118. 14年と1ヶ月目 娘たちの幸せを願う母。
すみません、少し遅れました。
10ヶ月前にミノリによって保護され、隠塚家の三女として迎えられた吸血鬼のリラ。
長く生きる事が出来ない特異体質だったが、トーイラから与えられた光の祝福によって、もう死の恐怖に怯える事はもう無くなり、今日無事10歳の誕生日を迎える事が出来た。
「もう何も起きないとは思うけど、一応警戒ぐらいはしておいた方が……いや、しなくても大丈夫そうかな」
……とは言っても万一の事があってはいけないので、少なくともこれから半年ぐらいはリラの体調を気に掛けておいた方がいいのではとミノリは少しだけ考えたのだが……。
「あんなに元気に走り回ったり空を飛んだりしているし……」
光の祝福だけでなくミノリから週に1度だけだった吸血もトーイラが週2回、ミノリが週1回の計3回に変更した事で、リラの体質と相性が非常に良いトーイラの血を摂取する頻度が上がったことでリラは元気の塊を体現したような健康優良児そのものとなった。
左目は失明したままだがそれを補う程にリラの体力は幼い故のパワーに周りの方が疲れてしまう程で、現在、庭先で姉2人と遊ぶリラの元気な姿を見てその心配は必要は無さそうだと思い直した。
「……このまま、姉妹仲良く元気に過ごしてもらえたら母親としてとても嬉しいな」
そのようにミノリが温かい目で3姉妹の仲睦まじい姿を見守っていると……。
「お姉様―、この料理の作り方ってこれでいいんでしょうかー?」
「あ、ごめんシャル、今そっち行くね」
料理を作っていたシャルに呼びかけられたミノリは台所へ戻ると、シャルと共に進めていたリラの誕生日パーティーの準備を再開するのであった。
******
──そしてその日の夕方。
「リラ、10歳の誕生日おめでとう! トーイラとネメも1ヶ月遅れになっちゃったけど20歳の誕生日おめでとう!」
「3人ともおめでとうございます! 今日は腕によりをかけてお姉様と一緒にごちそう作りましたのでどうぞ召し上がってください」
実は今日のお祝いはネメとトーイラの誕生日パーティーも兼ねている。2人の誕生日であった先月はリラの体調を第一にというトーイラとネメの希望により今日のリラの誕生日と同時に祝う事になったのだ。
「かーさま、シャルおねーちゃん、ありがと。あたし、すっごく嬉しい!」
初めての誕生日パーティーに目を輝かす三女リラ。
「ママありがとう! シャルさんもありがとうねー」
「ありがとうおかあさん、シャル。さあリラ、ご馳走冷めちゃうから早く食べよう」
「うん!」
こうして始まったリラの誕生パーティー。ミノリとシャルお手製の豪華な料理に娘たちが舌鼓を打っていると……。
「ところでリラは誕生日プレゼントに何か欲しいものはあるのー?」
「物でなくても私たちにできることがあれば」
自身の誕生日パーティでもあるのに妹になってからまだ1年しか経っていないリラの事が可愛くて仕方がない姉たちがリラに誕生日プレゼントで何か欲しいものがあるか尋ねた。
そんな姉たちの問いにリラが暫く頭を巡らせると……。
「えっと……あたし、みんなにハグしてもらいたい……な」
「え、それでいいの? 折角の誕生日だから普段できない事でもいいんだよ」
「うん、あたしみんなのあったかい体温を感じるのが大好きだから……あ、でもちょっと待って……えっと……」
それは家族みんながよくリラにしている事だった。しかしそれでは特別な日という感じがしないのでトーイラは念のためリラに聞き直した。するとリラはそれでいいと言いかけたが、その途中で短く逡巡すると……。
「それじゃ……ハグと一緒にほっぺにチュウもしてほしいの。ほっぺにチュウされるのも愛されてるって感じがして……。えへへ、やっぱりあたし、愛されてるってわかるのが一番嬉しいから……」
リラは自身のほっぺに手を当て、照れながら答えた。リラはミノリに家族として迎えられるまでは北の城で贄として何年もの間孤独と虐待に耐えながら幽閉されていた。その反動がこのように愛される事に飢えた結果がこのお願いに繋がったのだろう。
「リラがそういうのなら構わない。どんとこいリラ」
「うんっ、ネメおねーちゃん!」
リラの希望を受けて手を広げたネメの胸元にすぐさま飛び込んだリラをネメが抱きしめながらほっぺにキスをするとリラはなんとも嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ふにゃぁ……えへー……ありがとうネメおねーちゃん」
