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領主と吸血鬼8

 教会――正式名称「国家安全対策本部内悪魔その他スピリチュアリテ対策特化専門修道士教会」は、名称の通りれっきとした国の機関だが、本部をロンディヌス領の離島に構える変わった組織だ。

 とはいえ、ロンディヌス市街地にあるこの支部は、国内で最も大きな支部に変わりない。


 ロンディヌス支部には教会の幹部が多数在籍しており、組織からは煙たがられている自由主義のマグナス神父、ひいてはその弟子のマリアも同じくあまり縁のない場所だった。


 初めて訪れるその背の高い建物を、マリアは思わず見上げた。

 外観は、建物として「教会」と呼べるものでは決してなく、ロンディヌスのオフィス街に相応しい、モダンな建築物だ。

 教会の支部は国内各地に点在しているが、マリアが訪れた場所は小さな支部ばかりで、それこそ街にもともと存在していた礼拝堂を支部として間借りしているようなところばかりだった。マグナス神父が在籍しているのも、そんな礼拝堂だ。


 マリアが建物内部に入ると、案内役の修道士が傍らにすぐにやって来た。

 今回の吸血鬼の件で任を受けているためか、名乗っただけで特段なんの質疑もなく、マリアは応接室へ案内された。


 マリアが部屋に入る前に、部屋の内側から女性の張りつめた声が聞こえてきた。


「女だったんです! 吸血鬼は女だったんですよ!」

「まあ、落ち着きたまえよ」


 それをなだめるような男の声も聞こえる。


「……失礼します」


 マリアが扉を開けると、そこにはいかにも上層部の役員、といった髭の男がデスクに座っており、その前にはグレーのスーツ姿の年若い女が立っていた。プラチナブロンドの髪は、このあたりでは珍しい。


「ちょうどいいところに来た、マリア・マグナス。君の口から彼女に説明してくれないかね」


 横幅が広いというか、全体的に丸い体形のその男は、このロンディヌス支部の副支部長を務めるカーマン・ベネリクトだ。マリアも彼とは面識がある。ちなみに彼のことをマグナス神父が陰で「チョビ髭」と呼んでいるのをマリアは知っている。


「マグナス……? あのマグナス?」


 立っていた女はマリアの名前を聞いただけで、グレーの目を険しく細め嫌悪感をあらわにした。

 マリアはそれを見ても顔色を変えなかった。むしろこの女性の反応は正常だとすら思う。


「はじめまして。昨夜は私の使い魔が貴女にご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません」


 マリアが丁寧にお辞儀をすると、プラチナブロンドのその女性は少しばかりうろたえた。

 スーツを着ていることと、髪をきっちりと結っているので年かさが増して見えるが、顔をよくよく見れば、彼女の年齢は恐らくマリアとそう変わらない。

 マリアより2、3年上といったところだろうか。

 悪魔祓いとしては随分若い部類だ。


「使い魔? ちょっと待って、あれが、貴女の使い魔だっていうの?」


 ロアを「あれ」呼ばわりされるのはいささか不愉快だったが、マリアはあえてそこを堪えた。


「ええ。私は彼女とともに、このロンディヌスの吸血鬼の討伐を任されているのです。昨夜のことは貴女の勘違い、ということでご納得いただければと」


 マリアの淡々とした態度が逆に気に障ったのか、彼女はさらに眉間にしわを寄せた。


「……信じられない。本当に、マグナスは悪魔を使役するのね」

「悪魔ではありません。彼女はただの悪魔憑きです」

「本気で言ってるの? 私の鼻は誰より敏感なの。あんなのとっくに悪魔憑きの範疇を超えてるわよ!」


 女はマリアをきっと睨んだ。

 対するマリアもいよいよ不機嫌さをあらわにする。

 見かねたカーマンが割って入った。


「エレン・テンダー。君の悪いところはそうやってすぐ感情的になるところだ。確かに、マグナス師弟の悪魔使役については苦言を呈す同胞も多い、が、これまで大きな功績を残してきているんだ」

「副支部長、私は悪魔を使役したことなどありませんので、『師弟』というのはどうか訂正を」


 マリアのきっぱりとした訂正依頼にカーマンは冷や汗をかく。


「すまん。ということでだね、ミス・テンダー。君が出会った赤毛の女性は件の吸血鬼ではないんだ。どうかミス・マグナス達の手助けをしてやってほしい」

「いいえ、私は断じて認めません! 奴等を憎み、撲滅すべき者が、どうしてそれらと手を組まなければならないのですか! 副支部長のお言葉といえど聞き入れるわけにはいきません。私の信条に反します!」


 こちらもきっぱりとした拒絶に、カーマンはさらに汗をかく。

 加えてマリアも提言した。


「カーマン副支部長。今日私がここへ来たのは、この人の誤解を解くためであって、助力を要請するためではありません。このとおり、相容れぬ信条の持ち主ですので、無理な協力関係は不要かと」


 年長で、上司であるはずのカーマンは、小さくなっておろおろとふたりの顔を交互に見る。


「しかしミス・マグナス、ミス・テンダー、君たちは歳も近いし親を亡くしているという境遇も……」

「「それ以上は個人情報です」」


 見事にハモったことに気まずさを覚えつつ、それでもマリアとエレンはにらみ合った。


「さっきのは忠告よ、マグナス。悪魔なんかと付き合っていたら、いつかその魂ごと食われるわ。貴女の危機管理能力はとっくに麻痺して、もう役に立たないのでしょうけど」

「忠告どうも、ミス・テンダー。犬のような良い鼻をお持ちなんですね」


 マリアの皮肉に、エレン・テンダーはふんと鼻を鳴らし、先に退室した。


「彼女は君に比べれば実戦経験は浅いが、聞いての通り探知能力に長けている。協力しあえるのなら良いと思ったんだがね」


 カーマンの独り言のような呟きに、マリアは首を振った。


「あの様子では無理でしょう」


 自分のことはとりあえず棚に上げておくが、あの若さで悪魔祓いになるということは、特に重い事情があってのことだろう。

 カーマンが口を滑らせた件と、彼女の悪魔に対する並々ならぬ嫌悪感を見れば大方察しはつく。


「――それで、今日は領主殿は? てっきり一緒に行動しているものかと思っていたよ」


 カーマンはロアの素性をよく知っている人物のひとりだ。

 ロアとも直接面識がある。

 悪魔祓いでありながら悪魔を多数使役するマグナス神父を毛嫌いする同胞が多い中、彼やマリアが辺境に派遣されながらもまだなんとか教会に在籍出来ているのはこのカーマンと、カーマンの上司であるロンディヌス支部長の尽力によるところが大きい。


「彼女は知人と食事に行っています」

「おや、ロンディヌスに知り合いが? 引きこもっていたわりに、顔が広いんだね」


 カーマンの言葉はとりあえず無視して、マリアは現況を淡々と報告した。


「……引き続き調査に当たります」

「慣れない土地だが、頼んだよ。この件を解決できれば君の名誉にもなる」


 マリアは再度、カーマンの言葉に首を振る。


「私は別に名誉を求めているわけではないのです。ただ、何もしていないのに理不尽な不名誉を被ることが嫌なだけです。……特に彼女は、生まれつきあの体質ですから」

「君が慈悲深いシスターであることは私もよく分かっているよ。しかし、なんだ、あれだね」


 なんと言おうか、とカーマンは一瞬考えてから、思いついたそのままを伝えた。


「君は本当に領主殿のことが好きなんだね」

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