聖女製造計画(前編)
男は背筋を伸ばしてベッドに腰掛けていた。
手にしているのは、女性向けのファッション雑誌。
女性の心を開かせるのには、褒めるのが一番だ。見当違いなことを言わないように、流行は抑えておかなければならない。
努力もせずにモテないと嘆く者たちが、愚かなのだ。
そして、大切なのは清潔感。姿勢、仕草、微笑み。鏡でチェックして、磨き上げてきた。
今、見ているのは「大好きな彼を夢中にさせちゃおう」という特集ページだ。
雑誌を広げたまま、体を震わせ、荒く息を吐いた。
監視カメラがサーモスタットに変わってよかったと、人権擁護の活動に感謝を捧げた。
ある日、テレビの画像が歪むような、ジジッというノイズがした。
次の瞬間、土壁でできた建物の中にいた。
日陰のひんやりとした空気と、窓の外のまぶしさ。建物の外は、灼熱の暑さだろう。
原色を組み合わせた幾何学模様の敷物が床を覆い、香の煙が薄く漂っていた。
「なんだ。聖女ではないぞ」
大きなクッションに埋もれるようにしている男が、誰かを怒鳴りつけた。
長い杖を持ち長いローブを着ている数人が、すかさず土下座をした。
「も、申し訳ございません!
いつも通りの手順で儀式を行いました。失敗した理由に心当たるものがございません。
どうか、どうか、解明する時間を……」
代表者が震えながら訴える。
「引っ立てぃ!」
「はっ」
そんなやり取りだけで、土下座していた人たちは連行されていった。
周りを見ると、片膝を立てて座っている。
とりあえず、その真似をして片膝を立てて座ってみた。
「その方、名を何と言う」
「はっ。佐藤青と申します」
本名は青郎だが、魔法がある世界なら正直に答えない方がいいと考えた。
名前を知られると逆らえない──そんな設定は、映画や小説、おとぎ話でも定番である。
「我々は聖女を必要としておったのじゃ。なにゆえ、お主が来た」
「突然引きずり込まれた私には、わかりかねます。
なぜ、聖女様が必要なのでしょうか?」
「魔物が増えて、人間の生活領域が徐々に奪われているのだ。
聖女の技で、魔物を消滅させ、怪我人を癒やしてほしかった」
「……歴代の聖女様は全員できたのでしょうか?」
「はあ、それも、最近の聖女は性能が悪くてな……。神殿で修行させても、ものにならん」
「では、私が聖女を作り出して差し上げましょう」
人が信頼できると感じる、落ち着いたトーンで提案をする。
「なんと、そんなことができるのか?」
「聖女を一人呼び出すより、私がこちらの世界の女性を聖女に作り替えた方が、効率的です。
聖女になりたいという女性たちを集めてください」
爽やかな眼差しで、青郎は凜々しく微笑んだ。
「セイ様。よろしくお願い致します」
五十人くらいの女性が、王宮に集まった。
「では、適正のある方とない方に振り分けていきますね」
青郎は、顔を見ながら女性を分けていく。
適正がないと言われた女性には、「また別の機会にお願いします」と紳士的に声をかけた。
残された女性は十五人ほど。
顔で選んだのかと訊きたくなるくらい、優れた容姿の者ばかりだった。
「では、神殿に移動しましょう」
堂々としながらも威圧的ではない青郎に、一部の女性は頬を赤らめた。
女性が集まるまでの一週間、青郎は神殿に通って、受け入れ準備を整えていた。
修行用に別棟を借り受け、女性たちの個室と修行部屋を確保した。
世話をしてくれる見習い神官も、選りすぐって揃えた。
ただ、選ばれたのは性格に一癖ある者たちだった。鼻つまみ者と言ってもいい。
真面目な神官は心配をし、彼らに迷惑をかけられた神官は「性格も直してくれるといいが」と悪口を言った。
バチン!
鈍い音が修行部屋に響いた。
聖女候補が床に倒れ、信じられないという顔で、青郎を見上げる。
「あははは、たまらねぇな。その、裏切られたって顔!
いいね、ゾクゾクするぜ」
好青年の仮面を外してしまえば、外道の素顔が現れる。
女性の顔をつかみ、グイッと上を向かせる。
「お前は大臣の娘か。
ふっ、地球から女を拉致して働かせ、私腹を肥やしてきたんだろう?
今度は、俺が、お前らを監禁する番だ」
「お父様は、国のために……わたくしも、みんなのために……」
青郎は女の首にかかる、ネックレスを乱暴に引っ張った。
「これのどこが民のためになるってんだよ」
上品な女は、恐怖でしゃべれなくなった。
「いい家に生まれたから、いい暮らしができているだけだろう?
