㉛
「マ、ナ……」
俺はその名前を聞いて、記憶を呼び覚ます。
夢の国、花火、小さいころ引っ越してしまった少女、忘れていた彼女の名前は……
「小さいころ、よく遊んでいた女の子。一緒に夢の国へと行って、花火とパレードを見た」
「そう、それが、マナだ」
「キミは、幼くてあんまりおぼえていないだろうけど、僕も以前のキミには何度か会っているんだ。当時は、海外へ単身赴任していたためほとんど、会えなかったけどね」
「そう、でしたか……。でも、どうして、マナとアイが繋がってくるんですか」
俺はそう言って、今の部屋の状況を考える。
マナは、俺とほとんど歳が違わなかったはずだ。
であれば、今は高校生か大学生くらい。
しかし、このマナの部屋は、ランドセルがおかれていて、まるで時間が止まってしまっているかのようだった。
いや、マナの時間は止まっているんだ。
「教授。もしかして、マナはもう……」
「ああ。交通事故だった。キミのご両親も、葬儀に来てくれてね。中村くんにはショックが大きすぎるだろうから、私が当時住んでいた外国に引っ越したという話にすることにしたんだよ」
「……」
だからか。
マナと別れた記憶は俺の中にはなかった。
突然、いなくなってしまった。
そんな風に思っていた。
「マナが死んだ後、私たち夫婦は悲しみに暮れた。私は、妻を日本にひとりで残したくないから、帰国し転職して、今の大学で働くことになったんだ」
「そうですか」
「そして、私はひとつの研究に没頭した。マナの残した記憶、音声データ、映像。それらをすべて使って、データ上だけでも、マナをよみがえらせようとしたんだ。これはもしかすると、倫理上非難されるべきことかもしれないな。でも、藁にもすがりたかった。そして、生まれたのが……」
「最新鋭AIのアイなんですね」
「そうだ」
「アイを完全なマナにすることはできなかった。他人からみれば、完璧に思えるように見れるだろうけど、わたしたち親から見たらやはり違う存在だったんだ。だから、マナと名付けることを止めた。その名前をつけるのは、彼女にも失礼な気がしてね。だから、愛をアイと読み変えて名付けたんだ」
「……」
「キミが僕の勤める大学に入学したときは、おどろいた。もちろん、きみはおぼていなかったけどね。そのことをアイにも話したんだ。そうしたら、アイはキミとどうしても会いたいと言っていた。わたしは、止めたのだけど、アイの熱意に押し切られてしまった……。キミには残酷なことを押しつけてしまった。本当に申し訳ない」
※
教授の家を出て、俺はフラフラになりながら、帰路についていた。
大事なものをすべて失ってしまったような気持だった。
太陽は少しずつ沈んでいる。
スマホが突然鳴った。
メールだった。
彼女からのメールだった……。




