116. 14年目夜① ミノリさん反省回 with シャル。
リラが長い間抱えていた生命の危機をあっさり片付け、無事にリラの命を救ったミノリたち。その夜、姉2人と一緒に寝たいというリラのお願いを受けて、普段は別室で眠るネメも、リラとトーイラと共に同じ寝室へ入っていた。
……それから数十分後。3人がちゃんと眠っているか気になったミノリは寝室を覗き込んだ。
「……うん、3人ともすっかり眠ってるね」
リラを真ん中にして姉妹3人仲良く眠る姿を見て安心したミノリは静かに戸を閉め、居間へ戻ってくると椅子に腰かけるやいなや一人、頭を抱え始めた。
「あー、それにしても全っ然気がつかなかった……言われてみればそうなんだよなぁ……。
シャルが言ったように少なくともリラが光属性というのぐらいは気づけたはずなのになんで私ってば気がつかなかったんだろう……もしかして私って鈍すぎる……?」
ミノリは日中、シャルに言われた言葉が頭から離れず、ずっと悩んでいたのだ。
「リラから話を聞いただけですんなり納得しちゃっていたけど、そもそも吸血鬼ってゲームに敵として出てきた時も夜にしか出てこなかったじゃん……。それさえ思い出せていれば光に弱いはずって事だけは気づけたはずなのに……」
ミノリがリラと初めて出会ったのは夕方。雲一つ無いわけでは無いが厚く曇がかかっていたわけでもない普通の晴れの日で、リラの背中には思い切り西日が当たっていた。
さらにミノリたちと生活をする上でも平気な顔をして太陽の下を歩いていたし、何よりリラはひなたぼっこが大好きである。
それはつまりリラは光に対して耐性があるという事を指しているというのに、ミノリはシャルに指摘されるまで全く気がつかなかったのだ。
いくらリラが自身の特異体質について隠していたとはいえ、今日の今日まで何一つ気づかなかったニブチンな自分に辟易しながら凹んでいると、小さく戸を開ける音がした。
「あれ、お姉様まだ起きていたんですね……私もご一緒していいですか?」
先に自室で休んでいたはずのシャル居間へやってきた。
「どうしたのシャル……って、そうか。ネメをリラに取られちゃったから寂しいんだね」
「たはは、まぁそれもありますが……それでは隣失礼します」
そう言いながらミノリの隣に腰掛けたシャル。
「まずはお姉様、日中は大変失礼な事言ってすみませんでした」
座ったシャルが真っ先にしたのはミノリへの謝罪だった。恐らく日中のミノリへの失言を気にしていたのだろう。
「あー……別に謝る必要ない事だよ。実際、相当ニブい事ぐらい自覚してるわけだから。まぁここまでニブいのは私が他人の隠し事を暴こうとする事自体良しとしない性格だからってのもあるしね」
隠し事に対して深く追求しない主義のミノリ。その主義のせいで鈍感すぎたのは昔から変わらずだ。
ネメとトーイラがミノリに秘密にしていた『まだ敵モンスターとして【ゲームウインドウ】に認識されていたミノリに被害が及ぶのを避けるために攻撃魔法を避け、肉体強化の鍛錬を重ねていた』事も『光の使いと闇の使いをとっくに撃退していた』事も2人が16歳になった日まで気づけなかったし、『ネメとシャルが結婚前にこっそり家を増築していた』事も気づけなかった。
そして今回の騒動もリラに打ち明けられるまで気づけなかったのである。
「鈍感といってもちょっと度が過ぎているから改めるべきなんだろうけど、もうこれが私の性格として固定されているから、今更変えるのも難しいよねぇとも思っていたり……あはは……」
少し自嘲気味に笑うミノリ。
「でも、そういうお姉様だからこそなんでも受け入れられるんだっていう事もトーイラお嬢様の言葉で気づけました。なのでどうかそのままでいてほしいです。私、今のままのお姉様が好きです」
まるで愛の告白をするかのように顔を赤らめて、ミノリに顔を近づけながらそう言うシャル。潤んだ瞳と色気のある唇が間近に迫った事で思わずミノリも慌ててしまい、つい身を仰け反らせてしまった。
「ちょっ、ちょっとシャル、以前から思っているけれどあなたは本当に美人なんだから、告白という意図ではないにせよ『好きです』って顔を赤らめながら言われると私にとっては妹分で、かつ娘の嫁だってわかっていても流石にドキドキしちゃうから!」
シャルの肩を掴んで慌てて引き離したミノリだったが、当のシャルはそんなミノリの反応を見てまるで面白がるかのように目を妖しく光らせながら再び迫ってきた。
