第72話 竜を狩る者
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突如、メッツァーに現れたのは魔族だった。
魔狼族を主とし、そこにアンデッドやゴブリンなど下級の魔物たちが加わる。
第四、第六師団連合軍。
それを率いていたのは、若き人鬼族ヴァロウだった。
戦場から休む間もなく、メッツァーに向かったのだろう。
体躯に血の痕がべっとりと付着している。
相当急いで走ってきたらしい。
ゴブリンたちがヒーヒーと息を切らしていた。
その姿を見て、メッツァーの民たちはバルケーノが討たれたことを悟った。
決して良い領主ではなかった。
だが、魔族から自分たちを守ってくれる。
その点については、絶対の信頼を置いていた。
彼の綽名は『竜王』である。
名にふさわしく、悪魔を蹴散らしてくれると、そう信じていた。
だが、結果は違う。
命からがら逃げてきたメッツァーの民の前に現れたのは、自分たちの君主でもなければ、救世主でも、神でもなかった。
悪魔だったのだ。
メッツァーの民たちは、へたり込む。
ただただ絶望しかない。
項垂れたのは、もはや万策が尽きたからではない。
悪魔の前に、大人しく首を差し出したのである。
「殺せ……」
そんな怨嗟の声が聞こえてきそうだった。
だが、ヴァロウは民に目もくれない。
まして手を差し出すこともなかった。
ただ目の前を通り過ぎていく。
軍師にとって、メッツァーの民は路傍の石でしかないのだ。
魔族の軍勢は一斉に空を見上げた。
メッツァー城塞都市を覆う黒い影。
それは時に炎を吐き、時に鋭い爪で地面を抉り、人間を建物ごと躍り食いした。
まさに蹂躙である。
「かぁあぁあぁあああ!! でっけぇなあ!!」
手にひさしを作り、「絶景かな。絶景かな」とばかりに眺めていたのは、ザガスだ。
人鬼族でも一際巨躯を誇る彼でも、竜の大きさに驚かずにはいられない。
そして何か大きな玩具を見つけたとばかりに、目を輝かせていた。
「あれが、ルミルラの忠告の正体ということでしょうか?」
一方、メトラは息を呑んだ。
元が飛竜とは思えない異形の竜を見て、顎に滴った汗を拭う。
横のベガラスクや、魔狼族たちも口を噤み、「むぅ」と唸った。
しかし、その中でもヴァロウは動じていない。
メッツァーを蹂躙する竜を睨んでいた。
「バルケーノが亡くなったことを知り、互いの関係を繋ぐ糸が切れたのだろう」
竜士とその竜の関係は特殊だ。
魔法的な繋がりがなくとも、主が死んだと知ると、そのすべての人間との関わりを断つ。
つまりは野良の飛竜になるのだ。
野良となった飛竜の末路が、今メッツァーの現状だった。
魔族しか襲わないはずの飛竜が、人間、魔族関係なく襲いかかる魔物に変貌するのである。
「こんなことになるなら、いっそあの総大将を生かしておいた方が良かったのではないか、ヴァロウ」
ベガラスクは、ヴァロウの責任を問うように鋭い視線を放った。
人間であれば、たちまち泡を吹いてショック死するような眼光に、ヴァロウは堂々とヘーゼル色の瞳で受ける。
「バルケーノは処断して当たり前だ。ヤツは大将だ。殺さない方がおかしい。俺は何か間違ったことをいっているか、ベガラスク……」
「ふん。確かにな……。だが、あの竜は厄介だぞ」
「ああ……。任せる」
「な! お前、あれを魔狼族に狩れというのか?」
「なんだよ、ベガラスクの旦那。びびってんのか?」
