138. 13年と3週間目 幸せを求めて。【リラ視点】
まだリラが北の城に贄として幽閉されていた頃からミノリと出会うまでのお話です。
「知ってるかー? なんでも南の方の大陸にモンスターを崇拝している人間の町があるんだってよ!」
「へぇ、そんなところがあるんだな。そこなら俺らが町中を跋扈してもなんも問題なさそうだなぁ」
聞こえてくる魔物たちの声。でもどうせあたしには関係のない事だ。
……だってあたしはもう何年もこの北の城にある檻の中に閉じ込められているのだから。
あたしはリラという名前の吸血鬼。生みの親はあたしの特異体質だと生まれた瞬間に気づいて、一月経たずにあたしを捨てた。
「捨てられてしまったのはきっとあたしが特異体質の持ち主だったから……」
あたしの特異体質というのは光に対して完全体性があるというもので、普通の吸血鬼なら日の光を浴びると灰になってしまうのに対して、あたしは光を浴びても平気で、むしろひなたぼっこが大好き。
ただこの特異体質、他の魔物やモンスターが嫌がる何かがあたしから滲み出ているらしくて近くにいるだけでイヤな気分になるらしい。
……それを考えたら生みの親に捨てられてしまうのも仕方なかったのかもしれないけれど、それでも一月だけでもあたしを育ててくれたのは……最後の良心だったのかも。
ただ、飛び方を教わる前に捨てられてしまったので、羽があるにも関わらずあたしは飛ぶことができなかった。
それでも捨てられた直後は、あたしは大丈夫だと思っていた。人間と違って生後一ヶ月の時点で既に言葉も話せたしちゃんと歩ける。
だからあたしは一人でも生きていけるに違いないって思っていた……特異体質の魔物は『贄』になる素質がある存在で一部の魔物の狂信者が血眼になって探していると小耳に挟むまでは。
「……『贄』って言葉だけであたしが酷い目に遭うことは丸わかり……逃げなきゃ」
贄になってしまったら死んでしまうかもしれないと思ったあたしは、捕まらないようにずっと身を潜めていたのだけれど……4歳の時にその手の者に捕まってしまい、それ以来あたしは北の城にある檻に閉じ込められている。
それでも最初はここから何度か脱走しようとした。なにせなにせあたしが囚われているこの檻は大型のモンスターを捕らえておく為のもので、あたしみたいなちっちゃい魔物は、実はがんばれば柵の間から抜け出せてしまうから。
そして逃げ出したのは贄になりたくないからだけじゃない。
あたしを捕まえた魔物やモンスターたちがあたしに無理矢理飲ませる血があたしの体質に全然合わないのかとてもまずかったのだ。
それを飲まされる度にあたしは自分の身体が蝕まれていくのを感じて『このままじゃダメ、死んじゃう』とそう思ったから。
だから何度も逃げ出した……けど逃走は全て失敗に終わった。
この特異体質のせいなのかわからないけれど、あたしは同じ種族である他の吸血鬼と比べると非常に非力で、生命力だけが異常に多くある代わりに、世界最弱レベルのモンスターといわれているヒヨワヒヨドリやキョジャクナクジャクと互角ぐらいの力しか無く、その上足も遅くて飛ぶ事もできない。
何度も脱走してはすぐに捕まり、その都度罰として何度も殴られ蹴られ……それが何度も続いたある日、逃げた罰としてあたしは左目を大きく傷つけられてしまった事が原因で、7歳で左目を失明して……その日から逃げることを諦めた。
もう片方の目まで見えなくなってしまったらと思うと怖かったから……。
そしてその日から2年近く、この檻の中から出たことは一度もない。
「……あの時捕まらなければ……あたしはもっと違う生き方ができたのかな」
そのようにポツリと独り言を呟いてから、色々考えたりするのだけれど今となってはもう意味が無い。
「……できるはずないよね。世界中から嫌われてるあたしは、どこにも居場所なんてないもの……」
仲間であるはずの魔物やモンスターからもこんなに嫌われているのに、人間からなんてますます好かれるはずがない。
だからあたしは贄としての役目を全うする運命を受け入れるしかないんだろうなって思い始めていた。
──そんなある日のこと。
「……なんだろ、なんだかお城の中が騒がしい……?」
城に棲息する全ての魔物やモンスターが何か慌てているみたいだけれど、檻から出られないあたしは何が起こっているのかサッパリ。
少しでも情報が欲しかったあたしは耳をすませて近くにいた魔物たちの声を聞いてみた。
「まずいぞ!! 人間共が攻めてきた!!」
「おわりだ、俺たちゃおわりだ……」
……どうやら人間がこのお城に乗り込んできたらしい。
