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【WEB版】叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~  作者: 延野正行
9章 旧同盟領包囲戦

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第87話 第7部隊全滅

「ぶはっ!」


 水面から顔を出したのは、ロッキンドだった。

 大きく口を開けて、空気を貪る。

 水泳は得意な方だが、まさか戦闘で水中に潜ることは想定していなかった。


 新兵だった頃、重い鎧を着て、何分息を止めていられるかなんて拷問みたい訓練があった。

 海戦が廃れた今、なんの意味があるのだと憤ったものだ。

 が、まさか実戦で役に立とうとは思わなかった。


「しょっぺぇ!」


 ロッキンドは舌を出す。

 海水だ。

 ルロイゼン城塞都市に海水が満ちていた。


 ルロイゼンのすぐ側が海だということは理解している。

 だが、かなり高低差のある崖の下だ。

 人力でこれほどの水を満たそうと思ったら、年単位の努力が必要になるだろう。


 だが、ルロイゼン城塞都市に与えられた時間は少ない。

 占領されてから1年も経っていないのだ。


「一体どこから……」


 疑問をもちながら、ロッキンドはちょうど流れて来た家の屋根の一部に捕まる。

 なんとかよじ登り、水没したルロイゼン城塞都市を眺めた。


 答えはすぐわかった。


「海の魔物か……」


 水面あるいは水中にいたのは、前線軍でもその遺体でもない。

 彼を囲むように睨んでいたのは、魚と人間を掛け合わせたような魚人。あるいは見目麗しい容姿と美しい尾を持つ人魚だった。


 それが10や100ではない。

 数えるのも馬鹿らしいほど、水面を埋め尽くしていた。

 水面に浮かぶ魚人や人魚を数えても、軽く5000はいる。

 水中でぐるぐると回っている魔物も合わせれば、1万もくだらないだろう。


 海の魔物の力を借りたというならば、合点がいく。

 彼らの中には水流を操る能力があると聞いたことがある。

 たとえ高低差があっても、閉鎖された都市の中に海水を満たすことなど造作もないだろう。


「おい! 誰か残っているヤツはいないのか!!」


 ロッキンドは慌てて周りを見渡した。


 よく目をこらし、敵中にあっても時間を掛ける。

 しかし、どこをどう探しても見当たらない。

 一緒にルロイゼン城塞都市の城門を駆け抜けた第7部隊の生き残りと、第5部隊の一部の姿がいなかった。


 かろうじて痕跡が残っていたのは、血の跡などではない。

 着る者がいない鎧や、握る者がいなくなった武具だけだった。


「まさか全滅したのか……」


 ロッキンドの目が大きく見開かれる。


 第5部隊全滅。

 その事実に、ロッキンドは一瞬思考の奈落へと突き落とされる。

 自分はまだ若く、将として至らないところもあった。

 勇者という地位を傘に、威張り散らした時もある。


 それでも年下の自分に付いてきてくれた。

 今の自分を勇者と認め、足を揃えて戦ってくれた。


 親と呼べるものがいないロッキンドにとって、兵のみんなは家族だったのである。


「それを――」


 1度沈んだロッキンドの気持ちに火が付く。

 ぐつぐつと湯が沸くように怒りが高ぶった。

 周りの海の魔物たちを睨む。


 『爆滅の魔眼』の射程に収めた。


 その時だった。


 水面が暗くなる。

 すると何かがせり上がってきた。

 ロッキンドが立っていた屋根を吹き飛ばし、大きな水柱が立つ。


 再び水面に落とされたロッキンドは、慌てて近くにあった廃材にしがみついた。


「なんだ?」


 顔を上げる。

 ドボドボと滝のように水滴が落ちてくるのが見えた。


 鈍い陽光を受けて、現れたのは巨大な水蛇であった。


 薄い羽衣のような背びれ。

 ひらひらと空中を漂う長い髭。

 開いた口には、ノコギリのような鋭い歯が見えた。


 虹彩のない黄金色の瞳で、小さな勇者を睨む。


 顔にかかった海水を1度、手で拭うとロッキンドは呟いた。


「まさか……。リヴァイアサンか」


 海で棲息する最大にして最強の魔物である。

 目撃例が少なく、伝説上の魔物とさえいわれてきた。

 故にロッキンドも、その眼で捉えるのは初めてのことだ。


 そのリヴァイアサンの鼻の上に、人が乗っていた。

 否――人ではない。

 頭の上に2本の角が生えている。

 おそらく人鬼族だった。


「てめぇは……」


 見覚えのある顔に、ロッキンドは唸る。

 海水を被り、鎮火しつつあったロッキンドの怒りは、再び燃え上がった。


「ヴァロウ!!」


「ロッキンド・ラー・ファルキスか……」


「よくもオレの第7部隊!!」


「ん?」


 ヴァロウは首を傾げる。

 それを挑発と受け取ったのだろう。

 ますますロッキンドの顔は赤くなった。


