第66話 ザガスの禁句
ヴァロウたちが打ち上げた花火の音は、メッツァー軍本隊の方にも聞こえてきた。
その不思議な音。
さらに戦場を覆うような大輪の華。
レドベンは振り返る。
次々と落とされていく竜騎士たちを見て、顔を青白くさせた。
メッツァーの主力部隊である竜騎士部隊が壊滅していく。
あんな玩具のような兵器にだ。
レドベンは最初こそ驚いたが、やがて腹の中から沸々と怒りが沸いてくる。
一方、本隊兵士たちにも動揺が広がっていた。
「レドベン参謀!」
「助けに行きましょう!」
「このままではバルケーノ様が……」
「狼狽えるな!!」
軍の中では小心者と笑われるレドベンは、珍しく声を荒らげた。
「貴様らの大将は誰だ? 総司令官は誰だ?」
兵士全員に向かって尋ねる。
1人の騎士が、フルフェイスの兜をあげて、答えた。
「ば、バルケーノ様です」
声が震えていた。
レドベンは大きく頷く。
「そうだ。我らの大将はバルケーノ様だ。花火がどうした!? 部隊が壊滅したからどうだというのだ。あそこにいるのは、一騎当千の猛将バルケーノ様だぞ!! バルケーノ様であれば、必ずや悪魔を討ち払ってくれるはずだ!」
兵の動揺が収まっていく。
あともう一押しだった。
「それでもバルケーノ様を信じられないというなら、助けに行くがよい。その代わり、私は知らんぞ。1度戦場で血気盛んとなられたあの方には、敵も味方も関係ない。その首、バルケーノ様に捧げたいのであれば、今すぐ魔族に背を向けて、助けに行くがよい」
レドベンはまくし立てた。
今ここで最悪なのは、バルケーノが討たれることではない。
仮にバルケーノを助けにいけば、魔狼族部隊は必ず追撃してくるだろう。
機動力のある魔狼族は、追撃戦を得意とする。
背を向ければ、たちまち襲いかかってくるはずだ。
ここで重要なのは、今目の前の魔狼族部隊を壊滅させることである。
中央突破を許したが、まだ4500の兵が残っている。
逆に向こうは強引な中央突破をしたおかげで、1700といったところだろう。
2倍以上の兵力があるのだ。
「この一戦、絶対に勝つ! 声を上げろ!! バルケーノ様に届けるのだ!!」
レドベンは馬上で剣を掲げる。
すると、兵たちもそれぞれの武器を天に向かって掲げた。
己の大将に捧げるようにだ。
おおおおおおおおおおお!!
鬨の声を上げる。
薄く雲が張り詰めた空の下で響き渡った。
「レドベン、よく言った」
酒焼けした声が聞こえた。
一瞬、バルケーノかと思ったが違う。
全身を鎧で覆った重戦士が現れた。
手には大金鎚を持っている。
「ヴァモット様!!」
ヴァモットはバルケーノのいとこに当たる男だ。
重戦士部隊の隊長も任されており、その膂力はあのバルケーノすら舌を巻くほどだと聞いている。
バルケーノと歳が近いというのは知っている。
だが、その姿を見たものはいない。
何故なら、眠る時も食事をする時もヴァモットは、鎧を着ているからだ。
ある戦場で魔族の炎息をまともに食らい、重度の火傷を負ったらしい。
以来、ずっとああして鎧を纏っている。
一説に拠れば、溶けた肌が鎧に付着し、取れなくなってしまったそうだが、定かではなかった。
ともかく、魔族に対する怨念が凄まじいことは確かである。
「ヤツらのことは、おでに任せろ。とっととぶっつぶして、戦場を魔族の血で満たしてやるよ。ひひひひ……」
