124. 14年と7ヶ月目 夢の中のおんづかようちえん。
「それじゃおかあさん、おやすみ」
「おやすみなさいお姉様」
「うん、おやすみ2人とも」
今日も家事や狩り、買い出しを分担しながら、無事一日を終えた隠塚家。
リラとトーイラは既に寝室で眠っており、ネメとシャルもまたミノリに就寝前の挨拶をして寝室に向かった為、居間にいるのはミノリただ一人だけとなった。
「さーて、私もそろそろ寝ようかな」
座ったまま大きく伸びをしたミノリは、そう独り言ちると椅子から立ち上がって寝室へと向かった。
「……うん、今日も2人とも仲よさそうに眠ってる」
静かに寝室の戸を開けたミノリが見たのは、抱き合いながら寝息を立てている長女トーイラと三女リラの仲睦まじい姿。
リラがトーイラに対して恋心を自覚するようになってから、リラはトーイラと一緒に寝たがる事が多くなり、そうすると決まってこのように抱き合って眠っているのだ。
言葉で好きだとは伝えていない様子のリラではあるが、リラのトーイラへの猛烈アピールが続いている事で、流石にトーイラもリラの恋愛対象が自分である事に薄々と気がつき始めたようだが……トーイラからリラに対して何かしら行動を起こしたような形跡はなく、仲の良い姉妹という関係に表面上留めているように見える。
(リラの恋の行く末がどうなるかは全くわからないけれど……母親である私としては2人がただ幸せになってほしいと願うだけ……かな)
あくまでミノリは母親目線で恋を応援する立場だ。だから決して、トーイラが持っているミノリへの恋愛感情が自分ではなく、リラに向くようになったらトーイラの恋慕が親愛に昇華するのではという淡い期待を抱いているわけではない……絶対に……多分。
(ただ、リラは少し焦っている気もするんだよね。リラがいっぱい好意を向けてもトーイラがあまり意識している様子が無いから……だからあの時、自分も同じぐらいに生まれていたらって呟いたのかな。リラは年齢差を気にしていたみたいだし……)
数ヶ月前に、幼い頃のトーイラたちが写った写真を見たポツリとリラが呟いた『自分も姉たちが幼い頃に生まれていたら』という発言。
一人だけ共有できない思い出がたくさんあるからそう呟いたのだろうと、ミノリは思っていたのだが、どうやらそれだけでなく『トーイラとの年齢差で自分の事を恋愛対象として見てくれていないのでは』という不安も含まれていたのだという事にミノリは最近になって気がついた。
(それにしても、最近はなんだかこう……娘たちみんなが同じぐらいの年齢だったらって考える事が多くなったなぁ……。まぁ、いいや……寝よう)
ミノリは考えるのをやめて、ベッドに潜り込むと目を閉じた。
その日ミノリが見た夢は、奇しくも、『もしも』を体現したような夢だった。
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「……あれ、もう朝か……朝ご飯作らなくちゃ……」
時計の針は朝5時を指している。いつもの時間に目が覚めたミノリが、頭まで布団を被って寝ているトーイラとリラを横目に、一人台所で朝食の準備をしていると……。
「おかあさん、おは」
「あ、おはようネメ……って、え!? どうしたのその姿!?」
ネメの声が聞こえてきたのでそちらにミノリが顔を向けると、そこにいたのは大人になったネメではなく、8歳ぐらいの姿になってしまったネメが立っていた。
しかし、驚くミノリに対して、ネメは不思議そうに顔をきょとんとさせている。
「どしたのおかあさん。私の姿は昨日からほぼ不変」
「え、そ、そうだった……?」
ネメに変な顔をされてしまったミノリは、こっそり自分のほっぺをつねってみたところ……痛くない。ということはつまり……。
(あ、これ夢だったのか……)