にししし、と歯をむき出し、ザガスは笑った。
「誰が恐れていると?」
ベガラスクは、尻尾を鞭のように振るう。
地面に斧を振り下ろしたような跡ができあがった。
「ザガス! ベガラスク様は魔王様の副官なのよ。不敬です」
メトラがたしなめる。
ザガスはニヤニヤしながら、そっぽを向いた。
その大柄の人鬼族は、少し真面目な顔をする。
「だが、旦那がビビるのもわかる。ありゃ化け物過ぎる。今の魔族軍の戦力であれを倒せるのは、第一師団のドラゴランの旦那か、第二師団のアッガムの旦那ぐらいじゃないのか?」
敬称も付けずに、2人の師団長の名前を出す。
ザガスの言う通り、例に挙げた2人なら眼前にいる竜を討伐できるだろう。
だが、援軍を呼ぶにしても、遅すぎる。
その頃には、メッツァーどころか、大要塞同盟の各城塞都市が滅ぼされているかもしれない。
皆が首を捻る中、1人ヴァロウだけが前に出た。
「第四師団に任せたいのは、あの竜ではない」
「ん? どういうことだ?」
「先に入城した本国軍を第四師団に任せるということでしょうか?」
ベガラスクは眉間に皺を寄せ、メトラもまた質問した。
だが、ヴァロウは首を振る。
「本国軍は壊滅寸前だ。今は無視していい。俺たちの相手は、あの竜だけではないということだ」
その時、地上を影が走って行った。
魔族軍は顔を上げる。
「なにぃ!!」
ベガラスクが珍しく声を張った。
そこにいたのは飛竜だ。
それも1匹、2匹というレベルを越えている。
20、30……まだ増えている。
メッツァー城壁外に現れた魔族軍を囲みつつあった。
「なんだ、こりゃ?」
「おそらくバルケーノが飼っていた飛竜たちだろ」
「これ……。全部ですか?!」
メトラは素っ頓狂な声を上げた。
無理もない。
その数はざっと数えて、200匹以上いる。
ヴァロウたちを嘲笑うように上空を飛翔していた。
バルケーノは『竜王』と呼ばれるだけあって、竜士としても優秀だった。
そのため多数の竜を抱えていたのである。
振り返ってみれば、竜の育成こそ孤独な猛将の唯一の慰みだったのかもしれない。
「アルパヤ、まだ花火は残っているな」
「う、うん。残り少ないから、全部の飛竜に効くかはわからないけど」
後方に控えていたアルパヤは、息を切らしたまま答えた。
「よし! メトラ、指揮を任せる。アルパヤの工兵部隊と第四師団を連携させて、小さい飛竜を倒せ」
「し、しかし――」
「できるな?」
ヴァロウのヘーゼル色の瞳を鋭く光らせるのだった。
否定的な発言をしそうになったメトラは、唇を噛んだ。
祈るように胸に手を置く。
指揮することが怖いわけではない。
ヴァロウの命令なのだから、当然それはやる。
けれど、メトラは別のことを考えていた。
ヴァロウが自分に指揮を任せ、何をしようとしているか――ということである。
メトラにはわかっていた。
だからやめさせようとした。
しかし、ヴァロウもまたメトラが気付いていることに、気付いていた。
だから、目で制したのである。
ヴァロウの決意は強い。
一体何がそうさせるのか。
もしかして、死ぬとわかっていて、ルミルラを送り出したことを悔いているのか。
そんな余計なことを考えてしまう。
メトラは首を振った。
いや、そんなことはない。
断じてない。
きっと、これもまたヴァロウの手の平の上なのだから。
「ヴァロウ様……」
「なんだ?」
「ご武運を」
「………………ああ」
ヴァロウを1人戦地へ送り出す。
引き留めたい……!
