139. 15年目 誰!?
本編上に入れてしまうと2章最終話の納まりが悪くなってしまった関係で番外編の方になってしまったお話です。
「んん……そろそろ起きないと……」
ザルソバの件から一月ほど経ち、トーイラとネメの誕生日が目前まで近づいていたある日の早朝。
昨晩見たシャルのお腹は非常に大きくなっており、前にシャルが教えてくれた妊娠期間から推測するともしかしたら今日辺りにでも生まれてくるのかな、などと考えながら着替えたミノリが居間に向かうと……。
「おはよー!」
「うん、おはy……誰!?」
見覚えのない小さな女の子が食卓に座り飲み物を飲んでいたので、思わずミノリは驚きの声を上げてしまった。
昨晩シャルが着ていたはずのパジャマの上着を羽織るその少女は末娘であるリラよりも遥かに小さい。そのせいでシャルのパジャマはぶかぶかで顔を出すのもやっとらしく、萌え袖を通り越してシーツのお化けみたいになってしまっている。
しかしそれ以上にミノリが気になるのはその容姿。その女の子の顔立ちはピンクの髪にジト目でミノリは初対面であるにも関わらずどこかで見たことがあるような、そんな不思議な印象のある女の子だった。そして幼児というよりも乳児の方が近い大きさで、1歳ぐらい……下手したら0歳児ぐらいにしか見えない。
「んー、もしかしてわからないですかー?」
首を傾げる乳児。ちゃんと首を傾げられる辺り首は据わっているようだ。
「え、えーと……その言い方からすると会った事が……ある?」
「ううん、ないよー」
会ったことが無いはずなのに向こうは知っている。そしてどことなく見覚えのある容姿。まるで誰かと誰かを足して2で割ったような……。
ミノリは必死になって考え、もしやと思いながらもある結論を導き出した。
「も、もしかして……ノゾミ?」
ミノリがまだ生まれていないはずの孫の名前を口にすると、その女の子はパッと顔を明るく輝かせた。
「そうだよー、ノゾはノゾミだよ!」
そしてどうやら自称は『ノゾ』らしい。幼い感じがしてとても愛らしい自称だ。しかしそれにしても昨日まで生まれる予兆など全く無かったというのに……一体いつの間にノゾミは生まれたのだろうか。
「え、えーと……ノゾミは一体いつ生まれたの……かな?」
「さっきだよおばーちゃん! 早くお腹から出たいと思ったからシャルママを起こさないようにお腹からこっそり出てきたの!!」
「こっそり出られるものなの!?」
ノゾミはミノリに笑顔を向けた。ミノリの事を『おばーちゃん』と呼ぶ事から恐らくシャルのお腹にいる頃から家族の事を既に理解していたのだろう。頭の回転も速く既にべらべらしゃべっているが、魔法生物という扱いで成長が早いとシャルから聞かされていたのでそれが関係しているのだろうか。
そして出産はノゾミにとっては学校の授業中に教師が背を向けている隙にこっそり教室から抜け出す不良学生みたいな感覚らしい。
「ま、まぁそれは別にいいか……やっぱりノゾミだったんだねあなた……ところで何を飲んでるの?」
目の前に孫のノゾミがいる事の方に気を取られてしまってつい見落としてしまっていたが、ノゾミはほんのり青みがかった白い液体をコップに入れて飲んでいる。そんな飲み物が家にあった記憶がさっぱりないミノリは、一体何を飲んでいるのかノゾミに尋ねたところ……生まれたばかりの乳児らしい答えが返ってきた。
「これ? シャルママから搾りだしたお乳」
「ぶっ!!」
ノゾミはシャルの母乳をコップに入れて飲んでいたようでこれには思わずミノリは噴き出してしまった。
「どーしたのおばーちゃん?」
「いや確かに生まれたばかりのノゾミにはそれが必要だってわかるけど……搾ったって一体どういう……」
「ノゾを産んでくれたシャルママの方ならきっとおっぱい出ると思って搾乳したー。もみしだくたびにシャルママの口からあんあんって変な声が出て面白かった!!」
