死なない英雄(後編)
国王がいなくなり、残った王子、王女、王弟と従姉妹が後継者争いを始めた。
第一王子が真っ先に狙われた。刺客、毒殺は何度も回避したが、赤雄を怒らせて死亡。
一番の有力候補が消えたことで、混戦を極めた。
赤雄は血まみれにした客室を出て、別の客室に居座った。
食事も部屋に運ばせたり、晩餐の場に乱入したり好き勝手に暮らす。
時々、襲われて返り討ちにするのも、退屈な日々の余興のようなものだった。
たまに、「味方になれ」とすり寄ってくる人もいる。気に入らない場合は、無礼打ちした。
赤雄を侮って「平民が光栄に思え」と態度にだすなど、魔王を上回る力を軽く見過ぎだ。
王位を狙っている連中の半分くらいは、彼が殺したかもしれない。
ある日、魔王城で生き残った人間が帰ってきた。
赤雄は馬も全て連れ帰っており、徒歩で帰るしかなかったので、とても時間がかかったのだ。
彼は、第七王子を殺したのはアカーオだと証言。
命がけの忠義だったが、秩序が崩壊した城では、今さらだと誰も気にしない。
赤雄は鼻で笑って、殺すことさえしなかった。
内乱状態なのを察知した他国が攻めてきた。
どうやら、魔族もぼちぼち復活しているらしい。魔王を殺しただけで、他の魔族は放置してきたので、当然とも言えた。
残った王族と重鎮たちが、赤雄に魔族を討伐するように命じた。
「今まで、何度も俺を殺そうとしたくせに、虫がいいんじゃねぇの」
そう、煽るように言い放ち、その部屋に飾られていた等身大の彫刻を蹴って粉々にしてみせた。
「もう、俺は、口先だけの大人なんか、信用しないぜ。説得できると思うな」
そう言うのには、理由があった。
赤雄は小学生のころ、スポーツの子どもクラブに所属し、一番の有望株だと言われていた。
それに嫉妬した二番手と三番手の子が、赤雄を呼び出して怪我をさせた。
日常生活は送れるが、選手は目指せないと言われた。
二人は、「大怪我をさせようと思ったわけじゃない。次の試合でレギュラーになりたかっただけだ」と主張し、その場で注意されただけで終わった。
誰よりも真剣に練習をして、その成果が評価されただけだ。ズルしたわけじゃない。
そんな自分の未来が潰されたのに、加害者は大した罰を受けず、楽しそうにプレーしている。
なぜ、それが許されるのか。
熱心に指導してくれたコーチも、赤雄が訴えに行くと面倒くさそうにして、相手にしてくれなくなった。
人間不信に陥り、学校にも通えなくなる。
明るく、少し強引なところはあったが、リーダーシップを発揮していた少年は、引きこもりになった。
月日は流れ、あの二人が名門高校にスポーツ推薦で入学したと知った。
遠くの私立学校で寮生活を送る。きっと、輝かしい青春時代を謳歌することだろう。
引きずり下ろされて自分は闇の中なのに、あんな二人が光の中で活躍するなど、許されるのか。
赤雄は復讐を誓い、動画を見ながら体力作りを始めた。
それを見た母は、涙を流して喜んだ。
十八歳の誕生日の少し前、初めて一人で遠くまで旅行した。
練習場の周りで情報を集める。寮は学年毎に階が違うらしい。
夜中に忍び込み、奴らの寝込みを襲い、鉄パイプで殴った。騒いだ同室の奴もやり、寮母もやった。
俺がやられたことと同じことをやっただけだ。何が悪い。
俺の時は、子どものイタズラで騒ぐなと黙らされたのに。
なら、おれも少年法で守られている間に……と思っていたが、夢中になっているうちに日付が変わっていた。
……いや、もう記憶が曖昧だが、誕生日当日まではセーフだと、勘違いしていたかもしれない。
何人か死んで、プロからのスカウトが駄目になった奴もいたそうだ。
輝かしいスポーツ少年を妬んで犯行に及んだと、俺は悪魔のように扱われた。
そんな中で、俺が小学生時代に夢を絶たれたことも表沙汰になる。我慢したままではなく、やってよかったと思った。
だから、喧嘩両成敗になると期待した。だが、赤雄だけが裁かれた。
「理不尽だろう?
