第73話 物件探しの一縷の望み
不動産屋にて。
「いらっしゃいま……って、あれ、マサト様じゃないですか!」
建物に入ると、受付の人が俺を覚えていたようで、そう話しかけてくれた。
「今回はまたどうなさったんですか? 随分と頻繁に足を運んでいらっしゃいますが……」
「今回はまた新しい物件を探しにきた」
「ま、またですか!?」
用件を伝えると、受付の人は仰天した。
まあ、それもそうだろう。
こんなスパンで3つもの物件や土地を買ったり借りたりする人はそうそういないだろうからな。
「今回は飲食店を開くことになったんでな。今までのように郊外ではなく、街の中心部に一軒欲しいんだ」
「そ、そういう事情でしたか……。そちらの方は?」
「その店で料理人を務める予定のミスティナです!」
「なるほど! それで内見についていらしたんですね!」
前置きはそんな感じで、早速俺たちは本題に入ることとなった。
まずは、店舗を入れる物件のタイプから。
「料理店となると……どうします? 一軒家かアパートの一階部分などにするか、パターンがございますが……」
「そうだな……できれば一軒家がいいな。それか空き地でもいい」
店が大繁盛した場合のことを考えると、アパートの一階部分を店にしてたりすると、そのアパートの住人にとっては迷惑となる可能性があるからな。
それを考慮し、俺はそんなオーダーを出した。
「なるほど、そういえばマサト様、前回も空き地を買われましたよね。お店はご自身で建築なさるんですか?」
「ああ、空き地の場合はそうするつもりだ」
「承知いたしました。ちなみになんですけど……前回お買い求めになった空き地には、どんな建物を?」
「元々は工場にしていたんだが、それは別の場所に移転することになったので、代わりにとにかく高い建物を建てた」
「あのそれって……もしかしなくても、上層部が階段状になったあの超高層建築物のことですか!?」
「ああ、それそれ」
「や、やっぱり……ワイバーン周遊カードを躊躇なく質に入れるような方ならもしかしたらとは思っていましたが……」
少し話が逸れてしまったが、気を取り直して場所選びだ。
受付嬢からカタログを受け取ると、どんな物件があるかを見ていった。
「ミスティナさんはどう思う?」
「そうですね……これとかどうでしょう?」
「確かに悪くはないが、少し裏路地に入った場所なのがな……」
しばらくの間、俺はミスティナさんと空き物件情報について議論を交わした。
が……しかし。
「難しいな……」
「そうですね……」
なかなか俺たちが望むような条件の物件は、出てこなかった。
一番のネックは、立地だ。
今の所、俺達はとりあえず費用は度外視で、大通りに面した広めの物件を探そうとしている。
しかしそのような場所には、空き地は一軒家の空き物件が見当たらないのだ。
そういった物件は、多少細い道に入らないといけなかったり、あるいは大通りには面しているもののほぼ郊外と言っても過言ではないくらい街の中心から外れている場所にあることがほとんど。
やっとの思いで立地の良い物件を見つけたかと思うと、飲食店を開くのには向かないミニマリスト向けの超狭い物件だったりと、なかなかに物件探しは難航した。
「……すまない。やっぱり、アパートの一階部分とかも視野に入れて検討しようと思う」
「良かったら、実際の場所をご案内いたしましょうか?」
「そうだな。お手数をかけて申し訳ないが、お願いしたい」
条件に合う物件が見当たらないとなると、条件を広げるしかない。
しかし妥協するというよりはしっかり納得感を持って買いたかったので、「実際に見てみたら良さげじゃん」と思えるかもと思い、俺は物件の目星をつけるより先に内見をお願いすることにした。
「いえいえ! たびたび当店をお使いいただいているお客様ですから、これくらいは!」
受付嬢はにこやかにそう言って、物件情報が書き込まれた地図を手に俺たちの案内を始める。
こうして、内見巡りが始まった。
三十分後。
「なるほどな……」
「こういう感じなんですね……」
実際に内見を重ねても尚、俺たちはしっくり来る物件に出会えずにいた。
アパートはアパートで、色々と難しい部分があるのだ。
まず一番多いパターンは、狭いということ。
一階部分のみを料理店にするとなると、収容人数をあまり確保できないような物件が大半を占めていたのだ。
別にそれなら1〜2階を買い取って料理店にするという手もあるのでは、とも思ったが、2階には既に人が住んでいるケースが多く、それも難しそうだ。
そしてもう一個のパターンは、あまり衛生的でないというものだ。
古い建物だと、立地や面積は良くとも、とても料理店を経営するには適さない感じの汚さであるケースが結構見受けられた。
一個だけ、ここならまあと思えるような物件は見つけられたが、それも正直なんとか妥協できる範囲かといった感じだ。
「ど、どうしますか?」
「そうだな……。少し考えさせてくれ」
「分かりました。結構大きな額で悩まれるかとも思いますし、決めるのはまた後日で大丈夫ですよ!」
受付嬢はそう言ってくれるものの、後日になったからと言って状況が変わるわけではないのもまた事実。
俺は一旦脳を休ませるべく、ぼんやりと目の前の建物を眺めることにした。
今目の前にあるのは、二つの大通りが交わる交差点に面している上に敷地面積も今まで見てきたどの物件より広いものの、木造でところどころ朽ちかけているおんぼろアパート。
震度3の地震でも倒壊するんじゃないかと思うほど、その建物は脆く見えた。
言っちゃ悪いが、なかなか住むのも厳しそうな建物だな……。
中の住人、そろそろリフォームくらいして欲しいとか思ってるんじゃないだろうか。
……ん? リフォーム?
いや待てよ!?
その瞬間、俺は名案を閃いた。
「特級建築術」で、料理店を開くのに適した物件を改築により作り出すって手が残ってるじゃないか。
今まで俺は、「特級建築術」を使うなら空き地を買った場合とばかり思っていた。
流石に既存の建物の構造を変えたりするのは、どこのオーナーさんも認めてくれないだろうと思っていたからだ。
しかし良く考えたら、建物の状態次第では、「リフォームしてくれるならありがたい」と考えるオーナーさんだっているんじゃなかろうか。
もしかしたら、この物件のオーナーさんもそう思っているかもしれない。
「一つ聞きたいんだが……あの建物、御社の管理物件だったりするか?」
俺はアパートを指しながら、受付嬢にそう尋ねた。
「あの物件……ですか? 確かに当社で管理はしておりますが、あれは空き物件では……」
「構わない。オーナーさんに会わせてもらうことはできるか?」
「オーナー様に、ですか? 構わないですけど……」
聞いてみると、オーナーさんへのアポは取れそうな雰囲気だった。
「じゃあ、会える日程の調整をよろしく頼む」
「しょ、承知いたしました……。せっかく近くにいるので、ちょっと声をかけてみますね」
受付嬢はそう言うと、アパートに入っていった。
しばらくして、受付嬢は気の良さそうなお爺さんを一人連れて出てきた。




