128. 14年と9ヶ月目② お腹の子と名前と。
「え! シャルさんが妊娠したの!?」
「かーさま、ほんとなの?」
「うん、さっきわかったんだ」
シャルの妊娠が判明してからというもの、まるで祭でも起きているかのように家の中が明るく包まれており、先程起きてきたトーイラやリラにもミノリがその事を伝えると、2人とも自分の事のように喜んだ。
「そっかぁ……産むのはシャルさんだけどネメもママになるのかぁ……」
その事をミノリに聞かされてから嬉しそうにしながらも少し寂しげに、ネメとシャルが一緒にいる寝室の方に視線を向けるトーイラ。
生まれた時からいつも一緒にいる双子の妹があと少しで親になることが感慨深いのだろう。
「シャルおねーちゃんとネメおねーちゃんの赤ちゃん……ねぇかーさま?」
「ん? どうしたのリラ」
そしてこちらはリラ。わからない事があるらしくミノリの腕をくいっと掴むとその疑問を尋ねた。
「ということはその赤ちゃんって……あたしの妹になるの?」
「うーん……実際は妹ではないけれど……ひとまずリラは妹と思ってて大丈夫だよ」
厳密にはリラと赤ちゃんは叔母と姪の関係になるのだが、まだ10歳のリラをおばさん扱いするのもどうかと判断したミノリは、妹として扱っていいとリラに伝えたところ、リラは自分のほっぺに手をあて、なんとも嬉しそうに顔をほころばせた。
「そっかぁ……あたし、おねーちゃんになるんだ……。えへへ、その子にリラおねーちゃんって言われるの楽しみ……」
そう口にしてからまだ見ぬ赤ちゃんに想いを馳せ始めたようで、いずれその子から呼ばれるであろう『リラおねーちゃん』という言葉を何度も小さく口にするリラ。
かつてリラを家族として迎え入れた時のトーイラとネメも新しい妹となったリラへの反応が似ていただけに、リラもまた自分が姉になるという感覚が新鮮なのだとミノリもすぐに理解できた。
そのように、トーイラとリラがそれぞれ、ネメとシャルの間に子供が生まれた世界を空想していると、ネメたちの寝室に続く廊下の戸が開き、そこからネメとシャルが顔を出した。
「あれ、シャル起きてきて大丈夫なの?」
尋ねながら、シャルの顔色を窺うミノリ。
「あ、はい、大分良くなりました。……すみませんお姉様、ご心配おかけしました」
「謝らなくていいよ。今はシャルの身体が大事なんだから」
ネメから話を聞く限りでは、動けない程に体調が悪いという事で、おそらく明け方頃は顔色がもっと青かったに違いないが、今ミノリが見る限りでは血色も良く、シャル自身が話したように容態は落ち着いたらしい。
「シャル、ひとまず椅子に座ろ。私に掴まって」
「はい。ありがとうございますネメお嬢様……」
シャルの身体を労るように脇に控えていたネメはシャルに座るよう促すと、ゆっくりとした足取りで椅子に向かうシャルの身体に負担を掛けないように支えながらシャルを座らせた。
身重のシャルに対して最善の行動を取るネメの姿は流石、相思相愛のふうふなだけあって、お互いの意思疎通は完璧だ。
そして椅子の背にもたれかかるように座ったシャルの姿を改めてミノリが見ると、確かに以前に比べてお腹が膨らんでいるように見える。
「……ホントだ。確かにシャルのお腹が少し大きくなってる。だけど私、妊娠したって聞かされるまで全然その事に気がつかなかったよ……」
「ママも気づかなかった? 私も全然わからなかったなー」
「シャルおねーちゃん体型変わってるように見えなかった」
ミノリがそう呟くとトーイラやリラもミノリと同意見だったようで、誰一人、ネメが鑑定魔法を掛けるまでシャルが妊娠していたという事に気づいた者はいなかった。しかしそれは仕方のない事だったとシャルは思っているらしい。
「まぁそれは仕方ないですよ。私自身、体型がわかりにくい、ゆったりとした服を好んで着ていましたし、パジャマも同様にゆったりしたサイズですから私のお腹を直接見ていないとわからないと思います」
「まぁ、でもそれだと……常に一緒にいるはずのネメは気づいてよかったはずでは……」
シャルと結婚してから2年以上、ほぼ毎日身体を重ねているはずのネメが何故気づかなかったのかミノリは不思議に思ってしまったのだが、どうやらわからなかった理由がネメにはちゃんとあったらしい。
「お母さん、逆。シャルの一糸まとわぬ艶めかしい肢体をほぼ毎夜見慣れていたからこそ変化に気づかなかった。妊娠したとわかった後で思い返してみたら確かにシャルのお腹大きくなっていて、さっき私も自分でびっくりした」
