うん、そうだよトーイラ……ネメはちょっと私を持ち上げすぎじゃないかな?」


 海を見る事が初めてである娘2人は、その大きさに感動したように目を輝かせている。かくいうミノリも前世ではあまり海を見たことが無く、そして転生してからは当然一度も無かったので顔には出さないようにしているが、2人と同様に感動していた。……ネメの謎の持ち上げによって少し冷静にはなったようだが。


「さてと……2人とも。初めての海に感動するのも仕方ないけれどあと15分もすればカツマリカウモに着く予定だから降りる準備しておいてね」

「はーい!」

「了」



 ******



 その後、村の入り口で乗合馬車から降りて、無事入村手続きを済ませてから村の入り口をくぐったミノリたちの視界に入ったのはごった返している人の群れだった。

 これほどの数の人間を目にするのは、キテタイハ周辺から出たことの無いトーイラとネメは勿論のこと、転生前の記憶があるミノリでも見たことは殆ど無く、その人混みを前にオンヅカ親子は思わずたじろいでしまっている。


 ちなみにだが、転生前の記憶があるミノリなのだから前世を含めればこのカツマリカウモと同じような人混みの経験があるのではと思われそうだが、前世のミノリは地方都市に住んでいたとはいえ実家がかつて畜産をしていたり、周りに田んぼがあったと発言した事や、土砂崩れで死亡したらしい事から、少なくとも地方都市の中でも中心部から離れた山間部に近い土地の出身であり、基本的に思考回路は田舎基準だ。

 その為、例えば渋谷のスクランブル交差点、例えばコミケの人混み、例えば通勤ラッシュの電車内というようなそういった殺人級の人混みを経験した事が一度も無かった為、そういった発想が出てくることも当然無く、せいぜい出てくるのは週末やお盆の時期に開かれる朝市の人混みぐらいであった。


「ママ、人がいっぱいいるねー。私今までこんなに多く人がいるの初めて見たからびっくりしちゃった……」

「うん……確かにキテタイハではこんなに人が多くなかったもんね。さて、観光前に長話もなんだし、迷子にならないように2人は私と手を繋いで……ってあれ? ネメ? ネメは何処?」

「あれ、ホントだ!? ネメ何処に行っちゃったの!?」


 はぐれてしまわないように手を繋ごうとミノリが提案したのもつかの間、先程まで隣にいたはずのネメの姿が見えなくなってしまっている事に気づいた2人が慌てた様子で消えたネメの姿を探そうと辺りを見回してみると……。


「わーーッ、ネメーー!!」

「大変! どんどん遠くへ追いやられてる!」


10メートル程離れた位置でネメが死んだ魚のような目で人に押されながらどんどん町の奥へと追いやられてしまっている姿を2人は見つけることができた。


「……一寸いっすん先は闇。人という名の濁流だくりゅうに呑みこまれた我が身はいずこへ行くかも知れぬ。 これが人生、世界の壁。すべもなく流れに任せる事しかできぬ矮小わいしょうなこの身、なんともむなしき」


 どうやらミノリの手を掴む直前に人混みにネメは飲まれてしまったらしく、ミノリの元へ戻ることすら叶わず、諦観ていかんしたような表情になりながら人間の群れという荒波に揉まれどんどん人垣の奥へと追いやられてしまっていた。

 その後、なんとかネメを救出したミノリ達だったが、無我の境地に沈みきったまま謎の言葉をつぶやき続ける彼女の意識が戻ってくるまで5分ほどかかってしまったそうな。



 ******



「──ネメ、もう大丈夫?」

「ふぅ……お母さん、 かたじけなし 。 トーイラもごめん。……世界は広く、そして獰猛どうもうでいとも容易たやすく牙を向けてくる荒くれ者だった」

「仕方ないよーネメ。私たちって普段からママとネメとだけでの暮らしが基本だったからこんな人の多さは慣れてないもん」


 町の入り口近くにある喫茶店にて腰を落ち着ける事のできたミノリたち。喫茶店の店員さんの話に寄れば、どうやら先程の殺人的な混み具合は、通勤ラッシュ時に起きる電車の扉付近にたまる人混みのようなもので、ただ単に村の入り口付近だから混んでいるだけで、それ以外の場所はまだ歩ける程度の混み具合だそうだ。