ヴァモットは声を引きつらせる。
兜の中で反響して、より不気味に響き渡った。
レドベンは一瞬呆然としたが、すぐに襟を正す。
何を考えているのか、バルケーノ以上にわからない人間だが、今はその不気味さが心強かった。
「頼みます、ヴァモット様」
レドベンは一礼する。
すると、ヴァモットは大金鎚を掲げ、隊列の先頭へと出て行った。
◆◇◆◇◆
花火の光と音は、当然ベガラスクが率いる第四師団にまで伝わっていた。
次々と落ちていく竜騎士たちを見て、魔狼族も驚いている。
一応、事前説明を受けていたベガラスクでさえ、上顎を上げて沈黙していた。
質に於いて不利と考えられてきた第六師団があっという間に形勢を逆転させる。
その鮮やかといえる手並みに、ベガラスクは嫉妬を禁じ得なかった。
思わずギュッと拳を握る。
「どうしたい、ベガラスクの旦那」
師団長であり、ヴァロウと同じ魔王の副官であるベガラスクの背中を無遠慮に叩いたのは、ザガスだった。
第四師団とともに先頭に立ち、中央突破の立役者の1人となった彼は、本隊から離れ、再突撃する機会を待っている。
「貴様!! オレはお前の上官だと何度――」
「関係ねぇよ」
「はっ?」
「ヴァロウはヴァロウ……。あんたはあんただ」
「お前――」
「あんたの戦い方は悪くねぇ。バカみたいに突撃していく。ヴァロウみたいな陰険野郎にはバカにされるだろう」
「バカバカいうな、このバカ者!」
「へへ……。でも、戦場において、そのバカをやるのも時に必要だ。あんたはあんたの仕事をして、胸を張ればいい。さっきもいったが、オレ様はあんたの戦いは嫌いじゃねぇ」
ザガスは三白眼を大きく開き、にぃと子どものように笑った。
皮肉でもなんでもない。
心底嬉しそうに笑うザガスを見て、ベガラスクは少し救われた。
思わず尻尾を振るが、慌てて止める。
「ふん! 貴様のように脳が筋肉でできてるようなヤツに褒められても、嬉しくないわ」
「かかっ! そいつはお互い様だ」
「それよりもお前……。本隊に戻らなくていいのか? ヴァロウのことはともかく、お前ならあの『竜王』に真っ直ぐ飛びつくかと思ったのだが」
短い間だが、ベガラスクはザガスの性格を見抜いていた。
強い者と戦う。
そして血の1滴まで絞りつくし、敗北する。
そういう破滅主義者だ。
だが、ベガラスクも理解できないわけじゃない。
彼にも少しだけ、そういう面がある。
武人としてとことん戦いたいという気持ちがあった。
その侘しさすら感じる感情に答えてくれる敵は、この戦場においてバルケーノぐらいだと、ベガラスクは理解していた。
「興味ねぇ」
「ほう……」
「遠目でチラッと見た程度だが、ああいう手合いは気にくわねぇ。何にも考えていないように見えて、頭の中ではごちゃごちゃ考えているタイプだ。そういうのは、パスだ、パス。ヴァロウにくれてやるさ」
「ふふ……。なるほどな」
「オレ様はあっちで我慢してやるよ」
ザガスは前を向く。
ちょうど目が合った。
全身を鎧で纏い、大金鎚を持った男がメッツァー軍本隊の先頭に立っていた。
その大金鎚はテーランの守備隊であったゲラドヴァよりも大きい。
牛一頭を潰せそうだった。
「邪魔すんなよ、ベガラスクの旦那」
「オレの趣味じゃない。あと、その呼び方はやめろ」
「行くぜ!!」
ザガスは笑った。
瞬間、隊の長の号令がかかる。
かかれぇぇぇぇぇええええええ!!
