ぬすっと物語10 祈りを現実に
「どうか、うちの娘を助けてください!」
「できるだけの事はしました」
「今日の夜が山です。娘さんの側にいてあげてください」
「あぁああああ」
おいらは突然の泣き声にビクッとする。
今日の夜が山らしい。
山ってあの高くて大きいやつだよね?
今日の夜が山。意味がわからない。
部屋の中にいたたくさんの人は外に出て行った。
残っているのはベッドに寄りかかって大きな声で泣いている女の人とその人に寄り添う男の人だけだ。
あのベッドには何がいるんだろ?
おいらは泣いている女の人とは逆の方からベッドに登ってみた。
ベッドには子供が寝ている。
ほっぺたがちょっと赤くて、ひたいには汗が浮かんでいる。
ちょっと息苦しそう。
「なかないで、ママ」
おいらが覗き込んでいると、寝ていた子供が泣いている女の人に声をかけた。
ママってことは、母親。つまり、泣いている女の人とこの子供は親子って事だ。
「だいじょうぶだよ。せいなるけもののたまごに毎日祈ってくれてるんでしょ。だから、だいじょうぶだよ」
聖なる獣の卵っておいらの卵の事だよね。
おいらがそう思うと、ほんわりと頭の中に、泣いている女の人や寄り添う男の人の思いが浮かび上がってきた。
これは今、この人たちが思っていること?
いや、違う。
これは今までこの人たちがおいらに向かって祈ってきたことだ。
『娘が元気に走り回れますように』
『どうか娘を……』
『げんきになれますように。パパとママに心配をかけないでいいように』
毎日、毎日おいらにこの人たちは祈ってくれていたみたい。
「でも、聖なる獣の卵は……」
「空の卵になったって言われてるのよ! あんな卵に祈ってもどうしようもなかったのよ!」
女の人がヒステリックに叫ぶ。
キーンと耳に響いてくる。
おいらはここにいるから、空の卵になってるのは仕方ないよ。
おいらが子供を見ると、子供が驚いたようにおいらを見てくる。まるでおいらの姿が見えているようだ。
おいらは、身体の中からわき上がってくる思いを、そのまま子供に向ける。
手のひらを子供に向けて、おいらは願う。
元気になーれ。
おいらの手のひらがきらきらと光り、子供が光に包まれた。
「えっ」と驚いたのは泣いていた女の人だろうか。
おいらは寝ている子供のおでこの汗をぐいっと拭ってあげた。これで、この子供が元気になるといいな。
「くるしくない」
子供が身体を起こして、こちらを見つめてくる。汗を拭ってあげたから、おいらに気がついたのか。
でも、おいらの姿は見えないよね?
「いなくなっちゃった」
いなくなった?
もしかして、やっぱり見えてたのかな?
はっ、だとしたら、ここにずっといるのは危険だ!
おいらはベッドから飛び降りて、急いで部屋から飛び出した。
おいらが部屋から出ると、部屋の中からは、また泣き声が聞こえてくる。今度はあの子供も泣いてる。
元気にならなかったのかなと気になって、扉のところから中を見ると子供と女の人が抱き合って泣いている。
子供の顔は、泣いてるけど、笑ってもいるから、多分、元気になった?
おいらはうんうんと頷き、その部屋を後にする。
おいら、ちょっといいことをした!




