131. 14年と11ヶ月目② 命を賭してでも。
間もなく生まれてくる孫の為に赤ちゃん用品を家族総出でキテタイハの町まで買いに行ったミノリたちは、疲労困憊しながらもなんとか必要なものは買い揃える事ができたので岐路に着こうかとしたまさにその時、ミノリはゲーム本来の女主人公に呼び止められてしまった。
彼女の声を聞いた途端、自分の動悸が速くなるのを感じたが、それを悟られてはいけないと察したミノリは平静を装いながら友好的な顔で彼女に振り向いた。
「あ、どうも。……それでどうでした? 前に探していたモンスター、見つかりました?」
彼女の目的は彼女が所持しているモンスター図鑑のコンプ。
本来は最後の一枠になるであろう自分の代わりに、以前ネメとトーイラが南東の森で見かけた、ボツモンスターと思しき光り輝くボア系のモンスターについて教えたので、それよって図鑑は埋まったのかミノリは彼女に確認した。
「あぁ、その事だが……ミノリさんに教えてもらったとおりに南東の森で数ヶ月粘った結果、ついに黄金に輝く『ウマミヒャクバイボア』というモンスターを見つけて倒した事で、図鑑に登録する事ができたんだ。……だけど不思議な事があって」
「不思議な事……ですか?」
首を傾げる彼女の姿を見た途端、ミノリはその作戦が失敗に終わったと答えを聞くよりも先に悟ってしまった。
「そう。私はてっきり図鑑の中頃にある空白ページにそのウマミヒャクバイボアが入ると思ったんだが、何故かそのウマミヒャクバイボアは図鑑の一番最後に記録されたんだ。
そしてその部分は、直前まで存在しなかったはずのページで……結局完成という状態にならなかったよ」
(なるほど、ボツモンスターやデバッグ用のモンスターは図鑑に登録自体はされるけど最後の方にまとめられちゃうから私が載る部分は空白のまま……か……。うーん、いい案だと思ったんだけどなぁ……)
彼女の話を聞きながらミノリが内心でがっかりしていると……突如ミノリの横からどす黒い空気がミノリの肌越しに伝わってきた。
その気配を察知したミノリが慌てて横を向くと……今にも『闇の巫女ネメ』になってしまいそうな表情を別人のように豹変させたネメがミノリと彼女のやりとりを見ていた。
「おかあさん、なんでそいつと親しくしゃべってるの? そいつ、シャルを殺そうとした張本人」
一目見ただけで明らかに機嫌が悪いとわかるネメが、咎めるように話すのも無理はない。なにせ彼女はネメの嫁であるシャルを倒そうとした存在であり、それを証明するかのようにシャルは彼女を見た途端顔色を青くさせながネメの後ろに隠れてしまったのだから。
そんなネメとシャルの気配と行動に気づいたのか、ミノリと話していた彼女は2人の方へ向き直した。そして……。
「君たちは確かラコカノンヤで会った、人間とモンスターの同性カップル……彼女たちはミノリさんの知り合いだったか……。えっと、先日はすまなかった」
再び一触即発の事態になるのではないかとミノリは危惧してしまったが、予想に反して、彼女はネメとシャルに対して頭をさげて謝罪しだした。
「君たちの仲睦まじい姿を見て考えさせられたよ。全てのモンスターは人間に敵意があって、死ぬまで襲いかかってくるものだと思っていたが、君たちのようにお互いの手を取り合って友好的な関係を築く事もできるのだと。申し訳なかった。改めて謝罪する」
頭を下げて真摯に謝る彼女の姿を見て、先程まであんなにどす黒いオーラをまき散らしてたはずのネメもまるで拍子抜けしたように口をポカンと開けてしまった。
「……ま、まぁ謝罪するなら……シャルはどう?」
「あ、はい……敵対しないのならそれで……」
「ありがとう……所でそちらのウィッチの……シャルさんと言ったか。お腹が膨らんでいるという事は……もしかして妊娠している……?」
ネメとシャルから謝罪を受け入れてもらえた彼女は安堵したような顔を見せながらお礼を述べていると、シャルのお腹が膨らんでいる事に気がついたようで驚いた顔をしている。
「そう、私とシャルの娘」
「え!? ちょっと待って。 君も彼女も女性……だよな。どうしてそれで妊娠……え? もしかして君、女性に見えて実は男……?」
「失敬な。私も女。シャルは女性同士でも妊娠できる体質なだけ」
「女性同士で可能? え、え? そんな事ができる……のか?」
頭上に疑問符を浮かべるように頭を抱える彼女。
確かに一般的な人間の感覚からすれば男女という関係でなければ人間は子供を授かれないと思うだろう。そのように考えが固定されている所へ女性同士でも可能な場合があると聞かされたのだから混乱するのも無理はなく、さらにシャルはモンスターといえども人間に非常に近い外見をした女性型モンスターだ。