徐々に変化が起きていた為にネメは気づかなかったらしく、どうやらアハ体験を起こしてしまっていたようだ。言い方は兎も角……。
「……言いたいことは分かったけどその扇情的な言葉選びは幼いリラがいる前でそれはどうかと思うよネメ」
「失言謝罪」
のろけているからなのかわからないが、あまりリラに聞かせたくない言葉ばかり選んだネメを軽くミノリが諫め、ネメがそれに応じて素直に謝ると……。
「それでお姉様……お話の最中割り込んですみませんが、お腹の子供について、一応話しておきたい事がありまして……」
「話しておきたい事?」
ミノリに伝えたいことがシャルにあったようで、緊張した面持ちで話を切り出した。
「はい、前にも話しましたが、男女という関係であれば人間と人型モンスターという関係でも胎生で子を為せるのですが、私とネメお嬢様のような女性同士の場合は、私の体内でネメお嬢様の魔力と私の魔力が混ざり合ってそれが蓄積されると生まれるので普通の胎生とは違う所がいくつかあるんです。
人間と人型モンスターが結ばれる事自体が珍しいのにそれが女性同士という、極めて珍しい関係なので、魔物側にも文献等が殆ど無くて、信憑性の低い噂話レベルの話も含まれてしまいますが……」
そう話すシャルの表情は少しこわばっており、これから話す内容には少し伝えづらい事も含んでいるのではと思ったミノリは自分に不安な事を話すことで解消してもらいたいいう思いから、全てを受け止める姿勢でシャルの話に耳を傾け、同様にトーイラとリラも静かに同じように黙ってシャルの話を聞く事にしたようだ。
「うん、話していいよ。私もトーイラもリラもちゃんとシャルの聞くから落ち着いて話してね」
「ありがとうございます、お姉様。……えっと、まずは人型モンスターの妊娠期間なのですが、人間よりも短くて4ヶ月ぐらいです。つわりが起き始めるのは人間と同じ妊娠してから大体1ヶ月半ぐらいなので……遅くとも3か月前後でお腹の子が生まれます」
「え、そんなに早いんだ」
見た目は人間と近くてもやはり別種族。それぐらいの違いはあるようだ。
「はい、そしてこのあたりからは信憑性の少ない噂話レベルの話になってしまうのですが、生まれてくる子は、私の体内に蓄積された魔力量が大きく影響を受けまして……妊娠に必要な魔力量を超えた余剰分が多ければ多いほど最初の成長が早くなります。
本来なら、妊娠した時点でネメお嬢様からの魔力を止めていれば普通の人間の子供と同じ早さで成長しますが、私は今日のつわりが起きるまで全然気づかずに昨夜までネメお嬢様から毎日魔力を与えられたこともあって余剰分が凄く多くて……恐らく一ヶ月ぐらいで人間の1歳児ぐらいになるかなと……」
(えーっとつまり……メダカの栄養袋 みたいな感じ? かな……)
シャルの話に首を縦に振りながら合っているようで微妙に合っていない謎の独自解釈をミノリがしていると、シャルが少し言いよどみ始めた。おそらく次に話す内容がシャルにとって言いにくい事だろうか。
「……そして、これがもしかしたらお姉様が気にしてしまうかもと思って一番言いにくかった事なのですが、普通の胎生なら人間と人型モンスターの間に生まれる子供は人間と人がモンスターのハーフという事になるのに対して、私のお腹にいる子は人間でもモンスターでもない魔法生命体という扱いになります。
魔力の粒子は個人個人で異なりますので、胎生で生まれてくる子と同様に私とネメお嬢様に似た容姿にはなりますが血は繋がっていると見なさない事が多いです」
2人の魔力が体内で混ざり合う事で子を授かれるという胎生でも卵生でもない特殊な妊娠方法の為、遺伝子的には繋がりが無い魔法生命体と世間的には見なされてしまうお腹の子。
シャルの話しぶり推測するに『お腹の子と自分は親子という関係だと思いたい……だけど……』という不安をシャルは抱いてしまったようだ。しかしミノリはそんなことは気にしない人だ。
「うーん、そこは気にしなくて大丈夫だよ、シャル。私にとってはその子があなたとネメの娘で、私の孫になるのは変わらないし、生まれてきてくれる事こそが私にとっては嬉しいんだから」
そもそもミノリをはじめとした隠塚一家は双子のネメとトーイラを除いて誰一人血は繋がっていない。それでもこうして家族として今日までやってこられたのは心で強く繋がっていたからで、ミノリはその為、血の繋がりよりも心の繋がりの方を重視している。
