120. 14年と3ヶ月目 大人になっても、甘えたい。
ネメがゲーム本来の主人公らしき人物と対峙してから一月が経った。
……といっても出会った場所がミノリたちの家から距離のあるラコカノンヤだった事もあって、ネメから話を聞いた際にミノリの胸中に突如として湧き上がった不安も徐々に薄れていき、ミノリを始めとした隠塚家の面々はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
そんな隠塚家の庭先では、家事で手がふさがっていたミノリとシャルに代わって娘たち3人が畑の手入れをしている最中で、リラは水がたっぷり入ったじょうろを持ちながら楽しそうに顔を綻ばせていた。
「それじゃリラ、畑に水やりお願いねー。だけどあそこの一角だけは水やりしないでね、あそこの一画は水が少ない方が好きな野菜で水与え過ぎちゃうと根腐れしちゃうから」
「はーい!」
トーイラから水やりの注意事項の説明を聞いて元気よく返事をしたリラは自前の羽で飛び上がると、上空から順番に水やりを開始した。
畑の苗はリラの背丈よりも高いものも多くあったが、空から満遍なく水やりが出来るというリラの利点によって効率よく水やりを進める事ができ、あっという間に作業を終えたリラは姉2人に褒められた。
「ありがとうリラ、リラがいるととても早く終わって助かる」
「えへへー」
地上に降りてきたリラの頭をネメが撫でて褒めると、当のリラはもっと褒めて褒めてと言わんばかりに羽をパタパタと動かしながらネメに笑顔を見せた。
「それじゃリラ、今日のお手伝いはこれでおしまいで後は自由時間だよ。私たちとあそぼっか!」
「やった! トーイラおねーちゃん、ネメおねーちゃんあそぼあそぼ。あたし川で水遊びしたい」
「水遊びいいねー。せっかくだからついた汚れも一緒に落としちゃおっか」
「今日という暑き日にそれは良案」
季節は初夏。川の水温も高く、畑作業でついた汚れを落とすのにも適していると判断した姉2人はすぐさまリラの案に乗っかり、そのまま川縁へ向かった。
その場で上着を脱ぎ出すと元々川遊びをする算段だったのだろうか、上着の下に水着を着ていた3人はそのまま川へ飛び込んだ。家のすぐ傍に川がある隠塚家ならではの日常だ。
「わぁ、みんな気持ちよさそう……いいなぁ」
川の方から聞こえてくる娘たちの楽しそうな声。ミノリも水着になって一緒に川で遊びたいと一瞬だけ思ったのが……すぐに頭を横に振った。
「いやいや、私は持ってないから。水着持ってないから……スク水なんて無いから……うん……ナイナイ……」
転生してから14年超経過したにも関わらず体型が一切変わらず、顔の皺一つも増えない『ロリおかん街道絶賛行進中』のミノリなので、遙か昔に見つけたミノリ専用スク水は今もピッタリ合うはずなのだが、頑なにスク水の存在を認めようとはしないミノリなのであった。
******
──その後、川遊びを堪能しつくした娘たちが家に戻ってから昼食も食べ終えた後で、ミノリと娘3人が居間でゆっくりしていると、先程までしていた川遊びで体力を使い切ってしまったのか、リラは日課のひなたぼっこをしたまま舟をこいでいた。ちなみにシャルは昼食を食べ終えてすぐに自室を掃除しに行ってしまったためここにはいない。
「おかあさん、リラ座ったまま寝ちゃってるからベッドに運んだ方がいい?」
「うん、お願いね、ネメ」
「いえっさー」
ミノリからお願いされてリラを起こさないように優しくお姫様抱っこしたネメは寝室のベッドまでリラを運び終えると再び居間へと戻ってきた。
「おかあさん、リラ運んできた」
「うん、ありがとうねネメ。そして今日は2人ともありがとうね。リラと一緒に畑の手入れや川遊びしてくれて。本当は私も混ざりたかったんだけど家事で手が回らなかったよ」
「問題無き」
「ううん、全然問題ないよー。私たちもリラの事かわいがりたいもの」
ミノリもできる事ならもっとリラに構ってあげたいのだが、家事をしているとどうしてもリラの遊び相手までは手が回らない時がある。そんな時、姉であるトーイラとネメがミノリの代わりに遊んでくれる為、ミノリにとっては非常に大助かりであった。
(まぁ、そのせいなのかリラが私よりも段々トーイラとネメの方へと好きの度合いが傾き始めている感じが……姉妹での仲が良くていいと思う反面、母としてちょっと負けた感じ……)
少し複雑な気持ちのミノリなのであった。なお、リラがトーイラへ恋心を抱いている事についてはミノリはまだ気がついていない。
(だけどそれはトーイラもネメも、リラという妹がいるからこそ少しでもお姉さんらしく振る舞おうとがんばっている証拠だから、母としてはその成長ぶりを喜んだ方がいいよね)
