第42話 ヒマリの母の発明品
浮遊大陸と世界樹の種を収納した俺は……家に帰る前に、この山を少し散策していくことにした。
ヒマリのお母さんが作った実験の副産物、聞いた感じだとゲーミングモミや浮遊大陸、魔力透析装置の他にもいろいろあるっぽいからな。
博物館感覚で見て回るのも、楽しいんじゃないかと思ったのだ。
せっかく四時間もかけてここまで来たんだしな。
チャンスを逃して帰る手はないだろう。
「ちょっと山を散歩してきていいか? どうせなら、帰る前にどんな実験の副産物があるかいろいろ見ていきたいんだが……」
「もちろん全く構わぬが……アルヒルダケを育てられるほどの者が目を見張るようなものがある保証はできぬぞ」
ヒマリのお母さんは自分の作品に自身なさげではあるものの、見物自体は快諾してくれるようだ。
むしろ俺からすれば、目を見張るものだらけだったんだがな。
浮遊大陸や魔力透析装置はもちろんのこと、ゲーミングモミだって(実用性はさておき)見た目は前衛的で面白かったし。
だから今後見つかるものにも、十分期待できる……と思う。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「ワタシが案内しましょうか?」
「いや、大丈夫だ。せっかくなんだし、親子水入らずでいろいろお喋りでもしといてくれ」
ヒマリがついてきてくれようとしたが、俺はそう言って断った。
久しぶりの再会なんだし、二人の時間も大切にしてほしいと思ったからな。
洞窟の外に出ると、俺は来た方角と真逆の方に進んでいった。
しばらくは、何の変哲もない森林が続いたが……十分くらい歩いたところで、不意に目の前に全身水色の巨大な蜂が出現した。
天然物か、はたまたヒマリのお母さんの副産物か。
「鑑定」
明らかにすべく、鑑定魔法を使ってみると……こんな文言が表示された。
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●ウルトラハニービー
神代の古竜によって品種改良されてできた、特殊な巨大蜜蜂。
とても甘いハチミツを作ることができる。
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どうやら当たりのようだ。
とても甘いハチミツってのも、なかなか期待できそうだな。
巣を見つけるべく、俺は目の前の蜂の後をついていくことにした。
何分か蜂を追い続けると……目の前に、巨大な青白い蜂の巣が一個ぶら下がっている木が出現した。
蜂はその巣に入っていったので、この巣に「とても甘いハチミツ」とやらがあると見て間違いないようだ。
今の自分のVITなら仮に刺されても問題ない……というかおそらく皮膚が針を通さないだろうと思い、適当に巣の中に手をツッコんでみる。
粘度の高い液体に指が触れた感触がすると、俺は巣から手を引き抜き、その液体を舐めてみた。
すると――衝撃が走った。
「……って、甘!」
鑑定文で分かっていたにも拘らず。
思わずそう口にせずにはいられないほど、異常なまでに甘かったのだ。
甘くておいしいというよりは、あまりにも甘すぎて頭がバグりそうになるくらいの極端な甘さ。
どちらかといえば……大学でまだ化学科だった時に実験室にあったのを舐めた時のような、食品添加物的な感じの甘さだった。
「鑑定」
流石にどんな物質か気になったので……もう一度ハチミツを掬い出し、鑑定してみる。
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●クロライドハニー
世界一甘いハチミツ。主成分はスクラロース。
ウルトラハニービーのみがこの種のハチミツを作ることができる。
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「おいおい……」
鑑定文を見て、俺はため息をついた。
主成分がスクラロースて。
そりゃこんな異常なレベルで甘いわけだ。
スクラロースといえば、砂糖の六百倍甘いとされる、前世では人工甘味料として使われていた物質だからな。
卒倒するような甘さも納得だ。
これは……少なくとも、ハチミツとして運用することはないだろうな。
まかり間違ってパンに塗りたくりでもすれば、そのパンは甘すぎて食えたもんじゃなくなってしまう。
やるとしても、前世で化学調味料として使われていた時のごとく、料理の極微量を添加するような使用方法をとることになるだろう。
ただスクラロース、前世でも健康への影響が割と疑問視されてた人工甘味料でもあるからな……。
一応多少はコレクションしとこうと思っているが、よほど良い使い道を思いつかない限りは、死蔵させることになるだろう。
などと思いつつ、巣の中の蜂を適当に倒すと、俺は巣を収納した。
……これはこれで奇抜で面白かったが、なんか口直ししたいな。
他にも何かないか探そう。
またしばらく、洞窟から離れる方向に向かって歩き続ける。
すると……またもや俺は、異様な光景に出くわすこととなった。
幹も枝も、全体が真っ黒の木々が立ち並ぶという光景だ。
七色に光る木の次は、真っ黒と来たか。
ゲーミングモミほどではないとはいえ、どうも自然のものとは思えない感じがするんだよな。
ヒマリのお母さんが作った疑惑がちょっとでもあるなら、試しに鑑定だ。
「鑑定」
すると……やはり、俺の予想は当たっていた。
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●ピュアカーボンツリー
神代の古竜によって作られた、「木の如く生える炭」。
ほとんど炭素でできている。
炭素以外の可燃成分の含有量が少ないため、長時間燃焼する上に炎や燻煙が出づらく、非常に調理に向いている。
脱臭剤として使うほもオススメ。
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ヒマリのお母さんが作ったもので間違いないようだ。
炭が生えるって、これまたすごい前衛的だな。
しかも、調理に向いた炭と来たか。
鑑定文を見る限り……炭は炭でも、前世で言うところの備長炭みたいな質の炭って感じだろうか?
