第69話 狂乱の貴族
『8章 メッツァー城塞都市占領』が早くも開幕です!
メッツァー軍敗北。
その同時刻、リントリッドから派遣されてきた本国軍は、大要塞同盟と本国の国境付近に展開したままだった。
近くの村を接収し、大要塞同盟の動きを静観していたリントリッド軍総司令官ダレマイル・ゼノ・チューザーは、比較的広い村長宅で目を覚ます。
わざわざ本国から持ってきた天蓋付きのベッドの上で伸びをする。
軽く顎を撫でると、やや髭が伸びていた。
ベッドから出ようと手を突く。
すると、妙に柔らかい感触があった。
女の乳房である。
「おやおや……」
といってダレマイルは手を離し、汚らわしいとばかりに手を振った。
人の体温とは思えないほど冷たい。
乳房も普通よりも硬く感じる。
見ると、口から泡を吹き、女の苦悶の表情があった。
「少々やり過ぎましたか」
カリカリと頭の上に残った頭髪を掻く。
薄暗い笑みを一瞬浮かべた。
ベッドから出て、椅子にかけられたガウンを纏う。
机の上に残っていた水に、何か白い粉のような物を入れて、飲んだ。
次に爪の手入れをする。
死体が横に転がっているという状況。
なのに、ダレマイルは普通の日常を始めてしまった。
すると、慌ただしい靴音が聞こえる。
バンと扉を開けると、ライトメイルを纏った騎士が現れた。
「ダレマイル様、報告します!!」
大声が響き渡る。
ダレマイルは思わず爪研ぎを落とした。
「チェッカー……。そんな大きな声でなくとも聞こえます。ここは宮廷の私室ではないのですよ」
「し、失礼しまし――――うっ!」
チェッカーという騎士は、思わず鼻と口を腕で覆い隠す。
薄く漂ってきた香の煙を見ながら、目を細めた。
次にダレマイルの後ろのベッドを見つめる。
その視線にダレマイルは気付いた。
「失礼……。あなたはこの匂いが嫌いでしたね」
ダレマイルは手を伸ばす。
魔法によって香の周りの空気を操作した。
香は消えたが、異様な匂いは変わらず立ちこめている。
その一連の動作を見ながら、チェッカーは咳払いした。
「お心遣いありがとうございます」
「それよりも何か火急の知らせがあったのではないのですか?」
ダレマイルはチリンと鈴を鳴らす。
すると、メイド服を着た御側付きの女が2名入ってきた。
失礼します、とテキパキと顔剃りの準備を始める。
1人が石鹸水の張った器を持ち、もう1人がダレマイルの髭を剃る。
その動きに無駄がない。
心のない撥条人形のようだった。
「ボッタッキオ将軍の部隊が消えました。おそらくですが、早朝に自軍の兵を率いて、進発したかと」
「どこにですか?」
「……おそらくメッツァーです」
チェッカーは神妙な顔で答えた。
早くも顔剃りを終えたダレマイルは、剃り残しがないか確認する。
ツルツルの肌に、満足した様子で微笑んだ。
「それは……。困りましたね。大要塞同盟への進軍は、本国の了解があってからだというのに……」
「ですが、気持ちはわかります」
「ほう……」
「あ。いえ……。軍規に違反しているのは咎められる行為です。ですが、今メッツァーの主力軍は、パルマ高原にて魔族軍と戦っています。メッツァーを占拠するなら、今をおいて他にないでしょう」
「確かにそうですね」
「本国の判断を仰いでいては出遅れてしまいます。本国軍の総司令官はダレマイル様です。それを――――あっ。失礼しました。一番忸怩たる思いでいるのは、ダレマイル様なのに……」
チェッカーは頭を下げた。
「くくく……。いいですよ。私は飾りの司令官ですから」
「そんなことはありません!」
チェッカーは思わず声を荒らげてしまった。
自分の声の大きさに、チェッカー自身が驚く。
自戒するように咳払いすると、「失礼しました」と頬を染めた。
「チェッカーの気持ちはわかりました。ですが、今メッツァーを攻めてはいけません」
「それは――――」
「直にわかりますよ。全軍に徹底して下さい。何があろうと動くなと。いいですね」