そのようにミノリが娘たちの成長ぶりを感慨深く思っていると……。
「それでおかあさん、えっと……おねがいがある」
もじもじとした様子で少し屈みながらミノリの事を上目遣いで見るネメ。
「ん、どうしたのネメ?」
普段ならスパッと切り出す事が多いネメなのだが、今日はいつもと違って恥ずかしそうな様子で言おうか言わないか迷っている雰囲気がある。その姿を見て、ミノリはかわいらしいおねだりに違いないと直感した。
「安心してネメ、前にも話したでしょ、私はあなたたちのお願いならなんでも聞くって。だから恥ずかしがらずに言ってごらんネメ」
ミノリは微笑みながら、ネメにお願い事を話すよう促すと、その言葉に安心したのか、ゆっくりとネメは言葉を紡ぎ出した。
「えっと……リラの事、大切だし、私はリラの姉だから姉として頑張りたいって思っているけど、やっぱり私、おかあさんの娘で、おかあさんに甘えたい時もある。今日がその時。だからおかあさん、頭なでて」
「あ、ネメずるい! 私もママに頭なでられたい! 甘えたい!」
ネメのミノリへのおねだりを一緒に聞いていたトーイラも抜け駆けは許さないとばかりに身を乗り出した。
(あー……そういえば2人は2人で私よりもリラといる事が最近は多かったし、リラと一緒にいない時も買い出しや狩りに時間を取られちゃって、私と一緒にいられる時間はかなり減っていたから、甘えたくなっちゃったんだろうなぁ……2人には少し悪いことしちゃった……よし、それだったら)
娘に甘いミノリがそのように結論づけると……。
「ほら、2人ともおいで。頭をなでるだけじゃなくハグもしてあげるよ」
2人が飛び込んでくるのを待つように両手を広げた。
「!!」
すると、トーイラもネメも吸い込まれるようにミノリに飛び込んだ。娘まっしぐらに定評のある母ミノリの圧倒的吸引力である。
「よしよし……2人とも本当にいい子だね」
飛び込んできた2人を抱きしめながら背中をポンポンと優しく叩くミノリ。
「……大人になっても、やっぱりあなたたちは私のかわいい娘で、この先もずっとあなたたちの母親だよ。だから甘えたくなったらこうしておねだりしてくれていいんだよ。私はすぐに手を広げてあなたたちが飛び込んでくるのを待ってあげるからね」
ミノリのすさまじいまでの包容力と優しい言葉遣い、そして大好きなミノリのにおいという驚異の3点セットに2人はあっという間に魅了されてしまったかのように目をとろんとさせてしまった。
「……おかあさんってやっぱりすごいおかあさんぢからある。これおそらく世界最強クラス」
「私もそう思うよネメ。ママのこの包容力……誰も敵わない……」
「……おかあさんぢから?」
聞き慣れない言葉に顔をキョトンとさせるミノリ。
「そう。おかあさんから常に滲み出ている言わば『おかあさんがおかあさんである為のおかあさんぢから』の事。
おかあさんが世界最強レベルの1億おかあさんぢからだとすると、シャルはまだまだひよっこの51おかあさんぢからぐらい。家事は出来るようになったけどまだまだおかあさんのおかあさんぢからには及ばない。精進が必要」
「……えーと……」
ネメの言葉に首を縦に振るトーイラを見る限り、謎の概念が娘たちの間で生まれてしまっているようで、ミノリはただ困惑する事しかできない。
「で、でもそのうちネメとシャルにも子供が出来るでしょ。その時はきっとシャルもその……おかあさんぢから? というのも溜まるんじゃないかな? ……多分きっと」
それでもなんとか会話を繋げようとしたミノリは『おかあさんぢから』などという得体のしれない概念については深く考えないようにしながら、ネメたちの話に合わせる事にした。
「シャルはまだまだ。シャルが今のおかあさんぐらいのおかあさんぢからを身につけたらそれはつまり世界中がおかあさんの愛で包まれているような状態」
「そうだよねーネメ。ママのおかあさんぢからに比べたらシャルさんのは赤子も同然だよねー」
「……そっかー」
ネメとトーイラがミノリの事を偏愛するあまり、2人の内面に僅かながらに狂気じみた面が見え隠れし始めているように感じてしまったミノリは軽く恐怖を覚えてしまい、思考するのを止めてネメとトーイラをひたすら抱きしめる事に専念するしかできなくなってしまったのであった。
……ちなみにだが、3人が仲睦まじく抱き合う姿を自室で掃除をしていたはずのシャルが戸の隙間から混ざりたいとでも言うかのようにうらやましそうに覗き込んでいたのだが、ミノリもネメもトーイラも、シャルがその事に気づく事は無かった。
嗚呼哀しき哉シャル。