その事が彼女の混乱に拍車を掛けてしまっていた。
「ち、ちなみに……女性同士の場合一体どうやって子供を作るんだ? もし差し支えなければ教えてもらいたいが……」
しきりに混乱してしまっていた彼女だったが、それでも女性同士で妊娠する方法に興味があったようで少し恥ずかしそうに声を潜めながらネメに尋ねると……ネメはそういった方面での恥ずかしいという感情が抜けきってしまったような存在だった為、一切ためらう事なく、詳らかに答え出した。
「指先に私の純粋な魔力を集中させてそれをシャルに流し込む。流し込むのは男女の時と同じところ。ちなみに流し込まれている間のシャルはとてもいい声で鳴」
「ネメお嬢様!? それ絶対後半は教える必要ないですよ!?」
顔を真っ赤にしながら慌ててネメの口を塞ぐシャル。彼女もまさかそんなノロケ話に及ぶとは思ってもみなかったようで、シャルと同様に顔を真っ赤にさせてしまった。
(と、とりあえずネメと女主人公である彼女との間に勃発しかけていた危機は去った……のかな)
まだまだ不安な事は山程あるが、ひとまず目の前に今まさに起きかけていた危機は解消できたとそっと胸をなで下ろすミノリ。
「ところでミノリさん。えっと……ネメさんと言ったかな。 ネメさんが先程ミノリさんの事を『おかあさん』と呼んでいたような気がしたが……えっと、2人はどういう関係で?」
確かに見かけ上ならあまり年齢差が見られない……どころかミノリの方が場合によっては小さく見えるし種族自体明らかに違う。それなのに『おかあさん』と呼んだものだから彼女は気になったのだろう。
「この子たちは私の娘たちで、そっちのウィッチの女の子が娘の嫁で……全員私の家族です」
別に隠しているわけではないからと、ミノリは全員が家族である事を彼女に伝えた……しかし、そこに小さな落とし穴があったのだとこの時ミノリは気づいておらず……。
「なるほど異種族同士で親子関係……だからネメさんはモンスターである彼女をすんなりと受け入れられたのか。
それにしてもミノリさんの家族構成は面白いね。ミノリさんがエルフで、娘たちは人間と……ん?」
仲間フラグが立っている事でミノリをモンスターと認識できない彼女はミノリをエルフだと誤認したまま、隠塚一家の面々を見回したその時だった。彼女がリラの姿を見た途端、視線が釘付けになってしまったのだ。
「えっと……ミノリさん、すまないがちょっと教えてもらっていいだろうか。そちらの金髪の女性におんぶされている女の子は吸血鬼のようだけど……図鑑に載っている姿とは明らかに違うようで……? えっと……その子は一体……」
彼女にそう指摘されるまで、自分以上に彼女と鉢合わせてはいけない存在がいた事にここで漸く気がついたのだ。
(しまった!! 私以上にリラの正体がばれるのはまずい! もしも鑑定魔法を掛けられでもしてリラがラスボスの……『闇に塗り替える者』になる存在だってバレちゃったら……!!)
モンスター図鑑はゲーム上でのグラフィックやステータスだけでなく、そのモンスターの特徴を記した短めの説明文も併記されている。
幸いにもラスボスの『闇に塗り替える者』の説明文にはミノリの前世の記憶にある限りではリラについては一言も触れられていなかったのだが、ミノリにはある懸念があった。
その懸念とは『闇に塗り替える者』とは反対に、イベント用の存在である為、本来はモンスター図鑑に登録される枠ではないリラのゲーム上での種族である『ヴァンパイア(イベント用)』の説明文に、このゲームの制作スタッフが説明文に『ラスボスの闇に塗り替える者になるイベント用』などのメモ書きを記している可能性だ。
もしもそのような事書いてあった場合……ゲームの主人公であり、この世界の救世主である彼女は、過去の災厄だと思い込んでいる『闇に塗り替える者』となってしまう可能性があるならその芽は摘むべきだと判断し、敵意も悪意も無いリラを一切の躊躇もせずに斬り殺すだろう。
図鑑に記載されているかは実際にゲーム画面を確認していない以上、ミノリの杞憂に終わってしまう可能性もあるだろうが……逆に言えばその事が載っていない保証など何処にも無いのだ。
「ねぇ君、悪いんだけど鑑定魔法掛けてもいいかな? ちょっと調べたい事があって」
ミノリがこの自体をどうしようか必死に考える事に夢中になっている隙に彼女はトーイラの背中でおんぶされているリラに向けて語りかけていた。
「? かんてーまほー? んー、別にいいよ」
「そうか、ありがとう。それでは早速……」
キテタイハのトラウマが収まったらしく顔色が比較的良くなったリラは、顔を上げて彼女に尋ね返し、そしてミノリにとってもっとも悪手となる回答をしてしまった。
(まずい! リラに鑑定魔法が!!)