ひとまずこれが夢だという事は確信できたミノリは、何故ネメが幼い姿の夢を見ているのか考えようしたのだが、その直後に起きた事で今見ている夢がどういうものなのか、考えるまでもなく察せられてしまった。
「ママ、おっはよー!」
「かーさま、おはよ」
「うん、おはよう2人とも……そういう事か」
ネメの後から聞こえてきた挨拶の声。その主はトーイラとリラだったのだが、背丈はほぼ同じぐらいで、年の差があってもせいぜい数歳ぐらいにしか見えなかったのだ。
「? どうしたのママ」
「かーさま、変な顔してる」
ミノリの反応に対して、不思議な顔をするちびトーイラとちびリラ。
「ううん、なんでもないよ。ほら、もうすぐごはんできるから食卓に座ってて」
「「はーい」」
(昨日の夜、もしも娘たちがみんな同い年だったらって考えたからかな……)
どうやらトーイラとの年齢差を悩んでいる気配があったリラが気になった為にこのような夢を見てしまったようだ。
(まぁ、これは夢だけど、『実際に3人が同い年だったら』を想像するのにいいかも……トーイラとリラの恋の行方も気になるし……)
折角だからこの『娘たちが全員ほぼ同い年』という夢を自分も楽しむ事にしたミノリ。しかしこの夢はそれだけでは終わらなかったという事を次に聞こえてきた声でミノリは気がついてしまった。
「おはようございます!」
元気の良いシャルの声……のはずが、普段聞く声よりも若干高く、さらにわずかにたどたどしい口調。
「おはようシャ……シャル?」
「そうです、私シャルですよお母様」
声のした方に顔を向けたミノリの視界に入ったのは、この夢の中のネメたちと同い年ぐらいの大きさの、ふわふわしたピンク髪から尖った耳が覗く、ちょっとだけつり上がった目が印象的な少女。ミノリの記憶には無いはずなのだが、それはどう見てもシャルが小さくなった姿だった。
(前にシャルから義母と呼ばれるのは……って思ったけど、こういう幼い姿だったら、うん、別に母と呼ばれても問題無かったなぁ)
ちびシャルから母と呼ばれるという初めての体験を、ミノリも特に違和感なく受け入れていると……。
「おはシャル。今日も変わらずかわいい」
「きゃん、ネメちゃん朝から大胆♪」
「……ゎぉ」
そう言いながらちびシャルをハグして、すかさずほっぺにキスをするちびネメというイチャイチャが目の前で繰り広げられてしまい、ミノリはまるで口から砂糖が出てきそうな気分になってしまった。
恐らくシャルとの出会い方は夢と現実とで違うのは間違いないと思うが、2人は年が近い状態になったとしても相思相愛なのは変わらないようで、姉妹という間柄になろうとも関係なく、2人は恋人同士という関係らしい。
(さてと……だけどどうしようかな……)
ミノリが軽く悩んだのはこの夢の事だ。これが夢だとハッキリわかっているミノリには2つの選択肢がある。
それは『こんな変な夢を見るのをやめる為にとっとと起きる』か『4人同時の子育てだったらきっとこんな感じになったのだろう、というifの世界を折角だから堪能する』かだ。
少しだけ悩んだミノリだったが……。
(まぁ、無理に起きなくてもいいかな。私としても4人同時に子育てをしていたらどんな感じになっていたのか体験してみたいし……)
結局ミノリはそのまま夢の続きを楽しむ事にしたのであった。
******
……というわけで、夢の中という短い時間ではあるが、始まった4人同時の子育て。当初、ネメとトーイラの2人を育てた頃よりも大変で、さながら幼稚園や保育園と同じよう感じになるのではと思ってしまったミノリだったのだが、蓋を開けてみればそんな事は無く、それどころか……。
(向き不向きは4人全員あるけれど、それを補いながらみんな私のお手伝いを率先してやってくれるから、むしろあの頃よりも楽かも……?)