笑顔でネメにお礼を言うリラ。ミノリとシャルも同様にリラを抱きしめながらほっぺにキスをすると、その度にリラは嬉しそうに目を細め、小さく「んにゃぁ」と声を上げた。まるで仔猫のようなかわいらしい仕種にミノリたちも思わず心がホッコリとしてしまう。
「最後は私ー。リラ、おいでー」
そして最後はトーイラの番。トーイラが手を広げるとトテトテとかわいらしい足音を立てながらリラはトーイラの胸に飛び込んだ。
「えへへ……トーイラおねーちゃん……♪」
トーイラにむぎゅぅと抱きしめられ、とても幸せそうな顔をするリラ。
「それじゃ私もリラのほっぺにー……ん!?」
トーイラがリラのほっぺにキスをしようと顔を近づけたその時だった。突然リラがトーイラに顔を向け、その結果トーイラとリラの唇が触れあってしまったのだ。
「わっ、ごめんリラ」
「ううん、気にしないでトーイラおねーちゃん。あたしこそ突然顔を向けちゃってごめんね」
口づけまでは考えていなかったトーイラが慌ててリラから口を離すとすぐに謝罪すると、リラは気にしていない様子で、笑顔をトーイラに見せながら謝罪をすぐに受け入れた。
ちなみにだが、リラがほっぺにキスをしようとしたトーイラの方を向いたのはわざとである。
リラは光の祝福で救ってくれたトーイラに片思い真っ最中で、振り向いてほしいという出来心でついトーイラに顔を向けあわよくば口づけを狙ったのだ。
(やった……トーイラおねーちゃんのお口にキス出来ちゃった……!)
それは、今まで純粋そのものだったリラの心中に、片思い相手のトーイラに対して『恋愛対象として見てほしい』という想いから生まれた小悪魔的な側面が誕生した瞬間でもあったのだが、リラ以外の全員は勿論の事、リラ本人もまだその事には気づいていないのであった。
******
──そして、その日の夜。
朝から外で姉たちとたくさん遊び、さらに誕生日パーティーでも嬉しい思いをたくさんした事でリラは寝るのにちょうどよい疲労が溜まったからか、ベッドに入るとすぐに静かに寝息を立て始めてしまった。
やはり元気になったといっても根本的な体力自体は少ない子供なのだ。
リラが眠る姿を確認したミノリが居間に戻ってくると、トーイラがそんなミノリの姿を見ながらふと思った事を口にした。
「ママって、なんというか孤児院の院長さんに向いてそうだよね」
「孤児院の院長さん? うーん……なんでかな、トーイラ?」
その理由がわからなかったミノリがトーイラにその理由を尋ねると、つらつらとトーイラは理由を話してくれた。
「だって、6歳で追い出された私たちをなんの見返りもないのに保護して今日まで育ててくれたし、贄で他のモンスターたちから嫌われる存在だったリラの事も助けてくれたし……そんな献身的な姿を思ったらママは孤児院の院長さん向きだとしか考えられないもの」
「なるほどね……まぁ、トーイラが言うように向いているところはあるかもしれないけれど……」
トーイラの言葉にある程度納得したらしいミノリだったが、ミノリ自身は孤児院を開く事に関してあまり乗り気でないようだ。
「私としてはトーイラとネメとリラの3人を娘にした事だけで充分かな。流石に孤児院までやれるような力はないよ」
困ったように眉を八の字にしたままミノリは笑いながら首を横に振った。ちなみにだがミノリの孤児院をやる力は無いという発言は、あくまで『体力や時間的な余裕』の方であり、孤児院運営でありがちな『資金的な余裕』ではない。
むしろ資金に関しては潤沢にある。なにせ食糧は狩りや畑で自給自足。衣服もほぼミノリのお手製で布は元からこの家に何故か置きっぱなしだったものを使用している。
唯一お金がかかるネメたちの買い出し用の費用も今まで食料にする為に狩ってきたモンスターたちが何故か所持していたものを使っているので倹約生活そのものだからだ。
しかし、孤児院開設に否定的な反応を見せるミノリに対してトーイラはというと……。
「でもかつての私たちのように捨てられた子供を見かけたら間違いなく拾って育てるでしょ?」
「……否定できない。むしろ向こうから声を掛けられなくても率先して保護してしまうと思う」
ミノリの行動パターンはお見通しであるトーイラがそのように指摘すると、ミノリは真っ先に肯定してしまった。
「だよねー。まぁそこがママのいいところでもあるんだけど……本当はそういった子を拾うのってとっても危険なのに」
「うーん……そうなの?」
危険と言われてもいまいちピンとこないミノリに、トーイラがそういった子供を保護することの危険性を指摘した。
「だって、捨てられるのは何か理由があるわけだよ。単純に貧しかったり、孤児になって邪魔だから町から追放みたいな場合もあるけれど、実際には私とネメみたいな忌み子だったり、リラみたいな贄となる存在だったり……。
