97. 13年と3ヶ月目夕方③ リラを連れて。
「リラちゃん、歩くの大変だよね。家に着くまでの間私が抱っこするという事でいいかな?」
「うん」
新たに家族として迎えたヴァンパイア少女のリラを抱っこしながら我が家へと戻るミノリ。
ヴァンパイアといえば日光を浴びると砂になったり、流水を越えられなかったり、十字架やニンニクが苦手だったりと言われるがどうやらリラはそれらとは無縁で吸血する事と羽根がある事以外は普通の人間と変わらないようだ。
吸血行為も1週間に1度、それも注射器一本分吸う事が出来ればあとは普通の食事で問題ないそうだ。さらに、吸血のために噛まれた部分は口を離した直後は跡が残ってしまうのだが、10秒もしないうちに傷跡がなくなってしまうそうで先程噛まれたミノリの腕も今では何処を噛まれたのかわからなくなっていた。傷があると色々言われる世界にも配慮された優しい仕様である。
(そういえばリラちゃんって種族なんだろう。ゲームウインドウで……ん? 『イベント用』?)
今更ながらミノリが自分の視界に見えるゲームウインドウから改めてリラの状態について確認しようとしたところ、敵一覧に載っているリラの名前は『ヴァンパイア(イベント用)』となっていた。
どうやらリラはモンスターといっても、特殊な部類に入るらしく、『闇の巫女ネメ』が闇の祝福を与える事で初めてゲームのラスボスとなる『闇に塗り替える者』となるようだ。
(そうするとリラちゃんは少なくとも闇の祝福さえ与えられない限り平穏に生きていけるって事かな。そしてネメは闇の使いにさらわれていないし闇の祝福を覚えた様子も無いから……あれ? リラを救うのって意外と簡単なのでは?)
などと呑気な発想に至るミノリがふとリラを見てみると、リラは何か聞きたそうな顔をしながらミノリを見ているのに気がついた。
「ん、どうしたのリラちゃん?」
「あたし、おねーさんの名前聞いてなかった。おねーさん、なんてお名前なの?」
色々考えを巡らせていたためミノリはリラに名前を名乗っていない事にここで漸く気がついた。
「あ、ごめんリラちゃん。そういえば私名前言ってなかったね。私はミノリって言うんだ。よろしくね、リラちゃん」
「うん……ミノリ……さん。……ミノリさん」
ミノリの名前を反芻するように何度も口にするリラ。名前をしっかりと覚える為に暗唱しているらしい。
そしてリラについてミノリは一つ尋ねたい事があったため、家へ向かう最中、それをリラに尋ねる事にした。
「そういえばリラちゃんは自分が何歳かわかる?」
「うん。誕生日も知ってる。あたしはそれが重要らしかったから」
モンスターは自然発生の種族が多く、自分が何歳なのか把握できていない場合がある。例えばミノリは幸いにも前世の記憶があった事から通算で年齢を考える事が出来たのだが、シャルはそれを意識する事無くいつの間にかこの世界に存在していた為、把握できていない。
しかしリラは自分の誕生日まで把握している事から、おそらくミノリやシャルみたいな自然発生で永遠に成長する事が無いタイプのモンスターではなく、母体から生まれ、人間や他の生物と同様に成長していくタイプの種族なのだろう。
「あ、何歳かわかるんだねリラちゃん。ちなみに何歳かな?」
「えっと……9歳とちょっと。4歳になった時に捕まっちゃって、すぐに贄として闇の祝福を与えるって周りが言ってたから。……結局闇の巫女が見つかんないまま今日になっちゃったけど。そして……えっと、なんでもない」
「……そっか」
その答えを聞いたミノリは思わず言葉に詰まった為、返事が遅れてしまった。
それもそのはず、夢で見た姿よりいくらかは成長しているといっても、リラの体は9歳にしては異常に小さく、その上あまりにも痩せすぎていたのだ。
種族差を考慮してもトーイラとネメが6歳の頃よりも背は小さく、体が成長を抑制してでも生き延びる事を優先しようとしたのだと考えられる。
(本当に今まで辛い目に遭ってきたんだねリラ……。これからは絶対そんな目には遭わせないからね!)
リラが何かを言い淀んだ事については気がつかないまま、改めて決意するミノリなのであった。
そして一方、今まで誰も差し出す事はなかった救いの手を初めて差し出され、その手をこわごわながらも取ったリラ。
(いいのかな……あたしが幸せになろうとしても)
リラの暗く、深く閉ざされた小さな心に、ほんの少しだけ光が差し込んだような初めての感覚。それだけで胸がほっこりと温かくなる。その上今はミノリに抱っこされて初めて他人の温もりを噛みしめている。
(ありがとミノリさん……多分あたし、長く生きる事はできないけど、せめて死んじゃうまでの間だけでも幸せでいたい……)
リラがミノリに伝える事ができなかった事、それは『贄となる者は総じて寿命が短い』という事。
ミノリにその事を伝えられないまま、リラはミノリに抱かれながらようやく手にする事の出来た小さな幸せをゆっくりと噛みしめるのであった。
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さて、その一方こちらはミノリの帰りを待つネメとトーイラ。
「うー失敗したー……。ついうっかりママを単独行動させちゃった」
「おかあさん無事に帰ってきてくれたらいいんだけど……」
以前、ミノリを駆除しようとした男たちにミノリに襲われて以来、ミノリが単独行動する事を快く思っていない娘たち。
成長することの無いザコモンスターで常に危険と隣り合わせだった頃とは違い、流石にかつてのように警戒するあまり索敵魔法でミノリの動向を事細かにチェックする事は無くなったものの、相変わらずミノリに対しては心配性で、無事帰ってくるまで2人とも気が気でなく、家の前でミノリが帰ってくるのを待っている。
ちなみにシャルは家事の真っ最中で現在は台所で鍋相手に悪戦苦闘中の為ここにはいない。
「あ、2人ともただいまー。ありがとう、外に出て待っていてくれてたんだね」
すると、遠くからネメとトーイラの姿を見かけたのかミノリの声が聞こえてきた。
その聞き慣れた声を聞いて安堵する一方、ミノリが視界に入ると、2人は思わず驚きの声を上げてしまう。
「あれ?! ママが知らない子を抱っこしてる!? その子どうしたのママ!?」
ネメとトーイラの前に現れたのは、小さな女の子を抱っこしているミノリ。
誰かを連れてきたという事がシャル以外では初めての子とだったため、思わずトーイラは一体どうしたのかとトーイラが尋ねた。
「えっとこの子はね……」
「おかあさん、私は女の子を調味料にする趣味は無い」
「しないからね調味料には!? 調味料は別に買ってあるから!!」
ミノリが説明しようとするよりも先に、壮大な勘違いを口にするネメに対して、ついツッコミを入れてしまうミノリ。
「調味料にされちゃうってことは……あたし……やっぱり幸せになれないんだ……」
「落ち着いてリラちゃん、違うからね!?」
そしてその勘違いを真に受けてしまったリラに対して慌てたように釈明をする羽目になったミノリなのであった。




