第81話 ルロイゼンの民
それはヴァロウがメッツァーから離れる時だった。
メッツァーの民とともに、ルロイゼンに向かうヴァロウとザガス、さらにエスカリナとその補給部隊を、ルミルラとベガラスクが見送る。
すると、ヴァロウは2人に振り返った。
「ベガラスク、シュインツのことを頼むぞ」
「言われなくとも、そうするつもりだ。それよりいいのか? この女と2人にして。オレはまだこのルミルラという女を信用していない。魔族になったとしても、こいつはヴァルファル領主であることは変わりはないのだ。つまりは人類側だ。もしかしたら、寝首を掻くかもしれないぞ」
ベガラスクは殺気立つ。
脅しではない。
本物の殺気だった。
だが、ヴァロウは首を振る。
「お前は、そんなことはしない」
「何故、そんなことがわかる?」
「理由は簡単だ。お前が案外賢いからだ」
「な――――ッ!」
意外な人物から、意外な称賛を受け、ベガラスクは固まった。
横で「賢い?」と疑問を呈しながら、ザガスが笑っている。
「最初、俺はお前が単なる猪武者だと思っていた。故に、今回お前と組むに当たって、もっと反発があると俺は考えていた。だが、予想したよりも、お前は俺の作戦について理解を示し、完遂した。それはお前が、俺の作戦の“利”をきちんと理解できているからだ」
愚将の例を出すなら、その最たるはゴドラムだろう。
ヴァロウの利を理解せず、ただ耳を塞ぎ、拒み続けた。
その点、ベガラスクは違う。
ヴァロウの作戦が有意義と理解し、正確に実行に移したのである。
「保証する。ルミルラは優秀だ」
「ほっ!」
不意打ちの称賛に、こちらもピンと背筋を立てる。
頬が紅潮し、ルミルラの頭から湯気が上った。
「今彼女を信じろとはいわん。その代わり、この作戦を立てた俺を信じろ。そして俺は、お前がこのシュインツをルミルラとともに守ってくれることを信じている」
「………………ふん。よかろう」
ベガラスクは頷く。
かすかに尻尾が左右に揺れた。
「ただもしこの女に不審な点があらば――」
「ああ。容赦なく切り捨てていい」
「私もそれを願います、ベガラスクさん。その時は容赦なく、私の首を切り飛ばしてください」
ルミルラはベガラスクの方に身体を向ける。
ベガラスクもまた、ルミルラを睨んだ。
新米魔族の薄紫色の瞳と、魔王の副官たる魔狼族の紅蓮の瞳が交わる。
やがてルミルラは手を差し出した。
ベガラスクは初めこそ躊躇していたが、やがてその小さな手を握る。
ふん、と鼻息を荒くした。
新たなコンビを見届け、ヴァロウは久しぶりにルロイゼンに向かうのだった。
◆◇◆◇◆
一方、ダレマイルは45000の兵を率い、再び旧同盟領と呼称された国境へと向かっていた。
再度メッツァー占領を狙うつもりだった。
だが、斥候が新たな情報をもたらす。
1つ、メッツァーに人の気配はない。
2つ、メッツァー城門が取り払われていること。
3つ、敵の本隊はシュインツに集中していること。
輿の上で爪の手入れをしていたダレマイルが、おもむろに顔を上げる。
「ふむ。メッツァーを捨てて、シュインツに立てこもりましたか。さすがですね。
魔族軍の指揮官は、やはり優秀です」
「いかがされますか、ダレマイル様」
尋ねたのは、側に仕えるチェッカーである。
まだ戦地からはほど遠いにもかかわらず、きちんと武具を身に纏っていた。
生真面目な性格が、恰好から滲み出ている。
「もちろん、シュインツに向かいますよ」
「メッツァーはいかがされますか?」
「放置しましょう」
ダレマイルは即答した。
チェッカーはピクリと動く。
「旧同盟領の中心地です。占領しておけば、後々……」
「城門が外されているのでしょう? 防衛機能が低下している都市を占領しても、得なことはありません。何か仕掛けられている可能性もありますし、飲み水に毒でも入れられていたら大変ですからね」
占領した都市の飲み水に毒を入れるのは、古来からの魔族の常套手段である。
しかも、魔族の毒は無味無臭。
水を飲んだことによって、多くの無辜の民や兵の命が奪われた。
恐ろしいことに、魔族はその水を飲める。
彼らにとって、何のリスクもないのである。
「確かに……」
チェッカーは感心したように頷く。
「それにしても、同盟領を前線の軍と連携して、挟み込むとはよくお考えになられましたな」
「褒められることではありませんよ。たかだか1万足らずの軍に、8万5千の兵で当たるのです。しかも挟撃という戦術まで使って……。これで負けたら、私はいい笑いものになるでしょう」
「いや! 必ずや討ち果たされることでしょう」
チェッカーは上官を励ます。
むろんダレマイルも負けるとは思っていなかった。
この半数の兵でも勝つ自信はある。
だが、そうしなかったのは、やはりメッツァーで見たヘーゼル色の瞳を持つ魔族が気になったからだ。
あの指揮官は倍数以上のメッツァー軍を完膚なきまでに叩きのめした。
自軍の損耗率からいっても、完勝だ。
8000の兵が、たかだか500しか削ることができなかったのである。
そう考えた時、今のヴァルファル軍を含めた連合軍を全滅させるためには、およそ10倍の兵が必要と考えた。
加えて東と西に軍を分け、旧同盟領を挟み討つ作戦を提案した。
