第67話 少女はすぐにやってきた
旧工場にて、建物を作り替えたら、俺は今日のご飯を作り始めることにした。
今日作ろうと思っているのは、マグロの味噌煮だ。
アイテムボックスからマグロの血合いを始めとする必要な材料を取り出したら、まずはマグロの下処理から。
お湯を沸かし、表面の色が変わるまで火を通したらお湯を切った。
別の鍋にて、酒とみりんを50ミリリットルずつ入れたものを火にかけ、アルコールを飛ばす。
アルコールが飛んだら、その鍋に上白糖大さじ3杯、水150ミリリットル、味噌大さじ2・5杯を加えて更に一煮立ちさせた。
そこに先ほど湯通ししたマグロの血合いを投入すると、弱火にして落とし蓋をし、「時空調律」で15分ほど経たせる。
すると煮汁が半分くらいになったので、マグロの血合いを一旦取り出して火を強め、「時空調律」で水分を飛ばした。
煮詰まった煮汁にマグロを戻すと、マグロの味噌煮完成だ。
これでおかずができたので、次は主食だな。
今なら酢も持ってることだし、今日はマグロ三昧ということで寿司でも握ってみるとしようか。
種籾用の籾を少し取り崩して精米したら、それを炊飯する。
酢、塩、砂糖を混ぜて作った寿司酢をかけて酢飯を作ったら、風魔法で手で握れる温度まで冷ました。
一旦酢飯をアイテムボックスにしまうと、マグロの大トロの部位の切り身を取り出し、ちょうといいサイズに切ってネタを作る。
酢飯を取り出し、ネタと共に握ったら、大トロ寿司の完成だ。
「おお、美味しそうだぞ……」
適度に霜降りの入った、いかにも口の中でとろけそうなその見た目に空腹感が際立たせられる。
そのまま台所で口に入れてしまいたいくらいだったが、我慢してテーブルまで持っていくことにした。
「おっ、今日のこれは何ですか? さっきからずっといろんな良い匂いがしてたじゃないですかー!」
「味噌煮と寿司だ。どっちも最高に美味いのは俺が保証する」
「マサトさんがそこまで言うなら間違いないですね! じゃあ……」
「「いただきます!」」
早速、俺とヒマリは一口目を口に入れようとした。
――が、その時だった。
「あのこ、きたよー!」
「たかいたてもの、あかくひかったよー!」
シルフたちから、そんな連絡が入った。
……嘘だろ?
いくら何でも早すぎないか?
帰宅して旧工場を建て替えてからご飯を作るまでの間、一時間とちょっとくらいしか経っていないと思うのだが。
あの少女、もう父親と話をつけてここに来たというのか。
……今すぐにでも寿司と味噌煮を食べたい気分ではあるが、一旦お迎えに行くか。
料理人として雇う以上は、せっかくなら研修がてらあの少女にも一緒に食べてもらいたいしな。
できたての状態を保つため、一旦テーブルの上に並べた料理はアイテムボックスにしまう。
そして俺たちは、先ほど建て替えた高層ビルへと向かった。
ビルの一階フロアに着くと……確かにそこには、先ほど腕を再生させた少女が立っていた。
「あ、ここで良かったんですね! 無事会えて良かったです!」
少女は俺に気づくと、満面の笑みでそう言った。
「ここで良かったも何も、こんな建物他に無いんだから間違えようが無いと思うが……」
「それはそうですけど、ワイバーン周遊カードを使うのは初めてだったもので、本当にこれで合ってるのかは少し不安で……」
そう言われればそうか。
ちゃんと指定の場所に着いてはいても、実際待ち合わせの相手を見かけるまでは合ってるか不安ってのはあるあるだよな。
「こんなに早く来てもらって大丈夫だったのか? もっとお父さんと話すこととかあったんじゃ……」
「父なら私の腕が再生したこと、本気で泣いて喜んでくれてましたよ! 『恩人に必要とされてるなら今すぐ行きなさい』って、むしろ急かされたくらいです!」
まず一番気になっていたことを聞いてみると、少女はそうこれまでの経緯を説明してくれた。
なるほどな、それでそんなにすんなりいったのか。
出会って数分で腕を治した謎の人物なんて不審に思われてもおかしくないのに、そこまで快諾してくれるとはありがたいな。
「実はちょうど、こっちも君の歓迎会の準備ができたところでな。バッチリなタイミングだったよ。来てもらえるか?」
別に味噌煮と寿司は歓迎会のために作ったわけではないのだが、そういうことにして話を進める。
「え、わざわざそんな準備までなさってくれていたんですか!? 恩人にそこまでしていただくなんて、あまりにも畏れ多いですよ……」
「俺がどんな料理を食べてて、何を作って欲しいと思ってるか、食べてみないと分からないだろう? 一応研修も兼ねてるから、そんなに畏まらないでくれ」
「なるほど、そういうことでしたか! それでは誠心誠意、しっかり極意が理解できるよう味わって食べさせていただきます!」
初めは食べることすら申し訳無さそうな少女だったが、研修も兼ねていると言うと途端に目をキラキラさせ、食事に前向きになってくれた。
ほんと、こういう一面だけでも生粋の料理人って感じがするな。
アパートに案内すると、俺は一旦収納していた料理をアイテムボックスから出してテーブルに並べた。
「こ、この料理は……」
初めて見るであろう料理を前に、少女は目が釘付けになる。
「これは日本食と言ってだな、俺の故郷でメジャーだった料理だ。見慣れないだろうが、食べてみると美味しいぞ」
「それは……そんな気がします! なんだか私の知らない調味料が使われていそうですが、匂いの時点で美味しいのは間違いないかと!」
「それは良かった」
何も事前説明していないのに、この世界に元々無かった調味料が入ってると分かったのか……。
天性の素質なのか、それとも訓練の賜物か。
いずれにしても、将来有望なのは間違いないな。
じゃあ、飲み物を注いで乾杯でもするとするか。
……いや待てよ、よく考えたら俺、アイテムボックスに酒ばっかりで一切ソフトドリンクを持ってないぞ?
「超級錬金術」を用いれば、味を変えずアルコールを除くことくらいはできるだろうが……それでもこの歳の女の子にノンアルコールとはいえお酒を飲ませるのは俺のプライドが許さない。
そういうのを嫌っていた一理系男子としてな。
とはいえ、一人だけお冷を出すのはそれはそれで違うだろう。
一応、今日の主役なんだし。
何か今すぐ用意できる飲み物はないだろうか。
そうだ。麦の脱穀の際にできた副産物として、乾燥した麦の茎や葉があるからそれで麦茶を作ろう。
俺は「時空調律」で、茶葉を入れた鍋の時間を加速させつつ周囲の時間を減速させるあわせ技により、ヒマリや少女の体感時間が一瞬となるように麦茶を完成させた。
「それじゃあ、君の腕が再生したことと就職を祝って、乾杯!」
「「かんぱ〜い!」」