「そ、そうなんだ……いやシャルはいくらなんでもそれで気づこうよ……多分まだ気づかずに寝てるんでしょ……」
(というか娘【乳児・0歳】の技で嬌声を上げる母って一体……)
あまり聞きたくない単語が行軍のように大挙してミノリの耳へ押し入ってくる中、それらの単語を右から左へミノリが聞き流していると、ノゾミはミノリに言いたいことがあるようでもじもじとしながら言葉を続けた。
「それでね、それでね、ノゾね、おばーちゃんにまずお礼言いたかったの」
「え、私に? まだ私、ノゾミに何もしてあげられていないと思うけど……」
生まれたばかりのノゾミがミノリにお礼を言いたい、その意味がよくわからずついミノリはノゾミに尋ね返した。
「ううん、そんな事ないよ。おばーちゃんがいたから、ノゾ、生まれたんだもん。お腹でママたちが話しているのちゃんと聞いていたよ。
ネメママとシャルママの命を救ったのがおばーちゃんだって。おばーちゃんがいなかったらママたち死んじゃって、ノゾが生まれてくることは決してなかったもん。
だからね、ママたちのこと助けてくれて、あぃがと……ありがと、おばーちゃん!」
まだラ行だけが時々うまく発音できないらしく噛んだり噛まなかったりする『ノゾミ』はお礼を言い直しながら、ミノリに笑顔を向けた。
ネメやトーイラ、リラがミノリに保護されたのに対し、ノゾミは新たに生まれた命。自分のおかげでこの子は存在できるのだと改めて実感したミノリは、同じように優しい笑顔をノゾミに返しながら……、
「……うん、私の方こそ。……生まれてきてくれてありがとう。ノゾミ」
ミノリはまだ生まれてきて数時間も経っていないであろう孫の頭を優しく撫でるのであった。
そんな風に祖母と孫がいい雰囲気になっていると、居間に向かって大慌てて駆けてくる足音。どうやらネメのようだ。
「おかあさん大変、シャルがまるで乱暴されたみたいに服がはだけて下着もあちこちに散乱したすごい格好で寝て……る……?」
「あ、ネメママーー!!!」
ノゾミはネメの姿を見た途端、瞳を輝かせるとまだ生まれたばかりで歩くのが苦手なのかふらふらとした足取りながらもネメの元へ駆け寄るとそのまま足にしがみついた。
……まぁ羽織ったシャルの上着をズルズル引きずっているし、そもそも生まれたばかりで歩く事自体おかしいのだが……。
「お、おかあさん、こ、こ、この子はだだだ だだだ 誰!?」
血の繋がった……いや、魔力を受け継がせてくれた親に甘えたように抱きつくノゾミに対し、『ネメママ』と呼ばれた事から薄々は気がついているのかもしれないがそれでもまだノゾミの正体がわからず年に数えるほどしか見られない程の狼狽ぶりを見せるネメ。
「……ノゾミだよ。さっき生まれたみたい。……ネメ、シャルのお腹を見てきて。ノゾミが生まれた代わりにへっこんでいるはずだから。シャルを起こしたら今度はトーイラとリラにも教えてあげて」
ミノリは静かにネメに答えた。
******
その後、ネメに起こされたらしいシャルが大慌てな様子で着替えた上で居間へとやってきた。
「あ、本当に生まれてる……あなたはノゾミちゃんで間違いないですか?」
「そうだよ! シャルママ!!」
シャルが尋ねるとノゾミは元気よく手を挙げながら答えた。
普段のシャルは起床してから居間へやってくる時はパジャマ姿のままでいる事が多いのだが、ノゾミがお腹から出てきてさらに搾乳までされてしまった関係で下着を投げ捨てられ、さらにパジャマの上着をノゾミに取られてしまったために着替えるしかなかったのだろう。
そんなシャルの衣装だが、居間へ来るのに急いだ為に着やすい服を選んだようで、シャルにしては珍しいチューブトップ姿でお腹のラインがわりとハッキリわかる状態だった。
(あれ……シャルって昨日まで妊婦だったんだよね……? 何でもう妊娠前みたいなお腹に戻っちゃってるの……?)
