第80話 作戦会議
『第9章 旧同盟領包囲戦』、早くも開幕です。
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メッツァーに張られた天幕の1つ。
そこは異様な緊張感に包まれていた。
長机に地図が置かれ、各都市を示す駒と人員の状況が示されている。
その周りに集まったのは、魔族と人間たちだ。
魔族側は、ヴァロウとベガラスクの師団長2人に、第四師団の補佐役と第六師団の武将であるザガス、工兵部隊統括のアルパヤ、そして新しく第六師団の補佐役に加わったルミルラの計6名である。
一方、人類側はルロイゼン城塞都市領主代行エスカリナ、その御用商人ペイベロ、さらにヴァルファル軍の前線指揮官と、ルミルラの秘書官が加わった。
第四師団、第六師団の魔族軍。
ルロイゼン、ヴァルファルの同盟軍。
こうして幹部が一箇所に集まったのは、初めてことだった。
「なんか作戦会議って感じね」
明るい声を上げたのは、勿論エスカリナである。
皆がどこか緊張した面持ちなのに、彼女の方はというと、ドキドキよりもワクワクが勝っているような表情をしていた。
「なんで武将でもないお前がここにいるんだ?」
茶々を入れたのはベガラスクである。
紅蓮の瞳を光らせた。
しかし、エスカリナには通じない。
下瞼を押さえて、舌を出した。
「わたしだってルロイゼンの領主代行よ。今回の作戦は、同盟全体に関わるんでしょ。わたしがいてもおかしくないはずよ。そうでしょ、ヴァロウ」
机の中央に陣取ったヴァロウを見つめる。
集中を高めていたのか。
それとも思索にふけっていたのか。
エスカリナの声を聞き、瞼を持ち上げる。
そして、1つ頷いた。
「エスカリナの言う通りだ。今から話す作戦は、同盟全体に関わることになる」
「ねっ!」
「ぬぅ……」
エスカリナが「勝った」とばかりにウィンクする。
一方、ベガラスクは腕を組み、唸った。
「よし、揃ったな。作戦会議を始める」
ヴァロウの声が響く。
皆が彼の方に身体を向けた。
先ほどまで戯けていたエスカリナも真剣な表情で、耳を傾ける。
「次のいくさは防衛戦になる。つまりこの同盟領を守る戦いだ」
「ふん。人間の領地を守る戦いとは……。なんとも奇妙なものだ」
ベガラスクは鼻で笑う。
だが、ヴァロウは首を振った。
「ベガラスク、その認識は間違っているぞ。同盟領はすでに我ら魔族のものだ。その領地を守るのは、当たり前のことだろう」
「……ふ、ふん。わかっておる」
ベガラスクは鼻頭を振り、そっぽを向いた。
ヴァロウは説明を続ける。
すると、地図に新たな駒を置いた。
1つはメッツァーの東――同盟領と本国領の境。
もう1つはルロイゼンの西である。
「敵の作戦は、2正面作戦だろう」
「東は本国軍。西は最前線から戦力を割いて、挟み撃ちする作戦ですか……」
ルミルラは感心した様子で、地図という盤面を睨んだ。
ヴァロウは頷く。
「ああ。しかも、これまでにない兵力を投入してくるだろう。俺は最悪10万規模の大軍勢で攻めてくると考えている!」
「「「「「10万!!」」」」
唸ったのは主に人類側の幹部である。
互いに口を開け、顔を見合わせた。
一方、ベガラスクは「むぅ」と唸る。
血の気の多いザガスは、ペロリと唇を舐めた。
魔族側でビビっているのは、ドワーフのアルパヤぐらいだろう。
褐色の肌を青白くし、ゴクリと息を飲む。
「対して俺たちは第四師団が1500、第6師団が1100、予備兵も合わせたヴァルファル軍が5000余名。全軍合わせて1万もない」
ヴァロウは駒を起きながら、現実を突きつける。
肩を竦めたのは、ペイペロだった。
「これは……。逃げ支度をした方が早いのではありませんか? といっても、逃げる場所はどこにもありませんが」
皮肉る。
だが、笑うものはいない。
皆、真剣な表情で盤面に向かっていた。
やがてルミルラはヴァロウに答えを求める。
「ヴァロウ殿……。――この圧倒的不利な状況をどうするのですか?」
「何か策があるのか、ヴァロウ」
「いつもの手の平の上なんでしょ?」
皆がヴァロウの方を向く。
しばらく沈黙した後、ヴァロウは短く答えた。
