第30話 種麹の育成
次の日。
俺は今日という一日を、来たる麦収穫の日に備えての下準備に充てることにした。
現在俺が今までの収穫物を使って作ろうとしているのは、醬油、小麦粉、そしてビール。
醬油と小麦粉は刺身と天ぷら用に作ろうと思っているのだが、せっかく枝豆という最高のおつまみもあるので、ビールも作ろうと思ったのだ。
イーストは昨日立ち寄ったパン屋で入手できたし、ヒマリに聞いたところ野生のホップが生えている場所を知っているとのことなので、ビール材料はバッチリ揃えられる。
ホップについては、いくらか摘んで持ってくるよう、ヒマリに頼んであるところだ。
よってビールに関しては実質材料手配済みということで、あと残すところは醬油と小麦粉作りの下準備。
まあ小麦粉は小麦さえあればできるので、実質残っているのは醬油の下準備だけだな。
用意する必要があるのは、醤油の材料の一つである麴菌。
俺は今日、それを作ろうと思っている。
作り方だが……コウジカビ自体はありふれた菌なので、今回は自然から必要な種類の菌だけを培養して作ろうと考えている。
本来であれば、環境調整にはコツがいるところだろうが……俺には一つ、それをとてつもなく簡単にする手段がある。
アルティメットビニルハウスだ。
アルヒルダケ菌のような特殊な条件下でしか育たない菌すら培養できるこのビニルハウスにとっては、コウジカビの培養などお茶の子さいさいだろう。
俺はアイテムボックスからダビングカードを取り出すと、アルティメットビニルハウスをダビングした。
それを地面に置くと、また以前のように勝手にビニルハウスが組み上がった。
ビニルハウス内に入り、スキル「顕微」を使い、コウジカビを探す。
二分と経たず、俺は醬油づくりに適した品種の菌を一個見つけることができた。
<その菌を目標栽培植物に指定しますか?>
「はい」
<承知しました。環境を調節するので、外に出てしばらくお待ちください……>
慣れた手順でコウジカビの菌を目標栽培植物指定し、環境調節が終わるのを待つ。
今回もまた一度ビニルハウス内はカオスになったが、環境調整終了後に現れた光景は、アルヒルダケのもののような禍々しいものではなく、普通のそれ系の工場内の一室って感じだった。
じゃあ早速、成長促進剤を撒くとしよう。
アルヒルダケと違い、子実体が欲しいわけではなく、適当に菌の数さえ増やせたら目標達成だからな。
三か月分も成長促進剤を撒けば、十分な量の種麴が手に入ることだろう。
などと考えつつ、俺はアイテムボックスから成長促進剤の缶とスポイトを取り出した。
と、そんなことをしていると……遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。
「マサトさーん」
どうやらヒマリが到着したようだ。
ヒマリは人間の姿になると、収納魔法で摘んできたホップを取り出した。
「これです」
「お……確かに。ありがとう」
俺はかつて、学生の時ビール工場に見学に行ったことがあるが……このホップの香りは、その時嗅いだものとほぼ同じな気がする。
これなら実用できるだろう。
ホップをアイテムボックスにしまっていると、ヒマリはアルティメットビニルハウスの方を見てこう口にした。
「あれ、またあのなんでも育つビニルハウスを使ってるんですね。今度は何を育ててるんですか?」
「コウジカビだ」
「コウジカビ……?」
「醬油っていう調味料を作るのに使うんだよ」
「へ、へえ……」
どうやらヒマリは、コウジカビと聞いてもピンと来ないようだ。
街中で見つからなかったので、もしかしてとは思っていたが……この世界、醬油というもの自体が存在しなかったりするのだろうか。
独占的に生産できたら、ワンチャンそれを使って一儲けすることも考えられたり……なんてな。
ヒマリの様子からそんなことを考えつつ、俺は種麴生産作業に戻ることにした。
ビニルハウス内に入り、「顕微」スキルを発動してコウジカビの菌を探す。
見つけると、スポイトを用いてそれに成長促進剤をかけた。
一滴でも、コウジカビは一気に増殖し、肉眼で見えるほどにまで培養された。
三か月分フルで成長する量までかけてやると、その量は両手いっぱいくらいの量にまで増えた。
このビニルハウス内だと理論値のスピードで増殖するからか、一個からでもとんでもない量になったな。
使った成長促進剤の量も微々たるものだし、ビニルハウス内に菌は点在してるので、それらも増殖させてもっとたくさん菌をゲットするとするか。
しばらく同じ作業を繰り返し、最終的に俺は両腕に抱えるほどの量の種麴を得ることとなった。
これだけあれば、醬油を作るのに十分過ぎるくらいだろう。
培養した種麴をアイテムボックスに収納すると、俺はビニルハウスの外に出た。
次何か別のものを作る時用にとっておくため、ビニルハウスの機能は一旦オフにして折り畳む。
一旦アイテムをダビングしたカードは、ダビングカードに戻すことまではできないようだ。
まあ定期的に取れるものなので、別にそれ自体は構わないが。
原料系はこれで完璧に揃ったので、次は設備の準備だな。
自分で嗜む分くらいなら、手作業で作れなくもないだろうが……せっかく特級建築術のスキルがあるので、工場を建てて全自動で作った方が早そうだ。
手持ちの土地に関しては全部農業に使いきってしまってるので……不動産屋にでも行って、空き地でも貸してもらえないか聞いてみることにするか。




