115. 14年目④ 笑顔と花言葉。
「えっ、えっ!? どういう事ですか!? トーイラお嬢様が光の巫女!?」
リラがこの家にやってきてから9ヶ月もの間、必死にシャルが調べ、今日になって漸く見つける事の出来たリラを救う方法……しかしその方法はこの世界に1人使えればいいというような技を使うもので、普通に考えれば実現不可能なもののはずだった。
だというのにそれを習得できる可能性がある人物がまさか家族の中にいるとは思いもよらず、シャルは頻りに混乱し続けているような顔をしている。
「そういえばトーイラが光の巫女になるはずだった子……って事はシャルには話してなかったね。シャルの反応を見る限り、ネメとトーイラも話してない……よね?」
ミノリの問いかけに対し、首を縦に振るネメとトーイラ。
「微塵も」
「私も話してないよー。だって私自身今の今までその事をすっかり忘れていたぐらいに全然重要な事じゃなかったし……それにもう3、4年以上も前の事で素質があるってだけだし実際になったわけじゃないもの」
トーイラの言うように、実際に光の巫女となったのなら話しておいた方がいいのかもしれなかったが、あくまで『光の巫女候補だった』だけで、実際にはなっていない。巫女候補だったという程度では別に生活をする上で何ら言う必要も無い……どころか言われても困るレベルで、せいぜい話のネタになる程度だ。
トーイラだけで無く、ミノリやネメもそのように考えていたのだが、シャルとリラは違った反応を見せた。
「え、えー……そんなすごい人が身近に……えー……」
ショックが大きかったのか茫然とするようにひたすら言葉を反芻し続けるシャル。その一方、目を丸くさせながらトーイラの顔を見たリラは縋るような思いでトーイラに尋ねた。
「ホントに……ホントにトーイラおねーちゃんは、あたしの事、助けられるの……? あたし、もっとみんなと一緒に生きてても……いいの?」
「勿論だよ! リラは私たちの大切な家族で、私にとってもかわいい妹だもん!」
先程までは、暗い谷底に突き落とされたような気分だったのに、自分に手を伸ばして掬い上げてくれるようなトーイラの言葉。それによって、リラは目を潤ませながらトーイラの服を掴み、トーイラに助けを求めた。
「おねがい、トーイラおねーちゃん。あたしのこと、たすけて、ください……」
「まかせて! リラの事は、絶対におねーちゃんが助けてあげるね!」
トーイラがそう言いながらリラに目線を合わせるように屈んで顔を近づけると、リラに向けて笑顔を見せた。するとリラは息を呑んだかのような反応を見せた途端、どういうわけだか顔を真っ赤に火照らせた。
「よかった……一時はどうなるかと思ったけどこれでリラが助かるんだ……」
「一安心一安心」
顔をトーイラに向けていた為、リラのその表情の変化に気がつかなかったミノリとネメは、まるでもう全て解決したかのような雰囲気になりかけていたが……。
「……っていけないいけない……。なんだかついめでだしめでたしという気分になっちゃっていたけど、まだ何も終わってなかった……」
「安堵の空気に呑まれた愚かな我が思考」
ミノリとネメは我に返った。そう、トーイラはあくまで光の巫女候補であっただけで、まだ光の祝福をまだ使えない。使えないことには話が始まらないのだ。
「あはは、そうだったねママ……。ひとまずは光の使いに会いに森の外へ行ってくるね。それで光の祝福覚えたらすぐに帰ってくるよー」
ミノリたちと同様に全て解決したかのような気になっていたトーイラは、そうミノリたちに伝えると出かける準備を始めた。
「え? すぐ会えるの?」
「うん、前に私とネメとで闇の使い諸共腕力で撃退した時に、呼んだらすぐに来るよう伝えたからきっと来ると思うよー。それじゃ行ってきまーす」
「光の使いをパシリ扱い!?」
どうやら二度と近寄らないという覚書の他にも、パシリとして利用する事もトーイラは約束させていたようだ。哀れなり、光の使い。
玄関から出て行こうとするトーイラを寂しげに見送るリラ。
「気をつけてね、トーイラおねーちゃん……」
靴を履き終えてから玄関を出て行くトーイラの後ろ姿を、玄関までリラは追いかけてから寂しそうにつぶやいた。
……しかし、その15分後。トーイラが怒りながら家へと戻ってきた。
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「あーもう! 光の使いってば私の顔を見るなり猛ダッシュで逃げやがった!! 今度見つけたら地の果てまで追いかけて絶対ギッタンギッタンに伸してやるんだから!!」
どうやらトーイラと関わるのが怖くて逃げたのだろう。完膚なきまでにボコボコにしたそうだから恐怖心が限界値を超えて逃げてしまうのも仕方ないかもしれない。
……まぁ、逃げた代償はあまりにも大きそうだが……。
「ちょ……どうするんですかトーイラお嬢様!? それだとリラちゃん救えませんよ!?」