あいつらも俺もお互いに同じことをした。なのに、俺だけ罪に問われるのか。
あいつが、俺に、したことは?!」
そう叫んだので、反省していないと見なされた。
「謝れと言うが、あいつらは謝らなかったんだぞ。誰が頭なんかさげるか、ばーか」
そう弁護士に言ったら、盛大なため息を吐かれた。赤雄を弁護することで、家族が嫌がらせを受けているという。
弁護士は世間の同情を買う作戦をとり、「赤雄は許されないことをしたが……」というのを前提としていた。
彼は因果関係を正しく理解できない、愚か者だと思った。味方ではない、と。
そんな経験から、自分は英雄になれたはずの人間だと考え、それを邪魔する人間に対して怒りをぶつけ、自分の手で裁くことが正義だと思うようになった。
なぜなら、誰も、正しく裁きを下してくれないから。世間も、国家権力も間違っている。
遠慮している内に、悪い奴がいい目を見るような世界はおかしい――。
俺はもう耐えたりしない。我慢しない。権力者の言うことには、騙されない。
神に祈ったりもしない。不公平で、理不尽で、俺を贔屓しない神など死んでしまえ。
いや、異世界だから、神も仏もいないのか? そんなの、どうでもいいか。
他国の姫将軍が色っぽくていいなぁと遠めがねで眺めるのが、最近の楽しみだ。
宝物庫にあった魔法の道具で、距離とか遮蔽物とか関係なく覗ける。
「姫将軍がこの城の近くまで来たら、歓迎しちゃおうかなぁ」
このつぶやきが、俺の運命を決定づけた。
誰かの逆鱗に触れたらしい。
その数日後、パリ――ンと、なにか薄いガラスが割れたような感じがした。
体を覆っていたバリアが壊れる感じだろうか。
ずるりと勇者の怪力が、体から抜ける。シュンと快速が四散する。
慌てて両手で自分の体を抱いて留めようとしたが、何かがパシュッと空気に溶けた。
なんだ、今のは?
勇者の力が消えた!
俺の力の拠り所が。自由に振る舞える権利が……。
ざあっと血の気が引き、俺は自分の手を見つめ、廊下に立ち尽くした。
そこを、わっと多数の騎士たちに取り囲まれた。
スネを切りつけられ、膝の後ろを叩かれて、廊下に転がる。
子どもの頃の膝の怪我が、この世界に来てから、勇者の超回復でせっかく治ったのに。
悔しい。ふざけんな。
そんな怒りが湧いてきたが、すぐに蹴られ、踏まれ、それどころではなくなった。
ボコボコにされ、拘束されて、玉座の間に引っ立てられる。
玉座には王族の誰か――興味ないから覚えていない――が、座っていた。
「お前の暴走を止めるために、国宝の珠を破壊した」
そいつが、重々しく告げた。
知らねぇよ。俺のせいじゃないだろう。
勝手に壊して、勝手に俺から力を奪った。許さん。
牢屋に入れられ、暴行を受ける日々が始まった。
殴られても切られても、一晩経つと復活する。怪力や俊敏さは失ったのに、超回復が残ってしまった。
もう、逃げ出せないのなら死んでもいいんだが、楽にはさせないということか。
痛めつけられる度に、怒りが募る。目を合わせ、覚えておいて復讐するぞと睨みつける。
だが、次の奴に殴られると、前の奴の顔がおぼろげになってしまう。
写真、動画、なんでもいい。記録したい。
監視カメラが必要だ。
ああ、そういえば、日本の刑務所の監視カメラに俺はどう映っていたんだろうか。
刑務所なら、こんな武器で切りつけられることはなかった。
だいたい、普通の人間だったら、こんなに殴られた時点で死んでるって。超回復って、死ねない呪いみたいだぜ。
魔王討伐から一年経ったころ、あの日、玉座に座っていた男が即位した。
餞別とばかりに、夜明けと共にボコボコにされた。顔が腫れ、足を引きずったまま、俺は魔族に引き渡された。
なんだよ。いつの間に仲良くなってんの。
ふざけんな。くそが。
魔王城でも、毎日、殺される寸前まで暴行される。
人間とは違って、手足を力任せに引きちぎったり、毒を吐き出したり、壮絶だ。
叫びすぎて、喉が枯れた。気絶すると、水魔法で起こされる。服もズタボロだ。
それなのに、息さえ止まっていなければ、真夜中に回復する。悶絶するような痛みは、痛がゆくジンジンするくらいなり、魔族が来るまでほんの少し休息がとれた。
一度息が止まったことがある。そのときに、魔族の治癒を受けた。ジェル状の液体に浸されて、一週間寝ていたらしい。
目覚めたとき、頭に違和感があって手で触ったら、硬い出来物があった。
それが日に日に大きくなり、角のようになってくる。
口内の犬歯も尖ってきている気がする。
なんだ、これ? まるで魔王のようじゃないか?
そんな不安に苛まれていたら、王になった男が、大量の捕虜を連れて来た。
後継者争いで負けた陣営の連中だという。
俺の世話というか、監視をしている魔族と話をしている。
なんだよ。敵じゃないのか?
