第93話 夜襲
「一体いつまで籠城するつもりだ!」
ベガラスクは書斎で声を荒らげた。
背後には数人の魔狼族が立っている。
指揮官と同じく「そうだ」と拳を振り上げ、怒声を放っていた。
それを一身に浴びていたのは、ルミルラである。
机の上に肘を載せ、静かにベガラスクの言葉を聞いていた。
籠城戦は6日目を迎えている。
一進一退の攻防を極めていたが、魔族軍も本国軍も決め手のないまま戦況は膠着していた。
目立った成果といえば、精々2日目の攻城櫓を焼いたぐらいだろう。
だが、それ以降は平凡な籠城戦が続いた。
本国軍は壁に貼り付き、対して魔族軍は弓や魔法で応戦する。
日暮れが近づくと、本国軍は退却――その繰り返しだった。
現在の被害は本国軍600に対して、魔族軍は70。
数字上では、魔族軍優勢ではあるが、兵の比率で見るならばさほど変わらない。
むしろ貴重な兵を70も減らした魔族軍の方が、精神的にきつかった。
加えて、連日の連戦。
敵に囲まれているという無言の圧力。
外部との連絡が取れず、ルロイゼンの戦況がわからない不安。
勝利条件の見えない籠城戦。
枚挙に暇がない。
ヴァロウはこの籠城戦において、本国軍と前線軍を追い払うといったが、果たしてそんなことができるのだろうか。
そんな不安がとうとう爆発したのが、6日目の夜だったのだ。
ベガラスク率いる第四師団が、ルミルラの書斎に押し掛け、冒頭の台詞を吐いたのだった。
「答えは簡単ですよ。勝つまでです」
「ならば、いつ勝てる!」
「ベガラスクさんもその場にいたはずです。本国軍と前線軍を同盟領から追い返した時が、我々の勝利です」
「だったら、討って出るべきだ。こんなことをしていたら、1年経っても我々はここから出ることはできないぞ」
「でしたら、勝つまで1年以上戦えばいい。それで本国軍が帰ってくれるなら万々歳です。まあ、1年とはいわず、次の冬ぐらいには帰るでしょうが……。この辺は高地なので雪も結構積もるんですよ」
「そんなことは聞いていない!!」
ベガラスクは喝破した。
「正気か! 1年こんなにチマチマした戦いをするつもりだ」
「その必要があれば……」
ルミルラは1歩も退かない。
机から肘を上げることすらしなかった。
目の前で紅蓮の瞳が燃えさかっていても、軍師の弟子は微動だにしない。
逆にベガラスクを睨み返していた。
殺気が膨れあがっていく。
軽く口を開け、ベガラスクは牙を光らせた。
側にいたルミルラの副司令官は剣の柄に手をかけようとする。
それを制したのは、ルミルラだった。
「どんなに凄まれようと、私は今動くつもりはありません。師しょ――ヴァロウ殿もそうしたと思います」
諫めるために「ヴァロウ」の名前を出したが、これは逆効果だった。
ベガラスクは頭に血を上らせる。
「くそっ!」
目の前の机を蹴っ飛ばす。
大きく跳ね上がり、天井に激突すると、破砕した。
バラバラになった机の一部が、雨のように降り注ぐ。
ベガラスクは荒い息を吐き出した。
詫びもなく、くるりとルミルラに背を向ける。
そのまま第四師団を伴って、部屋を出ていこうとした。
「どこへ行かれるのですか?」
「我々は夜襲を決行する」
「夜襲! 危険ですよ」
「ああ。だから、オレたちだけで行う」
「いくら夜襲でも、1500の兵では……」
「魔狼族は夜目が利く。夜襲はもっとも得意とする戦法だ」
「しかし――――」
「うるさい……。それ以上、何か言ったら本当にかみ殺すぞ!」
ベガラスクは首だけを向ける。
そのまま書斎を出ていった。
「ふう……」
ルミルラは息を吐いた。
心配そうに覗き込んだのは、副司令官だ。
「よろしいのですか?」
「よろしいわけないでしょ。まったく……。ここまで聞き分けがないとは。ヴァロウ殿から一目を置かれているようですが、あんな乱暴者のどこに才覚があるのでしょう」
「しかし、このままでは……」
「放っておきなさい。所詮はケダモノだということです」