完全勝利は間違いない。
もはや戦場という盤面に美しさすら漂っている。
故に、ダレマイルは恍惚とした顔を浮かべていた。
「さて……。あの無機質な表情がどんな風に歪むのか楽しみですね」
上級貴族ダレマイルは思わず舌なめずりした。
◆◇◆◇◆
一方、ヴァロウたちはルロイゼンに到着した。
ダレマイル率いる本国軍がシュインツに到着する57日前である。
エスカリナとヴァロウの帰還。
久しぶりに領主が揃い、ルロイゼン城塞都市は沸き立つ。
しばらく見ないうちに、ルロイゼンは変わっていた。
城壁は整備され、雑草が生え荒れ放題だった通りは綺麗になっている。
海岸から荷運びしやすいように、と坂が付けられ、シュインツからもたらされた大型の武器が城壁に並んでいた。
かつて難攻不落と呼ばれたルロイゼン城塞都市の姿が、蘇りつつあった。
「ふふん! どう? ヴァロウ、見違えたでしょ?」
エスカリナは腰に手を当て、鼻を鳴らした。
一瞬呆然としていたヴァロウは、頷く。
「ああ……。予想外だ」
すべての指示はヴァロウから出されていた。
海岸の整備も含めて全部である。
だが、ここまで早く整備されているとは思わっていなかったのだ。
これは民衆たちの不断の努力――その賜物である。
けれど、ヴァロウが驚いたのは、整備され生まれ変わろうとしているルロイゼンの城塞都市機能だけではない。
人だ。
占領した時、あれほど絶望に打ちひしがれた人の顔が、輝いていた。
同じ人かと思うほどである。
ルロイゼンを盛り上げる。
エスカリナを助ける。
そういう一体感が、都市に溢れていた。
ヴァロウはギュッと唇を締める。
今、都市とともに生まれ変わろうとしている3000人の民衆たちに、ヴァロウは残酷な言葉をかけなければならない。
だが、躊躇している暇はない。
もしかしたら明日にでも人類軍は攻めてくるかもしれないのだ。
ヴァロウはただ粛々と軍師の仕事をすることを決めた。
自分たち魔族を受け入れてくれたルロイゼンの民を裏切ることになったとしてもだ。
「皆、聞いてほしい」
集まった民衆の前で、ヴァロウはぽつりと呟く。
ヴァロウの声は皆の注目を集めた。
いつもはエスカリナが民の説得役だった。
故にヴァロウから直接話を聞くことは、非常に稀なのだ。
皆が耳を傾ける。
ルロイゼンの城門前はしんと静まり返った。
そしてヴァロウは作戦を告げる。
その壮大にして、あまりに荒唐無稽な作戦に、民衆は息を呑んだ。
驚き、不安が綯い交ぜになり、歓迎ムードは一転して、お通夜のように暗い空気が漂う。
最後にヴァロウはこう締めくくった。
「今できる最善の策はこれしかない。だが、必ず勝利できるだろう。そのためには皆の協力が必要だ。ルロイゼン城塞都市3000人の力が必要なのだ。頼む……。どうか我らとともに戦ってほしい」
ヴァロウは頭を下げた。
罵倒や投石ぐらいなら覚悟していた。
それでも、ヴァロウは揺らぐことがない。
最終的には脅してでも、ルロイゼンを民を動かそうと考えていた。
すると、予想通り大きな声が静寂を切り裂く。
「ご託はいい!」
「そうだ!」
「教えろ!」
「教えてくれ!!」
「オレたちは……」
「わたしたちは……」
一体何をすればいい!!
民衆の声が揃う。
わっと波のように盛り上がると、ヴァロウの黒い髪を梳いた。
ヴァロウは顔を上げる。
最強の軍師は瞼を広げ、呆然としていた。
すると、民衆たちは口々に言う。
「ヴァロウ様は、このルロイゼンを解放してくれた」
「我々に食糧を与えてくれた」
「仕事を与えてくれた」
「生きる糧を与えてくれた」
「このルロイゼンを蘇らせてくれたんだ」
「そうよ」
エスカリナの力強い言葉が響く。
「たとえ、この作戦でまたルロイゼンが滅びても……。また蘇らせればいい。それを教えてくれたのも……あなたよ、ヴァロウ」
「だから、命令してくれ」
「指示をくれ」
「オレたちは生き残りたい」
「それができる頭を持ってるのは、あんただけなんだ……。だから――」
命令をくれ!!
民衆の声が、ヴァロウの凍った魂を打つ。
人類であった軍師時代。
ヴァロウは嫉妬の渦中にいた。
若いながら軍師として認められ、民から称賛を浴び、注目された。
だが、決して仲間から慕われていたわけではない。
時に非情になり、仲間を切り捨てるのも軍師の役目だからだ。
どちかといえば、ヴァロウは軍の間では嫌われ者だっただろう。
本国より任じられた軍師という地位によって、兵たちは命令に従っていただけなのだ。
そんなヴァロウが驚くのも無理はない。
何せ命令をくれ、なんて言われたのは初のことだった。
「ヴァロウ……。大丈夫?」
「おい。ヴァロウ……。命令をくれってよ」
ザガスはヴァロウの背中を叩いた。
1歩、ヴァロウは前につんのめる。
そこでようやく彼は、いつもの軍師に戻った。
顔を上げ、居住まいを正す。
いつもの無表情になり、そして淡々と口にした。
「では、命令を下す」
前線軍到着まで、57日。
ルロイゼンの長い日々が始まるのだった。
【緩募】
作者、現在色んな戦場や過去の戦いの中から、
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