通常なら、出産直後から暫くの間は皮がたるんでしまうものなのだが、現在のシャルのお腹周りは数時間前まで妊婦だったというのが嘘だったかのように皮のたるみが一切ない、くびれのあるスッキリとした腰回りに戻っていた。
(これはシャルの種族特有の特性なのかな……まぁそれは別にいいとして……)
軽く沸き出していたその疑問をあっさりと『種族特有のもの』として片付けたミノリはもう一つ気になった事をシャルに尋ねた。
「ところでシャル、生まれたことに全然気づかなかったって事は陣痛も無かったって事? ……というより前から痛がっている様子無かったよね?」
「あー……言われてみれば前駆陣痛含めて一切無かったですね。ちょっとお腹痛いかもぐらいの事はありましたが……」
ミノリとシャルが不思議に思っていると、シャルに抱っこされたまま首をかしげているノゾミ。
「ノゾ、シャルママから出てくる時に産道暴れ回って出てきた方が良かった?」
「いやいや! そんな事したらシャル死んじゃうから!!」
無邪気な顔をしながら恐ろしい事を言い出すノゾミにミノリが慌ててしまっていると、その答えを知っている人物が口を挟んだ。
「多分、私がシャルにかけた補助魔法でシャルの守備力あげすぎたせい。シャルがザルソバに襲われそうになった後、なんとしてでもシャルを守りたいと思って最強レベルの守備魔法をかけたから痛覚も薄まったのだと」
どうやらネメの過保護が原因だったらしい。確かにそれならシャルに陣痛が無かったのも納得できるが……それはそれでどうなのかとミノリは軽くネメに苦言を呈した。
「守りたい気持ちはわかるけど普通の痛覚まで消してしまうレベルの補助魔法は避けてねネメ、逆にシャルが病気や怪我をした時に気づかずに危険になっちゃう可能性もあるから」
「あ、その観点は無かった。おかあさん承知。今度からは気をつける。ところでシャル、私がノゾミを抱っこしてもいい?」
「あ、はい。どうぞネメお嬢様」
「ネメママー♪」
ミノリからの指摘を素直に応じたネメは、シャルからノゾミを受け取り、抱っこを始めた。先程はネメの足にしがみついただけだったが、今度はネメにちゃんと抱っこされたのでノゾミはとても嬉しそうにネメに頬ずりをしている。
その姿を微笑ましくミノリが見ていると、ミノリたちの寝室の戸が開く音と同時に、パジャマから普段着に着替えたらしいトーイラとリラが顔を出した。
そしてノゾミがどこにいるのかキョロキョロ見回し、そしてネメに抱っこされているノゾミを2人が見つけると一目散に駆け寄った。
「わぁ、かわいい!! この子がノゾミちゃんだよねネメ!」
「お人形さんみたいでかわいい……」
ネメの腕に抱かれている生まれたばかりの新たな家族の姿にトーイラとリラが目を輝かせているとそれに応えるように笑顔を見せたノゾミ。
「わぁ、笑顔もかわいい……初めましてノゾミちゃん! 私、トーイラ。こっちのネメの姉だから……ノゾミちゃんの叔母にあたるから……トーイラおばさんになるのかな。よろしくね」
トーイラが笑い返しながらノゾミに自己紹介をすると、トーイラの横にいたリラが何故かその言葉に軽くショックを受けたように反応した。
「え、あ、そっか……トーイラおねーちゃんがおばさんって事は……あたし、ノゾミちゃんのおねーちゃんじゃなくておば」
「トーイラおねーちゃんにリラおねーちゃん、よろしくね!」