「かしこまりました」
チェッカーは敬礼する。
すると、家の外がにわかに騒がしくなってきた。
まるでカラス、猫、犬が同時に餌を取り合っているような声が聞こえる。
「そろそろ時間のようですね」
ダレマイルは立ち上がる。
側付きのものに手伝ってもらいながら、真っ黒のローブに着替えた。
大きな頭に載せたつば広の帽子も黒である。
まるで何か喪に服す葬儀屋のようであった。
「さて、今日も行きましょう。迷える子羊を救わねば……」
「よろしくお願いします」
チェッカーを先頭にして、家の廊下を歩く
外の喧騒が次第に大きくなっていった。
玄関を空けた途端、まるで爆弾のように声が弾ける。
「ダレマイル様だ!」
「おお! ダレマイル様!!」
「ダレマイル様、お慈悲を!」
「どうか! 我らに導きの言葉を……」
人間たちが玄関に殺到していた。
全員村の人間である。
まるで獣のように声を上げ、ダレマイルを讃えた。
カッと見開かれた瞳には黒装束といっても差し支えない大男が映っている。
丸く赤黒い瞳。
四角い輪郭。
蛇のような大きな口。
胸板は厚く、肩幅も広い。
まるでゴーレムのような男だった。
そんなダレマイルに、ここの村人は手を伸ばし、慈悲を請う。
猛獣のような村人を見て、ダレマイルは満足そうに微笑んだ。
まるで後光が差したような気がした。
村人たちのボルテージは最高潮に達する。
慈悲を! 慈悲を! と呼びかけ続けた。
「仕方ないですね。ちゃんと私の話を聞くことができますか?」
「はい!」
「もちろんです!」
「どうか!」
「ご慈悲を!」
さらに声が大きくなる。
興奮しすぎて、倒れ、そのまま息を引き取るものすら現れた。
周りで見ていた兵士が、倒れた人間を回収していく。
仲間が倒れても、興奮した村人たちは目もくれなかった。
「あなたたちも好きですね。わかりました。では、ご褒美を上げましょう」
ダレマイルは手を掲げる。
その瞬間、村人たちは手で器を作った。
桶や笊を掲げるものもいる。
前の人間を押し倒すようにダレマイルに殺到した。
すると、ダレマイルが掲げた手から白い粉が落ちる。
サラサラと音を立てて、村人に降りかかった。
ぎゃああああああああ!!
悲鳴が上がった。
村人たちが必死にその白い粉を掴み取ろうとする。
その粉が人の髪にかかればむしり取り、服にかかれば着物ごと剥いだ。
地面に落ちた白い石を、粉だと思って舐めているもののいる。
チェッカーはただじっと見つめていた。
無感情な瞳で。
周りで見ていた兵士すら、そのみっともない姿をさらす村人を見て、笑う気にもならなかった。
もはや人ではない。
ただのケダモノだ。
地獄の餓鬼ですら、もっと上品であっただろう。
その中でダレマイルは分厚い本を開く。
何か聖典めいたものなのかと思えば、違う。
それは自伝である。
ダレマイルが如何にして生まれ、育ち、今の地位にいるか。
そして自分が如何に素晴らしい存在であるか。
正気であれば、聞くものが恥ずかしく思うぐらい誇張された内容を、ダレマイルは読み上げ続けるのだ。
「さて、今日は『6章 我が母』を読みましょうか……」
朗々と読み上げ始める。
しかし、誰1人聞いていなかった。
皆がその白い粉に夢中になっている。
運良く口にできたものは、強い多幸感を感じ、表情を歪ませる。
だが、それは一瞬であった。
さらに快楽を求め、白い粉を求め、地べたを這いずり回る。
ただ自分の自慢話を語り続ける男。
それを聞くわけでもなく、刹那の快楽を貪る村人。
言うまでもなく、異様であった。
理性を失った獣の狂宴。
その中心にダレマイルはいた。
ダレマイル・ゼノ・チューザー。
これがリントリッドに巣くう上級貴族の1人である。
おかげさまで『ゼロスキルの料理番』の書籍が、
早売りの段階でTSUTAYAデイリー6位をいただきました。
明日6月10日が発売日となっております。
そちらの方もよろしくお願いしますm(_ _)m