驚くことに、人間の国と魔族の国は、互いに支え合う仕組みになっているそうだ。
魔王はもともと人間だった。魔族ではなく、ヒトが変化したもの。
魔族は人間とは別の進化を遂げた種であり、人とサルほどの隔たりがある。
なんと、魔王は魔族の王ではなかった。魔王城の中心にある玉座に座っているだけのヒト。
魔王城の玉座の間で百年を過ごすと、ヒトは魔王へと変わる。
魔王の角には「力」が蓄積されており、その力を人間の国の水晶に移すことで、国を潤すことができる。その力は、人間と魔族の両国を満たすのだ。
そして、角を折ると力が漏れてしまうため、首ごと水晶に入れるのが鉄則。
力を満たした水晶に触れて「勇者の儀式」を行うと、新たな勇者が誕生する。
そして、勇者は魔王を討つ。
同行した将軍が首を持ち帰り、勇者は魔王城の玉座の間に置き去りにされる。
時が経つと、勇者は次の魔王になる。
この循環によって、人間の国も魔族の国も繁栄する。
だが、この真実を知るのは、両国のごく一部の支配層だけである。
だから、勇者になる人間を別の世界から召喚するのだと、語った。
生け贄くらい、自分たちの身内から用意しろよ!
今日はすでに片足をもがれていた俺には、胸くそ悪い王を殴ることもできない。
残った片腕で、床を力一杯殴りつけた。
勇者だったころの勢いでやったら、骨が砕けた。全身に衝撃が走り、脂汗が出る。
新しい王はそんな俺の様子を気にもとめず、続きを語った。
俺を弱体化させるために、大事な水晶を割ってしまった。
新しい水晶を急いで満たさなくてはいけない。
今、この場に、百人以上の捕虜を連れて来た。
試しに、一年ここで過ごさせた後、全員の首を水晶に入れてみる、と……。
そして、「あなたは、百年後のために生かしておきます」と俺を指差した。
「おおよそ十年もすれば魔族たちも食べ飽きるそうですし、無気力になってずっと玉座に座りっぱなしになるようですが」
痛みに転げ回る俺を蹴飛ばし、誰々を陵辱された、誰々を俺に殺されたと恨み言を重ねるが、知ったことか。
自分の世界の尻拭いを俺に無償でやらせようとした、極悪人ども。てめぇらに、仕返しをして何が悪い。
この玉座の間にいる間は腹も減らないはずだし、怪我も治ると言い残し、その男と従者たちは去って行った。
「魔族との契約の指輪」をしていると、魔族に襲われないそうだ。
最初の魔王討伐の時にそれをくれたら、もっとスムーズに旅ができたじゃねぇか。舐めてんじゃねぇぞ、こら。
新参者たちは、無意味に叫び声をあげる。
縄で縛られた状態で、芋虫のように這いずり回る。
俺に与えられた時間は、百年。
一年後にはこの場から人間がいなくなる。
残るのは孤独。誰も俺を賞賛しない。
十年後には、生きていても、魔族に無視されるかもしれない。
いや、魔王討伐は、出来レースなんかじゃない。俺は偉業をなしとげたんだ。
英雄だ。ヒーローだ。
すごいんだ。
子どもの時に、あいつらに足をやられなければ、プロの選手にだってなれた。
あいつらが罰せられてたら、俺だって納得したかもしれない。立ち直って、別の道を選べたかもしれない。
隠蔽した教師、死ね。
捕まらなければ、何かでかいことやって、金持ちになれただろう。
きっと、ひとかどの人間になれた。
特殊刑務所から異世界に飛ぶ、記念すべき第一号になったんだ。チートで、俺TSUEEEEEになるはずだ。
おかしい。こんなの、おかしい。
魔族に食われ続けるなんて。
勇者の力を取り上げられるなんて。
悪役になるなんて、あるはずがない。
俺は、正しいことを、勇気を出してやってるんだ。
歪んだ世界を正すんだ。
間違っているのは、お前らの方だ。
勇者の孤独は、誰にもわからない。
くそ。
また、貧乏くじか。
第七王子を殺さずに、奴を魔王にしてやればよかった。
あ、第七王子や将軍の遺体はどうした? ジェル状のアレに漬けたら復活するんだろう?
俺が引きずられて再び玉座の間に来たときには、なかったぞ。夜中に復活できないほど、きれいに食べ尽くしたのか?
どうなっている?
まだ、何か秘密がありそうだな。どうせ、教えてくれないんだろうけどよぉ。
くそ。魔族どもめ。この部屋で人間を食うんじゃねぇ。
咀嚼音が、背筋をゾゾゾッとさせるんだ。
骨を折る音! 神経を逆なでする。
一人のときもアレだったけど、百人分の悲鳴や食われる音も……耐えがたい。
ちっ、うるせぇ、うるせぇ。
最初にここに来たときは、あんなに簡単にぶっ飛ばせたのに。俺の敵じゃなかったのに。
あいつら、俺が魔王になったら、首を落としに来るだと?
日本じゃ、死刑囚になっても執行されないまま、天寿を全うする人間もいる。
毎朝、今日かもしれないと緊張したが、昼になれば今日は無事だったとホッとする。
そんな日が、延々と続いたかもしれない。
ここでは、確実に死ぬのか。
それまで、暴力に晒され、食いちぎられ、血をすすられる。瀕死になっても生き返ってしまうジェルにつけられて。
ただ、痛みだけ味わって。
「魔王」なんて、悪役っぽいじゃねぇか。そんなの駄目だ。
地獄だ。
日本に戻りたい。誰か、助けてくれ。