もしかしたらママみたいなお人好しな人を狙う擬態型モンスターという可能性だってあるんだよ。それに私たちやリラを拾った日の事を思い出せばわかると思うけど……そもそもそういった子たちは大抵酷く汚れていて、どんな病気を持っているかもわからないのに……ママは関係なく拾いそうだよね、人間もモンスターも関係なく」
この世界は、不要な存在とされた人間の子供は食い扶持を減らすために町から追放し、モンスターに始末させるのが当たり前で、捨てられた子供を拾って保護するという行為は未成年者略取の犯罪になるどころか奇特すぎるお人好しという扱いなのだ。
「うん……確かにトーイラの言うとおりだと思うよ。そういったリスクを考えたら拾わない方が賢明だって。だけどさ、その子たちだって幸せになる権利はあるはずだと思うんだよ。色々な可能性を秘めてるはずなのに、捨てた人たちの都合でそれを潰してしまうのは絶対にダメだって私は思うんだ」
しかしミノリとしてはそれ以上に捨てられた子供が本来持てるはずだった未来を大人たちの都合で奪う事の方が嫌なのだ。
「やっぱりだよねー。ママは絶対にそういう子を見捨てるはずが無いもの。そこがママのいい所でもあるけどね」
「うん……だからもしまた私が捨てられた子供を拾ってきたら……そういうものだと思ってくれるとありがたいな。大人になったあなたたちには特に迷惑掛ける形になるから申し訳ないと思うけど……」
「うん、わかったよママ」
そのようにミノリとトーイラが話していると、横で聞いていたネメもその話に割り込んんできた。
「ねえおかあさん、それじゃもしも私とシャルが買い出しに出かけた時に捨てられた子がいたらその子拾ってきていいの?」
「え!?」
ミノリの行動範囲は非常に狭くせいぜいミノリたちの家がある森の周辺からせいぜいキテタイハの町ぐらいなのに対して、買い出しであちこち飛び回るネメ。その場合拾ってくる確率が大幅に上がる。
ネメまで拾ってくるとは思ってなかったミノリは、思わず驚いた声を上げ、少しだけ考え込むと……。
「……うん、動物や獣型のモンスターの幼体とかは流石に困るけど、私やシャルやリラみたいな人型モンスターの子供や、だったら……いいよ。どんどん拾ってきても」
ミノリは頭を縦に振ると、続けてミノリに尋ねるネメ。
「子供じゃない時は?」
「……娘としては扱わないけれど、助けを求めていたり、命乞いをしたのなら助けてあげていいよ。前も言ったけどモンスターとしての本能で襲ってくるのは許してあげてね」
……範囲が子供どころじゃなくなってしまった。その話を横で聞いていたトーイラもこれには流石に苦笑いしてしまった。
「ママ、それはもう誰でも助けてもいって感じになっちゃってるよ。……もうママって、聖母とかそういうレベルだよね……あそこの町じゃ女神扱いだけど」
「ええー……なんでかなー……聖母という表現、女神以上に重い気がする……」
ミノリが将来的に孤児院を開く日が来る……のか、それはまだ誰にもわからない。しかしそんなミノリでも変わらない信念というものがある。それは何かというと……。
「もし孤児院を開いたとしてもね、娘として育てたいと思うのはあなたとネメ、そしてリラの3人だけだよ……今のところは」
折角いい雰囲気で締めようとしていたのにやはり断言できない尻すぼみのミノリは、トーイラとネメの方に改めて向き直した。
「さて、一か月遅れになっちゃったけど……ここまで無事に育ってくれてありがとう、トーイラ、ネメ。
あなたたちがいてくれたからこそ、私は今日まで頑張って来られたんだよ。あなたたちとリラは私にとって大事な宝物だよ。だから、もしもあなたたちに危機が訪れようとしていたら、私はこの身を投げ捨ててでもあなたたちの事、絶対に守りぬいてみせるからね」
「「……」」
そんなミノリの決意に対してあっけにとられたような顔をするトーイラとネメ。ミノリの発言としては珍しく自己犠牲という重い内容が含まれていたからでわずかな間、2人は無言になり……。
「そんな縁起でもない事言わないでよーママ。ママが死んじゃうことなんて考えたくないよー」
「お母さんの 珍しき 重発言」
茶化すように言葉を返すトーイラとネメ。
「あはは、ごめんごめん……ってネメ、私の発言が珍しく重いと言ったことは普段から自分たちの発言が重いって自覚があったって事!?」
「ばれたか」
──そんな、聖母と言って差し支えのない心優しき女性型モンスターであるミノリに新たな危機が再び迫り出す事を、この時のミノリを始め隠塚家の誰もまだ知らないのであった。
2-3章はここで終わります。
次回からは2-4章に入る予定です。