ルミルラはとうとう匙を投げた。
ルミルラとベガラスクのやりとりをそっと書斎の入口で聞いているものがいた。
フードを目深に被る。
すっと闇の中に消えるように、城外へと消えていった。
◆◇◆◇◆
人類と魔族の不和。
その報告を聞いて、ダレマイルは「くふふ」と笑った。
彼の周りには、本国から連れてきた娼婦がいる。
すでに薬漬けにされ、目がとろんとしていた。
側で仲間が死んでいるのに、ダレマイルの股間についた白い粉を必死で貪っている。
その様子を見ながら、同じく本国から持ち込んだ果実酒をグラスの中で転がしていた。
「愚かですね。所詮、人と悪魔は相容れないということですよ」
だが、ダレマイルはこの結果を予測していた。
籠城戦で一番キツイのは、精神だ。
周りには大軍。
目に見えて減っていく戦力と食糧。
勝利条件が見えない戦。
たとえ人であろうとも、籠城戦は気が滅入るものである。
遅かれ早かれ、仲間同士のいざこざは起こるものだと考えていた。
種族が違うならなおのことだろう。
ダレマイルはこの時を待っていたのだ。
シュインツの城内の様子を探るため、密偵を放っていた。
この方法は魔族に対しては使うのは難しい。
だが、シュインツ城塞都市には人間の兵や民がいる。
人間1人を潜り込ませるなど造作もなかった。
「第四師団はどの方向へ向かったのですか?」
「北のようです」
「ほう。少しは頭が回るのですね。比較的人数が少ない方を選択しましたか。なるほどなるほど。……チェッカー」
「はっ!」
「東に展開している軍の半分を割いて、北へ援軍を送りなさい。向こうには悟られないように静かに行動するのですよ」
「東が手薄になりますが……」
「問題ありません。彼らに討って出る気概なんてありませんよ」
今、シュインツを囲んでいるのは、4万5千の兵である。
魔族はともかくとして、人が城塞都市の中から出てくるとは、ダレマイルは考えもしなかった。
◆◇◆◇◆
ベガラスクは北の森で野営を張る本国軍第三部隊に迫っていた。
森の中を風のように駆け抜けていく。
しかも無音でだ。
魔狼族はベガラスクが申告した通り、夜襲を得意とする。
それは一族の強味であり、代々この戦法によって武功を上げ、価値を高めてきた。
魔狼族の夜襲は魔族一だといわれてきたのだ。
故に、ベガラスクには夜襲を成功させる自信があった。
相手も連戦続きなのだ。
疲労はピークに来ているはずである。
そこを狙い、敵の戦力を大きく切り崩そうと、ベガラスクは考えていた。
本国軍の野営地に辿り着く。
静かなものだ。
ぐっすり眠っているのだろう。
夜番も欠伸を何度もかみ殺している。
ベガラスクは速度を緩めず、野営地に迫った。
夜番を一気に制圧する。
天幕を切り刻み、寝ている兵に襲いかかった。
だが――――!
現れたのは、槍を持ち、武装した兵だった。
「なにぃ!!」
ベガラスクは唸る。
その瞬間、野営地の篝火があちこちで焚かれた。
さらに魔法の光が打ち込まれ、魔狼族を強く照らす。
目映い光に、さしもの夜目も機能を失った。
「馬鹿め……。お前たちが夜襲を行うなど、こちらはお見通しよ」
恰幅の良い男が、ちょび髭を撫でながら現れる。
口に意地悪い笑みを浮かべ、「ぐふっ」と蛙のように笑った。
「観念しろ。お前らは袋の……ねず…………み……。ん?」
突然、司令官は首を傾げる。
「おかしいな。数が少ない。報告では1500と聞いていたが。100名もいないのではないのか? おい! 他の仲間はどうした? どこに潜伏している」
すると、今度笑ったのは、ベガラスクの方だった。
「カカカカカッ! 罠にかかったのはお前たちの方だ、人間ども」
ベガラスクの瞳が、真っ白な光を当てられてもなお、紅蓮に染まった。
「我らは囮だ」
銀髪の魔狼族は口角を上げるのだった。
夜襲って、やっぱ戦記物の醍醐味ですね。
書いてて結構ワクワクするw




