141. 11年目のある日① 初めての家族旅行。
「61. 11年目 これまでも、これからも」にて少し触れられていた家族旅行の話で、ちょうどその場面の続きからになります。
──これはまだミノリの家族がトーイラとネメの娘2人だけだった頃の思い出話のひとつ。
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「ママとの初めての旅行楽しみー!!」
「うれしたのし親子行脚」
「そんな急がなくても大丈夫だよ2人とも。あと森の中で足下も見ないでスキップしてたら木の根っことかに躓くかもしれないから危ないよ」
自宅に防犯用の魔法を掛けたオンヅカ家の面々はキテタイハの町の方角に向かって森の中を歩いていた。
ザコモンスターから仲間キャラへのフラグの切り替えに成功した事でモンスターだと認識される事がすっかり無くなり、それならばとこれまで一生叶えられない夢と思って諦めていた念願の家族旅行へ赴く事になったのだ。
初めてということもあり、ひとまずはお試しという意味で一泊二日の小規模な旅行ではあったがそれでもミノリの義娘であるトーイラとネメにとってはたまらなく嬉しいようで、先程から上機嫌なあまり浮き足立ってしまっている。
「さてあと少しで森を抜け……あれ、シャル?」
「あ、お姉様にネメお嬢様とトーイラお嬢様、こんにちは! お待ちしていました!」
「シャルさんこんにちはー」
「ぐっどもぉにんぐ、シャル」
ミノリ達が森を抜けると、そこにはゴーグル付きの帽子と桃色の長髪が特徴の見慣れた女性が立っていた。のちにネメの嫁となるモンスター『ウィッチ』の一個体であるシャルだが、この時点ではそれなりにネメからの好感度はあるもののまだネメとは友達以上恋人未満の関係だ。
「今日はどうしたの? 旅行に行くから今日と明日は宅配無しでって話をしていたはずだけど……」
「はい、そうお姉様たちから伺っていましたけれど、皆さんにとって初めての家族旅行だとも拝聴していましたのでせめてお見送りぐらいはさせてもらいたいなって思いまして……ついここまで来ちゃいました!」
「そ、そうなんだ……わざわざありがとうね」
(なんだろう、今日もまた微妙に重い気配がするなぁ……)
心の奥底で無意識にミノリはそう思いかけたもののわざわざ見送りに来てくれたシャルの献身さについては悪い気はせず、素直にお礼を述べて頭を優しく撫でた……そう、つい撫でてしまったのだ。
ミノリの手が頭をさすった事に一瞬目を点にさせたシャルは体を震わせたかと思うと……。
「お姉様のなでなで!!! 感無量です私!! やっぱり私ここで皆さんが帰ってくるのをずっと待ってますね!! たった2日ぐらい飲まず食わずのままこの場で待機するぐらいわけないです!!」
「愛が重いから帰って今すぐ!! 冒険者が突然やってきてシャルを襲わないとも限らないし帰ってきた時にシャルが死んでいたら私たちは普通に悲しむって事忘れないでね!?」
すぐに化けの皮が剥がれた忠犬もどきの狂犬シャル、彼女のミノリへの暴走敬愛が収まって普通の親愛に落ち着く日が来るのはまだまだ先の事である。
ちなみにこの後も暫く暴走していたシャルだったが、そんなシャルの顎に手を添えてくいっとさせたネメが『いい子だからおうちにおかえり』と言うとシャルは顔を真っ赤にさせ、何度も激しく頷くと、箒に跨るやいなやすぐさま空へと舞い上がりあっという間に姿が見えなくなってしまった。
ネメのイケメン少女っぷりが加速しているのは気のせいだろうかとミノリが心でそう思っている横で、ネメがぽつりと『ちょろいけどそこが可愛い』と少し頬を赤く火照らせながら呟いた。
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──その後、シャルが見えなくなったのを確認したミノリ達が向かったのはキテタイハの町。今回の旅行はキテタイハの町とカツマリカウモの村の間を往復している乗合馬車に乗ろうという計画なのだ。
しかし乗合馬車で行くという計画に対して、ネメとしては疑問を覚えていたらしい。
「そういえばおかあさん、カツマリカウモまでは馬車にするって言っていたけど走ってカツマリカウモまで行った方が早くない? 私とトーイラの体力ならおかあさんを交替でおぶってでも馬車で行くより早く着けると思う」
「うーん、確かにネメたちの足の速さと体力ならそれもできると思うけど……今回はただの旅行で別に急ぐ必要もないから馬車でのんびりってうのもたまにはいいんじゃないかな?