「……っと、すみませんお姉様。……でもそんな反応するって事はもしかしてなんですが、私がネメお嬢様と結婚してなかったら……脈ありでした?」
まるで酔っ払っているかのように普段ならば絶対ミノリには聞かないであろう事をぐいぐい迫りながら問い詰めてくるシャル。ちなみにだが隠塚家は誰一人お酒を嗜まないのでシャルも別に酔っているわけではなく素面だ。
あまりにもしつこいシャルに対してミノリはどうしたものかと考えていたが……。
「あったかも……ね。まぁシャルはもうネメの嫁だから対象外だけど。そういうシャルこそネメ以外の相手はもう考えられないんでしょ? 昨夜も激しかったようで、あなたが喘ぐ声が私の耳に入ってきたし、朝見た時もシャルの手首には縛られた跡が残っていたし」
「ぶっ!!」
ミノリが仕掛けたのは『今まで黙っていたがネメとシャルの夜の営みは自分の耳に入ってきているし、どういう事をしているのかもなんとなくだが把握しているぞ』というカウンター攻撃で、この反撃が予想外だったらしくシャルは盛大に吹き散らした。幸いにも吹き散らす直前にシャルは横を向いたのでミノリに被害は及ばなかったが、代わりに唾液が気管に入ったらしくシャルは盛大にむせてしまっている。
「……ちょっと落ち着こうかシャル。私たち、どっちもわけわかんない事言い合ってる」
「そ、そうですねお姉様……すみません、変に暴走してしまいました」
暫くするとお互いに冷静になったらしく、ミノリもシャルも何故こんなアホみたいな事を言い合っていたのだろうかという顔をしながらお互いに謝り合った。
「まぁ、さっきシャルが言ったように私はありのままの私で行こうと思うよ。ただその分、色々気づかない事もあると思うけれど、その時はみんなで私の事をフォローしてくれると嬉しいな」
「勿論ですお姉様♪ 私も家族の一員ですもの」
ミノリがそうシャルに伝えると、シャルもそれを了解するかのように笑顔でミノリに微笑みかけたのであった。
──その後は、お互いが話したかった事を話し終えてしまったからか、暫しの間ボーッと椅子に腰掛けていたのだが……。
「それにしても、今更ですがお姉様たちってすごいですね……」
「んー……そう?」
シャルがポツリと呟いた言葉にミノリは反応した。しかしミノリにはシャルにすごいと言われてもいまいちピンと来ていないようだ。
「すごいですよ。人間の女の子と魔物の女の子をどちらも平等に娘として扱っているお姉様も、敵対する魔物を本当の妹として大切にしているトーイラとネメお嬢様も。そしてトーイラお嬢様に至っては世界に一人いればいい光の巫女でしたし。
……ところで、トーイラお嬢様は光の巫女でしたが、もしかしてネメお嬢様も闇の巫女候補だったんでしょうか? 光の巫女は基本的に闇の巫女と双子だと聞いたことがあって……」
その事を知っているのなら別に隠す必要は無いと判断したミノリはシャルにそうである事を話した。
「そういえばそれもシャルには話してなかったね……うん、そうだよ。ネメは本来闇の巫女になるはずの存在だったけれど私はネメが闇の巫女になる事を良しとは思っていなかった。
だから私はネメが闇の巫女にならないようにトーイラと一緒にいっぱい愛情を注いできた。それが結果的にリラを救う事にも繋がったから……多分私が今日までしてきた事は間違いじゃなかったって思うんだ」
「確かに……。本来、リラちゃんは贄だったわけですから、ネメお嬢様が贄に闇の祝福を与える使命がある闇の巫女になってしまったら今の関係は無かったんですよね。……となると、今の仲が良い関係もある意味お姉様が起こした奇跡なんですよね」
「き……奇跡とまで呼べるかどかはちょっとわからないけど……」
何故かシャルが選ぶ言葉の一つ一つが『重い』と心の中で思ってしまうミノリだったが、気になっていた闇の巫女が使う『あの技』の名前が出たのをいいことに、話題を切り替えるようにシャルに尋ねた。
「そういえば光の祝福が魔力の属性を光に置き換えるものならば、『闇の祝福』は魔力を闇に置き換える技ということでいいの?」
闇の巫女となったネメが本来使うはずだった『闇の祝福』。ミノリはそれがただ『光の祝福の闇属性版』と思っていたのだが……実際はそうではないようだ。