「人間は……檻に閉じ込められているあたしを見たら助けてくれるのかな……そんなわけないか」
一瞬だけ、そんな希望を抱きそうになったのだけれど、あたしはその期待に膨らみそうになった気持ちをすぐにかき消した。
モンスターや魔物が人間を無差別で殺そうとするのと同じように、人間もまたモンスターや魔物無差別で殺そうとするのだ。
だから、傷や痣が残るほどの虐待を受けたあたしを見てもただの同士討ちの結果だろうと判断して問答無用で殺すに違いない。
そうなると、あたしに生き残るために残された道は……これしかない。
「逃げなきゃ……」
この騒動が原因なのか、いつの間にかあたしについていた見張り番の魔物やモンスターの姿がどこにもない。人間と戦うために下へ降りていったのだろう。
だからあたしはどさくさにまぎれて逃げることにした。この機会を逃してしまったらどっちみちあたしは多分殺される。
だからこれが……あたしが幸せになれるかもしれない最後のチャンスだと思ったから。
檻から無理矢理抜け出して廊下に出てみるとそこにも誰一人いない。ただ下の方から悲鳴や怒声がいっぱい聞こえてきたので総出で応戦している最中なのだとあたしは察した。
「でもどうやって逃げよう……」
下の騒ぎから考えると正門から逃げるのはまず不可能。となるともうこれしかない。
「窓を探さなきゃ……」
一度も飛べた事が無いのに窓から飛ぼうと決めたあたしは、窓を探してあちこちの部屋を開けて探していると、倉庫らしき小部屋に窓があるのを見つけると、すぐにその部屋に飛び込んだ。
「それじゃここから……あっ」
あたしがその部屋に飛び込むと、その隣の部屋から怒り狂う声が聞こえてきたのであたしは慌てて声を押し殺した。
……危なかった。今あたしが隠れた部屋に窓がなかったら次に入るのはその部屋だったから。……だけど一体何を怒り狂っているのだろう。木に生ったあたしは壁に耳をつけて何を話しているのか聞くことにした。
その声の主は……あたしを捕らえるよう指示したらしい魔物の司祭だった。
「闇の巫女の捕獲に何度も失敗した上近寄らないという魔力の込められた誓約書まで書かされてもう近づくことができないだと!? これでは『贄』に闇の祝福を与える事ができないではないか!!」
「闇ノ巫女ノ候補ガココマデ反旗ヲ翻スナド思ッテモミナクテ……。誰カガ計画ヲ邪魔シタノカ、闇ノ巫女候補ガ片時モ光ノ巫女候補ト離レヨウトモセズニ我々ニ対シテ敵対行動ヲ……」
魔物の司祭と話しているのは『闇の巫女』とか『光の巫女』という言葉が聞こえてきたのでもう片方の声の主はおそらく『闇の巫女』連れてくる役割を担っている闇の使いだろう。
話を聞く限りでは何度も『闇の巫女』確保に失敗しているようで、闇の使いは弁明を述べている……が、司祭はまるで話を聞く気がないらしい。
「ええい、そんな言い訳はどうでもいい!! 牢屋に捕らえている贄はどうすればいい! あんな失敗作、闇の巫女の祝福が無ければ生かしておく価値すらない近くにいるだけ不快になるゴミ以下の存在だぞ!
祝福を与える事がもうできないのならせめて今この城に侵攻してきている人間共に対して肉の盾にでもしてしまえ! それで我々がここから逃げ出す機会を少しでも……」
(……生かしておく価値のない……ゴミ以下……)
その言葉を聞いた途端、あたしの目には涙が溢れていた。あたしは他の魔物やモンスターから嫌われていることは自覚していた。……だけど、それをいざ他人の口から言われてしまうととても辛かったから。
悲しみのあまり、大声を上げて泣きたくなってしまったけれど……もし泣き声が隣の部屋に聞こえてしまったらまずいと思ってあたしは泣くのをこらえ、そのまま魔物の司祭と闇の使いの会話を聞く事にした。
「ソレガ……ドウヤラ見張リ番ガ侵攻シテキタ人間ノ様子ヲ見ニ行ッタ隙ヲツイテ逃ゲ出シタヨウデ……」
「ふざけるな!! ただでさえ救世主とかいう人間とその仲間共が徐々に我らの本拠地へ攻め入りつつある絶体絶命の状況ではないか!!
もういい!! お前ら、絶対に私を守れ! 部屋の隅で知らん顔してあくびしたドラゴン、お前もだ!!! そしてもしあの贄は見つけたらその場ですぐ殺せ! これは私の命令だ!! 絶対にあの贄は生かしておくな!!!」
(……やっぱりダメ、これ以上ここに留まったら。逃げなきゃ)
あたしはもうこれ以上留まっては危ないと判断して小窓から身を乗り出して地上を見下ろしてみるとかなり高い位置にこの窓はあった。
(怖い……でも、このままここにいたら……!!)
