121. 14年と4ヶ月目 写真をもう一度。
「あ、そういえばリラが娘になってからもう1年過ぎちゃっていたんだ」
早いものでリラが『隠塚リラ』としてミノリの三女となった日からすでに1年が経過していた。
10歳を越えて生きる事が出来ないという特異体質である事を、10歳になろうかという時にリラ本人から泣きながら言われた時は流石にショックが大きかったが、トーイラのおかげでその日のうちに解決してしまい、現在は安定した日々を送っている。
そんなミノリには大きな目標が2つあった。
1つはリラが大人になる日まで、保護者としてリラを守っていく事。そしてもう1つはネメとシャルとの間に生まれる娘、つまりミノリにとっては孫になる子の誕生までは生き抜き、名前を与える事。
「孫はいつになるかわからないけれど、リラは今年で10歳だからあと10年……、よし、少なくともあと10年は頑張って生き続けよう」
ミノリは決意を胸に秘めながら掌を一度見つめてから握りしめた。
「私はもう一人だけで頑張らなくていいんだから、頼れる家族がいるんだから」
転生したばかりで頼れる存在が誰一人いない状態で幼いトーイラとネメを育てた時とはもう違う。2人はもう立派に成長し、ミノリの事を支え、助けてくれる存在となった。
だからミノリは『ゲーム本来の主人公』以外で不安に思う事は特に無い……トーイラとネメが時折ミノリへの愛で暴走してヤンデレ化しかける事と、トーイラが相変わらずミノリに対して恋慕を抱いている事以外は。
(万が一、トーイラがまた私を押し倒してしまうぐらいに恋愛感情を抑えきれなくなってしまったら……受け入れてもいいかなって思う気持ちも少しはあるけれど……まぁ、それは無いかな。あの子、ヤンデレ化しかける割にヘタレな所あるし……)
トーイラとネメの母親となってから早14年のミノリ。トーイラのそんな性格は完全に把握しているからか意外と呑気に構えている。その割にはトーイラとネメが暴走すると困惑して大慌てするのがいつものミノリなのだが……。
それは兎も角として、今後の目標についてミノリが心の中で決心していると……。
「あ……そういえば……」
ふと、以前からやろうとしたまますっかり忘れていた事があるのをミノリは突如思い出し、皿を洗っていたシャルに声を掛けた。
「ねぇシャル、写真器ってまだ持ってる? 前にまたみんなで写真撮るって言ったきりすっかり忘れていたけど……」
「はい、ありますよ。って確かに、昔お姉様たちを撮ってから一度も撮ってませんでしたね。私もすっかり忘れていました」
ミノリから写真器の話題を出されたことで、シャルももう一度写真を撮る約束を今思い出したらしい。
「それでね、我が家にはリラも加わったことだから、また何枚か撮りたいなって思って」
「いいですね、そうしましょう! それじゃ皿を洗い終わったら皆さんを集めて庭で撮りましょうか」
そんなわけで、急遽家族揃っての写真撮影をする事となったであった。
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「かーさま、しゃしんきって何?」
皿を洗い終えたシャルがトーイラとネメを呼びに行ってると、写真自体見たことの無いリラは顔をきょとんとさせ、顎に人差し指をちょこんと当てたまま首を傾げながらミノリに尋ねた。相変わらず仕種の一つ一つが非常にかわいらしい三女だ。
「えっと、目の前の風景を絵のように一瞬で紙に映しちゃう感じのもの……かな。ほら、こんな感じ」
そう言いながらミノリがリラに見せたのは、お守りとして大事にしてきたミノリと幼い頃のトーイラとネメの3人で撮った写真。リラの知らない小さかった頃のトーイラとネメの姿にリラは嬉しそうに歓声を上げた。
「わぁ! トーイラおねーちゃんとネメおねーちゃんがママよりちっちゃい! かわいい!」
「そうだよ、そしてこの時は2人がまだ10歳になる前だから……リラが生まれる少し前の頃かな」
そのようにミノリがリラに教えるとリラは少しだけ残念そうな顔をした。
「そっかぁ……いいなぁ、あたしもその時に生まれてれば今頃、おねーちゃんたちとおんなじぐらいおっきくなれたし、あたしだけ知らない事も少なかったかもしれないのに……」
一人だけ生まれた世代が違うことに残念そうな顔をするリラ。一人だけ共有できない思い出がみんなにはたくさんある事が羨ましく思ったのだろう。
「でも、リラはその代わり私たちみんなから愛情をいっぱいもらっているよ。
確かにみんなと一緒の思い出はまだ少ないけれど……リラももう私たちの家族なんだから、これからもっとみんなと一緒の楽しい思い出が増えていくに違いないよ。だからしょんぼりする必要はないよ」
ミノリはそう言いながらリラの頭を優しくポンポンと叩くと、ミノリの気持ちが伝わったのか先程までしょんぼりとしていたリラの顔に少しだけ笑顔が戻ってきた。
「……うん、あたし、これからもっと楽しい思い出作っていくね。ありがと、かーさま。……それにしてもかーさまって、この時からぜんっぜん姿変わってないね」
「うぐっ……」
お礼を言った直後にミノリの心を抉るリラが仕掛けた無自覚精神攻撃に、ミノリは軽くダメージを受けたように胸を押さえた。
ロリおかん街道絶賛行進中のミノリさん、安心してほしい。きっと10年先も外見が変わる事は無いぞ!