彼女が鑑定魔法の呪文を詠唱を始め、今まさにリラに鑑定魔法がリラにかかろうかとしたその時だった。
「待ったー!!」
ミノリはとっさにリラをかばうように2人の間に割り込んだ事で、鑑定魔法はミノリにかかってしまった。
「え、ちょっと突然飛び出してきてどうしたんだミノリさん!? 私は別にミノリさんに鑑定魔法を掛けたかったわけじゃないんだが……」
「かーさま、どうしたの?」
2人の反応を見るにどうやらリラに鑑定魔法が掛けられるのをミノリは阻止できたようだ。現在のミノリは仲間キャラフラグが立っている事もあってモンスターとは認識されず、彼女の視界にはどうやらミノリのステータスが見えているだけらしい。
「…………」
驚いたり、顔を傾げたりする2人に対して、ミノリは言葉を発する事がせず、その場に立ち尽くしていた。
(……私は一体……どうすればいいんだろう……)
ミノリがモンスター図鑑に載らないようにして、かつリラがラスボスとなる存在である事も気づかせないようにした上で、彼女に帰ってもらう方法という危機を乗り越える最良の方法は無いかとミノリは必死に思考を巡らせていたからだ。
しかし考えがまとまらない。
ミノリの種族であるが『ダークアーチャー』が彼女の鑑定魔法によってモンスター図鑑に載ってしまうだけなら百歩譲っても仕方ない事だと受け入れられるが、彼女は最後の一枠に対して異様なこだわりがあるようで『倒す』だの『真っ二つにする』だの物騒な事を口にしていた事を考えると、図鑑に載ってしまったが最期、ミノリは恐らく彼女に殺されるだろう。
先程からミノリと親しく会話している事とネメとシャルの関係に理解を示した事からモンスターだとわかっても友好的な存在として彼女がミノリを見逃す可能性も一応はあるのだが、それは一時的なものでその図鑑を後に手にした者がモンスター図鑑に載っているからという理由だけでミノリを悪と決めつけ、討伐しようとする可能性は捨てきれない。
また、ミノリが生き残るために、リラの正体が『闇に塗り替える者』になってしまう存在だと彼女に気づかせてから、黙ってリラが斬り殺されてしまうのを見届け、あとは自分がモンスター図鑑最後の一枠だと気づかれないようにする方法を選べばミノリは確実に助かるだろう。
しかしミノリにはリラを見捨てるような後味の悪すぎる真似ができるはずもない。
リラだってミノリにとって大事な娘の一人なのだ。
それにリラは、ラスボスである『闇に塗り替えられる者』にさせられてしまう贄の運命から漸く解放され、さらに長く生きられない特異体質も乗り越えられた事で、今まで考える事すらできなかった将来や未来への道がやっと拓けたばかりの幼き少女だ。
そんなリラが夢見る幸せを親であるミノリが潰してしまうわけにはいかないのだ。
(きっと今この場から全員で逃げたとしても不審がられて遅かれ早かれ……となると……こうするのが私が親として、そして一家の大黒柱として娘たちのためにしてあげられる最期の事なのかな)
ミノリは自分が今何をすべきなのか結論を出すとゆっくり重たい口を開いた。
「……シャリオン……いえ、ユー・シャリオンさん。最後の一枠に入る存在を私は知っています……抜けているのは213番の……ダークアーチャーですよね?」
ミノリは幼いリラを生かすために自身を犠牲にする覚悟を決め、ゲーム本来の女主人公である彼女の名前『ユー・シャリオン』の名を呼びながら静かに語り始めた。
(……私はここまでかも。……あーあ、孫の顔、一目だけでも見たかったなぁ……)
もう叶いそうにない願いを心の中で思いながら。