あたしは意を決すと飛び方も知らないままその小窓から飛び出した。
「お願い! あたしの羽、動いて!!! 飛んで!!!!」
このまま飛べないとあたしは地面に激突して死んでしまう。だからあたしは無我夢中になって羽を動かすとあたしの願いが通じたのか地面へ落ちる速度が次第にゆっくりになり、やがてあたしの身体は宙にその場で浮いて……初めて飛ぶ事ができた。
「やった! これなら逃げられる……!」
喜ぶのもほどほどにしてあたしはそのまま城から離れるように飛んで逃げた。
どこへ逃げればいいのか全く考えていない。だけどあたしは前に聞いていた魔物たちの会話を思い出していた。
──知ってるかー? なんでも南の方の大陸にモンスターを崇拝している人間の町があるんだってよ!
──へぇ、そんなところがあるんだな。そこなら俺らが町中を跋扈してもなんも問題なさそうだなぁ
「モンスターを崇拝している町……そこに行けばきっと」
そこならきっと魔物やモンスターから嫌われたこんなあたしに対してでも、きっと誰かが手を差し伸べてくれるかもしれない。そのかすかな希望に藁を掴む思いであたしはその町を目指して飛び続けた。
******
──それから数ヶ月の月日が流れた。
あたしは魔物やモンスターの部類に入るはずなのに、仲間であるはずの野良モンスターに何度も襲われた。じゃあ人間なら大丈夫かと思えばそうでもなく、何度も襲われそうになった。
だからそのどちらからも避けるように飛び続けるあたしは、お腹がすいた時は寝ている動物にこっそりと近づいて起こさないように吸血したり、木に生っている果物を食べたりして、飢えをしのぎながらモンスターを崇拝する町を目指したのだけれど……やっぱり遠すぎた。
「もうダメ……お腹すいた……」
時折休みながらずっと飛び続けてたけれど、疲れはどんどん溜まっていたみたいでなんとかその町の近くまでやってきたけれど……体力が限界まできてしまっていたからか、いくら羽を動かしてもあたしは空も飛ぶ事ができなくなっていた。
それでもフラフラとした足取りで町を目指して歩いたけれど……もうそれもできないほどに力が無くなり、その場にしゃがみ込んでしまった。
「……あたし、もうここまでなのかな。……もう疲れちゃった」
こんな風に倒れそうになってもあたしには誰も手を差し伸べる事はない。あたしは魔物やモンスター、そして人間からも追われる嫌われ者だから。
逃げることに必死だっただけれど、疲労のあまり、あたしの頭の中では『あきらめよう』という考えが過ぎり始めていた。
だからあたしはその場に足を止めて、ふと無我夢中だったので意識していなかった周りの景色に初めて意識を向けてみると……。
「あ……こんなに周りって綺麗だったんだ……」
時間は夕方。夕焼けに紅く照らされたこの世界はとても綺麗で、気づかぬうちにあたしは泣いていた。
泣いてしまったのはまるでここが天国みたいって思ってしまったから。
だからあたしはつい……。
「……あたし、これで死んじゃっていいかも」
そんな事を無意識の内に口走ってしまったその時だった。
「あ、あっちの方……女の人が歩いている」
もう全てを諦めてしまったあたしは、その女の人を見て決めてしまっていた。
「あの人に……あたしを殺してもらおう……だけどお腹すいてもうフラフラ……」
あたしは最後の力を振り絞ってその女の人へと近づいていった。その途中で空腹と疲労が限界に達したので意識がもうろうとしてしまって、殺してもらうはずだったのついその女の人の腕に噛みついて吸血しちゃったけれど……。
……その女の人こそ、今のあたしのかーさまであるミノリさん。
あたしはかーさまに出逢えた事で生活が一変した。
吸血したあたしを殺すどころか優しく抱きしめてくれたかーさまに保護されたあたしは、初めて他人の優しさに触れられることができて、自分の居場所ができて、家族もできて、そして……恋を知ることもできた。
あたしの初恋の相手はトーイラおねーちゃんで、トーイラおねーちゃんは特異体質が原因で死ぬ運命に怯えて泣いてしまったあたしに『おねーちゃんに任せて』って笑いながら言ってくれて、光の祝福であたしの特異体質を改善して命を救ってくれた。
……そんな素敵な人に恋をしないはずがない。
そんな事があって、あたしは今とてもしあわせだよ。
でも、しあわせっていくら与えられてももっと欲しくなっちゃうんだね。
今あたしが次に欲しいしあわせは、トーイラおねーちゃんに振り向いてもらって恋人になる事。
でもトーイラおねーちゃんはかーさまに恋してるからあたしはまだ振り向いてもらえていなくて、今のところ家族としての好き止まり。
だけど……いつかあたしの事、恋人として好きって言って欲しいな。
トーイラおねーちゃんに告白したら5年待ってって言われたから……だからあたし、その日までトーイラおねーちゃんの答えを待っているよ。
あたしのトーイラおねーちゃんが好きって気持ち、この先もずっと変わらないからね。
だから、早く5年経たないかなぁ。そしたらあたしはきっとトーイラおねーちゃんと……えへ。