幼いながらに攻撃魔法の使い手であるちびネメとちびトーイラは狩りを手伝い、2人の攻撃魔法に巻き込まれる可能性がある為に一緒に狩りをするのが不適なちびシャルとちびリラはそれ以外の家事を手伝うという役割分担がハッキリしており、ミノリも殆ど困る事無く家事をする事ができた。
さらに幼い4人が揃ってきゃいきゃいと楽しそうにする姿はあまりにも微笑ましすぎて、ミノリはそれだけで満たされたような顔をしたくなる。
しかしその一方で扱いに困る事があるのも事実で、それは何かというと……。
「おかえりネメちゃん♪」
「シャル、ただいま、相変わらず今日もかわいい」
「きゅん……♥」
絶賛イチャイチャ状態継続中のバカップルと化しているちびネメとちびシャル。帰ってきたちびネメにちびシャルが嬉しそうに飛びつくと、ちびネメはシャルの顎をくいっと持ち上げてかわいいと囁き、そんなイケメンロリなちびネメに、ちびシャルは顔をときめかせている。
そんな、常に糖分過多のようなこの状況だけはどうもミノリは胸焼けを起こしそうな気分になって非常に辛い。
ちなみにだが、狩りでちびネメが不在の時以外、ちびシャルは常にちびネメの後ろをついて回っており、どれだけちびネメの事を一途に想っているのか一目瞭然で、仲が良いのはいい事なのは間違いないがちょっと過剰ではないかと、ミノリはほんのり思うのであった。
そしてもう一つ、一緒にいる事は多かったものの、特に何か動きがあるわけでもなかったちびトーイラとちびリラの事もミノリは気になった。
「うーん……少なくともちびリラはトーイラに対して気があるみたいなんだけど……何も起きなかったんだよねぇ」
しかし、ちびトーイラを見つめるちびリラの顔は恋する女の子そのもので、こちらの世界でもちびリラはちびトーイラに恋心を抱いているのは間違いなかったが、奥手なのかちびリラは見つめる以外何も行動を起こさなかった。
このまま進展はないのかと思いかけるミノリだったが……その夜、突然動きがあった。
それはちびネメとちびシャルが一緒にお風呂に入っている最中で、ミノリが庭に朝食に使う野菜を取って、家に戻ってきた時だった。
ミノリが家に戻ってきた事に気がついていないらしいちびトーイラとちびリラが何か会話をしているのに気がついたミノリは、聞き耳を立てた。
「ネメおねーちゃんとシャルおねーちゃん、今日もイチャイチャしてたね、トーイラおねーちゃん」
「そうだねー。仲がいいのはいいんだけど、ちょっと加減してほしいなー。見てる方がちょっと疲れちゃう」
「そ、そういえば、トーイラおねーちゃんは、誰か好きな人いるの……?」
「うーん……私はママ……かなぁ。まだ恋がなんなのかよくわかんないけど、ママ以上に好きになる人が現れるのかよくわからないよー」
「やっぱりかーさまがライバル……かぁ……」
「へ? ママがライバル? どういうこと、リラ?」
「あ、あのねあのね、トーイラおねーちゃん!」
「わ、突然真剣な顔してどうしたのリラ」
「あたし……あたし、トーイラおねーちゃんの事がね、……す、好──」
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「……え、ここでおわり……? ホントに? え、えー……?」
残念ミノリさん、あと少しでリラの恋の結末がわかるという所で目が覚めてしまった。
「そんなぁ……すっごく気になるところで終わるなんて……」
あの後リラとトーイラがどうなったのか、気になる所だったのにとくやしがるミノリ。
時計を見直してみるとまだ時計は4時を回ったところ。いつものミノリの起床時間にはまだ1時間ある。
「うん……二度寝しよう。そしたらきっと夢の続きを見られるはず……」
ミノリが夢の続きをなんとか見ようと再び目を閉じるのだったが……二度目の眠りに落ちかける最中に『そういえばリラが私の格好をした時にトーイラとネメが危ない反応をしたような気がしたけれど、実際に私がちっちゃくなったらどう反応するんだろう』などと余計な事を考えたのがいけなかった。
続けてミノリが見た夢は、ミノリが今のリラ並みに小さくなってしまったという夢で、突如小さくなったミノリを巡ってトーイラとネメが腕を引っ張って取り合おうとする大岡裁き状態になってしまい、翌朝、目が覚めたミノリは実際に引っ張られたわけではないのに、何故だか両腕が痛くなったような感覚に襲われてしまったそうで、つくづく残念なミノリなのであった。
ちなみに今回のミノリさん追加分は15年目で終了予定なので、
あと5,6回ぐらいでいったん完結となります。




