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【WEB版】叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~  作者: 延野正行
9章 旧同盟領包囲戦

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第84話 茶漬け

 ロッキンドは片目を抑えながら、前線軍自陣に戻ってくる。

 巨大な氷の壁の向こうでは、怒声が上がっていた。

 魔導士たちや、薬師たちが走り回っている。

 怪我を負った兵士たちを回復魔法や薬によって治療していた。


 ロッキンドは片目で陣地の外れの方を見る。

 自軍の兵が横たわり、布をかけられていた。

 その数がまだ増えていく。


「くそっ!!」


 ロッキンドが地面を蹴った。

 だが、虚しく土煙が上がるだけだ。


「ロッキンド」


 前線軍第5部隊レインに声をかけられる。

 傍らには魔導士がいた。

 「失礼します」と断って、ロッキンドの目の治療を始める。

 温かな光がロッキンドの目を包んだ。


 その治療を見ながら、レインは尋ねる。


「どうだ?」


「相手が持っていた魔法剣はぶっ潰した。おそらくこれで、あの技は使えないはずだ。まあ、もう一振りあれば別だろうがな」


「敵は持っていたのか?」


 レインの質問にロッキンドは首を振る。


「確かなことはいえないが、持っていなかったと思う」


「ならば、持っていない可能性が高いだろうな。スペアがあるなら、予備に腰に下げているはずだ」


「確かにな。…………問題は」


「ああ。あれはストームブリンガーだ。威力はオリジナルと比べて、桁違いだがな」


「あいつがやったのか、ステバノス先生を」


「どんなヤツだった?」


「人鬼族だ。名前はヴァロウとか言ってた」


「ヴァロウ……。ああ、ここ数年の間に魔王の副官になった人鬼族だな。あまり戦いに計略を使わない魔族が、あいつが副官になってからというもの、頭を使うようになった。最前線が膠着状態に陥っているのも、あいつが副官になってからだ」


