119. 14年と2ヶ月目 ネメが対峙したのは。
今回、R15要素が強めです。苦手な方はご注意ください。
「ネメお嬢様遅いなぁ……」
それはシャルがネメと共に買い出しの為にラコカノンヤを訪れていた時の事。買い忘れがあることに気がついたネメが町の中へ戻ってしまったため、シャルは町の外れにある森でネメが戻ってくるのを待っていた。
「この町にしかないものがあるから来なくちゃならないのはわかってはいますけど……あまり長居したくないんですよね。ここで人間に襲われたことあるし……」
それはまだシャルがネメと結ばれていない頃の事。定期的にミノリの家まで宅配を届けていたシャルはこのラコカノンヤへ買い出しをして、町を出た直後に人間に襲われてしまい怪我を負った。
それがきっかけとなって最終的にネメと結ばれ、ふうふとなる事ができたわけだが……やはり心情的にはあまり近寄りたくないようだ。
「はぁ……早くネメお嬢様戻ってきてくれないかな……」
ネメが戻ってくるのをシャルが今か今かと待ちわびていると……。
「そこの女」
「ひっ!?」
誰もいないと思っていた森の奥から話しかけてくる人物が現れたのだ。突然の声かけに対して心に緊張が走ったシャルがおそるおそる振り返ると、甲冑を纏い、腰に剣を携えた女性が立っており、武装しているその姿を見た瞬間、シャルは『まずい』と直感した。
「えっと……何かご用でしょうか?」
シャルはそれでも平静を装いながら女剣士に応答した。
「パッと見では気づかなかったが……君はモンスターだな? 町を見て一体何を企んでいたんだ?」
「!!」
今のシャルの姿は、デフォルトの格好には近いものの一番の特徴である帽子はかぶっておらず、とがった耳も髪で隠している為、モンスターだと気づかれる事は今までに無かった。なのに目の前にいるこの女剣士はシャルがモンスターであるとハッキリと認識した。
「違いますよ、私はモンスターじゃないです」
シャルはそれでも誤魔化すことに決めた。今までの経験上、自分がモンスターだと明かすのはろくでもない目に遭うと思ったからだ。しかし……。
「他の者にはそれで通用するだろうが、生憎私にその手は通じない。変装してもこのモンスター図鑑に載っているウィッチの顔立ちそっくりでは隠す意味がないではないか」
女剣士がそう言いながら見せた書物には、確かにシャルと瓜二つの姿が映し出されていた。
(え、何その本!? まずいまずいまずい……!!)
モンスター図鑑という未知の書物を持つこの女剣士を『自分の生命を脅かす危険な存在』だと瞬時に判断したシャルは、この絶体絶命の状況をなんとか切り抜けようと両手を上げながら抵抗しない意思を示した。
「すみません、確かにあなたの指摘通り、私はモンスターです……人間である私の伴侶が町に行ってるので、その帰りをここで待っているだけです。
攻撃する意思も町に悪さをしようとする考えも持っていないので見逃してもらえませんか?」
それがシャルのせいいっぱいの譲歩だったのだが……。
「人間が伴侶だなんて嘘をつく時点で既に怪しい。生憎だがモンスターは殲滅するのが私の役目でな……その不浄な魂はこの手で浄化してくれよう」
この女剣士はシャルが嘘をついてると判断したようで、敵対する意思を見せたままだ。さらにこの女剣士は圧倒的強者で自分がいくら抵抗しても敵わない存在だとシャルは気配でわかってしまった。
(あ、これ終わった……補助魔法や1回だけ致死を防いでくれる指輪のおかげですぐに殺される心配は無いけどそんなに長くは保たない……ネメお嬢様、お姉様ごめんなさい……孫の顔……見せられないかも……)
シャルへの殺意を振りまいたまま女剣士が腰に下げていた剣に手をかけようとする姿を見た瞬間、死を受け入れる覚悟に陥りそうになったシャルだったが……。
「シャル、お待たせ……って誰その人?」
「あ、ネメお嬢様!!」
伴侶である救世主の登場である。シャルは一目散にネメの元へ駆け寄ると、ネメの背後に隠れた。
背後に隠れて怯えた様子のシャルと、今まさに剣に手をかけようとしている女剣士を交互に見比べ、状況をネメが理解したその瞬間、ネメの周囲の気温が一気に下がった。
「私の嫁に何する気だった? お前」
ネメとシャルがふうふとなったきっかけがきっかけだっただけに、ネメは嫁であるシャルに危害が及ぶ事を非常に嫌う。
そして今、目の前にいる女剣士がネメの怒りの琴線に触れてしまったのだ。それは普段のネメならば絶対に口にはしない『お前』という言葉まで飛び出るほどに。
「よ、嫁!? モンスターだぞそれは! 女性型モンスターは容姿が端麗である事が多いから下衆な男どもが性欲のはけ口にするというのは聞いたことがあるが……君みたいな女の子が嫁にするだなんて聞いたことがない……」
その女騎士の表情には『モンスター以前に同性同士で結婚?』という疑問も持っているように見えたがネメにとってはそんなのは関係ない。