そして、そんなミノリだからこそ同性であるネメとシャルの結婚もすんなりと受け入れられたのだ。
「ありがとうございますお姉様……やっぱりお姉様ってすごいですよね。普通ならそこを気にする事が多いのにお姉様は全く動じる気配が無くて……だけどそこがすごく素敵なところです」
(うーん…多分褒めているんだよね。そう思おう……)
自分がニブい事に気づき、こないだ一人反省会をしたというのに、それを褒められているように感じ、少しだけ微妙な気持ちになりながらも、褒められた事自体は嬉しく、素直にシャルの言葉をありがたく受け止めるミノリ。
「……それでおかあさん、前にもシャルから話はあったと思うけど……今度は私から話したい事がある」
シャルが話し終わるとそれに続くように今度は真剣な顔をミノリへ向け、話したい事があると切り出したネメ。きっとあの事だろうと察したミノリはネメが話すよりも先に口を開いた。
「えっと……その子の名前の事だよね?」
「うん……私とシャルとの子に名前つけてほしい」
「それは勿論! ……だけど本当に私でいいの? シャルもそれでいいの?」
ミノリが念の為もう一度確認したが、やはりミノリに名付け親になってもらう事がネメとシャルの総意らしい。
「はい、お姉様。私がネメお嬢様と結ばれて、こうして子供を授かる事が出来たのもお姉様のおかげなんです。
お姉様と初めて出会った時に、ネメお嬢様たちに襲いかかって返り討ちに遭った私の命乞いを聞き入れてもらえなかったら……私はもうこの世にいませんでした。だから命の恩人でもあり、ネメお嬢様との繋がりを持たせてくれたお姉様に名前をつけてもらいたいんです」
真剣な目でミノリを見つめるネメとシャルのふうふ。それだけで2人の思いが伝わってくる。
「……うん、わかった。それじゃその子が生まれた時にまで決めて、生まれた時に名前を教えるね」
改めてミノリの同意を得られた2人はホッとしたように胸をなで下ろした。
「ありがとうございます、お姉様」
「おかあさんありがとう。えきせんとりっくでとれんでぃではいからできゅりおしてぃーを掻き立てられるばいおれんすでさてぃすふぁくしょんでなんせんすな名前を期待してる」
「ちょっとネメ、それ全部満たしちゃったらとんでもない名前になっちゃうよ。最後台無しにしちゃってるし」
「なんと」
突然のネメの謎ぶっこみに対して、笑うミノリと、家族たち。
(それにしても……私ももうおばあちゃんになるのかぁ……すごく不思議な気持ち。思い返せばこの世界に転生してネメとトーイラを保護した事が今日まで繋がったんだよね)
前世を生きていた時には考える事すらなかった自分の孫。それが近いうちに実現するという事を改めて感じたミノリは、転生してきたばかりの頃から今日までに起きた様々な出来事を振り返り、大好きな家族たちに囲まれながら温かい気持ちに包まれるのであった。
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そしてその夜、ミノリを除く家族全員が寝静まった隠塚家の居間で、ミノリが一人考え事をしていた。
何を考えていたかというと、それは勿論孫の名前。
「さて、改めて2人に頼まれたわけだけどどうしようかなぁ……。私って名前のセンス欠片も無いもんなぁ……。前世で飼ってた犬の名前は『ひもの』だったし、猫は『ぬかみそ』だったもんなぁ……」
そう独り言ちながら前世でミノリが飼っていたペットの姿を軽く思い返したミノリは、孫の名前までその酷いセンスで考えてはいけないと必死になってミノリは思考を巡らせ、そして……。
「……よし、決めた」
漸くミノリは、孫の名前を決める事が出来たようで、目の前に用意していた紙に孫の名前を書き記すと、こっそりとミノリがお守りにしている幼いネメとトーイラと共に撮った写真を保管してある引き出しへと隠し入れた。
(最近、このあたりをゲーム本来の女主人公がうろついてる事を考えると、考えた名前をみんなに伝える前に……という可能性も無くは無いから保険で……)
取りあえず名前を決める事ができたミノリは安堵したのか、テーブルに戻ってくるとそのままテーブルに突っ伏し……そのままウトウトしだした。
(というか私のネーミングセンスゼロ案件はペットの名前だけじゃ無かったような……確か……)
瞼が段々と重くなっていくなか最後にミノリが考えていたのは、この世界に転生したミノリが前世でしでかしてしまった、もう取り返しのつかない大きな後悔の一つ。