「そいつがルロイゼンを攻略し、同盟領を占領したってことか」


「いずれにしろ、要注意だぞ。ロッキンド――」


「なんだよ」


 苛立たしげに言葉を吐く。

 すると、傷口が開き、目に血が滲んだ。


「熱くなるな……。ああいう手合いは、冷静さを欠いた軍隊の足元を掬う」


「わかってるよ。でも、目の前に先生の仇がいるんだぞ」


「だから、我々が倒さなければならない。冷静に、そして着実にだ」


「ああ……。このままじゃ終わらせねぇ」


 前線軍の半分弱を失った。

 本来であれば、1度退き、態勢を整えるのが常套手段といえる。

 だが、ロッキンドもレインも退却するつもりはなかった。


 相手は200の駐屯兵と、3000の領民。

 こちらはまだ2万いる。

 数の上では、まだ圧倒的有利なのだ。


「軍の再編成を行う。お前の第7部隊を私の第5部隊に組み込むぞ。いいな」


「頼む」


 話をしているうちに、ロッキンドの治療が終わった。


「視覚は修復できたと思いますが、魔眼の力までは……」


「問題ねぇ。片目で十分だ」


 ロッキンドの残った魔眼が、炎のように揺らめくのだった。



 ◆◇◆◇◆



 緒戦勝利。


 ルロイゼン城塞都市は沸き上がった。

 城壁の上に戻ってきたヴァロウを、ルロイゼンの領民たちは讃える。

 そしてここでも、彼を「英雄」と称賛した。


 4万の兵が、半分まで減らされたのである。

 それを決めたのが、小さな人鬼族。

 たった一撃でだ。


 英雄譚にも出現しないような絵空事が、現実として展開されている。

 それを目撃し、生き証人となれたことに、ルロイゼンの民たちはさらに興奮した様子だった。


 ヴァロウは鼓舞するように手を掲げる。

 より一層の声援が送られた。

 だが、本人はあまり慣れていないらしい。

 ガッツポーズもなんだか控えめだった。


 ヴァロウとしては、領民たちの士気を鼓舞できればいいのだ。


「お疲れさま、ヴァロウ」


 エスカリナは布を渡す。

 遠慮なく受け取ると、額に汗を拭った。

 自らの懐に手を伸ばし、魔力回復薬を一気飲みする。


 ストームブリンガーは見た目通り、かなり魔力を消費する。

 ヴァロウですら、撃てて後2回というところだろう。


「剣が壊れちゃったね。替えはあるの?」


 エスカリナが尋ねると、ヴァロウは首を振った。


「いや。俺のストームブリンガーを耐えきれる剣は簡単に作れるものではない。あの一振りにしても、ほとんど奇跡みたいな確率でできあがったものだ」


 出力を抑えれば、普通の魔法鉱石(ミスリル)製の剣でも耐えられる。

 だが、ちょこちょこ撃ったところで、精々1000、2000といったところだろう。


 それに敵も馬鹿ではない。

 対策をしてくる可能性もある。


 結局、これ以上ストームブリンガーに頼るのは難しいのだ。


「そう……」


 エスカリナは項垂れる。

 一方で、ホッとした顔を覗かせた。

 複雑な表情を見せる。

 やはり、同じ人類として、多くの人の命がなくなるのは、いたたまれないのだろう。


「で――。ヴァロウよ。あいつらは次にどう出る?」


「おそらく普通に攻城戦を仕掛けてくる。真正面からな」


「へー。敵の大将はそんなに素直なヤツなのか。悪くねぇ」


 ザガスは顎をさすりながら、ニヤリと笑う。

 真っ正面の戦いなら、望み通りなのだろう。


「相手はロッキンド・ラー・ファルキスだ」


「え? あの『爆滅の勇者』の――」


「ああ……」


 ヴァロウは眉間をぴくりと動かした。


 ロッキンドは魔族の間でも広く知られている。

 当然、悪名だ。


 あの『爆滅』の力は、生物以外ならなんでも壊せる。

 このルロイゼン城塞都市が誇る三段の城壁とて、無事では済まない。


「『爆滅』の力はまさか魔眼によるものだったとはな」


 さすがのヴァロウも予期していなかった。

 これはヴァロウの責任ではない。

 相対した魔族側の報告書が、不正確であったはずだ。


 といっても、ロッキンドと戦った軍は、ほぼほぼ全滅してしまうため、報告書自体が少ないのだが……。


「じゃあ、もう1つの軍は……」


「おそらくレイン・ヴォア・アバリカンが指揮する第5部隊だろう」


「確か『氷烈の勇者』っていわれている」


 エスカリナは、前線軍を守る大きな氷柱を見つめる。


 レインも魔族、人類問わず有名な勇者だ。

 触れるだけで物を凍らせることができる特異能力者で、大気中の水蒸気を凍らせて、城外に見える巨大な壁を作ることも可能である。


 その気になれば、辺り一面を氷の国にすることもできるだろう。


 理由はわからないが、ロッキンドとレインはよく組まされる傾向にある。

 いずれにしろ、勇者という危険な2人の猛獣が、今回の相手のようだ。


「勇者が2人ですか……」


 駐屯兵の隊長が、顔を青白くさせる。

 勇者という存在は、1人につき万の兵に勝るといわれる。

 兵士が半分減っても、勇者がいる限り、その戦力は4万と変わらない。


「何を言っているのよ」


 やや雰囲気が暗くなる城壁周辺で、エスカリナの明るい声が響いた。


「違うわ。6万の兵が、4万に減ったのよ。兵は増えていない。それにこっちには、ヴァロウとザガスがいる。そうでしょ、2人とも」


「ああ……」


「はっ……。別にオレ様はお前たちのために戦う訳じゃねぇぞ。オレ様が戦いたいから戦うんだ」


「はいはい」


 すると、ぷんと良い香りが漂ってきた。

 強い磯の香りが鼻腔を突く。

 海沿いにあるルロイゼン城塞都市は、常に潮の香りがするのだが、この匂いはさらに濃い。


 下から白い湯気が上がってくる。

 給仕の女がトレーに器を載せて現れた。


「如何ですか、ヴァロウ様、ザガス様」


 2人は器を覗き込む。

 麦飯の中に魚の身が混ぜ込まれている。

 それらが白い湯に浸かっていた。


 茶漬けというヤツである。


 しかも、ただの茶漬けではなかった。


 ヴァロウは気付く。


「ただの茶漬けではないな」


 ヘーゼル色の瞳を光らせた。


 給仕はその眼光の鋭さに驚いたが、最後にやんわりと笑う。


「はい。前にエスカリナ様に教えてもらった魚の骨や頭の部分で出汁を取ったものを使ってみました」


「なるほど」


「こりゃうまそうだ」


 ザガスは遠慮なく器を掴む。

 箸を乱暴に握り、サラサラと口の中に流し込んだ。


「んんんんんんっっっっ!! うめぇえ!」


 巨漢の人鬼族の顔が、子どものように輝く。

 カンカンと器を叩きながら、魚の汁の茶漬けを頬張った。


 横でエスカリナが作法を口やかましく忠告する。

 他の魔族は随分箸の使い方に慣れたのだが、ザガスだけが何度教えても守ってくれないからだ。


「俺ももらっていいか」


「はい。どうぞ」


「うん」


 ヴァロウも器を持ち上げる。

 熱いがもてないほどではない。

 ヴァロウはきちんと箸を握り、片手で拝み手をして食べ始めた。


 サラサラと口に入っていく。

 少々疲れた後に、茶漬けは良い。

 あまり手を動かさずに、飯が入っていくからだ。


「うまい」


 口の中で広がっていく魚の出汁。

 そこにふんわりと柔らかい麦飯が加わり、口の中で渦潮のように回っている。

 魚の身も新鮮だ。

 変な苦みはなく、身の旨みをしっかりと味わえる。


 何よりも少し厚みに切られた魚の身の歯ごたえは、肉にまさるとも劣らなかった。


 それが魚汁と加わり、良いハーモニーを生んでいる。


 ふと目をつぶれば、口の中で泳ぐ魚の姿が見えそうだ。

 このどんぶりの中に、海そのものが詰め込まれたような雄大な味を感じた。


「いかがですか、ヴァロウ様?」


「馳走になった。今、茶漬けを出したのは、お前の提案か?」


 尋ねると、給仕は薄く笑った。

 すると、横のエスカリナを見る。


「わ、わたしだけど……。ダメだったかな?」


「いや。戦場で食べるのには最適だ。食べやすいし、栄養価も高い。怪我人にも食べさせることができるしな。よくやった、エスカリナ」


「わわ……。ヴァロウに褒められちゃった。えへへへ」


 エスカリナは頬を染めて、恍惚とした笑みを浮かべる。


 余程、嬉しかったのだろう。


 しかし、ヴァロウは釘を刺すのも忘れない。


「料理を研究するのもいいが、お前の仕事はあくまで領主代行だ。片手間にやる程度にしておけよ」


「わ、わかってるわ。そっちも手を抜かないから!」


 がんばる、と両拳を胸の前に掲げ、自らを鼓舞するのであった。


小休止したところで、

次回はいよいよ第5、第7部隊との対決です!

お楽しみに!

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