「ある」
すると、盤面の味方駒をシュインツとルロイゼンに分けた。
「まずヴァルファル、メッツァーの民をシュインツとルロイゼンに移住させる」
「敵に的を絞らせる作戦ですね。ですが、ルロイゼンはともかくとして、もう1つはヴァルファルでもいいのではありませんか?」
ルミルラは質問する。
弟子の答えに、ヴァロウは満足せず、首を振った。
「今回の戦いは、間違いなく防衛戦が主体となる。10万の兵を同盟領から追い出すのが目的だ。そのためには籠城戦しかない」
「それはわかりますが……」
「その点において、ヴァルファルは都市が広すぎる」
ヴァルファル城塞都市は、人口こそメッツァーより少ないが、広大な土地を持つ。城壁に囲まれてはいるが、東西南北いずれも開けていて、どこからも攻めることができる。
非常に守りにくい土地柄なのだ。
「だが、シュインツはヴァルファルと比べて狭い。さらに西側は山だ。東と南北の守備に徹すればいい」
加えるならば、シュインツの城壁は他の都市と比べても高い。
あそこを攻略できるのは、魔狼族ぐらいだろう。
「メッツァーではダメなのか?。ここには3つの城壁があるぞ」
ベガラスクは尋ねる。
しかし、この質問にも軍師は満足しなかった。
「メッツァーの3つの城壁は一見有用には見えるが、第1の城門を抜くだけで十分この都市の機能を停止できる」
メッツァーを上から見ると、大きな四角、中ぐらいの四角、小さな四角という風に3つの城壁が中央に向かうほど小さくなっていっている。
その大きな四角である第1の城門を抜けば、籠城した敵は外部との連絡手段がなくなり、やがて自滅すると、ヴァロウは考えていた。
「それにこれは単なる籠城戦ではない。いわば攻めの籠城戦なのだ」
「あくまで敵を同盟領から追い払うのが目的なのですね」
ルミルラの答えに、ようやくヴァロウは頷いた。
「ね、ねぇ、ヴァロウ」
そこで手を挙げたのは、ずっと黙って聞いていたアルパヤだった。
「作戦はわかったよ、概ね……。けど、今残っているメッツァーの人たちと、ヴァルファルの人を、シュインツとルロイゼンに振り分けるんだよね。ルロイゼンのことはわからないけど、シュインツは今いっぱいだよ」
「そのことか。すまないが、お前たちには山の中で暮らしてもらう。シュインツの移住地を明け渡してもらうことになるが、ドワーフは山の民だ。それでも構わないと思っているのだが」
「なるほどね。……確かにみんな喜ぶかも」
「あと……。作戦会議の後で指示を出すが、お前たちの半数にはこのメッツァーに来てもらうことになる」
「ええっ! どういうことそれ……。なんか不安だな。仕事が増える予感……。キラビムの開発がますます遅れちゃうよ」
「案ずるな。この戦いが終われば、開発費と開発時間をやる」
「ホント???」
アルパヤは目を輝かせた。
だが、それに待ったをかけたのは、商人のペイペロだ。
こほん、とわざとらしく咳払いした。
「時間はともかく……。使えるかどうかもわからない兵装に、無尽蔵に開発費を出せませんよ。今だってカツカツなのに……」
「いいじゃん。シュインツの武器で儲けているんでしょ」
「儲けている時こそ、引き締めは必要なのです。それにアルパヤさん、あなたは使途不明金が多すぎる。お菓子代って一体何に使っているのですか?」
「え? いや……。それはそのぅ――――」
ペイペロに攻め立てられ、アルパヤは目を右往左往させる。
慌てるアルパヤに救いの手を差し伸べたのは、ルミルラだった。
「それを言うなら、ペイペロさん。あなたもですよ。帳簿と出金伝票が合わない時があるんですけど……」
「え? ……なはははは。これは藪蛇だったようですね」
ペイペロは横を向く。
ルミルラから視線を逸らした。
その様子を見て、エスカリナはケラケラと笑う。
「あはははは……。みんな、色々とあるのね」
「エスカリナさん、あなたもですよ。料理開発費ってなんですか? 少しならいいですが、想定よりも2桁ぐらい違うんですけど」
ルミルラの眼光が飛ぶ。
エスカリナはぷいっと青い顔を背けた。
「あらら……。こっちも藪蛇だったみたい」
すると――。
ガンッ!
