第67話 一兵の老将
「おのれぇぇえええええ!! ヴァロウォォォォオオオオオオオ!!」
バルケーノは上空で吠える。
ギョロリとした目玉に炎を宿し、敵将を睨んだ。
やっと落ち着き始めた愛竜の首を叩く。
一転攻勢だとばかりに、大槍を振るった。
バルケーノの駆る飛竜が、真っ直ぐヴァロウの方に向かってくる。
主と同じく、飛竜もその赤い眼を光らせていた。
敵将ヴァロウは動かない。
剣を地面に突き立てたままの態勢で、襲い来るバルケーノを睨んだ。
距離にして10歩。
そう迫った時、ヴァロウの口が開いた。
「放て!!」
その号令の直後、一直線に飛んできていた飛竜の態勢が傾く。
腹の部分を晒し、万歳するように翼を広げた。
それは騎乗者を守っているようにも見える。
バルケーノは一瞬、何が起こったかわからなかった。
ただ己の頬に数滴の血が付着し、その生暖かさを感じる。
同時に「むぅ!」と唸った。
飛竜の腹に大槍が刺さっていた。
しかも1本だけではない。
何本もの槍が刺さっていたのだ。
バルケーノは目を動かす。
ヴァロウの後ろ。
大弩弓がこちらに照準を合わせているのが見えた。
「おのれ!!」
バルケーノの怒りの炎はますます燃え上がる。
しかし、バルケーノとその愛竜は花火の燃えかすのように地面に落ちていった。
大きな土煙を上げ、激突する。
その衝撃でバルケーノは投げ出された。
70に手が届こうかという老将は地面に倒れ伏す。
だが、生きていた。
カッと目を光らせ、痛みを無視するように立ち上がる。
ギョロリと鋭い眼光をヴァロウに向かって光らせた。
その横で今にも死に絶えそうな愛竜が鳴いている。
時折、長い首をもたげた姿は、主に助けを求め手を伸ばしているように見えた。
だが――。
バルケーノは大槍を持ち上げると、大きく薙ぎ払った。
スパッと愛竜の首が飛ぶ。
どぶっ、気色悪い音を立てて、血が噴出し、愛竜は息絶えた。
自分が手塩に育ててきた愛竜を自ら殺した。
それでもバルケーノは笑う。
もうすでにこの時、彼の頭の中には愛竜と過ごした日々を忘れているかのようだった。
ややふらつきながら、ヴァロウの方に近づいてくる。
そして愉快げに口を開いた。
「かかっ! これであの時と状況は同じだ」
あの時というのは、メッツァー南方の森で一戦交えた時のことを言っているのだろう。
確かに、あの時飛竜の頭はヴァロウによって斬り飛ばされれていた。
側にメトラがいて、ゴブリンがバルケーノを囲んでいる。
人員の配置も似ていた。
数千のアンデッドが取り囲み、違うのは数と規模ぐらいだろう。
あの時もそうだった。
不利な状況であっても、この猛将は笑っていた。
「さあ! 存分に戦おうぞ! 将同士! 一騎打ちを申し出る!!」
バルケーノは大槍を掲げ、吠えた。
槍の切っ先をヴァロウへと向ける。
対し、ヴァロウは姿勢を崩さない。
むろん表情もである。
しばらくして、その唇が動いた。
「断る」
「なんだと! なにゆえだ!?」
「必要ないからだ」
「必要ないだと!!」
バルケーノは激昂した。
彼にとって、ヴァロウとの再戦は望むところであった。
むしろ待ち望んでいたのだ。
それをすげなく断られた。
猛将と恐れられた男が怒るのも無理はない。
だが、バルケーノの憤怒を感じても、ヴァロウは動かない。
剣を持ち上げ、構えることもなかった。
ただ顎をしゃくる。
「後ろを見ろ」
「後ろ……?」
バルケーノは大槍を肩に担ぎ、後ろを振り返った。
おお……。
思わず声を漏らす。
それはメッツァー軍本隊が別部隊と戦っている戦場だった。
薄く土煙が上がっており、視界がはっきりとしない。
だが、陽炎のように揺らぎながら、人が歩いてくる。
否――。
人ではない。
狼……魔狼族である。
千数百という魔狼族が、メッツァー軍本隊を食い破り、魔族軍本隊と合流しようとしていた。
兵の姿はない。
ただし地面にはおびただしい数のメッツァー兵の遺体が転がっている。
コテンとバルケーノの近くに転がってきたのは、参謀レドベンの首だった。
カッと口を開け、苦悶の表情を浮かべている。
すでに魔狼族に食われたのか。
頭蓋の一部が剥がれていた。
「貴様……」
バルケーノはヴァロウに振り返った。
だが、その時気付く。
いないのだ。
どこにも……。
自分の兵が!