ネメが嫁と認めたのはシャル唯一人なのだ。ネメは瞳に怒りの炎を宿しながらも『やれやれ、一から説明しないとダメなのか?』とでも言わんばかりに女剣士に対して、冷静な口調で『女性型モンスターと結ばれることのメリット』について語り始めた。
「お前は何もわかっていない。私の嫁みたいな女性型モンスターはちゃんと誰かを愛する心を持っている。確かに『モンスターとしての本能で人を襲う』という壁はあるけれど、それを乗り越えて相思相愛になると一途な愛を持ってくれる最高のパートナーになる。
モンスターだからという上辺だけでその大きな可能性を切り捨ててしまうのは愚行の極み」
「ネメお嬢様ってば……♥」
女剣士にケンカを売るようにのろけ話を始め、さらに合間でシャルの頬にキスまでするネメ。これにはシャルもまんざらでは無い様子だったが……ネメはやはり羞恥心が希薄であった。
「昨日の夜も帽子以外何も纏わぬ姿のまま私の事を潤んだ瞳で求めてきてそれはそれはとても扇情的で」
「えっと、ネメお嬢様……それ以上は恥ずかしいので言わないでください……ネメお嬢様の性的嗜好までダダ漏れです……」
のろけ話の枠組みを超えた痴話にまで突入してしまいこれには流石にシャルは顔を真っ赤にさせてしまった。女剣士もまた、先程までの殺意や戦意をすっかり無くし、シャルと同様に顔を赤くさせている。
「そ、そうか……いや、すまなかった。そういうものだとは知らず……」
女剣士はあっさりとネメの主張を受け入れ、剣から手を離した。大抵の人間は聞く耳を持たないのに珍しい事もあるものだ。
「わかってくれたならも充分。それじゃもう行ってもいい? おうちに帰りたいから」
「追い打ちしようとしないでくださいね。私、人を襲うという事自体本当にしないわけですから」
「あ、ああ。この勇士シャリオン一族の名の下に誓おう」
ネメとシャルが飛び去った後の森。その場に一人佇む女剣士。
「……女性型モンスターが相手だと一途で最高のパートナーになる……そういう考えもあるのか……言われてみれば先程のウィッチも豪く素直だったな……」
……ネメとシャルとの出会いは、どうやら彼女に妙な価値観を植え付けてしまったようだ。
******
そしてその日の夕方……。
「──ということがあった」
「いやそれ雑談で済むレベルの話じゃ無いよね!? シャルが無事だったから良かったけど……」
買い出しから帰ってきたネメが、シャルの生命の危機と捉えかねない事をあっさりと話し出すものだからミノリは思わず飲んでいたお茶を零しながら叫んでしまった。
しかしミノリがそれほどに驚いてしまったのははそれだけが理由では無い。
(シャリオンってどこかで聞いたことがあるっていうか、それこのゲーム本来の主人公の名字じゃん!! 男女から主人公を選べるシステムだったから……ネメの話を聞く分にここは女主人公での世界だったんだ)
ミノリが転生してきたこの世界は、ゲーム上では開始時に主人公を男女から選べるシステムで男女は同時に存在しないので、ネメの話を聞く限りこの世界は女性主人公視点の世界らしい。
(……だけどなんで主人公がラコカノンヤあたりをうろついていたんだろう……、流石にゲームのストーリー部分が終わった以上理由もわからないし……。だけどなんでだろう、何故か私の胸の内がざわついてる……)
ネメから話を聞いたミノリが不安を覚えてしまった、シャリオンの一族と名乗る女剣士とミノリが対峙し、彼女の目的を知るのはもう少し先の事。
******
──そしてその日の夜、ネメがシャルと共に2人の寝室で寝る準備を済ませ、灯りを消そうとしていた時の事だった。
「それじゃシャル、もう横に……ってどしたの?」
下着の上にベビードールを纏ったシャルがベッドに腰かけたままほっぺを膨らませていた。
「……ネメお嬢様、私、ちょっと怒ってます」
「……え、私何かしたっけ……って昼間の事か」
「はい……」
そう言いながらシャルは立ち上がると、ネメの腕を掴んだ。怒っていると言うシャルの目は悲しんでいるように目を潤ませていた。
「私、すっごく怖かったんですよ……? ネメお嬢様やお姉様たちにお別れも言えないまま誰かに殺されるの……イヤなんです」
「シャル……あっ……」
ネメはその時、自分の腕を掴むシャルの手が激しく震えている事に気がついた。
ネメと結ばれたことですっかり忘れていた、モンスターだから人間に殺されてしまう可能性がある恐怖。それを思い出してしまったのだろう。
「……ごめんシャル、一人にさせちゃって。私もすっかり油断していた。これからは絶対シャルの傍を離れないから」
「はい……この恐怖心、どうかネメお嬢様の愛で塗りつぶして、私を幸せな気持ちいっぱいにしてくださいね……」
「ん、わかった……シャル」
「ネメお嬢様……ん……」
暫しの間見つめ合い、どちらからともなくゆっくりと口づけを交わしながら抱き合うと、そのままベッドに身を投げ出すネメとシャル。
……そしてこの日の夜は、誰よりも感度の良い耳を持つミノリからすると耳栓をしないと寝られないほどにネメとシャルの部屋がうるさかったそうな。