金がない俺たちを虫けらみたいに扱いやがって。冗談じゃねぇぞ」
腕をつかんで、立ち上がらせる。
「抵抗しても、無駄だ。助けは来ない。男に敵うと思ってんのか」
彼女の手が震え、足がもつれる。青郎はそれを眺め、満足げに息を吐いた。
地球でも、こうしてきた。
病弱で太っていた子どものころ、からかわれ、馬鹿にされた。
勉強や就職活動を頑張って、一流企業に勤め始めると、掌を返す奴らがたくさんいた。
一流企業は、勤めた後が大変だった。自分より優秀な人材がゴロゴロしていて、ストレスが溜まる。
寄ってきた女と付き合い、ストレスを解消する。誰かを支配していないと落ち着かなかった。
それがクセになり、エスカレートしていった。
残念ながら何人か死んで、警察が動き、捕まった。
連続婦女暴行で死刑判決。
一人目の異世界人を心ゆくまで堪能したので、見習い神官を呼んだ。
興奮を隠せない見習いに、女を渡す。
「お前らで好きにしろ。絶対に逃がすな」
見習い神官は、共犯者になりそうな奴を選んでいる。
目を輝かせ、喜んでテキパキと動く。いつもの怠惰な姿は、どこにもない。
別棟は、あっという間に地獄と化した。
個室に隔離されている女性たちは、そんな状況になっていることを知らなかった。
廊下には見張りの見習い神官が立っていて、女性同士の情報交換を許さない。
青郎が思いつきで作った呪文を唱え、いいかげんな魔法陣らしきものを書き写し、個室で食事を取って、自分が聖女になる番を大人しく待っている。
見習い神官の他に、神殿騎士も数人抱き込んでいた。
数日して、真面目な神官が別棟に様子を見に来た。
「順調ですか? 何かお手伝いすることはありますか?」
案内するふりをして、廊下で神殿騎士に囲ませた。ひ弱な神官など、あっという間に捕縛されてしまう。
別棟の実態を見せたら、「神はお許しになりません」と発狂するように叫んだ。
「あははは。その神ってのは、俺たちの世界の女を、勝手に召喚することを許した奴だろう?
よく考えてみろよ。誘拐を推奨する神なんざ、まともじゃねぇよ。
神なら、自力で救済してみろって。
悪魔を神と勘違いして、崇拝してるんじゃねぇの?」
そろそろ、他の神官たちも不審に思う頃合いだろう。
修行の建物で二、三日使う分の水を確保してから、神殿の井戸水に下剤を投入した。
食事の時間が終わったころに、神殿の制圧を開始した。
苦しんでいる神官たちを、礼拝堂の脇の小部屋に押し込めた。
門を閉め、ここに青郎と共犯者たちの楽園が完成。
束の間の、快楽をむさぼった。
最後の一人と部屋にいたところ、王宮の騎士たちが門を破ってなだれ込んできた。
放蕩の限りを尽くした悪魔たちは、あっという間に捕縛される。
共犯者たちは自分のことを棚に上げて、青郎に騙されたと喚いていた。
召喚時の部屋に連れ出された。
当時の礼儀正しさをかなぐり捨て、青郎は言いたいことを言うことにする。
「もう、地球から従順な女を浚うことはできないぜ。
お前らがやっていることは、同意のない拉致監禁だ。
俺は同意があった女だけを、神殿に連れて行ったんだ。お前らより、よほどマシだろうが」
「なぜ、聖女を作れるなどと、デタラメを言ったのじゃ」
王は怒りを爆発させる。
「てめぇら誘拐犯に、都合良く何かをやってやる義理はねぇわ。
自分たちが無能なのを、反省しろ。騎士を鍛えて、魔物を討伐するのが筋だろう。
召喚する暇があったら、聖女の力を解析しろよ」
「召喚に失敗した神官どもは、処刑してしまったわい。お前のような出来損ないを召喚して、生け贄も無駄遣いじゃ」
「あはははは。馬鹿じゃねぇの!」
笑わずにはいられなかった。
「この国を滅ぼすのは、魔物じゃなくてお前だろ。
俺を馬鹿にするな。見下すな。偉そうにしてんじゃねぇ、ど阿呆」
大臣が泣きわめいている。
「なんだよ。歴代の聖女にだって、親や恋人がいたんだぞ。
お前たちだって、召喚した女たちに俺と似たようなことをしてたんじゃねぇのか。
被害者ぶるなってんだ」
一国の王が、大臣が、自分の言葉に翻弄されているのは、気持ちがよかった。
「どうせ日本にいたって死刑だったからな。最後にいい思いをさせてくれて、ありがとよ」