レドベンも、ヴァモットもいない。
重戦士部隊も、弓兵も、騎兵も、魔法兵も。
自慢の竜騎士部隊、その飛竜にいたるまでいない。
立っていたのは、バルケーノただ1人だった。
「馬鹿な!! メッツァー軍8000の兵はどこへ行った!! どこへ消えたというのだ!!」
周りを見渡した。
360度見たが、どこにもいない。
立っているのは魔族。
倒れているのは人間。
見えるのは、それだけだった。
「メッツァー軍は全滅した。我ら第四、第六師団3000に食い破られたのだ」
ヴァロウの声が冷徹に響く。
「ふざけるな! まだ終わっておらん! 我はまだこの通り生きておる! 今一度、言おう! ヴァロウ! 我と一騎打ちをしろ!!」
「断る。もう戦いは決した。終わった戦場に俺は興味がない」
「はっ! そちらが来ないならば、こっちから行ってやるわ!!」
バルケーノは歩き出した。
片方が義足ゆえ、そのスピードは普通だ。
それでも義足とは思えない速さだった。
だが、ヴァロウはそれでも動かなかった。
動かないことによって、バルケーノに反抗しているようにも見える。
ただ口だけを動かした。
「放て!!」
その瞬間、バルケーノに向かって一斉に矢が放たれる。
「この程度!!」
槍を振るって跳ね返した。
纏っている鎧も分厚い。
早々肉に届くことはない。
だが、彼が受けたのは、10、20の矢ではない。
魔族軍の本隊の一斉掃射だ。
その数は1000も下らない。
矢の雨は、驚異的な圧力をもってバルケーノに降り注ぐ。
最初こそ大槍で弾いていたが、バルケーノの体力も無尽蔵ではない。
息を切らした瞬間、鎧の継ぎ目に矢が刺さる。
1本刺さってしまえば、後は簡単だった。
たちまち針鼠ならぬ、矢鼠となる。
それでもバルケーノは生きていた。
たまらず膝はついたものの、眼光の鋭さは衰えていない。
反抗的な目を、ヴァロウに叩きつける。
「何故だ、ヴァロウ!! 何故、一騎打ちをせぬ!!」
「答えは先ほどいったはずだ。必要ないと……」
「違うな! 怖いのだ!! この猛将にして『竜王』バルケーノが怖いのだ!!」
バルケーノは嘲笑う。
明らかな挑発だった。
そうわかっていても、メトラは我慢できない。
こめかみに青筋を浮かべた。
ヴァロウがバカにされたのだ。
黙っていられるほど、秘書は大人ではない。
自ら矢を引こうとした直後、別の方向から笑いが聞こえた。
ヴァロウだ。
肩を揺すらし、くつくつと笑っている。
バルケーノと同じく、何か狂気じみていた。
「貴様が猛将だと……。将だと……。笑わせてくれる」
「な、なにぃ! 我を将と認めぬというのか!?」
「立場上はそうであろうよ。だが、お前は何か忘れていないか?」
「忘れる、我が……。何を……」
「簡単だ。同胞であるはずの反乱軍を虐殺し、今もなおメッツァーのあちこちでは、貧困で人が死んでいるというのに、お前は自分の私利私欲のために戦端を開いた。ただ自分が将であろうとするあまり……。そして極めつけは、実の娘を殺した――そうだろう?」
「…………貴様。何がいいたい」
「そんな男が将を語るか。片腹痛いな、……バルケーノよ。そういう人間をなんというか知っているか」
人殺し、というのだ。
「――――貴様ッ!!」
「お前は街角でナイフを構えたごろつきとかわらんのだ。戦場は家族のため、国のために戦う戦士の死に場所だ。お前のような汚れた人殺しが死んでいい場所ではない。だが、案ずるな。お前にふさわしい死に場所を俺は用意した」
ヴァロウはこの時はじめて動いた。
手を掲げ、何か合図を送る。
すると、バルケーノを囲んでいた魔族の垣が割れた。
現れたのは、人だった。
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