#37. キャラバン、エンカウント(前にも見た気がしますね)
◇カナメ視点に戻ってきました
いつになく鼓動が早い……私の心臓がチェーンソーのエンジンになってるみたいだ。
高鳴る胸を押さえ、金貨の山をザクザクと心地よい足音を立てながら降りていく。
「はぁ~っ、流石に疲れたわねぇ……」
「100人以上相手にしたら、そりゃあね……」
私とコユは岩場に身を隠し、座り込む。
《ハバネロナイスDay.》との一戦からしばらく。
戦闘音を聞きつけて漁夫の利を狙ってきたギルドを返り討ちにして、私は100人から先を数えることを諦めた。
「それにしても、物凄い量のゴルトコインね……相当稼げたんじゃないの?」
「ん、その山で10万ちょいかな……ふふっ」
「あら悪い顔。まぁ気持ちはわかるけど」
【コイントス】を発動してゴルトドロップ量増加のバフも引けたから、火力が上がりすぎて逆に稼げない問題はとりあえず大丈夫そうだ。
武器強化で名前が変わった【脈動する炉心】は以前より攻撃ヒット分割数が増えてるし、なによりバフの数だけLUCが上昇する効果は嬉しい。
おかげで【コイントス】の成功率も上がってる。
成功率が上がれば無闇やたらと使う必要もなくなって、こうして【ゴルトライザー】で稼ぎが出てくる。
あぁ、金の山さいっこう……しばらく眺めていたい……。
「…………はしゃぎすぎたかな」
「え? そうかしら。まぁイベントなんだし楽しくやりましょ」
「いや……よく考えたらさ、私がやってるのって《キャラバン》の人達と同じことだよなぁって……コユはどう思う?」
私は【ゴルトライザー】の効果で攻撃すれば相手からゴルトがドロップする。
あまり大きな稼ぎになることはないけど、相手プレイヤーからお金を巻き上げてる。
モンスター相手ならまだしも、せっかく貯めたお金が私の攻撃で搾取されてしまうのは──あのエルドと同じことなのではないのか。
他人事のように思っていた自分が途端に恥ずかしくなってくる。
「安心しなさい、カナメとあのヘンテコメガネ男の違いは明確よ」
「違いって……なに?」
「悪意の差かしらね」
悪意──そう言われて、私は体育座りのまま顎を膝に乗っけた。
私はお金が欲しい。だから【ゴルトライザー】を使い続けてる。それはつまり、他のプレイヤーから搾取する気があるってことになる。
「……私、そんなに良い子じゃないよ?」
「充分よ」
「そうかな……」
「いーい? そもそもゲームシステム上、カナメの【ゴルトライザー】とかプレイヤーキルは許されてるものなの。そこはゲームだから、自分がそのつもりなら相手からも同じことをされる可能性がある。まぁ集団で襲いかかるのは芸がないけど、戦術のひとつとして考えるなら、ゲームとしてはアリなのよ」
コユは納得いかない子どもに言い聞かせるみたいに言う。
「カナメがあの男を見てムカついてるのは、集団で襲ってきたからじゃないはずよ」
「そうだね。嫌がってるユヅキさんに強制させて、自分は安全圏から見ているのが気に食わなかった。ユヅキさんにはもっとゲームを楽しんでほしい」
その約束もしてある。
あとは《キャラバン》とエンカウントするだけだ。
「ありがと、コユ」
「どーってことないわ! 友達の悩みのひとつやふたつ、聞いてあげるわよ」
「まぁ、さっきのは友達と言うよりお母さんみたいだったけどね」
「おか……!? わ、私はそんな年齢じゃないわよ!」
「えぇ~? ほんとにござるかぁ~?」
「ほんとよ! まだにじゅ……って年齢詮索はやめなさい!」
「いてっ」
頭にコツンと小さな拳が落ちてきた。
味方間誤爆がオフに設定されてるから、HPは減らない。
──そんな時だ。ヒメから通信が入ってきたのは。
『ふたりとも! ギルドが近くにいるよ!』
「騒ぎすぎたわね」
「ヒメ、そこから数はわかる?」
まだ攻撃してきていないとこからすると、岩陰に隠れていることまではバレてない……?
でも確実に私達がいることは知られてるはずだ。
『数は50人くらい…………ギルド《キャラバン》だよ』
噂をすればなんとやら、向こうからお出ましだ。
なら、ユヅキさんに警戒しつつ、まずは数を減らす。
3カウントの合図で私とコユは岩陰から飛び出すと同時に《キャラバン》の後衛による魔法攻撃が一斉に飛んできた。
「このまま突っ切る!」
「任せなさいっ!」
飛び交う魔法をコユがガードしてくれるから、直線距離で走り抜けられる。
狙うは司令塔──モノクロを掛けた金髪の青年、エルドだ。
「盾!」
「「「【ディメンションシールド】──!」」」
エルドの一声でタンク職数人が前に出て、防御スキルを発動。
盾がぐにゃりと歪んだ気がしたけど、ここで立ち止まれば魔法攻撃のいい的だ。
お構い無しにチェーンソーで薙ぎ払う。
「っ! 攻撃が通らない!?」
「物理攻撃無効化よ! 3秒しか持たないわ!」
「わかった!」
なら、このまま攻撃続行だ。
範囲攻撃の【ダストワール】を発動して──。
「【大神鳴】──ッ!」
私より先に、ユヅキさんの雷鳴が轟く。
一瞬のスタン──その隙に、水属性の魔法攻撃が飛んでくる。
やられた──湿潤状態になればユヅキさんの雷属性攻撃が通りやすくなる。
いくらバフを盛っても、弱体化してしまったら危うい。
でも、私にも頼もしい仲間がいる。
「【起動】──【加速】ッ!」
動けない私を狙って飛んでくる水魔法。
それをコユは大盾を浮かせて蹴り飛ばし、なんと見事に防御してみせた。
「ごめん! MP使わせた!」
「オートガード使わないだけマシよ」
体勢を整え、様子見──両者睨み合いの形だ。
どう斬り込むかと思考を巡らせていると、静寂を破ったのはエルドの声だった」
「よくもやってくれたな、クソネコ共」
どうやらご機嫌ななめらしい。
エルドは眉間に皺を寄せ、猫のような鋭い目付きで睨んでくる。
「初手爆撃で20人も減らされた。おかげでこっちの計画台無しだよ!」
「それはよかったです。作戦が上手くいったみたいで安心しました。それにしても、もうあのクサい演技はしないんですか? ぼくちゃん」
「はいはいそうですねぇお姉さん方ぁ、ご一緒にお茶でもどうですかねぇ!」
そう言ったエルドは緑色の宝石が先端に付けられた大きな杖を振り、水属性の魔法を撃ってくる。
もちろんそんな見え見えの攻撃は簡単に避けられるけど、コユが盾で弾いてくれた。
「そんなそんな。お茶をお出しするのは夜猫の喫茶店の方ですよ。あぁそうだ。せっかくですから、お茶とご一緒に喧嘩の方も買っていきませんか?」
「へぇ~、そいつは嬉しいですねぇ! おいくらでしょー」
「それはこれから、このチェーンソーが教えてくれますよ」
「ハッ、上等だ。どうせお前らは竜翼の前座に過ぎないんだから、買ってやるよ」
「お買い上げありがとうございます」
煽り煽られ煽り合い、それもゲームの醍醐味だ。
こうして喧嘩を売った私はチェーンソーを唸らせ、敵陣へ踏み出した。