鬨の声が戦場で弾けた。
ザガスは走る。
その速さは周りを走る魔狼族に引けを取らない。
地面を抉り飛ばしながら、ただ獲物を狙った。
獲物――ヴァモットは待ち受ける。
大きく大金鎚を高々と掲げた。
「来いぃぃぃいぃいいぃいぃいぃいぃいいぃいいい!!」
裂帛の気合いを吐き出す。
ザガスもまた棍棒を振り上げた。
ゴォン! 鐘楼をそのままひっくり返したような音が戦場に鳴り響く。
押し込まれたのは、ザガスの方だった。
振りの速度で、わずかに負けたのだ。
ヴァモットはまるで勝ったように笑う。
兜の向こうの瞳が、怪しく歪んだ。
「お前、人鬼族だな!」
「それがどうした肉団子!」
「昔、お前のような人鬼族とやりやったことがある。ぺしゃんこにしてやったがな」
ヴァモットは口を目いっぱい裂き、挑発的に笑う。
「おではよう……。一発ってのは嫌いなんだ。じっくりと壊していくのが好きでよ。そいつは足から壊したなぁ。次に手だ。次に腕。腹の順番だったかな?」
「てめぇの性癖なんて聞いてねぇよ」
「ひぃひぃ息を吐きながら、悲鳴を上げてたぜ。そいつは女の人鬼族でよ。その声がたまらなくそそるんだ。人間の女をぶっ壊してるみたいでよ。そういえば、なんか名前を言ってたなぁ。ゴドラムさまぁ~ってよ」
「あ゛あ゛……」
「でよ! でよ! それ以来、その体験が忘れられなくてよ。反乱軍鎮圧の時、やっちゃったんだわ。もう最高でよ。女、子ども、ババア……分け隔てなくやってやっでよ。あの時は楽しかった」
ヴァモットの兜の下から液が垂れる。
ぬらりと光ったそれは、ヴァモットの涎だった。
「遠目から見ただけだがよ。お前たちの本隊のとこにいる人鬼族って女だよな。あいつはどんな風に鳴くのかなあ…………って、あれ? なんで、おで押し込まれているんだ?」
愉快げに語っていたヴァモットは気付く。
先ほどまで自分が押し込んでいたはずである。
なのに、いつの間にか形勢は逆転し、ヴァモットは背を反りながら、ザガスの棍棒を受け止めるような姿勢になっていた。
すると、ザガスの瞳が鋭く光る。
炎のように三白眼が揺らぎ、カァと息を吐いた。
「てめぇ……」
「な、なんだ! この力! 嘘だろ! おではあの人鬼族にだって」
「てめぇはオレ様の逆鱗に触れたんだ!!」
「な、なにぃ! おでが何言った!!」
「黙れ、サイコ野郎……」
ザガスは一旦ヴァモットの金鎚を弾く。
改めて棍棒を高々と上げた。
その強烈な殺気にヴァモットは金鎚を突き上げ、防御姿勢を取る。
瞬間、棍棒は振り下ろされた。
オレ様の前で、ゴドラムの名前を出すな!!!!
ぐしゃっ!!
まるで鉄の塊を潰したような音が響く。
ザガスの棍棒はヴァモットの大金鎚を粉砕。
さらにその頭に叩きつけた。
完全に首が身体の中にめり込む。
断末魔の悲鳴はなく、ピュッと鮮血がザガスの頬にかかるのみだった。
「チッ! 嫌なことを思い出させやがって! バルケーノって野郎と戦っていた方がよっぽどマシじゃねぇか」
ザガスは頬にべったりとついた血を拭った。
武将ヴァモット討ち死に……。
その報はメッツァー軍本隊を震え上がらせた。
ついに戦場から離脱者も現れる。
だが、魔狼族は人間を逃さない。
総崩れとなった本隊を立て直せるほど、レドベンに武将としての求心力はなかった。
その彼の前に再び白銀の魔狼族が現れる。
「ひぃいぃいいいぃぃぃぃいいいぃぃぃ!!」
レドベンの悲鳴が壊れた撥条時計のように響く。
だが、それは長く続かなかった。
勝負は一瞬。
彼を守る衛兵隊にも、その余力はなかった。
レドベンの首が、胴から切り離される。
眼鏡と一緒に空を周り、戦場に転がった。
これが決定的となる。
メッツァー軍は蜘蛛の子を散らすように逃げまどうのだった。
面白い! スカッとした!
と思っていただけたら、
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