……あとね、娘たちにずっとおんぶされるのは流石にちょっと恥ずかしい……」
何か急いで行く必要があるなら多少恥ずかしさを我慢してでもその方が早く着くだろう。しかし今回はあくまで家族旅行。それに行程もゆっくりめなので別に馬車でも問題無い。そしてミノリの意見にはトーイラも同意のようだ。
「そうだよーネメ。ここはママの言うように乗合馬車で体力を温存して、何かあった時にママを絶対守れるようにしなくっちゃ!」
「成る程……合点トーイラ。おかあさん守るためなら24時間監視体制も厭わない」
「えーと……2人とも、そんなに気張って私の事を死守しようとしなくてもいいんだよ……? 私、あなたたちよりは強くないのは確かだけれどそれでもそれなりに強いわけだから……」
今回の旅行について、風景を楽しみながらのんびりした旅にしようとミノリは考えていたのだが、やはり娘たちの思考回路は母であるミノリ第一。ミノリの身に危険が及ばない事を前提で考えてしまっているのでどうにも変なズレが生じてしまっている。
自分の事を第一に考えてくれている愛娘達の愛情はとてもありがたいとは思う反面、やっぱり愛が重いと内心思ってしまうミノリなのであったが、当の娘たちにはそうならざるを得ない理由がちゃんとあったようだ。
「確かにママは前よりも強いってのはわかるけどー……変なところで抜けちゃってるから私、心配だもん」
「トーイラの言うとおり。おかあさんは晴れ時々天然」
「え、抜けてる……天然? どこが……?」
ミノリとしては思いも寄らなかった天然キャラ扱い。一体何処にそんな要素があるのかと思わずミノリは聞き返してみると、娘たちはどちらも困った反応で何故気づかないのだろうと思っているような表情をしている。
「気づかないところがまさにおかあさん……そこも好きな所だけど」
「うーん、私もママのそういうとこ好きだけど言うね。ママ、なんで普段の格好で来ちゃったの?」
「え、私の格好? 普段の格好ってそんなにまずい所あったかなぁ……」
天然キャラ扱いが腑に落ちないと言った表情をするミノリに対して娘たちが指摘したのはミノリの格好。
ちなみに今のミノリの姿は以前と異なり、フードで顔を隠さなくても町に入る事ができるようになったので、フード付きのローブを羽織らずにデフォルトの姿のままである。
それの一体何が悪いのか全くわからないミノリだったが、どうやらそのデフォルトの格好こそ娘たちに天然だと言われた原因らしく、業を煮やしたのかトーイラとネメがその理由を口にした。
「普段と同じ格好してるからダメなんだよママ! 確かに家近くの狩り場に行くんだったら動きやすいその格好の方がいいと思うしママの魅力をいかんなく発揮してるのも確かだけど今日は旅行だよ!?
