死なない英雄(前編)
刑務所の個室。
その死刑囚は、ベッドの上で差し入れの小説を読んでいた。
身内でもない人間から、ファンレターや差し入れが届く。
奇妙なことだと思う一方で、やはり自分は英雄なんだと自信をつけた。
「俺は、自分の未来を潰したヤツに復讐しただけだからな」
監視カメラに向かって、ファンレターを振り「俺は間違ってない」と言ってやったこともある。
その後のカウンセリングで、いかに人命が大切か説教された。
面倒だからもう言わないようにしているが、「いじめっ子に負けないよう、僕も頑張ります」という手紙は一通ではない。
小説の中では、勇者が死霊術士と対決している。
どうせ、勇者が勝つんだろと思っていても、ワクワクするものだ。
ページをめくろうとしたとき、突然、熱風に煽られ、皮膚が焼けるように熱くなり――ジェットコースターで落下するように、内臓がよじれた。
「勇者召喚、成功です!」
そんな声が聞こえた。
目が痛くて、開けられない。
何人もの人間が、ざわめいている気配がする。
研究者たちの妄想かと思っていたが、本当に異世界召喚されたのか――というのが正直な感想だった。
刑務所で寝転がっていたから、ここでも寝転がった状態だ。
肩を揺さぶられ、「起きてください」と言われる。
むくりと起き上がり、そのまま胡座をかいた。
ヨーロッパの宮殿のような雰囲気だ。
周囲にいる人間も、背が高く胸板が厚い。鼻の付け根が高く、頬骨が高い。
近くにいた人間が「跪け」と囁いた。
「跪くかどうかは、話を聞いてからだ」と言い返す。
玉座に座っている男が、驚いた顔をした。
「随分とふてぶてしいのが来たな」という言葉が耳に入る。
ああ、学者先生たちの言っていることは正しかった。大人しい人間を呼んで、好きなように利用する気だったんだ、と心の中で笑う。
玉座の横に立っている男から名前を問われた。
「そっちが先に名乗れよ」とせせら笑う。
王ではなく、横の男が国と王の名前を告げた。
「それで? なぜ俺を召喚した?」
名乗り返さずに、重ねて質問する。主導権はこちらにあると示したい。これは、どちらが上かを知らしめるいい機会だ。
勇者として魔王を倒してほしいと言われた。
勇者になる儀式をすると、武力と超回復の能力が授けられる。
召喚された男は、胡座のまま腕を組み、言われる内容を精査している様子だ。
「その、勇者の儀式は地球の人間しか受けられないのか。こちらの異世界人はなぜ受けない」
当然の疑問に、誰も答えない。
王の横の男が、おずおずと答えた。
「……前例もなく、そのようなものだと」
「王の子どもは何人いるんだ? その内の一人に、俺と一緒に受けさせろ」
どよめきが走った。つまり、王子を一人実験台に出せと言っているのだ。
青い顔で相談する面々を、肘をついて面白そうに眺めた。
(こいつらがこんなに慌てるってことは、今まで召喚された奴らが唯々諾々と従ってきたからだろ? だから、軟弱な箱入りは駄目なんだよな)
心の中でこき下ろす。
実際は、それなりに体を鍛えて腕力で犯行に及び、刑務所内でも筋トレを欠かさなかった外見があるから、警戒されているのだ。
普通に日本で生活していた人たちは、王の前ならお行儀良くしなくてはと考えるし、騎士たちをにらみ返せないし、力尽くで引きずられたら抵抗できなかった。
いざとなったら、相手を殺す――その選択肢がある人間がおかしいのだが、異様な状況に強いと言えた。
城の客間で寝泊まりし、第七王子と「勇者の儀式」を受けた。
城の奥に隠された部屋の中。大きな水晶に触れると、なにやらジェルのようなものが体を覆った。
「これで、強くなってんのか?」
手を握ったり開いたりしてみるが、変化が感じられなかった。
「ステータスが倍になっているから、強くなってるよ」
第七王子が魔術師の持っているタブレットのようなものを見て、そう言った。
「あんた、あんまり強くねぇのか」
横からのぞき込んで、思わず言ってしまった。
「……だから、召喚しているんだよ、アカーオ」
「そっか、悪い悪い」
第七王子とは少し、打ち解けていた。
赤雄という名前は呼びにくいらしく、ア・カーオと変なところで区切られている。
自分の名前が「英雄」と字面が似ているのを気に入っているのだが、まあ、仕方ないと諦めた。
