102. 13年と4ヶ月目 ほんのちょっとのわだかまり。
リラをミノリの三女として迎えてから一ヶ月程経ったある日のこと。
「ママ、私狩りに行ってくるね」
「あ、うん。いってらっしゃいトーイラ」
ミノリが家の掃除をしていると、これから狩りに出かけるトーイラがミノリに声を掛けた。そんなトーイラの後れをてくてくとひな鳥のようについて回るリラは、ミノリに作ってもらった眼帯を身につけた事によって左目を前髪で隠す事は無くなっていた。
「それじゃリラちゃん、私は狩りに行ってくるからお留守番よろしくねー」
「いってらっしゃいトーイラおねーちゃん」
狩りに出かけるトーイラを姿が見えなくなるまで手を振って見送ったリラだったが、振り向いた際にその視界にネメを捉えた途端、言葉を詰まらせた。
「ひっ……あ、ネメおねーちゃん。……ごめん」
「……」
リラはすぐに謝ったもののその表情には明らかに恐怖の色が滲み出ており、ネメはそのリラの顔を見る度に悲しそうに顔を歪ませていた。
「うーん……また今日もか……」
そんな2人を少し離れた場所から見ていたミノリ。
リラとネメの関係。これが最近増えてしまったミノリの悩み事である。
「やっぱりリラはネメの事を避けている気がするんだよなぁ……」
家に来た当初はリラの事を『リラちゃん』と呼んでいたミノリも、それでは少しよそよそしいからといつの間にか呼び捨てで『リラ』と呼ぶようになっていた。
さて、そんなリラだが、家に連れてきたばかりの時は、ネメとも親しくなろうという雰囲気はあったはずだ。しかしリラは徐々にネメに対して怯えた顔をする事が多くなり、ネメもまたリラに怖がられている事に気がついてしまったようで2人はここ数日、良好とは言えない雰囲気になってしまっているのだ。
「原因は……やっぱりあれだよね」
リラが何故そんな反応をするようになってしまったかについて、ミノリはなんとなくだが原因がわかってしまっている。
「ラスボスにされてしまう贄とラスボスにしようとする闇の巫女……だもんね本来は」
その原因はゲーム本来の2人の関係だ。ゲーム上で考えるとリラにとってネメは自分を破滅させる恐怖の対象で、言わば天敵である。
この世界での2人は決してそういう関係ではないはずなのだが、やはり心の奥底にそれが深く根付いてしまっているようでリラは本能的にネメを怖がっているとしか思えないのだ。
「しかしこのままにしておくのは家族として絶対に良くない……一体どうしたらいいのかな」
ミノリが一人その事で悩んでいると……。
「おかあさん……」
「あ、ネメ……どうしたの、そんなにしょぼくれちゃって。ほら、おいで」
当事者の一人であるネメが暗い顔をしながらミノリの名を呼びながらミノリの元へやってきた。
普段から表情の乏しいネメだが、今日に限って言えば明らかに落ち込んでいるのがおそらく家族以外からもわかってしまう程に悲しそうな顔をしていた。ミノリは手招きをしてネメを近くまで来させると手を広げて、ネメを包むように優しく抱きしめた。
「よしよし……もしかしなくてもリラの事……かな?」
「うん……どしてリラは私の事、怖がるのかな……。トーイラにはあんなに懐いているのに……」
元のゲームではリラとは一切接点のないトーイラだが、それが逆に良かったのかリラは何故か不思議とトーイラに対して非常に懐き、先程のようにトーイラの後ろをついて回っている姿が頻繁に見受けられる。
そんなトーイラに対してもネメは嫉妬もしてしまったのだろう。
自分も同じようにリラと仲良くしたいのに理由がわからないまま避けられているという現実。ネメは深く傷ついてしまっているようで、これではあまりにもネメが報われない。
ミノリは話すべきか話さないべきか悩んだが、あまりにも悲痛な表情のネメを見て、このままではダメだと直感したミノリは、意を決して2人の本来の関係について話す事にした。
「ごめんねネメ。リラにはある事情があるんだ……そしてそれはネメも深く関わってるんだ。ただ、その原因はネメであると同時にネメではないけど……」