リラを助ける手立てが無くなり、シャルが慌てながらトーイラを問い詰めようとしたが当のトーイラは怒ってはいるが焦っている様子は無い。
「大丈夫だよシャルさん、まだもう一つ方法あるから。正直なところこの手はあまり使いたくなかったんだけどー……ネメー、私が光の祝福を使えるようにしてくれるー?」
「承知。ちょっと待ってて。『でばっぐもーど』から探してみる」
2人のやりとりを見てミノリが何かに気づく一方、シャルは頭に疑問符を浮かべていた。
「あー……そういう事か、なるほど『デバッグモード』……」
「え? え? お姉様、なんだか納得してるみたいですけどどうしてネメお嬢様がトーイラお嬢様に光の祝福を使えるようにする事が出来るんですか?」
シャルが疑問に思うのも無理は無いが、どうシャルに説明すればいいものかミノリは頭を悩ませたが、それでも言葉をわかりやすい言葉に置き換えたりしながらなんとかシャルに説明した。
「えっと、これはあまり大っぴらにしたくなかったというのもあるんだけど……ネメはこの世界の理の一部を操る事が出来るんだ。
勿論できない事もあるけれど、ネメにかかれば覚えていなかった魔法が使えるようになったり、物理干渉を受けないようにして壁をすり抜けたり、あとは体力や魔力が永遠に尽きないようにしたりという人間離れしたような事をネメはできるんだ。
……それと、私がモンスターとは見なされなくなったのもそれが理由で……」
かつてミノリを救うためにネメが使用したデバッグモード、それを再びネメは使う事にしたのだ。
「えー、何その恐ろしい力……もうなんでもかんでも好き放題し放題じゃ無いですか……」
「まぁ……シャルの気持ちもわかるよ。その技さえあればネメはこの世界を簡単に掌握できるようなものだもの……でも人の心までは操れないし、ネメもそれぐらい弁えてるから使う事は滅多に無いけど」
少し引いた様子のシャル。シャルがそのような反応をしてしまうのも仕方ないよなぁ……と、ミノリも心の中で同意した。
「ちなみにだけど私は『でばっぐもーど』をシャルの前でも使おうとした事があった。結局使えなかったんだけど」
「え!? それっていつ……でしょうか?」
ミノリが説明を終えた後で困惑しているシャルに対し、ネメはシャルの前でもデバッグモードを使おうとした事を告白した。
当然ながらいつの事だかわからないシャルに対し、それがいつなのかを教えようとネメが話し始めた……言う必要の無い事まで詳らかに。
「3年ぐらい前、シャルが私に『モンスターとしての本能』に抗おうと頑張ったけれど抗えず私に襲いかかった日。強いて言えば私がシャルと初めてキスした後で森の中の茂みに連れ込んでからシャルを組み敷いてそれから服を脱が」
「わー!!!! ちょっとネメ、幼いリラがいる前でハッキリ言おうとしないで!! そしてトーイラありがとうリラの耳を塞いでくれて! グッジョブ!!」
羞恥心があまり無いネメによる突然のブッ込み発言をまだ幼いリラには聞かせたくなかったミノリは咄嗟に遮るように叫んで妨害した。セーフ!
そしてその傍らではネメが危ない発言をしようとしたのを察知したのかトーイラもリラの耳を塞いでいおり、耳を塞がれたリラはよくわかっていない顔をしているのでどうやら聞こえなかったようだ。間一髪である。
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「トーイラ、これでどう? 多分使えるようになったと思うけど」
「あー……うん、多分いけると思う。ありがとうネメ」
その後、どうやらネメはデバッグモード内にある『トーイラが使用できる全技の一覧』から使えない状態になっていた光の祝福を見つけ、そのフラグを切り替えたようだ。
切り替えた瞬間をどうやらトーイラも感じたようで、もう使えるとすぐに確信したらしい。
「それじゃおいでリラ。……私は大切な妹であるリラに光の祝福を与えます」
「うん……おねがいします、トーイラおねーちゃん」
光の祝福を覚えた影響なのだろうか、まるで本当に光の巫女となったように神聖で清廉な雰囲気を纏いだしたトーイラにつられるように、リラはトーイラの前に跪くと、静かに手を合わせ、目を閉じた。
(わぁ、すごい……本当に光の巫女という感じだ……。本来のゲーム上のトーイラは、ネメから引き離されて無理矢理巫女にされた事が原因でかなり性格が歪んでいたけれど……心から望んで光の祝福を使おうとするとあんな感じになるんだ……)
ミノリだけでなく、ネメとシャルもまるで宗教画から飛び出したような2人の聖らかな姿に思わず息を呑みながら見守っていると、トーイラの詠唱に併せてリラの体が徐々に光り始めた。
詠唱が続く度に安らかな表情になっていくリラ。かつてミノリが夢の中で見た、闇の祝福を掛けられてもだえ苦しみ、最期には巨大な化け物に変貌してしまった時とは大違いだ。
やがて光の祝福を与え終わったのか、トーイラの口から発されていた詠唱が聞こえなくなると、先程まであんなに光り輝いていたリラの体も平常を取り戻すかのように光は見えなくなってしまった。