トーイラがノゾミに対しておばさんだと名乗ったことでリラも自分がノゾミのおばさんにあたる事に気づいてしまったようだったが、ノゾミは生後数時間の時点で気配りができる子だったようだ。
「え、でもあたしおねーちゃんじゃなくておば」
「リラおねーちゃんはリラおねーちゃんだよ!」
ノゾミはリラはおねーちゃんと言われたかったのだろうと瞬時に悟ったらしく、リラが自分の事をおばさんだと言おうとしたのを先んじて『リラおねーちゃん』と呼ぶことでその言葉がリラの口から出てくる事を遮った。
(あ、この子すっごい聡いわ。なんだか察したみたい)
生まれたばかりだというのにリラに対して気を回す姿を見て、ノゾミはとても賢いとミノリが思っていると、どこからともなく『く~』とうかわいらしい小さな音が聞こえた。
どうやらノゾミのお腹の音らしい。
「……ノゾおなかすいた……シャルママ! おっぱいもみしだかせて飲ませて!!!」
「ノゾミちゃんは赤ちゃんなのに賢いのはわかったけどちょっと言葉の選び方を覚えようね!?」
******
まだ生後間もないというのにあっという間に隠塚家に溶け込んでしまったノゾミ。これならきっと、この先も大丈夫だろうとミノリが安堵していると……家族全員が揃ったのを見計らったノゾミが少しだけ緊張した面持ちに形ながら口を開いた。
「あ、あのね、ネメママにシャルママ、おばーちゃん、トーイラおねーちゃんにリラおねーちゃん」
「ん、どうしたのノゾミ?」
「えっとね、まだあいさつとかなにもしてなかったから、その……」
顔をほんの少し火照らせながらモジモジとするノゾミ。どうやら家族となる事での挨拶がしたかったようだ。
「こぇから……これから、よろしくおねがいします!」
まだラ行がうまく言えない事が時々あるようで、言い直しながらちょこんとおじぎをする生後数時間のノゾミ。
そんなかわいらしい姿を見て、一度顔を見合わせてから微笑んだミノリたちの返事は勿論……。
「「「「「こちらこそ。よろしく、ノゾミちゃん!」」」」」
全員は声を揃えて隠塚家の新たな6人目の家族、隠塚ノゾミを受け入れたのであった。
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──その後、新たに生まれたノゾミと初めて一緒のお風呂に入るネメとシャルのふうふ。
シャルが頭を洗っている間ネメとネメに抱っこされるノゾミは、先に湯船に入りながら母娘での会話を楽しんでいると、その会話の途中でノゾミは突然目線を下に向け、自身のお腹のある部分をじっと見つめ出した。
「ねーねー、ネメママ」
「どしたの、ノゾミ」
「これがおへそ?」
そう言いながらノゾミが指さしたのは自身のお臍。
ノゾミはネメとシャル2人の魔力が合わさって生まれたノゾミは胎生とは異なるので、普通に考えるなら臍は無いはずなのだがノゾミには臍がある。どうしてあるのか理由は謎だが……。
「そう、それがおへそ」
「ふーん……おばーちゃんのおへそはいいおへそ……?」
「そう、あれはとても世界一魅力的なおかあさんのおへそ」
「そっかぁ……おっきくなったらあのおへそ、ノゾのものにしてもいい?」
「おかあさんがいいって言うのなら」
「ホント!? わーい!」
……ミノリのお臍マニアことネメの胎教効果がここで遺憾なく発揮されてしまった事など、別室で他の家族と談笑するミノリが気づけるはずもなく、これ以降ミノリは何故かノゾミに執拗にお臍を狙われてしまうのであった。
今回予定していたお話は番外編含めて次回が最後になります。