「どういうこと……?」
「前にネメに話したよね。この世界が箱庭みたいなもので私は外から見てたから本当はどうなるのかもわかっているって」
「うん……」
既にミノリからこの世界がお話の中だという事を聞かされていたネメは、ミノリの説明に素直に耳を傾けた。
「これはリラには話さないでほしいんだけど、本来のネメはあの子に対してとても酷いことをするの。
闇の使いに連れ去られたあなたが習得した闇の祝福によって、あの子は巨大な化け物になってしまって最後には討ち滅ぼされてしまうんだ。
この世界ではそうならなかったんだけどリラは無意識のうちにそれに気がついてるみたいで本能的にネメの事を怖がっているんだと思う」
「……そうなんだ。私のせいじゃないのに……だけどやっぱり私のせいで……」
ミノリからその話を聞いた途端しゅんとしてしまうネメ。今のネメには明らかに身に覚えのないことなのにそれでも自分が原因で怖がられているのだからそうなってしまうのも仕方ない。
「そうすると私は……リラに近づかない方がいいのかな……」
諦観してしまったようにポツリとつぶやきながら目尻に涙を溜め始めたネメ。
「ううん、そんな事ないよ。本当は仲良くしたいんだよ、リラも。ただどうしたらいいかわからないだけ」
「……ほんと? おかあさん」
「うん、だってほら。後ろ見てみて」
ネメが後ろを振り返ると、ドアの隙間から悲しい顔をしたリラが部屋を覗き込んでいた。
姉が泣いている姿を見て何か思うことがあったのだろう。
「ほら、リラもおいで。ネメおねえちゃんに何か言いたいことあるんでしょ?」
「うん……」
ミノリに促されたリラもまた、悲しそうな顔をしながら部屋へ入ってくると、泣きながらネメに謝りだした。
「ご、ごめ。ごめんなさいネメおねーちゃん。あた、あたし。何故かネメおねーちゃんが怖くて……やさしいのに何故か怖かったの。夢で見た、あたしを苦しめる魔法を唱える女の人がネメおねーちゃんそっくりで、それで、それで……」
(あ、しまった……無意識どころか、既にリラは気づいてしまっていたか……)
リラが夢で見た女性の正体がネメである事を既に感づいてしまった事をミノリは今になって気づき、それがわかっていれば先に打つ手があったのではないかと若干後悔してしまった。
(なんとかできないかな……)
腕を組んで悩み始めるミノリだったが、その目の前では2人が謝罪の応酬を始めていた。
「私の方こそごめんリラ。リラが怖がってるのに無神経に近づいて。だから私はもうリラには……」
「そんな事言わないでネメおねーちゃん。あたし、ほんとはネメおねーちゃんとも仲良くしたいの。だけど、だけどなんでか怖くて……」
放ってしまうとずっとこの状態が続きそうである。
(リラの反応を見る限り、ネメの事を嫌っているわけじゃなさそうだし、それに2人の謝罪もお互いを思い合ってこその言葉に聞こえるから……まだ2人が仲良くなれる可能性はあるはず……!)
この状況を打開したいミノリは、2人の間を取り持つように口を開いた。
「……2人とも仲良くしたいという気持ちを持っているのは私にも伝わったよ。すれ違ってしまったのは仕方ないよ。だってリラは私たちと家族になってまだ1ヶ月しか経ってないんだもの。
だけどお互いに思い合っているのは間違いないんだからこれから少しずつ関係を築き上げていけばいいんだよ2人とも」
「うん……。リラ、私はリラを傷つけたりするような事は決してしないから、少しずつ慣れていって、できたら私とも仲良くしてね」
「うん、ネメおねーちゃん。まだ心が何故かざわついて、怖がってしまう時があるけれど……やっぱりネメおねーちゃんとも仲良くなりたいのあたし……だから、よろしくね」
リラはネメの手を取ると、ネメに向けて精一杯の笑顔を向けた。
まだまだ小さな一歩ではあるが、2人はゲームでの敵対関係を乗り越え、良い方向へと進み始めたようだ。