「成功ですよ! 今のリラちゃんからは闇属性の魔力の気配が全く感じられなくなって、魔力が全てと肉体と同じ光属性に置き換わった事がわかります!」
どうやら光の祝福が成功したようで、他人の属性を感知する事のできるシャルはすぐにわかったようだ。
「……どう、リラ? 体調悪くなっていたりしない?」
トーイラはリラに目線を合わせて、念のためにリラの体調について尋ねてみたが、どうやら問題は無いようだ。
「うん、平気だよトーイラおねーちゃん。むしろ今まであたしの中にあった、チグハグな変な感覚が全てどっかいったから逆に良くなった気分」
「そっかー、よかったー!! ……本当に、よかった……」
「あわわ……あっ……。……ありがと、トーイラおねーちゃん……」
体調に問題が無い事をリラが報告した途端、トーイラが思い切り抱きしめたのでリラはあたふたと慌てたのだが、トーイラが体を震わせながら嬉し泣きしている事に気がつくとリラは静かにトーイラを抱き返して、小さな声でお礼を述べた。
──そんな、長女と三女が抱き合う優しい光景をミノリとネメが見守る中、微妙な面持ちをしているのが一人……。
「だけどなんだか私一人だけ空回りしていた気がする……ちょっとせつないです」
それは功労者であると同時に、早く家族全員に話していればすぐ解決できたはずの事案をずっと抱えていた原因を作った張本人でもあるシャルだった。
「ちゃんとみんなに話をしないからこうなるんだよ……シャル。そしてリラとトーイラも。隠し事は持っていてもいいと私は思うけど、命にかかわるようなことはみんなが慌てる前にちゃんと言う事。いいね?」
ミノリはシャルとリラ、そしてトーイラを軽く諫めた。
「うぅ……、すみませんお姉様……」
「はい、ごめんなさいかーさま……」
「うん、今度はちゃんと相談するよー、ごめんなさいママ」
ミノリに諫められた事で凹むシャルに対して、一緒に軽く怒られたリラが謝りながらシャルにお礼を述べた。
「シャルおねーちゃん、落ち込まないでね。あたし、シャルおねーちゃんが頑張ってくれたから助かったんだよ。ありがと、シャルおねーちゃん」
「リラちゃん……ありがとうございます」
リラはシャルからお礼が返ってくるのを聞くと、今度はミノリたちにも続けてお礼を述べた。
「光の祝福を使ってあたしを救ってくれたトーイラおねーちゃんと、トーイラおねーちゃんが光の祝福を使えるようにしてくれたネメおねーちゃんも、そして、最初にさまよっていたあたしに血を与えて娘として保護してくれたかーさまもありがと。みんながいなかったら、あたしは死んでた。……みんなありがと。……あたし、みんな大好き!!」
とびきりの笑顔を見せたリラは背中の羽を動かして飛び上がると、その小さな腕で家族全員へ順に抱きついたのであった。
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──その数時間後。
「はいリラー、背中洗い終わったよー」
「うん、ありがとトーイラおねーちゃん。それじゃ一緒にお風呂に入ろ」
リラはトーイラとお風呂に入っていた。いつもはミノリと入っているリラだったが今日はトーイラと入りたいとおねだりしたのだ。
そして仲良く一緒に湯船に入る仲良し姉妹。暖かい湯を堪能する2人だったが、トーイラはなんとなくリラに尋ねた。
「ところでリラはもう将来に不安を持つ事は無くなったと思うけど……大きくなったらしたい事とかはあるの?」
そのトーイラの問いに対して、リラは率直に答えた。
「えっとね、あたし……したいこと……というよりもね、大人になりたいの。あたし、今日の今日までそれは絶対に叶わないんだって思いながら過ごしてきたから」
それは、余命があと僅かだった事に怯えていた少女が遂に手にする事の出来た大きな夢。
その幼い少女……リラの顔にはもう絶望が漂う事は無く、家族と共に再び歩む事の出来る未来を待ちわびるかのように笑顔で満ち溢れていたのであった。
「大人かぁ、そしたらリラはあと10年ちょっと……でいいのかな? 私と種族違うからそれで合ってるかわからないけど、それまではがんばって生きなくちゃね」
「うん!」
そして、実はリラにはもう一つ、大人になってからの夢もあったのだが、それは口にせず心の中にだけしまった。口にできなかったのは、一緒にお風呂に入る人物が関わってくる事だったからだ。
(それで大人になったらね、あたしは……救ってくれたトーイラおねーちゃんに……)
温かいお湯のせいなのか、顔を赤くさせながらリラは横で一緒に湯船に浸かるトーイラの顔を見つめるのであった。
──ミノリの誕生日の際にリラが渡した『初恋』という花言葉を持つ紫のライラックに似た花。相手はミノリにではなくトーイラにではあったが、そのライラックの別名である『リラ』と同じ名前を持つ吸血鬼少女の初めての恋は今日始まったようだ。