「第7部隊はオレにとって家族も同然だった! それを――――」


「くははははははっっ!!」


 突然、笑声が響く。

 声を捉えた魚人がギョッと目を剥いた。

 その豊かな声の響きに人魚たちは合わせるように歌う。


 出所はもちろんヴァロウであった。


 冷静沈着を体現し、怜悧冷徹が服を着たような軍師が、大きく声を上げて笑っていた。


 魔族にとっては頼もしい。

 人間にとっては恐ろしい。

 まるで魔王が笑っているようであった。


 ヴァロウが笑声を沈めるのに、たっぷり60拍はかかっただろう。


 ようやく口元を抑えると、ロッキンドは笑った。


「まさか戦場のど真ん中で、そんなありきたりな憎悪の言葉を聞くとはな」


「なんだと! てめぇ!!」


「若いな勇者ロッキンド……。ならば、俺も模範解答で答えてやろう」


「は?」


「お前が戦っているものに、家族はいないと思っているのか?」


「え?」


 ヴァロウは手を差しだした。

 小舟が魚人たちの間を縫って現れる。

 そこには怯えた顔をした人間の姿があった。

 明らかに非戦闘員。

 おそらくルロイゼン城塞都市の領民だろう。


 その中には、ロッキンドの『爆滅の魔眼』で吹き飛ばした駐屯兵も含まれていた。

 武具や防具が濡れている。

 爆発の瞬間、水の中に飛び込み、難を逃れたのだろう。


 ロッキンドを囲み、矢をつがえた。


 呆然とするロッキンドを見て、ヴァロウはふんと鼻を鳴らす。


「考えたこともないのか。だが、事実だ。ここにいる全員に家族や友人はいる。この世界は1人で生きて行くには辛い世界だからな。お前たちは、そんな人間を虐げてきたのだ」


「それは違う! そもそもお前らがルロイゼンを占拠したから」


「それこそ間違っているわよ」


 声は別の方向から聞こえた。

 小舟の上に立ち、ルロイゼン城塞都市領主代行のエスカリナが現れる。

 頬を膨らませ、憤然としていた。


「だって、ここにいる誰もが、占拠されたなんて思ってないわ」


「そうだ!」

「おれたちは占領されたわけじゃない」

「虐げられていたわけでもない」

「むしろ前の領主から助けてもらったんだ」


「助けてもらった……?」


「そうよ」


 エスカリナは胸を張る。


「ヴァロウはルロイゼン城塞都市を占領したんじゃない。解放してくれたのよ」


「解……放…………」


「そもそも考えてみなさいよ。ヴァロウたち魔族はたった3人。わたしたちは3000人もいたのよ。一体、3人でどうやって占領するのよ」


「さ、3人!?」


「魔族は人員が欲しかった。わたしたちは自分たちを守ってくれる人たちがほしかった。今の現状は、魔族とわたしたちが手を取り合った結果なのよ」


「で、でもよ!! あんたたちの街は水の中に――」


「わたしたちを守るためよ」


「――――ッ!」


「ヴァロウはわたしたちを守るために決めたことよ。わたしたちはその決定に従った。ただそれだけよ」


 ロッキンドの『爆滅の魔眼』が、エスカリナを見つめる。

 緑色の瞳に、一片の揺らぎもなかった。

 魔法で操作されている様子もない。

 それは他の領民たちにも言えた。


 強い覚悟が窺える。


 ――魔族と共に生きていく。


 そんな覚悟が……。


「どうして、そんな瞳ができるんだよ。相手は魔族だぞ!」


 ロッキンドは舌打ちする。


 その瞬間、『爆滅の魔眼』を放った。

 周囲の魔物をなぎ払うかといえば、そうではない。

 水面に叩きつけると、その勢いに乗って、空へと舞い上がった。


 くるりと姿勢を整えると、ちょうど第三城門があった城壁の上に降り立つ。


 そのまま後退していった。


 駐屯兵たちは追おうとする。


「待って!」


 それを止めたのはエスカリナだった。

 だが、彼女に軍事的な権限はない。

 駐屯兵たちは目でヴァロウに指示を仰ぐと、司令官は頷いた。


 ようやく弓を下ろす。


「惜しかったわね。もうちょっとで引き込めそうだったのに」


 エスカリナは指を鳴らす。


「しかし、エスカリナ様。相手は勇者ですよ」


「勇者だからといっても、みんながステバノスみたいな訳じゃないでしょ? それに彼が仲間になってくれたら、凄い戦力になるわ」


「ですが、我々は彼の兵を――」


「うん。けど、ロッキンドはわたしたちの言葉を聞いて、それ以上殺さなかった。ちゃんと心に届いてくれるから退いたのよ。できれば、ああいう人とは戦いたくないわ」


「それはあくまでお前の推測だな、エスカリナ。ロッキンドは前線軍の指揮官だ。簡単に旗を変えるとは思えん」


 ヴァロウが釘を刺す。


 エスカリナは振り返った。


「わかってる。でも、1人でも同志が多いに越したことはないでしょ」


 エスカリナは再びロッキンドが逃げていった北を見つめるのだった。


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