ただでさえママは美人で注目集めちゃうのに、その上露出が高い衣装で大人の色気まで滲み出てるからさっきからママの事を変な目で見てる輩いっぱいいるもん!」
「これは私たちにとってもひやひやもの。おかあさんにふりかかるあらゆる魔の手をなにがなんでも全て排除しなければならない」
すっかりこの格好に慣れてしまっていた事と娘たちを育てる事を最優先事項としていた為に自分の姿に関しての意識はすっかりおろそかだったミノリ。
過去に男に襲われたことはあるが、あれはモンスター、それも女性型モンスターだと見なされていたからだと思っており、仲間キャラフラグに切り替わった今、そういった事に対する危機感はすっかり薄れ、皆無に等しいのだ。
しかし、そんな2人の指摘を受けてもミノリは変わらず頭に疑問符を浮かべている様子。
「うーん、確かに私の格好が原因で中にはそういった目で見る人がいる可能性はあるかもしれないけど……多分視線が集中してるのは私だけが原因じゃないと思うよ2人とも」
「え? どういうこと?」
「ぶーみんばい」
反論するミノリに対して、今度は先程のミノリと同じようにトーイラとネメもそれがわからないようで顔をきょとんとさせた。
「だってあなたたちだってすごく綺麗な顔立ちしてるもの。それこそ親として2人を育ててきた同性の私ですらそう思うもの」
「えーそんなわけないよー。ママが一番美人だよ」
「我ら娘たちはおかあさんの美貌に敵う微塵の要素も無し」
こちらはこちらで自己肯定感の低い娘たちがミノリの言葉に対して謙遜して逆にミノリをヨイショしだした。
「えー私かなぁー……。だって私、あなたたちよりも身長低いから子供っぽいはずだよ?」
「そんな事無いよーママ美人だよ」
「世界の宝、おかあさん」
先程からお互いがお互いを視線の集まる原因だと押しつけ合っている謎の状態だが、結局の所3人揃っていること自体が視線を集めてしまっている要因である。
トーイラとネメは同性のミノリですら美しいと思ってしまう顔立ちの少女なのだが、ミノリもトーイラ達が指摘するように負けず劣らず美しい部類の顔立ちに入る。
そしてミノリはミノリ自身が言うように、確かに娘たちよりも身長が大分低い事もあって2人よりも幼い容姿に見えるのだが、露出度の高い衣装に身を包んでいる事と妖艶さが滲み出る褐色肌によって、見た目の割に大人びた不思議な色気まで出ている奇跡のバランスで成り立っているような存在だ。
そんな3人が一堂に会しているものだから周りの視線が釘付けにならない方がおかしい。しかしこのままでは埒が開かないと判断したミノリは早々にその話題を切り上げる事にした。
「ま、まぁこんな所で長話しても仕方ないし周りの迷惑になるよね。2人が言うように今度旅行をする時はもっと露出度の低い格好にするから早く乗合馬車に行こうよ2人とも」
「あ、うん、そうだねママ」
「いざ行かん」
娘たちも同じように思っていたようでミノリが話を切り上げたことに素直に応じて一緒に歩き出したが……数歩前に進んだところでミノリは足を止めて、困った顔をしながら娘たちに告げた。
「ところでさ……さっきからとても歩きづらいんだけど……2人とも私と腕を組んで歩くのやめてくれない?」
「えー!!」
「ご無体」
ミノリが歩き出すと同時にミノリの右腕をネメが、左腕をトーイラがそれぞれ恋人のように腕を絡ませてきたのだが、片腕ならともかく両腕でそれをやられるのはどうにもミノリにとっては歩きづらかったらしくNGが出てしまった。
娘たち、残念。
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「よかったぁ、乗合馬車は空きがあるみたい……ところでなんだかあっちの方騒がしくない?」
「それなりに」
「うーん、言われてみればかなぁ。私とネメはママみたいに耳がすごく聞こえるわけじゃないからハッキリとは聞こえないけど……」
乗合馬車の発着場に着いたミノリ達だったが、それと同時にミノリの聞こえの良いエルフ耳が拾ったのは遠くの喧噪。町長の館があるらしい方から怒声やら悲鳴やらが聞こえるので事件か何かが起きているらしい。
一体何があったのだろうとミノリが足を止め、耳を澄ませてその声を聞き取ろうとしたのだが、娘2人がそれを遮るように急かしたてた。
「ママ、そんなのどうだっていいよー。早く行かないと乗合馬車出ちゃうよ?」
「これしきのどんちゃん騒ぎで私たちの旅路を止めることなど最早不可能」
「あ、ごめん、そうだね。それじゃ乗り場に行こうか2人とも」
ちなみにこの時起きていた騒動は、女神の狂信者老婆で、実は町の重鎮でもあるハタメ・イーワックが、憲兵を伴って町長の館へ押し入り、町長一派の不正を暴き出して町から追い出そうと踏み込んだ瞬間であった事をミノリはこの先も知る事は無いのであった。




