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98. 13年と3ヶ月目夜① ご対面と初お風呂。


「──というわけで、この子が新しく我が家の一員になるリラだよ。……ごめんね、トーイラ、ネメ。独断で決めちゃって」


「ママってば謝らなくていいよー。私たちが一体何年ママの娘をやってきたと思ってるの? これぐらいなんて事無いよー」

「おかあさんの考えを否定する心、我に無し」


「……ありがとう、2人とも」


 家に帰ってきたミノリは改めて娘たちとシャルにリラの事について説明し、家族として迎え入れることを勝手に一人で決めてしまった事を謝罪したが、トーイラもネメもあっさりとリラを受け入れてくれた。

 一方、リラはというと、ミノリ以外の人がまだ怖いのだろうか、ミノリの膝上でしがみつくように座ったまま動こうとはしない。


 リラがこの家での生活に慣れるまではもう少し時間がかかるかもしれないとミノリが思っていると、トーイラとネメが瞳を輝かせながらリラに近づいた。


「というわけでよろしくねリラ! 私トーイラ。あなたのお姉ちゃんになるよ」

「……トーイラ、おねーちゃん?」

「そう! トーイラおねーちゃん!」


 トーイラはネメ以外の『新しい妹』ができたという感覚が新鮮で嬉しかったのだろう。そしてそれはネメもまた同様だったようだ。


「同じく姉になるネメ。よろしくリラ。私、しゃべるの下手だけど妹できて嬉しい。そんであっちにいるのは私の嫁のシャル」

「あ、どうも。シャルです。よろしくリラちゃん」

「うん……ネメおねーちゃんと……シャルちゃん?」


 トーイラとネメが喜ぶ一方、嫌がっている様子は無いものの少し戸惑ったような反応を見せるシャル。ネメの嫁になったとはいえモンスターという立場上、最近まで家族という概念の無く、家族が新たに増えるという感覚に戸惑っているのかもしれない。


 ひとまず、リラを迎え入れる事に対して、3人のうち誰かが拒絶反応を示す可能性を特に懸念していたが、3人ともリラのことをすんなりと受け入れてくれた事に安堵したミノリは次の行動に移る事にした。


「さてリラちゃん。みんなに挨拶も済んだことだしお風呂に入ろうか?」


 ミノリが次にリラにしようと考えていたのは、リラをお風呂に入れる事。

 リラの体はおそらくここへ逃げてくるまでの間、一度もお風呂に入っていないと一目でわかる程に酷く汚れていたからだ。

 さらに北のお城、すなわちラストダンジョンにいた時からずっと檻に閉じ込められていたとも話していたのでもしかしたら今まで数えるほどしか入ったことが無いのかもしれない。


「オフロって?」


 それどころかリラはお風呂を知らなかったようだ。


「えっと、お湯で体を綺麗にすること……かな?」

「あ、容器いっぱいの冷たい水をかけて汚れ落とすこと……? それだったらされた事ある」

「……」


 ろくな扱いを受けてこなかった事だけは間違いないようだ。もう完璧に虐待ではないかとミノリが憤慨しそうになっていると……。


「リラちゃんもそうだったんだねー。私たちもママに保護される前はそんな感じだったよ」

「あれは苦行」


 なんとトーイラとネメも経験者だった。


「お風呂はあったかくて気持ちいいから安心して、リラちゃん」

「極楽気分、夢気分」

「……そうなの? それなら早く入りたい……」


 同じような境遇を経験した事のあるトーイラたちからお風呂について聞かされたリラは、期待するように顔をふにゃっとさせた。

 その反応を見るに、どうやらリラはトーイラとネメと難なく打ち解ける事が出来たようだ。


「それじゃトーイラ、ネメ。私たちはお風呂に入るけれど、私の着替えとタオル、あとリラちゃんが着られそうな服がもしかしたら使ってない衣装にあるかもしれないから探してきてくれないかな?」

「わかったー」

「合点承知」


 ミノリのお願いを請けたトーイラとネメは早速とばかりに衣装棚へと向かっていった。


「おいでリラちゃん」

「うん」


 ミノリもまたリラと手を繋ぐと脱衣場へと向かうのであった。



「……」



 そして今、部屋に残っているのはただ一人。



「……リラちゃんは、もしかしたら……」



 ……一人、何かに気づいてしまった顔をするシャルであった。



 ******



 リラを連れて脱衣場へやってきたミノリは、早速リラの服を脱がす事にした。


「それじゃリラちゃん、服脱がすから腕を上に伸ばしてくれるかな」

「これでいいの?」

「うん、それじゃその姿勢のまま動かないでね……あっ……」


 ミノリの指示通りに腕を伸ばしたリラの服をミノリが脱がしていくと、服で隠れていたリラの体に無数のあざと傷跡がある事に気がついてしまったミノリが思わず目を反らしたくなってしまった。

 保護したばかりの頃のネメとトーイラにも、キテタイハの町で虐待を受けたと思しき痣や傷跡などはあったが、成長するにつれ、消えていった。

 しかしリラの体につけられた痣や傷跡は加減を知らないモンスターたちによるもので、成長してもおそらく消えないだろうという事がうかがえるようなものが多かった。そして未だに前髪で隠したまま見せようとしない左目。一番目立つだけに見せるのが怖いのだとミノリは感じた。


(なんでこんな酷いことできるんだろう……)


 かつてネメとトーイラがされてきた事を知った時に湧き上がった同様の怒りが再び沸々と込み上げてくるミノリ。


「どうしたの、ミノリ……さん?」


 しかし、そんなミノリの様子を怖いと思ってしまったのだろう。服を脱がせたきり、黙りこくってしまったミノリに対して、おずおずとした様子でリラがミノリを見上げていた。


「あ、ごめんねリラちゃん。なんでもないよ。それじゃお風呂に入……る前に体の汚れ落とそっか」

「うん」


 まずはリラの汚れを落とすことが先だ。お風呂用の椅子にリラを座らせたミノリが、石けんを使ってリラの体の汚れを落としていく……が、なかなか汚れが落ちきらないのか、何度石鹸を用いて体をこすっても真っ黒な汚れが浮かびあがってくる。髪も同様で、泡立つ気配が全くなく、サラサラやふんわりとはほど遠い程にごわごわしている。


(これは……一年に1回洗うか洗わないレベルの犬をお風呂に入れた時以上の泡立たなさ。本当にずっと汚れを落とせてなかったんだね……こうなったら、徹底的に洗ってリラちゃんを綺麗にしてみせる!!)