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──その後、ミノリとリラが写真撮影の為に玄関から庭へ出ると、いつの間に外へ出ていたのだろうか、ネメとトーイラが今か今かと待ちわびるかのように目を輝かせながら外に立っていた。
「あれ、2人ともいつの間に外に出ていたの!?」
玄関から出た様子は無かったし、何より2人を呼びに行ったはずのシャルがいない。一体いつの間に来たのかミノリは思わず2人に尋ねた。
「窓からだよー、みんなで写真撮るのが楽しみすぎてもういてもたってもいられなくてつい……」
「本読んでる場合じゃねぇという気分で」
「写真は逃げないから今度からはちゃんと玄関から出てね2人とも!? リラが真似して窓から出ちゃうから!」
リラの教育に悪いと判断したミノリが咄嗟に嗜めようとしたのだが……。
「……? あたしよく窓から外に出てるよ?」
「既に手遅れ!?」
残念ミノリさん! リラは既にちょっと悪い子になってしまっていた!
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その後、玄関からちゃんと出てきて、急いで写真器の準備を始めるシャル。
今回はタイマーと思しき機能を使うらしく、5人全員が1枚の写真に入る事が出来るらしい。
「はい、それじゃいきますよー。みなさん動かないでくださいね」
ちなみに立ち位置はミノリを真ん中にして、背の小さいリラがミノリの前、そして右隣をトーイラ、左隣をネメが立った。シャルはネメの隣に入る予定だ。
「……はい、準備オッケーです! いきますよー!」
シャルが写真器を起動させると、急いでシャルはネメの隣へと走り、定位置に収まった。
シャルに言われた通りシャッターが切られるまでの間ミノリが動かないようにしていると……。
「!!?」
シャッター音と同時にミノリの腕を両側から抱きつかれる感覚と両頬に当たる柔らかい感触に思わず目を白黒させた。
どうやらミノリの両サイドを陣取っていたネメとトーイラがシャッターが切られる瞬間狙ってミノリの頬にキスをしたようで、驚いたミノリが2人の顔を見るといたずらっ子のよう笑顔を見せた。
「ちょっと2人とも、折角の写真でふざけちゃ……」
ミノリが困り顔でトーイラとネメに対して軽く不平を言おうとすると、どうやらトーイラとネメは元からそういう写真を撮ってほしかったらしく……。
「一枚くらいはそういった写真があってもいいでしょー、ママ」
「仲良し親子を見せつける、世界に。次はシャルとキスをする写真を撮りたい。そうすれば人間とモンスターが手を取り合えるってわかる世界平和の礎となる」
「せ、世界は流石に言いすぎじゃないかなぁ……」
まだ納得できるトーイラの理由に対して、ネメが語り始めた異様に壮大な夢。
流石にミノリも顔を引きつらせてしまっていると、今度はミノリの前にいたリラが不満そうにほっぺを膨らませながら3人を見ているのにミノリは気がついた。
「おねーちゃんたちずるーい。あたしもキスしたいのにー!」
「わぁ、ママってばモテモテー」
トーイラがミノリをからかうようにそう言うと、一瞬顔をきょとんとさせたリラが違うよと言わんばかりに顔を横に振った。
「? かーさまにもキスしたいけどあたしが今日キスしたいのはトーイラおねーちゃんだよ」
「へ!? 私なのリラ?!」
「うん。あたし、トーイラおねーちゃんのほっぺにキスしたいなー……だめ?」
「だ、だめじゃないけどー……」
目を潤ませながら上目遣いでおねだりするようにトーイラを見つめるリラの熱視線。トーイラが珍しくたじろいでしまう程のリラのその仕種は完全に小悪魔であった。
(あ……もしかして、リラは……)
ミノリはここで漸く、リラがトーイラに対して恋心を抱いている事に気がついた。
(確かにリラはよくトーイラのあとをついて回ることが多かったし……それに、直接リラを助けてくれたのは光の祝福を与えたトーイラだったからリラの中ではトーイラがキスをしたい程に大好きな相手になっちゃったんだね)
成長が遅く、人間ならまだ8歳ぐらいの大きさしかないリラも実際には10歳。思春期に入っていてもおかしくない年頃だ。
(私としてはリラの恋を応援したいところだけど……リラの想い人のトーイラは私に恋慕しているし……あ、あれ、これなんだか複雑な関係になってない……?)
リラがトーイラに恋心を抱いている事で、自分が面倒な関係に組み込まれてしまった事にここで気がついてしまい、これがミノリの新たな悩みになってしまったのは言うまでもない。
……ちなみにこの後、家族みんなそれぞれ思い思いの写真を何枚も撮る事になり、集合写真がほしかっただけのミノリは撮影後、何故か一人だけ異様に疲れた顔をする事になってしまったのであった。




