第82話 2人の勇者
「ほう」
輿の上でダレマイルは口角を上げた。
手に書類を掴み、肘掛けに寄りかかりながら眺めている。
書類は先ほど前線軍の使いが持ってきたものだ。
前線軍の兵の配置図、各部隊の兵数、さらに指揮官の名前などが記載されている。
ダレマイルの声に反応したのは、チェッカーだった。
「いかがしましたか、ダレマイル様?」
「いえ……。前線軍もなかなか無慈悲だと思いましてね」
「?」
「見てみなさい」
御簾から手を伸ばし、書類をチェッカーに渡す。
馬上で受け取ると、軽く目を通した。
「主力は前線軍第5部隊と第7部隊ですか。司令官は――」
それまで平静だったチェッカーの顔がこわばる。
その反応を見て、ダレマイルは「むふ」と笑った。
司令官の名前にはこう書かれていた。
ロッキンド・ラー・ファルキス 19歳 男
レイン・ヴォア・アバリカン 22歳 男
いずれも若い。
ロッキンドなどまだ十代だ。
その2人が、2万の兵を率いる司令官なのだという。
彼らが若くして、部隊の司令官についているのには、理由がある。
それは――。
「だ、ダレマイル様……。この2人はもしや――」
「そうです。1人は『爆滅の勇者』ロッキンド。そしてもう1人は『氷烈の勇者』レイン。彼らは2人とも勇者です。その戦力を、前線軍は小さな城塞都市に差し向けたというわけですよ。くふふふふ」
ダレマイルの目が妖しく光る。
ルロイゼンの絶望を想像し、愉悦に浸っているようだった。
チェッカーとしては頼もしいというより恐ろしかった。
4万の大軍を寡兵でもって相手しなければならないのに、そこに2人の勇者である。
勇者の戦力は、万の兵と同等だといわれる。
実質、ルロイゼン城塞都市は6万の兵を相手にするということだ。
「前線軍も思い切りましたね。暇なんでしょうか?」
「現在、最前線は敵の守りが堅く、膠着状態のようです。ここでいくさに勝利し、士気を上げたかったのではないでしょうか?」
「なるほど。その線はありますね。いずれにしろ……。ルロイゼンの皆様にはご愁傷様といっておきましょうか。くふふふふ……」
ダレマイルはまた妖しく笑うのだった。
◆◇◆◇◆
一方、前線軍第7部隊司令官ロッキンド・ラー・ファルキスと、前線軍第5部隊司令官レイン・ヴォア・アバリカンは、ルロイゼン城塞都市西の平原にいた。
もう少しすれば、目的地に着くといったところで、ロッキンドは行軍の指示を副官に任せ、隣の第5部隊にいるレインの方へと馬を駆る。
柿色の髪を靡かせ近づいてくる司令官を、レインは眼鏡越しに捉える。すると、あからさまに嫌そうな顔をした。
「ロッキンド、何をしている。自分の部隊から離れるな」
「なんでぇ、藪から棒に……。緊張してるお前の顔をほぐしに来てやったのに」
「無用だ。こちらは4万。向こうは駐屯兵と全市民を合わせても、3000余り。そこにメッツァーやヴァルファルから加わったとしても、5000もいかないだろう。そんな優勢な状況の中で、緊張しろというのがおかしい」
「ふはははは……。ま、確かにな」
だが、結局ロッキンドはレインの側に近づいてきた。
馬を並べ、2人は歩き出す。
彼らは年こそ少し離れているが、昔からの知り合いだ。
本国には特殊な能力を持つ子どもを育成する機関があり、2人は幼い頃からそこで育った。
軍に入隊したのも同じ時期で、勇者として認められたのも同時期だ。
部隊の司令官に任じられ、何故か同じ戦場を共にすることが多かった。
腐れ縁の中の腐れ縁なのだ。
「全くむなしさを感じる」
「だよな。こんな勝ちいくさ……。やる気が出ねぇよな。いくら最前線が今膠着していてもよ。これじゃあ、弱いものいじめだぜ」
「違うな。私が言いたいのはそういうことではない」
「じゃあ、なんなんだ?」
「なんでまたお前と組まなければならないか、ということだ」
「なんだ、またかよ。いいじゃねぇか。オレたち息ピッタリだしよ」
「ピッタリなものか。私が合わせてやっているのだ。くそ! 今度こそ配置換えしてもらう」
「ふはははは……。オレは却下される方に賭けるがな。ま、とっとと終わらせて、早いとこ前線に帰ろうぜ」
「あまり油断するなよ、ロッキンド。相手はあの『風の勇者』ステバノス先生を倒したヤツだ」
「だったな……。弟子として、そこはきっちりと形を付けてやらねぇとな」
ようやくやる気が出たのか。
ロッキンドはパシッと両手を叩く。
レインの方も馬に吊した愛槍を確認した。
すると、馬上からルロイゼン城塞都市が見えてきた。
今日は空気が澄んでいて、遠くからでも有名な三段城壁がはっきりと確認できる。
「聞いていたよりも大きいな」
「なんだよ、レイン。ビビってんのか? 大丈夫だよ。オレの『爆滅』の力で、あんな城壁吹き飛ばしてやる」
ロッキンドは三白眼の目を光らせる。
その時だった。
ロッキンドが何かを捉える。
「今、何か光らなかったか?」
同時にレインも気付いた。
すると、突然声を張り上げる。
「ロッキンド! 地面だ!!」
「――はいよ」
まさに阿吽の呼吸だった。
ロッキンドは訳を聞かず、地面に『爆滅』の力を叩きつける。
三白眼が光った瞬間、前方の土が轟音と共に捲り上がった。
大きな砂埃が立ち上がる。
すかさずレインは手を伸ばした。
埃に触れた瞬間、一瞬で凍てつかせる。
氷は蔓のように伸びると、1本の大きな氷柱ができあがった。
刹那、その青白い光が第5、第7部隊に襲いかかる。
それは一条の嵐だった。
部隊をなぎ払うかのように抉る。
たちまち周囲の兵が吹き飛んだ。
「ぐぅう!!」
レインは光によって破砕される氷を、崩れた側から精製し直していく。
友人が苦悶の表情を浮かべるのを、ロッキンドはただ眺めるしかなかった。
やがて光は収束していく。
「な、何が起こったんだ?」
「わからん」
ロッキンドとレインが顔を上げる
ふと周りを見た時、兵士の半数が吹き飛んでいることに気付いた。
「な――――ッ!」
「馬鹿な!」
2人の勇者は絶句する。
レインの能力によって守られた第5部隊の被害は少ないが、ロッキンドが離れていた第7部隊は9割以上の損害を出していた。
4万の兵が、あっという間に2万近く減らされたのである。
「誰だ、こんなことをやったヤツは……」
「気を付けろ、ロッキンド。向こうにも勇者クラスがいるらしい」
ロッキンドが怒りを滲ませる横で、レインは汗を拭うのだった。
◆◇◆◇◆
ルロイゼン城塞都市の西の城壁。
そこに立っていたのは、1人の人鬼族だった。
剣を下ろした体勢のまま固まっている。
やがてゆっくりと剣を振り上げた。
ヘーゼル色の瞳が閃く。
半数を失った前線軍を見ながら、第六師団師団長ヴァロウは吐き捨てた。
「ぼさっと行軍しているからこうなるのだ」
戦争は始まっている。
例え、相手が寡兵であっても、いついかなる時も兵は油断してはいけない。
それは戦争において、基本中の基本だった。
こうして同盟領包囲戦の火蓋は切られるのであった。
面白い! あれ? これ? もう決着ついたんじゃね?
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