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ぬすっと物語36 涙

 太い女の人がおいらのリンゴを持って厨房に戻っていった。


 おいらのリンゴが料理してもらえる!


 おいらはそわそわとしつつテーブルの上で待つ。


 あっ、そうだ。

 お金を用意しておかないと。


 おいらは建物の中で回収した銀色のお金をおなかの袋から出していく。


 何枚いるだろう。

 3枚? 4枚? いや、リンゴも料理してもらうから5枚かな。


 おいらは銀色のお金をおなかの袋から出してテーブルの上に並べていく。


 おいらが銀色のお金をテーブルの上に並べていると、アメをくれた女の人が問いかけてきた。


「ねぇ、その銀貨はどうしたの?」


 おいらはアメをくれた女の人の方を見る。

 おいらは首を傾げながら答える。


「これはおいらのお金」


 アメをくれた女の人も首を傾げた。


「どこかで拾ったの?」


 おいらは胸を張って答える。


「そうだけど、ちょっとちがう。

 かくされたお金をみつけて、あつめた!」


「隠されたお金?」


 おいらは手を大きく広げて太った男の人のマネをする。


「ぐふふ。きょうもバカなものたちからのお金でわたしのふところがうるおいました。

 せいなるけもののたまごさまさまですね。って、ふとったおとこのひとがかくしたお金をあつめた!」


「えっと、それって司祭様のマネかしら」


「多分、そう。しさいってよばれてた。

 おいらの卵になげられたお金だから、おいらのお金!」


 アメをくれた女の人が困ったように頬に手を当てる。


「うーん、どうしたらいいのかな」


 !?

 おいらはテーブルの上に並べたお金を身体で隠す。


「これはおいらのお金!

 がんばってあつめたの!」


 おいらはアメをくれた女の人を見ながら言う。


「いろんなところにお金をかくしてたからがんばってさがしてあつめた!」


「金庫からお金をとったの?

 金庫っていうのは、黒い大きい鍵のかかった箱みたいなものなんだけど」


「くろいハコにいれたお金はさわってない。

 いろんなところにかくされたお金をあつめたの!」


「金庫以外にお金を管理しているところはないんだけど」


「ほんだながうごいて入れるところとか、

 ゆかの下のところとか、かくされたところがたくさんある」


「本棚が動く? 床の下? それじゃあ、本当に隠されたお金があるってこと?」


 アメをくれた女の人が厳しい表情になった。


 おいらはむっふーと鼻から息を吐き出す。


 残念でした!

 もう隠されたお金はないはず。

 おいらががんばって全部集めたからね!


「もうないよ! おいらが全部あつめた!」


「えっ?」


 おいらがアメをくれた女の人と話をしていると、厨房から甘そうな匂いが漂ってくる。


 おぅ。

 リンゴのいい匂い。


 むっふぅ! 大きく息を吐き出して、すーっと大きく息を吸い込む。

 リンゴの料理への期待が胸にあふれてきて、シッポがブンブン左右に振れる。


 おいらは、ひしっとシッポを抱きしめる。

 もうすぐ、リンゴの料理が来る!

 おいらのリンゴの、リンゴの料理!


 ととととととととと、テーブルの上で足踏みをする。


 早く来い!

 リンゴの料理!


 まだかな、まだかな。

 リンゴの料理!


「ねぇ、お金のことなんだけど」


 アメをくれた女の人がお金について聞いてくる。

 でも、今はもうそんな事を気にしている場合じゃない。

 お金よりも大切なことがもうそこまで来ている。


「あとにして!」


「ちょっとだけ教えてほしいの」


「今はそんなときじゃない!」


 おいらは両手を胸の前で両手を交差させ、×を作る。


 アメをくれた女の人が何かを言いたそうに、こちらを見ているが、おいらは厨房の方が気になって仕方がない。



 ◇ ◆ ◇



 しばらくそわそわして待っていると、厨房から太い女の人がお皿を持って出てきた。


 リンゴの甘ーい匂いが漂ってくる。


「はいよ。お待たせ、リンゴパイだよ」


 太い女の人がおいらの前にリンゴのパイが載ったお皿を置いた。


 リンゴのパイ。

 きらきらと輝いて見える。

 リンゴのパイ。

 甘い香りがおいらの鼻をくすぐってくる。


 ゴクリとおいらはつばを飲み込んだ。


 おいらは用意されたフォークとナイフを手に取る。


 そっとリンゴのパイにナイフをいれる。

 やわらかい。


 おいらはリンゴのパイを一口サイズに切って、フォークで口に運んだ。


 ぱくりと食べる。

 リンゴのパイを。


 もぐもぐもぐと噛みしめる。


 フォークとナイフを持った手に力が入る。


 もぐもぐもぐとリンゴのパイをよく噛んで食べた。


 おいらはリンゴのパイが載ったお皿を前にうなだれる。


 おいらの胸の内からわき上がった感情が、ぽたり、ぽたりと両方の目から涙となってあふれてくる。


「ど、どうしたんだい!?」

「どうしたの? 泣いてるの?」


 太い女の人とアメをくれた女の人が慌てて声をかけてきた。


「おいしい」


「えっ?」


「おいしい!」


 おいらは涙を流しながら、リンゴのパイの美味しさをテーブルの上で叫んだ!


「リンゴのパイはおいしい!」

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