金属を叩くような音が狭い天幕に響いた。
出所はザガスである。
ふん、と鼻息を荒くする。
「金がどうだってのは、オレ様にはどうでもいいことだ。問題は、この戦さをどう切り抜けるかってことだろ?」
「う……」
「確かに……」
「ご、ごごごごめんなさい」
エスカリナ、ペイペロ、アルパヤは謝罪する。
ルミルラも息を吐いた。
その横でベガラスクが笑っている。
「くくく……。たまにはまともなことをいうではないか、ザガスよ」
「はっ! それよっか、ヴァロウ。相手を追い払うのが目的なら、どっかで一大決戦があるってことだろ」
今日のザガスは冴えているらしい。
いや、彼自身が持つ独特の嗅覚というべきか。
その答えは的を射ていた。
籠城戦では、敵を追い払うことは難しいからである。
「ああ。そうだ」
「どこかで10万対8000がぶつかるってわけだ」
絶望的な差であるはずなのに、何故かザガスは嬉しそうだった。
「いや、そうはならない。何故なら、俺たちには援軍がいる」
「援軍? 今、オレ様たちに味方してくれるヤツなんているのかよ」
すると、ヴァロウは駒を取り出す。
盤面のある場所に置いた。
それを見て、皆が「おおっ」とどよめく。
さらにヴァロウは詳しい立ち回りを説明した。
またヴァロウ以外の魔族や人間が声を上げる。
それはもう悲鳴に近かった。
ルミルラもその1人だ。
「な! 待ってください! それは危険ではありませんか、ヴァロウ殿」
ヴァロウの作戦は概ねこうだった。
シュインツ城塞都市に第四、第六師団の本隊を置く。
つまり、8000名近くの兵をすべてシュインツに集中させるということだ。
対してルロイゼンに行くのは、ヴァロウとザガスのみ。
メッツァーの民の一部を連れていくが、戦力となるものはすべて連れていかない予定だった。
「ルロイゼン城塞都市にいるのは、200名の駐屯兵だけと聞いています。そんな戦力で、予想される5万の兵に対抗できると思っているのですか!」
ルミルラは詰問した。
さすがはヴァロウの弟子だっただけである。
状況をよくわかっていた。
だが、ヴァロウは平然としている。
取り乱す元弟子の前でも無表情だった。
「ルミルラ……。もっと考えろ。200の駐屯兵? 確かにそれも戦力のうちだろう。だが、我々には戦力が残されている」
「まだ戦力があるですって」
ルミルラは盤面を見た。
しかし、どこにもない。
これ以上、援軍などどこにもなかった。
すると、ヴァロウはフンと鼻を鳴らす。
そして「ここ」と指を差した。
そこはルロイゼン城塞都市だ。
「一体、どこに?」
「案ずるな。お前が采配するわけではない。それよりも、自分のことだけを考えろ。シュインツの守りは、すべてお前にかかっているんだからな」
「わかっています。……あなたが、退かないことも。だから、ヴァロウ殿」
必ず生きて帰ってきて下さい。
ヴァロウは口角を上げる。
「無論だ。俺はこんなところで死ぬつもりはない」
そしてヴァロウの作戦案の下、様々なことが実行された。
まずは民の移動である。
メッツァーの生き残りと、ヴァルファルの民をシュインツとルロイゼンに振り分けた。
特にドワーフたちは大忙しだ。
シュインツを開けるために引っ越しを始め、さらにヴァロウに指示されたことをこなさなければならない。
それでも、ドワーフも必死だった。
もうこれ以上、裏切りたくはない。
その一心で、武器を作り、そして穴を掘った。
そうしてあっという間に、60日が経過する。
ヴァロウの予想通り、本国軍4万5千、前線の軍が4万。
計8万5千の兵が、同盟領に押し寄せてきたのである。
ルロイゼンとシュインツ、そして前線軍と本国軍。
広大な旧同盟領の地で行われる包囲戦を、どうぞお楽しみに!




