ぬすっと物語32 信じる
ま、まずい。
もしかして、アメをくれた女の人には今のおいらが見えているのかもしれない。
落ち着け。落ち着け、落ち着けおいら。
聖なる獣は人間に食べられることはない。
だから、このアメをくれた女の人においらが食べられることはない。
まずは確認するんだ。
おいらが本当に見えているのだろうか?
おいらは、とっとっととっとっととステップを踏んでみた。
そして、両手を広げてターンをする!
どうだ!?
おいらが見えているのか!!
「い、いきなりどうしたの?
アメがほしいの?」
えっ、アメをくれるの?
おいらは頷いた。
アメをくれた女の人がごそごそと手を動かしている。
アメかな? 本当にアメをくれるのかな?
おいらはそわそわとして女の人をじっと見る。
「はい。アメ」
!!!
アメ!
おいらは女の人の手からアメを受け取った。
おいらはぺこりとお辞儀をしてお礼を言う。
「ありがと」
おいらはぺろぺろとアメをなめ、甘いのを確認したら、ぱくんと口に含んでころころと転がす。
甘い。
おいしい!
おいらは両手でほっぺたを押さえてアメの甘さでほっぺたが落ちないように気を付ける。
「しゃ、しゃべった?
あなた、しゃべれるの?」
おいらがアメを味わっているとアメをくれた女の人が驚いたようにおいらに質問をしてきた。
どういうことだろう?
おいらがしゃべることができるのは当たり前だと思うのだけど。
おいらは首を傾げる。
「ひょっとして、あなたがぬすっとというの?」
あっ!
そうだよ! おいらがぬすっとだよ!
「ぬすっと!」
おいらは自分の名前を言って笑顔で頷く。
「えーと、じゃあ、この相談書はあなたが書いたの?」
おいらはこくりと頷く。
「ごはん食べたい」
アメをくれた女の人は驚いた表情のまま続けて質問をしてきた。
「それじゃあ、今までは何を食べていたの?」
おいらはおなかの袋から、リンゴを取り出す。
「リンゴ。おいしい」
おいらはリンゴを両手で頭の上に持ち上げて、どうだと見せつける。
「これは木から取った。
最初は交換」
「交換? 何と交換してたの?」
おいらは大事なリンゴをいったんおなかの袋に戻す。
その後、銀色のお金を一枚取り出してアメをくれた女の人に見せた。
「銀色のお金。リンゴと交換」
「そういえば、最近、厨房のムギハトさんがリンゴがなくなってるから盗人がいるに違いないって言ってたけど、あなたのことだったのね」
アメをくれた女の人が何か納得したように頷いている。
厨房のムギハトさん?
太った女の人の事かな。
アメをくれた女の人がおいらの相談書を机の上に置いた。
そうだ、おいらは相談書の返事が欲しい。
おいらは置かれた相談書をパシパシと叩く。
「返事!」
「え? ああ、そうね。これはあなたが書いたのよね」
相談書とおいらを交互に見てアメをくれた女の人が悩み出した。
「うーん、あなた、一人だと食堂でご飯を食べるのは難しいと思うわ」
うそ!?
そんな、なんで!
おいらはおなかの袋から焦って銀色のお金を両手で取りだした。
「お金はある!」
アメをくれた女の人は困った表情をした。
「うーん、お金はあってもあなただけだと料理を出してくれないと思うの」
がーんとおいらはショックを受ける。
そ、そんな。お金があっても料理を食べることができないなんて。
あ、あんまりだ。
おいらはその場に両手を着いて崩れ落ち、タンタンと机を叩く。
「そ、そんなにショックを受けなくても。
それなら一緒に食堂に食べにいく?
私といっしょなら、食べる事ができると思うよ」
おいらは顔を上げてアメをくれた女の人を見る。
おいらはこの女の人を信じても良いのだろうか?
アメをくれたり、おいらの卵を磨いてくれたり、この人はいい人だ。
おいらは両手に持っているお金をおなかの袋に戻す。
おいらが悩んでいると、脳裏に浮かんでくる。
(ゴーレムアイは全てを見通す)
おいらははっとする。
そうだ、ゴーレムアイは全てを見通す!
ゴーレムアイを使えばいいんだ。
おいらはゴーレムアイを発動させて、目の前の女の人を見る。
おいらはこの女の人を信じてもいいの?
<鑑定結果:シスターエレメア>
<シスターエレメアは聖なる獣の卵が祀られている神殿に所属する善良な人間の女性である>
<シスターエレメアは常にアメを複数個持っており、好きなアメの味はオレンジ風味>
<ぬすっとが優しいいい人と認識したこと、日々の掃除で聖なる獣の卵に一定以上の魔力と祈りが注がれていたことなどが相まって聖なる獣の卵の加護が与えられている……
ゴーレムアイでも善良な人って出た。
おいらにアメもくれるし、掃除もしてくれるし、この人はいい人。さっきもアメをくれたし。
……信じていいんじゃない?
信じたら、料理を食べることができるかもしれない。
信じなかったら、料理を食べることはできない。
そうだ、簡単なことだ。信じるよ!
信じることが大事なんだ!
おいらは料理を食べてみたい!
それが今は一番大事。
おいらはシュタっと立ち上がる。
両手を握りしめてアメをくれた女の人に向き合った。
「食堂に行く」
おいらはアメをくれた女の人といっしょに食堂に行くことにした。