勇者として、名前を連呼される日も近い。現地の人間にとって、呼びやすいことも大切だ。
結局、魔王は悪い奴と聞かされたが、具体的にどう悪いのかは知らないまま。
単純に、倒せばいいんだろうと考えた。
軍隊の中で、勇者二人は将軍の側にいる。食事も寝床も将軍と同格で優遇され、快適な旅だ。
魔族の領地に入り、向かってくるから倒す。
将軍の指示で、言われた目標を倒す。
まるでゲームのように、簡単だ。
魔王城は、それでも手強かった。
魔王の玉座で、最後の戦い。
魔王から放たれる見えない矢を、将軍の後ろに隠れてやり過ごし、魔王の左手を切り落とした。
その勢いで玉座の後ろに回り込み、魔王が第七王子を攻撃するのを待つ。
攻撃して無防備になったところ、脇腹から突き刺す。
手首をひねると、ぶちっと鈍い感触がする。
右手の攻撃が来ないので、少しかき回してから、一気に引き抜いた。
魔王の上半身がぐらりと揺れる。
椅子と背中の間に剣を入れて、体をつついてやると、前のめりに椅子から転げ落ちた。
そのまま、玉座の下の階段を落ちていく。
魔王の巨体が、地響きを立てて階段を転がる。
一段、また一段。
最後の段を落ちたとき、ズシーン――と広間が震えた。
そこかしこで繰り広げられる闘いが止まり、一瞬の沈黙。
そして、歓声と悲鳴が沸き上がった。
第七王子は、満身創痍で片膝をついていた。
ゆっくりと歩み寄り、立たせてやろうかと手を出す。
それを、第七王子は振り払った。
「アカーオ! なぜ将軍を盾にした?!」
ふと見ると、将軍が倒れていた。ピクリとも動かない。王子の言葉から察するに、事切れているのだろう。
「俺の仕事は魔王を倒すことで、将軍を守ることではないが?」
赤雄の疑問に、第七王子は涙を浮かべ、顔を歪ませた。
「ここまで一緒に旅をした、仲間じゃないか」
「はっ。恩着せがましい。逆に、俺が死んでたらどうなんだよ。
勇者を讃えよとか言って、さっさと帰還すんじゃねぇの?」
真っ青になって、答えられない。それが答えだ。
異世界から召喚した人間のことなんか、使い捨ての駒としか考えていない。
「で、魔王を討伐した証明って、どうすんのさ」
王子がどう思おうが、はっきり言って関係ないという態度。
「……その角を……」
「りょーかい」
低い声で言う第七王子に対し、軽く答える。伏した状態の頭に足を乗せ、鋸のように剣を前後させながら角を取った。
半分くらい切ったところで、その断面からふわりと何かが抜け出して、少し浮かんだ後にシュワッと消えた。ジェル状の、どこかで見たようなものだった。
「貴様ぁー!」
突然、第七王子が乱心したように、斬りかかってくる。
手にしていた剣を王子に向けると、止まれずに自ら串刺しになった。
「何がやりたかったの、お前?」
目も見開いて、はくはくと口を動かす王子の腹に靴の裏を当て、剣を引き抜いた。
転がっている魔王、将軍、痙攣している第七王子と順に眺め、赤雄はその場を立ち去った。
驚愕の眼差しで呆然と赤雄を眺める王国軍を、我に返った魔族たちが次々と襲い始める。
おそらく、誰も助からないだろうが、助けてやる義理はない。
魔王城の外に出ると、戦闘力のない従者たちが待っていた。
魔王の角を見せ、将軍も第七王子も戦って亡くなったと話してやると、誰もがすすり泣く。
「退散しないと、仇討ちに出てくるぞ」と急かして、その場を立ち去った。
城に凱旋して、王に魔王の角を見せる。
嬉しそうに受け取ろうとする王に、「ただでもらうつもりか」とにらみを利かせた。
古今東西、英雄が要求するものと言ったら、あれだろう。
当然のように、姫を要求した。
王女を並ばせて、好みの女を二人選んだ。
王は、一人にしろとか、結婚式を挙げてからだとか、ごちゃごちゃ言ってきた。
「てめぇは側室何人いるんだよ? ケチケチすんな」
と怒鳴って、両手に花で客室に直行する。
そういえば、ムショから出て、まだ女を抱いていなかった。
勇者というのは、あっちの能力も体力も増幅されるみたいで、一晩中止まらなかった。
朝、気がついたら二人とも死んでたわ。
メイドが部屋に来て、悲鳴をあげた。
騎士がなだれ込んできたので、応戦する。魔族に比べたら、子どもの遊びみたいなもんだ。
国王に「処刑する」と言われたので、さくっと王も殺した。
俺が一番強いのに、馬鹿じゃねぇの。




