第34話 例の売値
次の日の朝。
宣言通り、ちょうど起きたタイミングでヒマリがアパートに戻ってきたので、俺たちは一緒に天ぷらの残りと刺身十数切れを朝食に食べた。
VITが高いおかげか、二日酔いは全くといっていいほどない。
実に便利な体質になったもんだ。
前世の名残で、ビールは一日一瓶までと決めていたが、今後はもう少し増やしても大丈夫かもしれないな。
最悪それで二日酔いが残っても、回復魔法だってあるんだし。
そう考えると、異世界って超便利じゃないか。
などとどうでもいいことに頭を巡らせながら、部屋着から外行きの服へと着替えた。
今日俺が向かうのは、農業ギルドだ。
麦を売るのと、あと醬油やビールの販売についても相談したいからな。
「いらっしゃいませ……ってあ、マサト様ですか。あの、ちょっとここでは話せないことがあるので、奥に来てもらっていいですか?」
農業ギルドの受付に並ぶと……俺はキャロルさんにいきなりそう言われ、ギルドの奥の空き部屋へと連れていかれた。
まだ用件すら言っていないのに、一体なんだと言うんだ。
いや……強いて言えば、心当たりは一件だけあるか。
キャロルさんが部屋のドアを閉めると、俺はこう切り出してみることにした。
「表で話せないことって……もしかして、これ関連か?」
そう口にしつつ、俺はアイテムボックスから冒険者ギルドでもらった割符を取り出す。
「……そうそう、それです! やっぱりそれ、マサトさんの案件で間違いなかったですね」
どうやら奥まで来て話す内容というのは、Yes!シンデレラクリニックのことで間違いなかったようだ。
「冒険者ギルドから急に大金と共に『Yes!シンデレラクリニックの買い手がついたので、その代金を農業ギルドに送る。当該アイテムの売主は貴ギルド契約者で、貴ギルド経由で売上金を受け取りたいと言っていたので、割符を渡してある。符号が一致する者にこのお金を渡すように』なんて手紙と割符が渡されたので、何事かと思ったんですよ……。まあどうせこんなことになる人なんてマサトさんくらいしかいないでしょうから、今日お越しいただいたタイミングでこの部屋に呼んでみたんです」
などと思っていると、キャロルさんはそう冒険者ギルドとのやり取りの経緯を話してくれた。
割符を照合すると、もちろんバッチリ一致した。
「ちょっと待っててくださいね……」
そう言ってキャロルさんは一旦部屋から出たかと思うと、しばらくして大小さまざまな大量の金貨を乗せたトレーを持って部屋に戻ってくる。
「こちらが冒険者ギルドから届けられた売上金です。数えたところ、全部で2740万イーサありました」
「にせ……え?」
キャロルさんの金額報告を聞いて……俺は桁を一つ聞き間違えでもしたかと思った。
今、2740万って言ったか?
「2740万イーサ……だと?」
「そうですよ。いったい冒険者ギルドで何をやったらこんな報酬が貰えることになったんでしょうね……」
どうやら聞き間違えではないようだ。
前世だったら、整形って色んなパーツをフルでやってもせいぜい数百万円とかで済んだはずなのだが……その常識からは考えられないような売値だぞ。
これがこの世界の貴族の執念ってやつなのか。
たぶんだけど……もしあの靴の値段がオークションで決まってたとしたら、その会場は地獄絵図だっただろうな。
などと考えていると、キャロルさんがこんな疑問を口にした。
「しかし……なぜわざわざ、報酬の受け取りを弊ギルド経由にしたんですか? 冒険者ギルドに売りに出したなら、そこで報酬を受け取っても良い気がするのですが……」
……そうだな。その事情は一応説明しておくか。
農業ギルドには、わざわざ手間をかけさせる形となってしまってるんだし。
「冒険者ギルドに登録したくないから、というのが理由だな。例えば今回のYes!シンデレラクリニックなんかは、大貴族や王族に影響が出るようなものだと聞いた。そんなものを売りながら、貴族に情報が筒抜けとなるのは嫌でな……冒険者ギルドと何か契約をする時は、農業ギルドを代理で挟みたいと思ったんだ。農業ギルド、守秘義務をバッチリ守ってくれるからな」
てな感じで、俺はザックリと経緯を説明した。
昇降機の権利収入がどうたらとかは色々端折ってるが、まあ大まかに言いたいことが伝わればいいだろう。
「そ、そうなんですか……。貴族のお抱えとかになれたら多分一生安泰なのに、そういう選択はしないんですね……」
まあそういう意見もあるだろうが……偏見かもしれないが、貴族と聞くととうしても色々しがらみが増えそうってイメージが先行しちゃうんだよな。
「でも、弊ギルドに信頼を置いて頂けているのは嬉しいです!」
とまあ、一瞬不思議がられはしたものの……最終的にキャロルさんは、そう言って喜んでくれた。
金貨をアイテムボックスにしまうと、次はこちらの本題に入ることにする。
「ところで……今回はまた、作物を売りにきたんだが」
「えっもう次の収穫ですか!? あっでも、1HA3Mなんて効果の成長促進剤があったら、確かにもうそういう時期ですか……。分かりました、では倉庫へ」
というわけで、俺たちは倉庫に移動することとなった。
「あっそうだ。どうせまたマサト様のことですから、今回の収穫物にも特殊効果とかあるんですよね。あらかじめ鑑定士さんを呼んでおきましょう」
今回ははなっから鑑定士同伴のようだ。
まあ確かに、その予測は当たりなのだが。