 ミノリの中で謎のスイッチが入ってしまったようだ。



 ******



「うわぁ……リラちゃん、すごい綺麗になったね」

「そんなことないよ。あたし気持ち悪いよ、顔の左側とか……。……左目、見えないし」


 ミノリが完膚なきまでにリラの体と髪、全ての汚れを落としきると、ガリガリに痩せこけていることすら気にならないほどに絶世の美幼女がそこにいた。

 褐色であるミノリと対照的に色素の薄い白い肌。ミノリと同じように赤い瞳。そして透けるような淡い水色をした髪と長い睫毛まつげと幼いながら整った顔立ち。


 ヴァンパイアは美男美女が多いという話を聞くが、リラもそれに該当するのだろう。


 しかし当のリラは表情は暗い。おそらく髪を洗った際に隠していた左目をミノリに見られてしまったからだろう。

 リラの顔の左半分にあった大きな裂傷は左目を縦断しており、ミノリの予想通り、リラは左目を失明しているそうだ。


「気持ち悪くないよ。……と言ってもリラちゃんはやっぱり気にしちゃうんだよね」

「……うん」


 リラはコクリと頷いた。


「それじゃ、その傷をおしゃれでカバーしちゃおうか」

「……おしゃれ?」


「うん、明日リラちゃんに眼帯作ってあげるよ。女の子なんだからおしゃれな柄でね」

「……! ……いいの?」


 ミノリの提案を聞いたリラは途端に嬉しそうに瞳を輝かせた。


「もちろん、だってリラちゃんも家族の一員なんだから」

「ありがと、ミノリ……さん。……くちゅん」


 お礼を述べた直後、くしゃみをしたリラ。綺麗にしたことで満足していて、うっかり湯船に入るのを先延ばしにしてしまっていた。


「あ、ごめんリラちゃん、体冷えちゃうね。それじゃお風呂に入ろっか」

「うん。あたし、お風呂入るの楽しみ」


 トーイラとネメからお風呂は気持ちいいと聞かされてから待ちきれなかったのだろう。期待するような眼差しでリラが答えた。


「そっかぁ。それじゃお風呂に入るけど、リラちゃんには深いかもしれないから私の上に座ってね」

「うん」


 そうリラに話したミノリは、先に湯船に入り、中で正座をするとリラもミノリを真似するように湯船に入り、先に座っていたミノリの膝上にゆっくりと座った。


「……ふわぁ」


 かわいらしいため息が口から漏れ出るリラ。


「お風呂、おねーちゃんたちが言ってたとおり、あったかくて気持ちいい……」

「でしょー」


 どうやらリラもお風呂を気に入ってくれたようだ。

 あまりにも心地よかったのか、しばらくの間とろけたような表情をしていたリラだったが……。


「……ねぇ、ミノリさん、お願いしたい事、あるの」

「ん、どうしたのリラちゃん?」


 リラの初おねだりである。一体なんだろうかと軽く首をかしげるミノリ。


「ミノリさんとトーイラおねーちゃんネメおねーちゃんは違う種族……だよね?」

「うん、そうだよ。違う種族だから血は当然繋がってないけれど、大切な娘たちだよ」


「……それなら、あたしもミノリさんのこと……かーさまって呼んでも……いい?

 あたし、遠慮してたの。家族として暮らすだけじゃミノリさんの事、かーさまって呼ぶのはダメなのかなって。だってかーさまとあたし、違う種族だもん。

 だけどここに来た時、おねーちゃんたちも違う種族だけど、それでも2人とも、ミノリさんを母親として思っているのを見て、あたしもそう呼びたいなって」


 トーイラとネメと同様に、ミノリの事を母親と呼びたいリラ。そんなかわいらしいリラのおねだりを断る理由なんてミノリには全く無かった。


「勿論いいよ。それじゃ、今日からリラちゃんも私の娘で、隠塚おんづかの三女、隠塚おんづかリラだね」

「オンヅカ?」

「うん、『隠塚おんづか』が私の苗字だよ。リラちゃんはもう私の娘になったんだから名乗っていいんだよ」

「そっか……オンヅカ・リラ、オンヅカ・リラ……えへへ」


 家族として迎えてもらえた上に苗字までもらい、とても嬉しそうなリラ。


(リラちゃんのこの反応、トーイラとネメに名乗ってもいいって言った時と同じ感じで懐かしいなぁ)


 名前を何度も繰り返すリラの姿に、長女と次女のかつての面影を重ねながら、ミノリはこれから始まる5人で新しい生活に思いをせるのであった。


 ちなみにだが、ミノリがシャルに苗字がある事をそもそも伝え忘れているからシャルは知らないというのもあるのだが、シャルは未だに『隠塚おんづか』を名乗ってもいいという事を言われておらず、ミノリがその事に気づくのはもう少し先の事。



 シャル、哀れなり。

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