「いえ、闇の祝福は肉体の属性を闇に変化させて強化させる事で闇属性の魔力を増幅させる、という方法ですね。
肉体が光属性という特異体質であるリラちゃんがそれを与えられてしまった場合……器である肉体が過敏反応を起こしてしまうんです。そうなった時の反応が非常にグロテスクなもので……光と闇がまるで縄張り争いをするかのように高熱を放ちながら肉体が膨張し続けて原形を留めない巨大な生きた肉塊になっていきます。そしてその膨張は死ぬまで収まりません。
膨張する際は皮が裂ける事から始まるように激痛が伴うそうで、その痛みによる絶叫とともに自我を失い、自分をこのようにした世界への憎悪しか感情が残らず、結果的に世界もろとも自分を滅ぼそうとするのです」
「そう……なんだ」
シャルの話を聞きながら、かつて夢で見た、闇の祝福を与えられて巨大な肉塊に変貌してしまったリラの姿を思い出したミノリ。絶叫と共に変貌する姿の裏ではそのような事が起きていたという事を知ると思わず言葉を詰まらせてしまったミノリだったが……。
「でもちょっと待ってシャル。世界もろとも滅ぼそうとって言ったけどそれって人間だけでなく、闇の祝福を与えた魔物やモンスターもだよね……?」
「はい、私は自然発生の野良モンスターでしたので全く関与していないですが、一部の魔物やモンスターは闇の祝福を与えられた贄……『闇に塗り替える者』と呼ばれる生きた肉塊を崇拝しているそうで、世界がそれによって滅ぶ事を救いと考え、何よりの幸福とします。その為、リラちゃんのような特異体質が生まれたとわかった時点で血眼になって探すそうです」
(あー……という事は北の城にいた魔物やモンスターはその狂信者たちの根城で、夢で見たあの魔物の司祭は『世界を掌握する』とか『我らの導』とか言ってたけど、そういう意味で言っていたんだろうなぁ……。あれ、でも……)
そこまで聞いて大体の事を納得した一方、新たな疑問点が湧いたミノリはシャルに再び尋ねた。
「でもそれだとわからない点があるんだけど……それを考えたら贄って大切にされる存在じゃないの?
その割にリラちゃんは虐待を受けたみたいに傷だらけだし、その傷のせいで左目を失明してるのはどういう……」
「……その疑問は、肉体と魔力の属性が無い為に他人の属性を関知できなかったと思われるお姉様からすれば至極尤もです。でも、そんなお姉様だからこそリラちゃんを救えたんです」
シャルは言いにくそうにしながらそう口にすると、一呼吸置いてからその理由を話し出した。
「肉体が光属性というリラちゃんの特異体質は、肉体が闇属性という一般的なモンスターからすれば異様な存在で、近くにいるだけで不快な感覚を覚え、嫌悪感や拒否反応が出てしまいます。例えるなら……自分の眉間あたりに他人の手とかが近づくとぞわぞわするようなイヤな感覚が起きますよね。あれが常に起きている状態です」
シャルは魔力自体が無いからか相手の属性を全く感知できないミノリにも伝わるように言葉を選んで説明を続けた。
「その感覚は狂信者でないモンスターは勿論のこと、狂信者も同じで『闇に塗り替える者』になる前の贄である状態のリラちゃんが近くにいるだけで同じようにその不快感に襲われます。その為、八つ当たりをするように暴力を振るわれて……その結果リラちゃんは失明したんだと思います」
「ということは……シャルももしかしてずっと我慢していた?」
今までの話を踏まえると、モンスターであるシャルも同様の感覚をずっと味わっていてそれを家族のために我慢していたとミノリは思ったのだが、それは違うと言うかのようにシャルは首を横に振った。
「いいえ、私はリラちゃんが特異体質なのはすぐに気がつきましたが、そういった嫌悪感を抱く事は一切ありませんでした。
恐らく私の体内に注がれていたネメお嬢様の魔力が、本来私が感じるはずだった嫌悪感を防いでくれたんだと思います」
「……そういう事だったんだね。それにしてもなんというか私たちって常に紙一重だったんだなぁって改めて思うよ……。
さて、これでなんとかリラの生命の危機を乗り越える事ができたわけだし、次に大きな事が起きるとしたら……ネメとシャルの間にできる私の孫……かな」
リラの話題が丁度キリが良くなった所で次の話題に移る事にしたミノリ。それは将来生まれてくるであろうネメとシャルの娘……つまりミノリにとって孫になる子の話だった。