 ……それでもキテタイハとは比べようのない程の混みようではあるが。


 そんなカツマリカウモの洗礼をいの一番に受けてしまった3人は、この人の多さを甘く見ていた事もあり家族旅行の計画を練り直す事にしたのであった。


「最初の予定では村の中を散策したり、見かけた食堂でご飯を食べたり、観光できそうな場所を巡ったりしてから、宿を取ることにしていたんだけど……この村の混雑具合から考えると先に宿を決めてしまった方がいいんじゃないかという気がしてきたわけで……2人はどう思う?」


 ミノリがそのように2人に提案すると……。


「うん、ママが言うようにどこの宿も時間が遅くなればなる程埋まっちゃうる気がするからそうした方がいい気がするなー私」

「おかあさんに同意。観光施設もウラヤスユメノクニギョーレツの予感。これは流石に私の予想を遥かに凌駕りょうが


 一部ネメの発言に謎の部分はあるがどうやらトーイラもネメも同じ考えであるのは間違いないらしい。


「そうするとここでご飯を食べがてら宿を探すことにしようか」

「そうだねー。あ、家にあった観光本持ってきてるからいい宿が無いか探してみるね」

「メシより宿」


 思い立ったらすぐに、とばかりにトーイラが鞄の中からカツマリカウモの観光本を取り出して、宿を探しだそうとするとそこへ声を掛ける者がいた。


「あのー……お客さんたち、もしかして今夜泊まるところを探してますか?」


 この喫茶店の女性店員だ。彼女は人の荒波に揉まれたせいで真っ白になってしまったネメを抱えたまま途方に暮れていたミノリ達を見かねて声を掛け、この喫茶店へと招き入れてくれたある意味ネメの恩人である。


「はい。そうですけど……」


 ミノリがそう彼女に伝えると、おずおずとしながらも彼女は言葉を続けた。


「えっと……それだったらうちの宿はどうですか? 実はこのお店、宿もやっているんですが、殺人的な混み具合になる村の入り口にあるせいでみなさんここを避けて、人混みが幾分ましな中心部の方に宿を取っちゃうので割と部屋に空きがあって……」


「そうなの? それならせっかくの縁だしお礼も兼ねてここにしようかな。それでいいかなトーイラ、ネメ、どうし……ってあれ、ネメは? 今度は何処に行っちゃったの?」

「あー、うん。ネメは大丈夫だよーママ」


 渡りに船とばかりに喫茶店の店員さん改め宿屋の従業員さんからそのように話を持ちかけられたミノリはすぐさま娘たちに相談しようと振り返ると、先程までぐったりとした様子でミノリの横で飲み物を飲んでいたはずのネメの姿が見えない。


 建物の中、さらに周りには自分たちしかいないはずなのではぐれるわけがないのだがそれなら一体何処に行ってしまったの。

 ミノリは一瞬焦りかけたのだが、トーイラが慌てている感じはなく、その反応から察するにどうやら近くにはいるのだとミノリにもわかったのだが、席を立った様子が無かった事にミノリは疑問を持った。


「でも席を立ったような気配もなかったんだけど……」

「大丈夫大丈夫、すぐ戻ってくるから安心してママ。ほら戻ってきたよ」

「え……なんであんなところから?」


 一体いつの間に移動していたのだろう、従業員さんの背後からネメが現れたかと思うと、左手でOKサインを出している。どうやらネメもこの宿でよいと判断したらしい。


「ネメがOKなら私もここでいいよママ」

「それじゃここに泊まることにしようか。すみません、それじゃ3名でお願いしますね」


 その後、ベッドをどうするかで娘たちがどういうわけだかダブルベッド1つでいいと主張したものの、手狭だからとミノリはがんとして首を縦に振らなかった為、結果シングルベッド3つとなった事で娘たちがどことなくしょんぼりとしているように見えたのだが、ミノリは多分気のせいだろうとそう自分に言い聞かせたのであった。

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