バーベキューとかに良さそうだな。
これはぜひともいくつか収穫させてもらいたい。
というか……木みたいに生えてくるんだったら、浮遊大陸の一部に植林(という言い方で良いのか分からないが)して、増やして売り物にするのもアリかもしれない。
「よっ……と」
とりあえず、一番近くにあった木は根元から引っこ抜いた。
これは植林を試す用だ。
植えるには後にするとして、一旦アイテムボックスに収納しておく。
それから俺は、アイテムボックスからロングソードを取り出し、あと何本かこの木を伐採していくことにした。
こちらは自分でバーベキューをする用だ。
剣で木を伐採というのも変な話だが、ダンジョン攻略用に魔法付与でガチガチに強化していたおかげで、一本当たり一振りでスパスパと切り進めていくことができた。
ある程度大量の炭を確保できたところで、それらも全部アイテムボックスに収納。
これでいつでも、バーベキューを楽しめるようになったな。
……というか、だ。
せっかくなら、今その第一回をやればいいんじゃないか?
ヒマリのお母さんというちょうどいいゲストもいることだし。
激甘ハチミツのお口直しをするのにも、ちょうどいいタイミングだろう。
俺は探索を一旦中断し、二匹の待つ洞窟に戻ることにした。
「あれ? 早かったですねー」
「ちょっと良いものを見つけたからな。やりたいことを思いついて、途中で戻ってきた」
「良いもの? 何でしょうか」
「これだ」
洞窟に戻ると、ヒマリが取ってきた物に興味を示したので……俺はそう言ってアイテムボックスから炭を一個取り出した。
「これ……ですか? ただの炭にしか見えませんけど……」
「炭は炭でも、びっ……超上質な、バーベキューに最適な炭だぞ。これでバーベキューでもしたら美味しそうだと思わないか?」
「なるほど! それは素晴らしいアイデアです!」
炭の使用目的を説明すると……途端にヒマリは目を輝かせた。
「早速なんか焼きましょうよ!」
「それなんだが……」
ただ……ここで一つ問題がある。
それは、大々的にバーベキューをするほど手持ちに食材が無いことだ。
肉類は特に持ってないし……海鮮なら前の漁の余りがあるが、二匹のドラゴンがたらふく食うにはちょっと心許ないからな。
というか炭火焼にするなら、正直貝類とかも欲しいところだ。
「バーベキューをするには、ちょっと食材不足でな。近場の海でいいから、またちょっと漁に連れてってくれないか?」
というわけで、俺はヒマリにそうお願いした。
「それでしたら、またヴィアリング海に行きましょうよ!」
するとヒマリは、目をキラキラさせながらそう快諾する。
えっと……いや確かに、その海の良さは俺もよく分かっているのだが。
あんまり遠出するよりかは、近場で済ませて早く食べたいところなんだがな……。
「もっと近くて手頃な海はないのか?」
「ヴィアリング海、ここからだと結構近いですよ。緯度はほぼ同じなので、ちょっと移動したら到着します!」
と、思ったのだが。
ヴィアリング海、思ったより近場にあるようだ。
確かに、言われてみれば北に四時間移動した点は同じだもんな。
そんな位置関係にあるのも納得か。
「じゃ、そこで頼む」
「分かりましたー! お母さんのためにも大漁を目指します!」
「お、おう……。実際獲るのは俺なんだけどな……」
ドラゴンの姿に戻ったヒマリに乗り、俺たちは出発することになった。