強くそう思った。
だけど、彼はきっと拒むだろう。
すでに、そうする覚悟を決めているのだから。
ルミルラを見送った時のヴァロウもこんな気持ちだったのだろうか。
そう思うと、少しだけ楽になれたような気がした。
メトラは銀髪を翻す。
見送るヴァロウに背を向けた。
己のことに集中するためである。
「指揮を引き継ぎます。よろしいですね、ベガラスク様」
「ああ……。構わぬ」
「では、これより飛竜の殲滅――――いえ。ヴァロウ様の援護をします。全力をもって、ヴァロウ様に近づく飛竜を撃退するのです。よろしいか!!」
「「「「「おお!!」」」」」
魔狼族、そして魔物やドワーフが声を上げた。
皆、理解しているのだ。
自分たちの大将が何をしようとしているかを。
そしてまた銀髪は翻る。
戦場を見つめた。
その時、かつて王女だった者の瞳は、戦士のものへと変わっていた。
◆◇◆◇◆
ヴァロウは師団を離れ、1人進んでいく。
避難する人間を横目に見ながら、メッツァーの第1の城門を通過した。
街の中に入ると、死臭が鼻を突く。
いや、人間が焼け焦げる匂いだ。
眉を顰めたくなるような匂いを嗅いでも、ヴァロウの表情は変わらない。
黙々と歩き、避難する人間の横を通り過ぎていく。
人鬼族が横を通っても、誰も気付かない。
皆、逃げることに必死だった。
『がああああああああああああああああ!!』
一際大きな吠声がメッツァー城塞都市を襲った。
声を聞いて、避難民たちは腰砕けになる。
より一層の悲鳴を上げて、前へと進むように声を荒らげた。
吠声の主はちょうど第2の城門を跨ぐように身体を休めていた。
暴れ疲れたのだろう。
いや、むしろもう壊す物がないと思ったのかもしれない。
その証拠に、竜の周りには城門以外何もなかった。
一面焼け野原が広がっている。
死体があっても、生者の足音はない。
そこにヴァロウは踏み込む。
1人の人鬼族に、巨竜もまた気付いた。
魔族の匂いを嗅ぎ、まるで懐かしそうに目を細める。
再び吠声を上げて威嚇してきた。
ヴァロウの足が止まる。
それは竜の声におののいた訳ではない。
確かな意志が宿っていた。
スラリと抜いたのは、腰に下げた刀だった。
折り固めた魔法鉱石は、銀色に光っている。
黒煙がたなびき、まるで巨大な洞窟の中にいるように薄暗くなったメッツァーの中で、一際強く輝く。
その強い反抗の意志に、巨竜も反応した。
また大きく嘶き、そして――。
口内から紅蓮の光が輝いた。
炎による攻撃が来る。
それでもヴァロウは動じない。
その時である。
「工兵、撃て!!」
後方でメトラの声が聞こえた。
その瞬間、パルマ高原の戦いで猛威を振るった花火が放たれる。
巨竜の鼻先をかすめると、その側で火花が炸裂した。
聞いたことのない大音響に、さしもの巨竜も体を揺るがせる。
解放された炎は、ヴァロウの脇に逸れた。
ヴァロウは刀を掲げる。
そして言葉を放った。
「来い、アイギス……」
途端、緑色の光と共に、風の精霊が現れた。
間髪入れず、ヴァロウが掲げた刀に吸い込まれる。
瞬間、刀は青白い炎のように燃え上がった。
空を覆う黒煙を払う。
周囲の炎すら消し飛ばした。
突然立ち上った青白い光に、避難民たちの足も止まる。
焼け野原となった故郷に振り返った。
煙を払い、そこだけぽっかりと日光がそそぐ。
そこに現れた温かな光……。
そして、その下にいる1人の小柄な人鬼族。
絵画を思わせる神々しい光景に、誰もが息を呑む。
両親と手を繋いだ幼子が、笑顔を浮かべてこう言った。
「まるで天使様みたいだ……」
ヴァロウにその声が届いていない。
ただ目の前の巨竜に集中していた。
再び竜の口内が閃く。
瞬間、炎が吐き出された。
だが、その前にヴァロウは力強い言葉を放っていた。
ストームブリンガー!!!!!!
『うぉぉおぉおおおぉぉぉおおぉぉぉおんんん!!』
巨竜の咆吼が響くのだった。




