ぬすっと物語35 おいしい!
「それじゃ、私はオークステーキ定食を作ってくるよ。
でも、ほんとにオークステーキ定食でいいんだね」
太い女の人がもう一度聞いてくる。
「だいじょうぶ!」
おいらは大きく頷いた。
「そこまで言うなら、とりあえずオークステーキ定食を作ってくるよ。
エレメアちゃんは何もいらないのかい?」
「ええ、私は今はいりません。
聖なる獣様の分だけでお願いします。ムギハトさん」
「あいよ」
太い女の人が片手を上げて厨房に戻っていく。
おいらは両手を胸の前で握りしめて太い女の人を見送った。
「他にお客さんはいないから、ムギハトさんがすぐに作ってくれるよ」
アメをくれた女の人が席に座りながら声をかけてきた。
おいらはこくりと頷いた。
◇ ◆ ◇
厨房から、ザッザッ、ジュー、ジューという音が聞こえてくる。
おいらのオークステーキ定食が料理されている音だ。
おいらはそわそわしてくる。
もうすぐ、もうすぐだ。
もうすぐおいらは料理を食べることができる。
おいらは鼻をすんすんと動かして匂いを嗅ぐ。
うーん、香ばしいおいしそうな匂いが漂ってくる。
左右に揺れているおいらのしっぽをぎゅっと抱きしめる。
落ち着け、落ち着くんだ。
慌てちゃだめだ。
おいらは厨房で料理ができあがるのをじっと待つ。
◇ ◆ ◇
それほど時間がかからずに、厨房から太い女の人が出てきた。
その手にはお盆が持たれている。
「あいよ。オークステーキ定食だよ」
おいらは口をぎゅっと閉じて、目を大きく開いてじっと太い女の人の行動を見つめる。
太い女の人が大きなお皿をおいらの前に静かに置いた。
しっぽを抱きしめる手に力を込める。
「あとはパンとスープだよ」
さらにおいらの目の前にはパンとスープも置かれた。
むふぅ!
おいらは鼻から大きく息を出す。
これがおいらのための料理!
「あっ、ステーキは切ってないけど、ぬすっと様はナイフとフォークを使えるのかい?」
太い女の人がナイフとフォークをオークステーキのお皿の横に置いてくれた。
「つかえる」
おいらはしっかりと頷く。
右手にナイフ。
左手にフォーク。
おいらはナイフとフォークを手に取った。
オークステーキの左端をナイフで切る。
切ったオークステーキをフォークでおいらの口へと運ぶ。
あむっと食べる。
もぎゅもぎゅとオークステーキをかみしめる。
リンゴとは違うこの味わい。
おいらはオークステーキをもう一度切り、口に含む。
あむっと食べて、もぎゅもぎゅとオークステーキを味わう。
口の中に肉汁があふれる。
おいらはそっとナイフとフォークをお皿に置いた。
「どうかしたのかい?」
「やっぱりオークのステーキは口に合わなかったの?」
慌てたように太い女の人とアメをくれた女の人が声をかけてきた。
おいらはほっぺたを両手で抑えながら、もぎゅもぎゅとオークステーキを味わう。
ほっぺたが落ちないように気を付けながら、オークステーキを呑み込んだ。
「おいしい」
おいらは両手を振り上げて、テーブルの上で叫ぶ!
「オークステーキはおいしい!」
おいらはまた右手にナイフ、左手にフォークを持ち直してオークステーキの続きを食べる。
温かい料理。
それがこんなに美味しいなんて。
おいら、この美味しさを今まで知らなかったなんて。
いったんナイフとフォークを置いて、パンを手に取る。
両手でパンを持ってかじりつく。
もぐもぐ。
ぱさぱさしてる。
おいらはそっとパンをお皿に置いた。
スープの器を持ってスープをゴクリと飲んだ。
透き通った茶色のスープ。具はほとんどない。
具はないけれど、味はしっかりついている。
「スープもおいしい!」
おいらは太った女の人に美味しさを伝えた。
「そうかい、そらよかったよ」
おいらはまたナイフとフォークを手にとって、最後までオークステーキを食べた。
パンもスープにちょびっとつけて食べると、ぱさぱさが減ってしっとりとなる。
パンとスープも食べ終えた。
「料理はおいしい!」
「よかったね」とアメをくれた女の人が微笑んだ。
おいらはハッと気がついた。
そうだ、リンゴ!
おなかのふくろからリンゴを取り出して、太い女の人に差し出す。
「リンゴ? なんだい、リンゴをくれるのかい?
ありがとうね」
太い女の人がリンゴを手にとってお礼を言ってきた。
おいらは慌てて首を横に振る。
「ちがう」
おいらはリンゴを指さしてお願いする。
「そのリンゴを料理して」
太い女の人とアメをくれた女の人が顔を見合わせた。
「ああ、そういうことかい。
それじゃあ、ちょっと時間はかかるけどパイにしてみようか。
ちょっと時間がかかってもいいかい?」
おいらはこくりと頷く。
「おいしくしてくれるならだいじょうぶ!」




